ホラー集

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 料理屋・小町に、1人の男が入って来た。
 雰囲気から、何かを抱えているような感じがした。 
「いらっしゃい」
 男は、出入口近くのテーブル席に座った。
 小町は1人でやっている個人店なので、大将である幸村が、接客もこなしていた。
「ご注文がお決まりましたら、お呼び下さい」
 言って幸村は、空コップをテーブルに置き、水を注ぎ入れた。
「はい」
 今お店には、男以外のお客はいなかった。
 幸村は、出入口から外を眺めると、少しして、戸を閉め、内から鍵を閉めてしまった。
 男の背後で行われていたため、男は店に閉じ込められたことに気付いていなかった。
 幸村は厨房に戻ると、ホーロー鍋にはいっている豚汁をお椀に注ぎ入れて、男のテーブル席に持って行った。自分のものもあわせて。
「サービスです」
 言って豚汁を男の前に置いた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」
 言いながら幸村は、男の向かい席に腰を下ろした。
「どうしたんです?何か悩みごとがあるように、見えますが?お話聞きますよ」
「いいんですか?」
「ええ」
「実はーー

 男の話だと、恋人が悪質な借金の取り立てを苦に、自殺してしまったそうな。
「そう言えばまだ、名乗っていませんでしたね。私は、幸村千景と言います」
「俺は、渋谷啓介です」
 幸村は豚汁を一口啜った。
「冷めないうちにどうぞ」
「それではいただきます」
 鰹の出汁が効いた、豚肉、豆腐、人参、ゴボウ、大根、蒟蒻と具沢山な豚汁だった。
「おいしい」
「ありがとうございます」
「久しぶりに温かい食べ物を食べた気がします」
「それは、良かった。渋谷さん」
 幸村は真面目な顔になった。
「復讐したいですか?」
「えっ」
 渋谷は目を白黒させた。
「どう言う意味ですか?」 
「文字通りです」
「復讐。……出来るんですか?」
「はい。私はもうひとつお店をやっていましてね。ハピネスと言う表向きは完全招待制のレストランです」
「表向きは?」
「その実は、復讐を請け負う復讐レストランです」
「復讐レストラン」
「はい。そうです。渋谷さん、いかがです?復讐しませんか?」

「レストランハピネス。これは!」
 レストランハピネス。それは都市伝説でまことしやかに噂になっている完全招待制のレストラン。選ばれた者に最高の料理を提供すると言われているお店だ。
 黒田商事社長黒田は、受け取った封筒を見て、もしやと思い、ペーパーナイフを使い、封筒を開けたて中の便箋(びんせん)を見た。
「黒田様、あなたをレストランハピネスに招待させていただきます。詳細は電話にて、お話します。お手数ですが、こちらの電話番号に、黒田様からおかけ下さい。○✕○-○○○○-✕✕✕✕」
 黒田は便箋を読むなりすぐに、電話に手を伸ばした。

 1週間後の午後3時、幸村は黒田商事に黒田を迎へに来ていた。
 黒田が事務所から出て来る。
「おお、あなたがレストランハピネスの方?」
「はい。では、お車へ」
 幸村はドアを開け、黒田を後部座席へ案内する。
 黒田が車に乗り込むのを確認すると、幸村も車の運転席へと乗り込んだ。

「お店は秘匿性の為、お電話でお話した通り、腕時計や携帯電話をお預かりします」
「おお、そうでしたな」
 黒田は、腕時計外し携帯電話と一緒に、運転席にいる幸村に渡した。
「それでは、アイマスクとイヤフォンをしていただきます」
 そう言って幸村は、黒田にアイマスクとイヤフォンを渡した。
 黒田はなんの疑念も抱かず、すぐに装着した。
 装着したのを確認すると、幸村は車をスタートさせた。

「では、アイマスクとイヤフォンを外してください」
 黒田は、幸村に言われた通り、アイマスクとイヤフォンを外した。
 外すと、椅子とテーブルがあり、12畳程の広さの窓のない部屋に居た。
「お座りになって少々お待ち下さい」

 時計がないので分からないが、体感的には15分程して、幸村がカートに料理を乗せて戻って来た。
 待ちに待った料理。黒田は思わず舌舐りしていた。
 ポットカバーのされたトレイが目の前のテーブルに置かれた。
 ポットカバーが外された。するとそこには、牛丼と味噌汁があった。
「これが、最高の料理?」
 黒田は落胆していた。贅沢な料理を想像していたのだ。
「食べてみれば分かります」
 黒田は騙されと思いながらも、箸で牛丼を一口分口に運んだ。
 するとどうだろうか、今まで食べたことのない旨味が口一杯に広がった。
「う、旨い。これが最高料理なのか?」
 疑問を浮かべなからも、箸が止まらない。あっという間に黒田は牛丼を平らげ、味噌汁に手を伸ばす。
 出汁が効いた豆腐とワカメだけのシンプルな具材だか、旨味を最大限に引き出した優しい味わいの味噌汁だった。
 こちらもあっという間に飲み干してしまう。
「旨い!旨すぎる!」
「それは、光栄でございます。次の料理をお持ちします」
 言って幸村は、2つカートを引っ提げて戻って来た。
 黒田の心が弾む。
 テーブルに置かれる前に、小さい方のポットカバーが開けられた。
 そこには、ウインナーのようなものが置かれていた。
「これは?」
「あなたが食べたものの一部ですよ」
 そう幸村に言われたが、黒田には、何なのか分からなかった。
「では、こちらを見ればお分かりになりますかね?」
 もう一つのポットカバーが開かれた。
 渋谷の生首があった。

「ひいいいぃ!」
 黒田は腰を抜かし、椅子から転げ落ちた。
「お、お前、私に人を私に食わせたのか!」
「ええ、そうですよ」
 幸村はにっこり微笑んだ。
「何てものを食わせたんだ!おぇぇ」
 黒田は、食べたものを口から吐き出した。
「あららら、勿体ない」
 幸村は、カートに掛けてあった塵取りとホウキで、黒田の吐いた汚物を片付ける。
「顔を上げて下さい」
 言われ、黒田が顔を上げたところに、黒田が吐き出したものの入った塵取りを、黒田の口に突っ込んだ。
「あばばばざばざばは!」
 黒田は、汚物まみれになりながら、気絶した。
「もう来ていただいてよろしいですよ」
 ドアが開き、渋谷が入って来た。
「どうでしたか?この茶番劇?」
「最高でした。まさか俺の顔のケーキで騙すと聞いたときは、ここまで上手くいくとは思いませんでしたが」
 幸村は生首ケーキにフォークを突き立て、すくった。
「うん。美味しい」
 幸村は恍惚な表情を浮かべた。

終わり
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