キーメクスの審判
光と闇が鬩ぎ合い、この世界に存在する有機物から無機物──それこそ粒子に至るまで全てという全ての命を脅かした大事件から早数週間と過ぎた。かつての姿を取り戻した世界は何食わぬ顔で平和という名の時を刻み、人々も事件のことなど遥か昔のことかのように穏やかに日々を過ごしている。
物語における起承転結の"結"を過ぎてしまえば、案外そんなものだ。テレビのニュースで持ち上げろ銅像を建てろとまでは言わない。
平凡に。穏やかに。
大きな事象が起こらなければそれでいい。
「あっ!」
エックス邸。
「にぃにだぁっ!」
三時といえばおやつの時間──なんてのは全世界共通で子ども達にとっての暗黙の了解も等しいものなのだろう。誰に呼び付けられた訳でもないこの時間ぴったりに外遊びから食堂に駆け込んできたのはお馴染みの子ども組。その先頭だったピチカは食堂の扉を開くなり兄の姿に目を輝かせた。
「ピチカ!」
駆け寄ってきた妹を嬉々として抱き留めてにへらと笑うこの少年を一体誰があの悪辣な双子が率いる亜空軍所属の偽物集団ダークシャドウのリーダーであると見抜けるだろう──そんなことを思いながら先程まで向かい合って話していた特殊防衛部隊X部隊のリーダーであり彼の幼馴染み兼ライバルでもあるルーティは頬杖をついて笑った。
「ダークシャドウの皆もこんにちはっ!」
「こんちわーピチカちゃん」
「はい。こんにちは」
これまたお馴染みの取り巻きたるダークフォックスとダークファルコは口々ににっこり。その時は挨拶をしなかったダークウルフも目と目が合うと「ど、どうも」と吃り気味に返した。
「お仕事終わったの?」
「いんや。まだこれからだな」
「そっかぁ」
忙しいんだね、とピチカは眉尻を下げる。
前述の通り彼らダークシャドウは亜空軍に所属している敵対組織であり本来であればこうして馴れ合うような間柄ではない。今こうして交流している様子も世間一般の目に触れたらどんな罵詈雑言が飛んでくるか知れたものじゃない。
その時はその時だと腹を括っている。
正義と悪。そのどちらか一方を選び取らない。
それがX部隊の意向なのだから。
「ルーちんからも言ってやってくんねぇ?」
急に肩にずしりと重量感を感じたかと思えばダークフォックスが気怠げに息を吐きながら、肘を掛けて体重を乗せていたのである。
「マスター様もクレイジー様も最近ヒト使いが荒いったらありゃしない……」
そんな重要そうなことを話してもいいのだろうか。
「えっと。……またなにか企んでるの?」
案の定そんな質問が口から零れ落ちるのも例えば自分じゃなくとも時間の問題だったことだろう。とはいえこんな直球な質問は適当にはぐらかされるだろうな、なんて。ぼんやり考えるルーティだったが思いの外スピカは答えること自体は問題なくとも言葉選びに迷っているかのような様子で。
「いや……企んでるってーか、」
がちゃり。
「!」
扉の開く音がして──注目する。
「……ああ。先客だね」
必然的な事象とはいえ。
望んでもいない鉢合わせが増えたものだ。
「こんにちは。ルーティ」
いつまで経っても心臓が慣れない。
「……ロックマン」