キーメクスの審判



──亜空間。

「だっづ!」

そこまでの高さはなくとも無防備に地面に背中から叩き付けられてしまえばそのくらいの声は出る。背中を摩るスピカを不時着しておきながらすかさず案じるダークウルフに続けてダークファルコは羽根のようにふわりと。……そういえば彼はいくら偽物といえど種族としては隼なのだった。


ではなく。


「──おいっ!」

威勢のいい声は大方想像済みというものだった。

「テメェらっ、フォックスは!」
「彼は一旦見捨てましょう」
「なっ」
「見殺しにするわけではありません。だからこそ、あの場で情報を渡さなかった」

スピカはぐ、と口を噤む。

「一先ずはこの件をおふたりに報告しましょう」

ダークウルフの手を借りながら立ち上がる。

「騙くらかせるような相手ではありませんよ」
「分かってる。……でも」


気掛かりなのは。


「……二十四時間が経過する前に回収すべきだとは思います。おふたりがそれを優先させてくれるかは話が別ですが」

──ダークシャドウの体は影虫で出来ている。光に弱く、酷く脆い。故にそれぞれに用意された特殊なカプセルの中で睡眠をとらなくては形が崩れて人の姿を保てなくなってしまう。


さながらお伽話の人魚姫のように。

何もかも忘れて消えてなくなってしまうのだ。


「リーダー」

心配そうにダークウルフが呼んだ。とにかく今日のところは基地に戻って、こいつらだけでも休ませてやらないと明日に備えられない……

「行くぞ」

やむを得ずスピカは息を吐いて歩き出す。遅れてダークウルフはその隣に付いたがダークファルコは踏み出そうとした直前、自分たちが降ってきた紫色の空をじろりと冷たく見上げて意味深に。

「"自業自得"ですよ」


鎖を引いて無理矢理に。体を起こさせたがその最中満月が再び暗雲に陰れば、黒髪と少しの白髪の隙間から覗いた紅蓮の双眸が反抗的に睨み付ける。

「……どうする?」

表の世界でスピカ達を取り逃した後で残されたリヒター、ソロ、ミカゲの三人は、唯一捕らえたダークフォックスを囲んでいた。てっきり影に溶けて拘束から抜け出すものかとも思ったがそれだけの体力も残されていない様子。此方としては都合の良いことだがその上で仲間に見放されるとは慈悲で憐れんでやりたくなる。

「決まっている」

そう言ってミカゲは翳した手のひらの上で発生させた水が編み物のように組んで交わり作り出した小刀の持ち手を逆手に取ると、刃をダークフォックスの喉元にあてがった。その直前、咄嗟に首を反らしたダークフォックスだったがどういった原理か本物同然に鋭利であるその刃は肌の表面に触れたが刹那、赤の一線を彩って伝わせる。

「おいおい。情報を持ってるかもしれねえのに」
「その情報を素直に受け渡すと思うのか」

ミカゲが返せばリヒターは空いた手で後頭部をガシガシと気怠そうに掻いた。ソロは終止口を閉ざしたまま行く末を見守っている。

「っ……俺らが今日この時間にこの場所に来るってなんで分かったんスか」

割れ物を扱うかのように慎重に。

「誰が……言ったんスか?」
「──ルフレ」


答えたのは。

姿を転じたイレブンだった。


「あー」

それを聞いた途端。その人は苦笑いにも似た笑みを浮かべて呟く。

「そっかぁ……」
 
 
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