うちの弟がクソガキすぎる
硬直していたパックマンだったがふと我に返ると目の色を変えて翳した手のひらからドット状の鍵を作り出し、それをマスターに向かって投げ付けた。しかしこればかりは想定内といったところで黒の雷が鳴き声を散らしながら依然として晴れない土埃の中から放たれたかと思うと命中──打ち砕いて。
「勝手に前に出るなよ」
現れたのはダークシャドウのリーダー。
「言わんこっちゃないだろ」
「何。想定内だ」
マスターは小さく笑みを零す。
「どうする……隊長」
スピカに続いてお馴染みのダークシャドウ三人まで揃ってしまった。通路の状況は恐らくルキナだけではない複数の隊員が全力で抵抗した結果なのだろう──まさかあれから対して時間も経たない内に自ら出向いてくるものだとは。
「……隊長?」
指示を仰ぐべく横目に見れば。
「パックマン」
「何?」
「俺は奴等に対抗意識を燃やすばかりに遂には幻覚まで見えるようになったのか?」
「現実だよ」
そうか、とロックマン。
「……………………!?」
そりゃそう。
「何をしに来た」
ここでようやくロックマンも状況を把握出来たようで即座に青の装甲を身に纏うと右腕を変形させて砲口を向けた。対するマスターは狼狽する様子もなく腕組みするように右腕を胸の前に置きながら。
「依頼だと話しておいたはずだが」
「敵側の要求を易々聞き入れるとでも?」
「その威勢。ますます気に入った」
マスターは満足げに。
「今度の依頼の内容に相応しいと思わないか?」
「マスター様……」
「なんで聞き入れてもらう前提なんだよ」
「マジ狂ってるって」
「流石に同意し兼ねますね」
取り巻きの四人でさえこの反応である。
「お引き取りください」
ルキナは剣を構えながら。
「どのような要求もお断りします」
「悪い話じゃないんだがな」
「そういう問題ではありません!」
見兼ねたスピカが溜め息を吐き出す。
「いいから。話だけでも聞けよ」
「お前が取って代わったところで──」
「俺らだって早く帰りたいんだよ」
対抗意識を燃やしているのは何も此方ばかりという話ではないのだ。冷静に考えてもみれば先程は此方側の攻撃を相殺したというだけで彼らには戦意というものを全く感じられないし──ロックマンは暫く睨みを利かせていたが不意に装甲を解いて元の私服姿に戻ると厚手の椅子に座り直して。
「……聞こう」
「ちょ」
パックマンは慌てた様子で声を潜めながら。
「変な勧誘とかだったらどうすんだよ!」
「聞き流せばいいさ」
ロックマンはマスターを見据える。
「相手は創造神……この場は穏便に済ませて被害を拡大させない方が優先だ」
それを聞いたパックマンが唇を尖らせて不服そうにしながらも構えを解くと、気付いたルキナも渋々と剣を鞘に仕舞った。
「流石はレイアーゼ国内屈指の優秀な正義部隊を率いるその隊長。状況判断に長けておられる」
「どうぞ。好きなように掛けてくれ」
「これはまた御丁寧に」
椅子も用意していない状況で嫌味のつもりだったが相手が創造神ともなれば通用しない。マスターが指を鳴らすと一人掛けのソファーがぽんと愛くるしい音と共に現れてマスターもそれに腰掛けた。対するロックマンは両肘を机の上に立てて寄りかかると、両手を口元に運びながら。
「……依頼の内容は?」
マスターは悠々と足を組む。
「うちの弟の話だ」
破壊神クレイジーハンド──
今目の前にいる創造神マスターハンドの双子の弟であり数時間前の戦いの中で最も苦戦を強いられたその相手。戦闘能力は言わずもがな。破壊神らしく群を抜いており加えて兄の頭脳に引けを取らず頭まで回るという文字通りの化け物。
……屈辱的なあの台詞を吐き捨てたのも。
無論、そのひとである。
「惚気話じゃないだろうな」
「よく分かってるじゃないか」
「……はぁ?」
パックマンは眉を寄せる。
「うちの弟は見た目だけでなく表情や振る舞いも昨今の女子供に引けを取らない可愛さで能力は全方位優秀……兄としてはもう少し落ち着いていても構わないくらいだというのに多方面において想像以上の結果を魅せてはこの兄を喜ばせてくれる……」
……取り巻きの四人が頭を抱えている。
「盲目なのは知ってたけど」
「これほどまでとは」
パックマンとルキナは口々に。
「だからこそ。お前たちに依頼したい」
それまでジト目だったロックマンはどうやら本題に差し掛かった様子のマスターに目の色を戻して座り直しながら改めて注目する。
「うちの弟を負かせてくれないか?」
……は?
「ただの敗北では駄目だ。確信的な勝利を目前に生意気で横暴な態度をひけらかしているところに、弟すら想像し得なかった逆転の一手で、絶望と屈辱の両方を味わわせなくては」
これは。
思っていた以上に。
「引き受けていただけるかな?……」