キーメクスの審判



流行りの歌詞のように錯覚する瞬間がある。


この世界は、今。

二人だけの世界なのだ、と──


「!」

空気に水を差すようにくつくつと笑う声に二人が同時に振り向けば牢の中でその一部始終を見守っていたのであろう男がいた。お互いのことで気を取られるがあまり余計な瞬間を見聞きされてしまった──見回りの人間にどう吹き込んだものか分からない。

「ぎゃ」

次の瞬間だった。

ルフレをそっと離したダークフォックスの双眸が紅蓮の光をぼうっと妖しく灯したかと思うと彼の足下から黒々とした影が伸びて鉄格子を擦り抜け、有無を言わさず男の体を這い上がり──辿り着いた先で首を絞め上げ始めたのだ。

「ちょ……っ!」

流石のルフレも涙が引っ込んだ。

「大丈夫。殺してない」

男の体が傾いて倒れる。

「目ぇ覚めたら記憶ぶっ飛んでるってだけ……」

そこまで話して頭を抱えながらふらつくダークフォックスをルフレは慌てて手を伸ばして抱き止めた。褐色の肌なので判別が付きづらいが普段より顔色が悪いかのように感じる。

「……大丈夫っスよ」

ダークフォックスは苦笑いを浮かべた。

「それより、こっからどーやって抜けるんスか」
「……エレベーターの他に抜け道があるの」

ルフレは案じるようにダークフォックスの体を支えながら歩き出す。

「あー、あれね」
「昔の話よ」
「そんなに昔だったっスかぁ?」
「……置いていくわよ」
「ごめんごめん」


響く足音が。

元いた牢から遠ざかっていく。


「休ませてあげたいけど時間がないの」

兄が目覚めてしまえば。

きっと世界の何処に居たって足が付く。

「……ゾッコンっスね」
「チェスで兄に勝てたことは一度も無かったわ」
「三手先を読む的なアレっスか?」
「そういうことになるわね」

突き当たりの鉄製の扉に掛けられた南京錠を先程と同じ要領で手を翳して金色の光を灯す。

「……だからまずはレイアーゼこの都市から離れる」

程なくして南京錠は開放されて粒子となり消失。

「愛の逃避行ってヤツっスか?」
「勘違いしないで」
「えー」

扉を開く。

「……行きましょう」
 
 
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