4:約束
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「静さん!おはようございますっ!」
満面の笑みで給湯室へ入ってきた遼を一瞥し、静はすぐに目を逸らした。
「おはよう」
そっけない態度も気にならないのか、軽い足取りで静に近寄り背後から手を回すと
「バカ!なにして……っ!」
「朝の抱擁〜」
焦る静に構わず強く抱き締め、遼は瞳を閉じた。
「朝から幸せ」
その呟きに思わず動きを止める静
幸せって……
カァッと赤くなる頬にすりすりと頬ずりしてくる遼の温かい肌と柔らかい髪の毛
包み込まれるような大きな身体に身を任せてしまいたくなるーーーけれど
思い切り身体を引き離して、静は遼を睨みつけた。
「ベタベタしないで!」
「なんで?」
「なんで!?」
眉を寄せる静に構わず、テーブルへ目を向けた遼が嬉しそうに笑う
「あ、コーヒーいただきますっ!」
「あなたの分は無いわよ」
「なんでっ!?」
「なにが」
「昨日約束したじゃん!」
「なんの話?」
瞳をまん丸にして絶句する遼を無視して淡々と用意をしていたら、後ろから非難がましい声が聞こえた。
「嘘つき……」
「どっちが!」
「え?」
急な反論にきょとんとする様子を腹立たしげに見やり、静は唇を尖らせた。
「昨日、知ってたんでしょ?エレベーター止まることっ!」
「あぁ……そのことですか」
なにその軽い反応っ!
さらにむっとして背中を向け
「なぁにが魔法よ。危うく信じそうになっちゃったじゃない……まったく……」
ブツブツぼやく静を見つめ、遼はゆっくりと近付いた。
シンクに向かう華奢な身体を囲うように両腕をつき、ビクッと肩をすくめる静の耳元で
「でも魔法かかったでしょ?」
「な、なんの……っ」
「俺のものになった」
「っ、だから、なってな……」
「あれ?」
給湯室に響いた間の抜けた声
聞き覚えのあるその声に恐る恐る振り返ると、遼の身体越しに見慣れた顔が見えた。
クリクリの巻き髪とバサバサの睫
ぽかんと口を開いたどこか頼りない顔
同じ部署の後輩、荒川絵理子だーーー
「お……おはよう絵理ちゃん!」
思い切り遼を突き飛ばして、静は絵理子に駆け寄った。
「なに、手伝いに来てくれたの?」
必死に平静を装いながら言う静をきょとんと見てから、絵理子はへらっと笑った。
「はい〜今日は珍しく早く来れたんでぇ」
「いつも遅刻ギリギリだもんね」
「えへへ」
巻き髪をいじり笑う絵理子を見ながら、静は内心ホッと息をついた。
よし、このまま……
「で、今何してたんですかぁ?」
無理か
ガクッと肩を落とし額に手をやる
そんな静から薄く微笑んでいる遼へ視線を流し、絵理子はコテンと首を傾げた。
「おふたりって付き合ってるんですか?」
「まさかっ!!」
狭い給湯室に響き渡る静の声
びっくりして振り返った絵理子にぶんぶんと首を振って
「そんなわけないでしょ!今のはほら、えっと……映画のシーンで……」
しどろもどろ紡ぐ静の言葉をぽけっと聞いている絵理子の後ろで、嘆息する遼の顔が険しいことには気づかないふり
「映画の話してたら盛り上がっちゃって……再現を、ね?」
無理があるなぁなんて静本人すら苦笑したくなる言い訳
しかし絵理子はなんの疑問もないように頷いた。
「あ〜なるほどぉ」
「へ?あ……ね?ふふっ」
「なんの映画ですか?」
「えっっ?」
そこに食いつくのっ!?
慌てて遼を見上げるが、ふいと顔を背けられた。
どうやらご機嫌ななめのようだ
もう、こんな時になに怒ってるのよ!
むっと眉を寄せて遼を睨んでから、静は曖昧に口を開いた。
「あれよあれ。なんだっけ、あの最近の……」
「あ、もしかして『ラブレター』ですか?」
「それっ!」
まったくどんな映画か知らなかったが、静は大きく頷いた。
「私も見ました!おもしろかったですよねぇ」
「そうね。おもしろかったわ」
「あのラストどう思いました?」
「……」
目を泳がせる静を真っ直ぐ見つめて絵理子が続ける
「観る人によってまったく捉え方違うんですよね〜あれハッピーエンドだと思います?」
「えっと……」
どうしよう
視線を泳がせると、口元に手をやり笑いをかみ殺す遼と目が合った。
ちょっとは助けてよっっ!
ギリッと歯ぎしりした時ーーー
「おはよー」
眠そうな声で給湯室に入ってきたのは陽子だった。
「あ、絵理子。課長が呼んでたわよ」
「へ?わかりましたぁ」
パタパタと歩き出す絵理子の後ろ姿を見送りながら、静が深く息を吐く
助かったぁ
「陽子先輩〜」
抱きついてくる静の頭を撫でながら陽子が笑った。
「ちちくり合ってたって言えば良かったのに」
「ねぇ」
「先輩っっ!あなたもっ!」
腕を組み相づちを打つ遼の腕を叩いて頭を抱える
というか、陽子先輩いつから見てたのよ……
なぜか意気投合して微笑み合っている2人を無視して、静はコーヒーをトレーに乗せていった。
「さ、朝礼始まっちゃいますよ!陽子先輩行きましょう!」
「ん〜」
気怠そうに歩く陽子をせき立てて給湯室から出ようとする静
その姿を眺めていた遼が不意に声を上げた。
「あ、静さん」
「なによ」
「忘れてます」
指差す先には湯気たつコーヒーカップがひとつ
ぽつんとテーブルに残されているそれをチラリと見て、静はポッと頬を赤らめた。
可愛いーーーと思いながらも首を傾げる遼の前
静は困ったように視線を逸らすと
「……約束、なんでしょ」
言い切ってバッと給湯室を飛び出していく背中
そのまま遠ざかっていく足音を聞きながら、遼はカップへ手を伸ばした。
一口飲んでから口元に手をやって呟く
「……やべぇ」
赤い顔を隠すように、遼はその場にしゃがみこんで嘆息した。