1:世界は変わり始めていた



春の陽気真っ只中の四月の始め。青年の名前は花村響、通称ヒビは慌ただしく準備を進めていた。

「母さん!起こしてくれたって良かったじゃない!?」
「ヒビ。アンタは今日から高校二年生なのよね?一年生じゃあ無いんだから自分で責任を持ちなさい。じゃあ母さんは仕事に行くからガスの元栓ちゃんと閉めて、戸締りもよろしくね」

 彼は公立高校の桜丘高校に通う高校生で今日が二年生への進級の日なのだが、スマートフォンのアラームを午前と午後で掛け間違えてしまい、遅刻ギリギリの状態だ。

手をヒラヒラと振って家を出て行った自分の母親を頬を膨らませて、恨めしそうに睨むと茶色の髪を掻き乱して溜息を一つ吐く。

「まあ、ちゃんと確認しなかった僕が悪いからなあ…。仕方ないか」

 そう言うと響はリビングにあるテーブルの上に置いてある母親が作った自分の弁当を鞄に詰めてからガスの元栓を閉めて、戸締りも確認してから玄関の扉を開く。

「…おはよ」

 彼は驚きで目を見開いた。目の前には強面で仏頂面の自分の親友兼、幼馴染が原付のバイクに寄り掛かって居たからだ。

 この強面の青年こそ、三上龍河。通称リュウ。響とは同じ日に同じ病院で産まれ、取り違えられそうになった間柄で何故か其処でお互いの母親が仲良くなり、しかも家が隣同士である事まで発覚し物心付く前からずっと一緒の関係。

 そして、響が伝えてはいけないと思っている想い…。所謂恋心を抱いている相手でもあり、それと同時に救いたいと思っている相手でもある。

「何でリュウが此処に居るんだよ?学校は?」
「俺は新聞配達のバイトが終わってさっき帰って来たところだから。折角だし乗って行けば」

 龍河はスペアのヘルメットを響に投げて寄越すと、自身はバイクに跨ってエンジンを蒸かす。

響は彼から受け取ったヘルメットをしばらく見つめると嬉しそうに目を細めると、それを被って即席で作ってあった後ろ座席に座り、龍河の背中に勢い良く抱き付くが、年齢の割にがっちりとした彼の身体はビクリともしない。

「お前は本当に優しいよなあ」
「…そうか」

そうでもないぞ、と龍河はそう小さく零すが彼には聞こえてはいなかった。

「ん?今、何か言ったか?」
「…何も言ってねえよ」

龍河は心の何処かで聞こえていなかった事に対して安心していた。

そう彼にも自分の親友であり幼馴染である響に対して、秘密を抱えているからだ。

バイクはそんな二人が身を焦がすほどの秘密を乗せたまま春の陽気の街を走り出す。

そして二人の世界は少しずつだが、確実に変わり始めていた。

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