2:記憶
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「おかわりっっ!」
ドンっとカウンターにグラスを置いて、静は小さく息を吐いた。
何杯目かは自分でもわからない
「飲みすぎじゃない?」
隣でグラス片手に呟いたのは南 陽子
静の同僚であり2年先輩の彼女は、とても頼りになるかっこいい大人の女性だ
新入社員と教育係として出会った7年前から、頻繁に飲みに連れていってくれどんな相談にも乗ってくれるので静は心から尊敬していた。
「何かあった?」
いつも通りサラッと聞かれる
いつもならすぐ何でも言ってしまうのだけれどーーー
「う~~~……」
さすがに、今日の出来事は言いづらい
カウンターに突っ伏して呻く静を見ながら、陽子はビールを飲み干した。
無理には聞かないーーーそれが陽子のスタンス
無言で枝豆を食べる陽子へ静が視線を向ける
『初対面の新入社員に襲われました』
誰にも知られたくない秘密
誰かに聞いてもらいたい秘密
「陽子先輩……友達、の話なんですけど」
ポツリと話し始めた静を見やり、陽子は頷いた。
「うん」
「初めて会った、新入社員にね……?」
「うん」
「あの……むっ……むりやり……」
「迫られたの?」
「ぅえっっ!?はっ、あのっ……!」
さすが陽子先輩
あまりにもあっさり言うものだから、逆に静の方が驚いてしまった。
動揺する様子を面白そうに眺めながら陽子が聞く
「同じ部署?」
「いえっ、違うんですけど……」
「まったくの初対面?」
「えと、噂は聞いていたのですが会うのは初めてかと……」
「何されたの?キスとか?」
「ぅっ……はい……」
陽子得意の尋問攻撃
正直な静はいつもまんまとかかってしまい、なんでもすべて話してしまうのだ
現に今も、『友達』という設定はすでにどこかへ行ってしまい完全に静自身の話になっている
唇を尖らせ新しいグラスに口をつける静を覗き込み、陽子はニヤリと笑った。
「気持ち良かったんだ?」
一気に紅く染まっていく頬は、もちろんアルコールのせいではない
「へぇ。すごいわね」
真っ赤になって俯く静を眺めながら、陽子は考えた。
誰だろう
違う部署
新入社員
面識なし
噂
ーーー噂?
噂になるような新入社員なんて限られている
その中で無理矢理キスしたうえに相手を気持ち良くさせるくらいのテクニックがあるということは、かなり経験値の高いーーーいわゆるモテ男
となると
一番に思いついた名前を陽子は口に出した。
「和泉遼君って、キスうまいのね」
「……」
仏頂面で黙り込む静
ーーー当たった
陽子は吹き出しそうになるのを必死で堪えながら更に続けた。
「気持ちよかったんでしょ?」
「それは……っ」
事実
でも、認めるのが悔しい
「……久しぶり、だったからですよ」
ましてあんな若い子となんてーーー
もごもごと呟く静を頬杖をついてしばらく眺めていた陽子が、不意に口を開いた。
「で?」
「え?」
「で、どうなったの?迫られて、キスされて、その後は?」
露骨な言い方に赤面しながら、静が答える
「逃げました……」
「逃げる前に和泉君は何か言わなかったの?」
「え……」
……なにか言ってたかな?
静は目を瞑って思い出そうとした。
アルコールが邪魔してなかなか頭が働かない
なんだっけ
確かになにか言われたような……
『もう俺のものですよ』
不意に脳内で響いた低い声に、ビクッと身体が震えた。
「静?」
「ぅえっ?」
一気に身体が熱くなる
触れた肌
囁かれる声
唇の感触
更に鮮明に浮かんでくる記憶を打ち消すように、静は激しく頭を振ったーーーその瞬間
くゎんくゎんくゎん
「んあっ!」
アルコールがまわって視界が歪んでいく
「ちょっと、大丈夫?」
さすがに慌てる陽子の声を聞きながら、静は大声を上げた。
「あ~~~っもう!全部!忘れますっっっ!!」
そのままくたっとカウンターに突っ伏し、フワフワする頭で強く決心する
なにもかも無かったことにしよう
すべて忘れて、記憶から消して
明日もいつも通りの1日が待っている
はずだったのに……