英雄のプレリュード




人という生き物は。

生まれた瞬間から全てが決まっている。


地位も名誉も何もかも。生まれ持った才能や資質、容姿──果ては親の財産が物を言う。努力だの整形だの後からどうとでもできるものだとしても運良く天に二物を与えられたような最初から恵まれている人には到底のこと敵わない。結局は生まれながらにある程度の序列が決まっていて踏み外して落ちることはあっても下剋上とか何とかって貧民や顔崩れがのし上がれる、なんてことはまず有り得ない。

断言することで絶望を与えたいわけでも顰蹙ひんしゅくを買いたいわけでもない。これは他の何でもない平々凡々な人間を見る度に無感情のまま心の中で勝手に思う個人的な見解。事実とはきっと異なる。


それでも。

大きく間違ったことはないと思う。……


「チッ」

天気予報が大外れ。学校の昇降口で大粒の雨が降り頻るのを屋根の下でぼんやり眺めていれば機嫌の悪そうな舌打ちが聞こえて振り返る。

「……んだよ」

目と目が合った。

「ううん」
「こっち見てんじゃねーよ!」

此方が何の感情も抱いていないにも関わらず攻撃的に跳ね除けて苛立った様子で雨の中。せめて雨が治まるまで待つくらいのことをすればいいのにと遠ざかる背中を眺めていればとんとんと控えめに背中を叩かれてそちらを振り返る。

「ラディス君っ、一緒に帰ろ?」

その少女の手には傘が握られていた。

「入れてくれるのかい?」
「もちろんっ!」
「ふふ。ありがとう」

優しいんだね、と囁けば少女は分かりやすく耳まで真っ赤になってしまった。単純だなぁ、と心の中でぼんやりと考えながらいつものように親しみやすい柔らかな微笑みを浮かべて。

「行こっか」


俺は。

恵まれた側の人間だ。


だからといって何も変わらない。

これから先も。


そうでない側の人間が羨むような。

無味無色の人生を歩むだけ。


……これは。

後に"英雄"と呼ばれる男の始まりの物語──
 
 
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