キーメクスの審判
早朝、五時──エックス邸。
小さく欠伸を洩らしながら寝ぼけ眼で廊下をふらふらと歩いていたのは寝巻き姿のピチカだった。パートナーが記憶喪失となってしまったというのに自分だけが自室で寝られるはずもなく厚意でレッド達の部屋に泊めてもらったがだからといって安眠できるはずもない。
結局トイレでも何でもないタイミングで目を覚ましてしまった上に剣士組の日課の稽古はリンクがマスターソードを使えない謎の症状に陥ってしまった為に中止ということで宛てもなく。こうも朝の早い時間では誰が起きているものやら見当も付かないし、寂しいからという理由で揺すり起こすのは我が儘が過ぎるし。……
「……分かりました」
そんな声が聞こえてきてピチカは立ち止まる。低身長と物陰とが合わさってちょうど気付かれなかったことをいいことにそろそろと覗き込んでみると今しがた誰かとの通話を終えた様子のシュルクの姿がそこにあった。何やら穏やかではない様子で側にはドクターとリドリーの姿もある。ピチカは思わず息を潜めた。
「どうだったんだ?」
訊ねるドクターにシュルクは視線を落とす。
「……ルフレが……幽世の地下監獄から収容されていたダークフォックスを連れ出したみたいです」
──お姉ちゃんが?
「兄貴は何やってやがる」
「マークは……止めようとしたみたいだけど……不意打ちで気絶させられたらしくて……」
苛立ちに任せてリドリーは舌を打つ。
「クソがッ! だから警告したのによ!」
何がどうなっているの……?
「寮に戻ろう」
「おいおい。患者さん方は?」
「裏を返しゃ他人も同然だ。自業自得だろぉよ」
そんな言い方っ……ピチカは顔を顰める。
「急がないと事態が悪化するかもしれない」
「……あー」
シュルクの追い打ちにドクターは頭を抱える。
「本職は医者なんだがなぁ……」
よくない予感がする──ピチカは急ぎその場を離れようとしてそれまで隠れていたプランタースタンドに体を触れてしまった。植物の植えられた鉢植えは案の定振動で揺られたがあちら側からは見えない位置から即座に両手を伸ばして支えることで難を逃れる。ほっと息をついたが直後ぐさぐさと突き刺さる見えない何かを感じ取って息を押し殺していれば。
「誰だ」
順当にいけば今の発言はリドリーなのだろうがプランタースタンドと壁との僅かな隙間から覗いてそうとも限らないものだと察する。何せ、三人全員がまるで敵意を向けるかのように冷たい目付きで確かに此方に注目していたのだ。
「リドリー」
今呼んだのはドクターだろう。確認してこいと促しているのだ。それに素直に従ったらしい彼の足音がゆっくりと近付いてくる──ピチカは両手で口元を覆い隠しながらへなへなと座り込んだ。