キーメクスの審判
遡ること──数週間前。
「ぁ、……く……」
今程例の事件に関する被害報告も少なかったが不信感から単独で捜査にあたっていた頃。地上界にあるとある森の中で見つけたのは、敵対組織亜空軍に属している偽物集団ダークシャドウが一人──ダークフォックスだった。
決して逃がしてなるものかと魔力を切らせる覚悟で追い回したが──その前日に大雨が地面を酷く叩き付けたのだろう泥濘に足を滑らせたが最後、斜面を転がり落ちて浅い崖の下。
意識を飛ばしていたルフレにはどれだけの時間が経っているのか分からなかった。敵を逃してしまったのは悔しいが無事だっただけ有り難いものと言えよう。小さく呻いて身じろぐと額の上から何かが顔の横に落ちた。ルフレは全身の痛みに眉を寄せながらそれを手繰り寄せて目で確かめる。
「あ」
それが濡れた布切れだと気付いた直後に声。
「起きたっスか?」
咄嗟に手のひらを突き出して、構えても。
尽きた魔力を捻り出せるはずもなく。
「……何のつもり」
自分が猛獣であれば喉を唸らせて威嚇していたことだろう。ルフレは尚も構えを解かず、冷たくダークフォックスを睨み付ける。
「えー?」
「とぼけないで」
軽薄な態度が余計に苛立たせる。
「恩を着せようったってそうはいかないわよ」
何故なら私は正義だから。
「あの世で後悔することね」
何故なら、彼は──悪だから。
「俺、思うんスよね」
二人の間には、彼が作ったのであろう焚き火がぱちぱちと音を立てながら仄かな温もりを提供してくれていた。ダークフォックスはその横で両膝を立てて座りながら膝に頬杖を付いて。
「あんたらのそれも"設定"なのかなー、って」
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
「それは侮辱の意味と捉えて相違ないわね」
「んじゃぁそれはそれで認めんだ?」
ルフレは言葉を失う。
「俺らは別にスマッシュブラザーズでも何でもないっスからね。謂わば監視外の存在なんスよ」
ゆっくりと立ち上がって正面に回り込む。
「正義がどうとか、悪がどうとか──自分の意思を無視して全うすることを強制されているんならそれだって"設定"の一部じゃないっスか?」
屈み込んで覗き込む。
「だったら、今それを無視してただの気まぐれでもあんたを助けてる俺の方が」
にやりと笑う。
「よっぽど"人間"だったりして──」