キーメクスの審判
優しくて。温かくて。
私の大好きなひと。……大切なひと。
「……大丈夫だよ」
縋るように服の裾を握り締めて俯く妹をさながら子どもをあやすように。そっと腕を回して背中を優しく叩く。普段、厚手のローブを羽織っているが為に分からなかったがその体は驚くほど華奢で。強気な振る舞いやその態度からは想像もつかないくらいに弱々しくて──マークはただ強く抱き締めた。
……ルフレは。
僕が。命に換えても必ず──
「兄さん」
……ごめんなさい。
「ッ、!」
聞き取れるか聞き取れないか──それでも確かに彼女は闇魔法の呪文をぽつりと唱えたのだ。そうでなければ紫色の光がたちまち蛇のように纏わり付いて魔力を根こそぎ吸い上げるなんてはずもない──
「か……はッ……!?」
リザイアは高度な魔法ではない──多くそう捉えられているのは予備動作も後隙も全て戦闘には不向きだからだ。だからこそ無防備に油断をしている相手にとっては大打撃となる。
「る、ふ」
魔力は魔法を使える者にとって血液も同じ。
それを急激に奪われたらどうなるか。
「……ありがとう。兄さん」
自分がされたように。
優しく後頭部をひと撫でして。
「……おやすみなさい」
急激な魔力の枯渇によって襲ってきた猛烈な眠気に逆らえずに凭れ掛かるマークの体を抱き止めた後もルフレはその温もりを堪能するかのように暫くの間離れられずにいた。……けど、時間がない。
「、!」
深い眠りに落ちてしまったマークをベッドに寝かせた後で急ぎ扉に飛び付いたルフレだったが勢いのまま開きかけた扉の隙間から忙しなく駆けていく仲間たちの姿を見つけてどきりとした。今が何時なのかは分からないが恐らく兄の話していた通り事態は本格的に動き出しているのだろう……ここを一歩出てしまえばきっと戻れない。それでも、私は。
「……兄さん」
滴る雫に嘘はない。
それだけは。胸を張って誓える。
「……さようなら」