怪奇探偵
皆が寝静まった深夜。バイクのマフラーから、勢いよく排気ガスが排出された。
排出された排気ガスは暗闇の中で、獣の咆哮のごとく、不気味に響き渡った。
エンジンのかかったバイクは、ハンドルバーをゆっくりと回転させながら、走り始めた。
照明が壊れているのかバイクは、ライトを点灯させることなく、暗い暗い夜道を走って行く。
徐々に徐々に、スピードが上がって行く。
排気音がスピードが上がるにつれ、大きくなる。同時に風切り音も大きくなる。
全てが最高潮を迎えた時、突然すべての音が消失して、バイクは闇の中に消えた。
「ふわぁ」
勇人は、欠伸しながら腕を伸ばし、寝台代わりにしていたソファーから身体を起こした。
コンコン。ドアがノックされる。
「ふぁい。……勧誘なら間に合ってますよ」
「ち、違います。依頼です」
「い、依頼!ちょ、ちょっと待って下さい!」
勇人は、慌ててマスクを探す。足元に落ちていたマスクを見つける。マスクを着けながら、突撃する勢いで向かい、ドアロックを解除して、開ける。
「お待たせしました」
さらさらヘアで、黒淵眼鏡かけたライダーススーツの男が居た。
「散らかってますが、どうぞ中へ」
男をソファーに招いて、勇人はテーブルを挟んで向かいのソファーに座る。ポケットから、名刺入れを取り出し、名刺を男この前に置いて名乗る。
「怪奇探偵、怨神勇人(おんがみゆうと)と申します。早速話を訊きましょう。えーと、そう言えば、まだお名前訊いてませんでしたね」
「内村明です」
「内村さん、それで依頼内容は?」
「僕のバイクを探して欲しいんです!」
「バイク?盗難なら、警察にーー
「盗難じゃないんです」
「盗難じゃない?どう言うことです?」
「バイクがひとりでに、勝手に動いてどかへ行ってしまったんです」
「なるほど。早とちりしました。すみません」
「いえ、大丈夫です」
「では、現場に行きましょう」
「え、信じてくれるんですか?」
「怪奇探偵ですから」
内村の家に着く。
「さて、どこでバイクがひとりでに消えたんです?」
「ここです」
内村は、共同駐輪場に勇人を案内する。
「バイクの写真はありますか?」
「はい。これです」
そう言って赤いバイクの載ったカタログを見せた。
「カタログ?」
「買ったばかりだったもので」
「このバイクがひとりでに動き出していなくなったと?」
「はい」
「何時頃です?」
「深夜だったことは間違いないのですが、正確な時間は覚えていません」
「そうですか」
勇人は携帯を取り出して、検索を始める。
「何か、わかったんですか?」
「いえ、検索をいれただけです」
「そうですか」
内村は肩を落とした。
「そうガッカリしないで下さい。まだ捜索ははじまったばかりですよ」
「そうですね」
「それでは、次はバイクを買われたお店に行きましょうか」
大和モータース。
全部で約20台ほどのバイクか並ぶ、どこにでもありそうなと、なんの変哲もない小さな個人店だった。
「ここですか」
「はい」
「すみませーん」
勇人は店員を呼ぶ。
「はーい」
奥から、青いつなぎを着た40代くらいと思われる男が出て来た。
この男が大和モータースのオーナーだった。
「オーナー、内村さんにこのバイクをお売りになられたので、よろしいですか?」
勇人はオーナーに、内村の持っていたカタログを見せた。
「ええ、そうですよ。内村さんにお売りしたバイクです」
「このバイクは、どこで手に入れたものですか?別に盗品を疑っているわけではありません。気を悪くしないで下さい」
「いえ、大丈夫です。……実は買ったバイクではないです」
「買ったバイクではない?」
「はい。ですので、本来は売り物ではないやんですが、内村さんに口説き落とされましてね」
「内村さん。本当ですか?」
「はい」
勇人は携帯を操作しつつ訊いた。
「どこで、譲ってもらったのですか?経緯を聞かせて下さい」
「不動山でボロボロに放置されたバイクを見つけたんです」
「ほほう、不動山で」
「外はボロボロでしたが、エンジンは無事そうだったんで家に持ち帰り、レストアしたんです」
「そして、レストアを完成させて、お店に置いておいたと」
「はい。その通りです」
「ありがとうございます。聞きたいことは以上です」
そう言って頭を下げ、内村と一緒に大和モータースを出た。
「何かわかりました?」
大和モータースを出るなり、内村は訊いて来た。
「ええ、おそらく朧車(おぼろぐるま)です」
朧車(おぼろくるま)それは、妖怪の名前だ。
本来半透明の、特に害をなさない珍しい妖怪である。今のところなぜ、バイクを盗んだのか理由はわからない。
「つまり、妖怪の仕業だと?」
「ええ、まだ決定打はありませんが、1人でに動き出した。日々妖怪も進化するので、透明になる術を見つけた可能性があります。突拍子もなくて信じられないかもしれませんが」
「いえ、バイクが1人でに動き出したんです。妖怪の仕業と言う手掛かりを掴めただけで、御の字です」
「では、行きましょうか」
「え、どこにです?」
「不動山です。そこで、拾われたバイクですから」
不動山まで、勇人は内村を車に乗せ、向かった。
その途中、1台のバイクとすれ違った。
「ん、今のバイクは?」
「僕のです!」
勇人は、急いで車をUターンさせ、バイクを追いかけ始めた。
「速い」
アクセル全開でバイクを追いかける。
あと、3メートル程と言うところまで追い付いたが、そこから距離が縮まらない。
そこで勇人は、バイクに話しかけることにした。
「朧車!」
「我を知っているのか?」
バイク=朧車が喋った。
「ああ」
「今時、我を知っているとは珍しい人間だ」
朧車は少しスピードを落とし、運転席側に並走を始めた。
「朧車、止まってほしい」
「なぜだ?」
「お前の体の持ち主がいるからだ」
「ほう。どこにいる?」
「ここだ」
言って勇人は助手席にいる内村を指した。
「知らん顔だ」
「お前の新しいオーナーだぞ」
「それは、人間のルールだ。私には関係ない」
「そりゃ、そうだが。どうしても止まってくれないか?」
「ああ」
「そうか。なら、仕方ない。内村さん、ハンドルをお願いします」
「え、え、え?」
内村は戸惑いながらも、勇人に言われるままハンドルを握った。
それを確認すると、勇人はドアを開け、朧車に飛び乗った。
「何をする!」
「こうするのさ!」
なんとかうまく、朧車に飛び乗った勇人は、バイクのブレーキを握った。
ぐんぐん朧車の速度が落ちる。
やがて朧車は失速して止まった。
気付けば、車は300メートル程後ろで止まっていた。
「無茶をする」
「こうでもしなければ、止まらなかっただろう?」
「確かにな。だが、我の止め方は他にもあっただろう。我を破壊するとかな」
「ああ。だが、そんなことをして、内村さんが喜ぶと思うか?」
朧車は少し沈黙した。
「だから、命をかけたのか?」
「人の悲しむ姿は見たくないからな」
「馬鹿な男だ」
「なんとでも言え」
「だか、嫌いではない。この体、あの男に返そう」
そう言うと、朧車はバイクから幽体し、半透明な姿で勇人の前から走り去って行った。
終わり
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