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仲月部長
先日のマーケティング会議の結果、これの商品化が決定した。
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仲月部長
商品名は〈天使の香り〉。
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仲月部長
甘い香りに心を奪われる、甘い香りに包まれるような心地よさから、ネームが決まった。
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溝口課長
はい、みんな拍手!
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水谷梨子
…………。
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仲月部長
キャッチフレーズは、
<この香水をつけると天使が舞い降りて、恋を実らせてくれる>だそうだ。 -
仲月部長
これから、ロゴやパッケージデザインで忙しくなるぞ。
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溝口課長
みなさん、社員一丸となって頑張りましょう。
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社員A
(だから、なんでおまえが仕切ってんだよ。それ、仲月部長のセリフだから!)
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3か月後
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仲月部長
はい、水谷。
今月もまた〈年齢別商品売上統計表〉の作成、頼むな。 -
水谷梨子
はい!
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仲月部長
いい返事だ。
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仲月部長
あ、そうそう。
溝口課長が今までやっていたアンケート集計なんだけど、今月から水谷に任せるよ。 -
水谷梨子
アンケート集計、ですか?
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仲月部長
そう、消費者の声だ。
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仲月部長
例えば、価格が安いだの高いだの、容器・パッケージのデザインが良いだのなんだのという、商品の感想だ。
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水谷梨子
つまり、質の善し悪し。
それをもとに悪い点は改善され、良い点は伸ばしていくんですね。 -
仲月部長
そう、重要な仕事だ。
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仲月部長
任せたよ。
年齢別にデータをまとめてくれ。 -
水谷梨子
はい、わかりました!
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消費者
【17歳・学生】
「〈天使の香り〉、香りがいいです。友達に何の香水を使っているのか、教えてって言われました」 -
消費者
【32歳・会社員】
「彼女の誕生日に、〈天使の香り〉をプレゼントしたら、すごく喜ばれました」 -
消費者
【28歳・OL】
「〈天使の香り〉を初めて付けた日に、彼からプロポーズされました」 -
水谷梨子
(私も、部長からサンプルをもらってから、この香水のとりこ。先月の発売初日、並んでまでゲットしちゃったし♡)
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溝口課長
梨子ちゃん、コーヒーちょうだい。
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水谷梨子
(梨子ちゃん?)
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給湯室
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仲月部長
水谷。
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水谷梨子
あ、部長。
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水谷梨子
部長のも入れますね。
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後ろから包み込まれるかのように、ぎゅっと抱きしめられる。
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水谷梨子
部……っ!
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仲月部長
充電中♡
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水谷梨子
今、勤務中ですよ?
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水谷梨子
こんなところ、誰かに見られたらどーすんですかっ!?
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仲月部長
大丈夫、大丈夫。
誰も見てないから。 -
仲月部長
しばらく、こうさせて。
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水谷梨子
もう。
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水谷梨子
じゃ、ちょっとだけですよ?
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仲月部長
梨子から、甘いにおいがする。
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仲月部長
……あれ、なにか手を加えたのか?
<天使の香り>だけど、それよりふんわりとやさしく感じる。
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水谷梨子
あ、気づきました?
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水谷梨子
実は、練り香水にして使ってるんです。
そのほうが、付けすぎることもなく、香りもキツくならないし、安定してるので。 -
仲月部長
へぇー、練り香水か。
考えたもんだな。 -
水谷梨子
“持ち運びもラクだし、ヘアワックスとしてでも使えるよ”ということを、同じ寮の子に教えてもらったんです。
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仲月部長
寮生活に、だいぶ馴染んできてるじゃないか。
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仲月部長
梨子、今夜は外で食事しないか?
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水谷梨子
あ、はい。
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水谷梨子
和・洋・中、どれにします?
ちなみに、居酒屋は“和”に入ってますからね。 -
仲月部長
悪いけど、もう決めてある。
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水谷梨子
え?
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仲月部長
今夜はオシャレなお店に連れてってやるよ。
楽しみにしてて。 -
水谷梨子
はい、わかりました。
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***
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水谷梨子
すみません、部長!
遅くなりましたっ!! -
仲月部長
じゃ、行こうか。
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水谷梨子
はい!
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水谷梨子
それで、今日はどこに連れてってくれるんですか?
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仲月部長
先月オープンした、イタリアンレストランだよ。
先週予約入れといたんだけどね。 -
仲月部長
まあ、梨子は居酒屋のほうが好きだろうけど。
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水谷梨子
そんなことないです。
楽しみです。 -
水谷梨子
それに、前回、お酒を浴びるほど飲みましたから、当分はいいです。
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仲月部長
ぷっ!
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仲月部長
またそのうち行こうか。
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水谷梨子
え、いや……。
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仲月部長
ん?
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水谷梨子
また、おぶって帰ることになっても知りませんよ?
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仲月部長
いいよ。
また持ち帰るから。 -
水谷梨子
え……。
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仲月部長
顔、真っ赤。
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水谷梨子
部長が変なこと言うから……。
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仲月部長
梨子はほんとカワイイな。
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仲月部長
それに、今日はすごく綺麗だ……。
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水谷梨子
部……長……。
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部長は体を屈めて私にふわりとキスをした。
ゆっくりと離れていく、部長の唇を目で追う。
部長には、いつもドキドキさせられっぱなしだ。 -
仲月部長
……続きは食事の後かな。
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水谷梨子
もう!
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水谷梨子
まだここ社内だから……っ。
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私の唇を指でなぞりながら、余裕な笑みをみせる部長。
言ったそばから、私の手を引いて歩き出す。 -
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夜のオフィス街は、昼間の活気さはなく物静か。
その代わり、オフィス棟の窓の灯りが通りの道を明るく照らし出してくれる。
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早見
…………梨子?
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水谷梨子
…………!
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聞き覚えのある懐かしい声が、一瞬にして私の顔をこわばらせた。
道路を挟んで向かい側のビルのそばに、スーツを着こなした男性が立っていた。
忘れるはずがない、あの声を────……。 -
水谷梨子
……早……見、くん…………。
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早見
やっぱ、梨子だよな?
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早見
久しぶり。
高校の卒業式以来だな。 -
水谷梨子
そ、そうだね。
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早見
元気だった?
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水谷梨子
う、うん。
早見くんは? -
早見
この通り元気。
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早見
梨子も、東京に出て来てたんだね。
まさか会うなんて、世間って意外と狭いのな。 -
水谷梨子
そ、そうだね……。
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仲月部長
水谷。
近くの書店にいるから、あとで電話して。 -
水谷梨子
あっ!
まって下さい、部長。 -
早見
!
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水谷梨子
そばに、いてください。
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仲月部長
……わかった。
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水谷梨子
あのね、私、ずっと早見くんに謝りたくて……。
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水谷梨子
ごめんなさい、いっぱい傷つけちゃって。
私と一緒にいるの、ずっとツラかったでしょ。 -
早見
全部が全部、ツラかったわけじゃないし。
単に俺が幼すぎただけ。 -
早見
梨子がずっと俺になにか言いたげな顔をしていたのに、気づかないふり────、いや、避けたりしてゴメン。
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水谷梨子
ううん。
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水谷梨子
あのとき、早見くんに伝えたかったことなんだけどね。
今さらなんだけど……。 -
早見
なに?
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水谷梨子
早見くんがいなくなって、はじめて気づいたの。
目の前に幸せがあったのに、どうして自分から手放しちゃったんだろうって。 -
水谷梨子
……ずっと、好きでした。
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早見
……うそ……、だろ……?
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早見
ああ~、なにやらかしてんだ、俺。
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水谷梨子
ずっとそのことがトラウマになってて、つい最近までまともな恋愛ができなかったの。
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水谷梨子
今は、すごく幸せよ。
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仲月部長
…………。
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早見
……はぁ、勘弁してくれよ。
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水谷梨子
え?
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早見
悪いけど、君たちのノロケ話を聞くつもりはないよ。
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水谷梨子
えっ!?
私、そんなつもりじゃ……! -
早見
“初恋”って実らないっていうけど、本当だね。
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水谷梨子
初恋?
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早見
実を言うと、俺もトラウマになってて、いい恋愛ができなかったんだ。
これでやっと前に進めた気がする。 -
早見
ありがとう、梨子。
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水谷梨子
え?
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早見くんから「ありがとう」と言われた途端、緊張がほぐれたのか、目からするりと大粒の涙があふれてきた。
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早見
えぇっ!?
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水谷梨子
……は、早……見……くぅん…………。
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早見
あー、泣くなよ。
そーゆーところ、全く変わってないんだな。 -
水谷梨子
どうしよう、止まんないっ。
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早見
……ほら、もういいから彼氏のところに行けって!
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早見
てか、とっとと、コイツのこと幸せにしてもらえます?
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仲月部長
ああ、言われなくても、そのつもりだよ。
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仲月部長
……おいで、梨子。
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部長が手を広げて、私を呼ぶ。
おぼつかない足取りで、私は今、最愛の人の胸へ飛び込んだ。 -
(作者)聖ゆうな
The END♡
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