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あの頃の私は、 “永遠”ていう言葉を信じていた。
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うぶで純粋だったというか、なんというか。
そんな私にすべてを教えてくれたのは、4つ年上の教育実習に来ていた宮間先生だった。 -
宮間先生
『梨子、好きだよ』
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水谷梨子
『私も、好き。ずっと一緒にいてね、先生』
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私たちの密会場所は、ひと気のない公園の駐車場。
先生の車の中────。 -
先生をまってる間、ずっとドキドキしてた。
1時間……、
ううん、2時間でも平気で待てた。 -
***
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先生との出会いは簡単。
高3の6月の初め頃。
担任の先生に仕事を任され、帰りが遅くなった私に待っていたのは、どしゃ降りの雨だった。
途方に暮れていたところに、教育実習に来て間もない宮間先生の車が止まった。 -
宮間先生
『乗ってく?』
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***
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あれは、先生の教育実習が終了する前の日のこと。
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水谷梨子
『あ、もしもし、先生? うん、私ならいつもの場所にいるけど……』
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宮間先生
『………悪い、梨子。今日は行けない。……いや、もう行けないんだ』
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水谷梨子
『行けないって、先生なにかあったの?』
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宮間先生
『……梨子、ごめん』
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水谷梨子
『……なんで謝るの?』
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宮間先生
『…………見られたみたいなんだ。梨子が、俺の車に乗り込むのを────』
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水谷梨子
『そ、そっか。じゃあ、少し我慢すればいいんだよね? 先生が大学に戻れば、私“彼女”として堂々としていられるわけだし……』
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宮間先生
『今回は目をつぶるって。梨子には悪いけど、校長たちには生徒の相談に乗ってただけだって言っておいたから。万が一、梨子も聞かれるようなことがあれば、口裏を合わせてくれないか』
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水谷梨子
『それはいいけど……』
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宮間先生
『梨子……』
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水谷梨子
『うん』
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宮間先生
『別れよう、梨子』
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水谷梨子
『…………』
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宮間先生
『……梨子? やっぱ今から行く。直接会って話そう』
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水谷梨子
『……いい、来ないで。来なくていいから!』
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宮間先生
『行くから』
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水谷梨子
『来ないで! もしまた誰かに見られたら、もう言い逃れできなくなるから』
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宮間先生
『梨子……』
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水谷梨子
『先生が……、私のせいで先生が、先生になれなくなっちゃったらヤダから。だから、もう来ないで……』
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宮間先生
『…………わかった』
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ツーツーと鳴る、ケータイを耳に押し当てたまま、しばらくは動けなかった。
雨が降り出し、どれくらいの時間が経ったのだろう。
ピシャピシャと、水が跳ねる音が耳に飛び込んできた。 -
彼との出会いも、また雨だった。
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早見
『…………水谷?』
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水谷梨子
『…………』
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早見
『……風邪、ひくよ?』
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水谷梨子
『…………』
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早見
『……誰か────、先生、待ってんの?』
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水谷梨子
『もしかして、早見くんなの? 私と先生のこと、告げ口したの!?』
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早見
『ち、違うよ! 俺じゃない。みんなが知ってるよ、宮間と水谷がデキてるって』
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水谷梨子
『……ごめんなさい、疑ったりして』
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早見
『別にいいけど。その、宮間と何かあったの?』
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水谷梨子
『別れようって言われちゃった』
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早見
『え……』
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水谷梨子
『もう来ないってわかっているのに、まっていたくて……』
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早見
『バ、バッカじゃねーの! 来ねーヤツ待ったって仕方ねーじゃん』
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水谷梨子
『なっ……! もう、ひとりにしてよ。早見くんには関係ないことでしょ!』
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早見
『関係あるよ! 好きなコが目の前で泣いてるの、ほっとけるわけねーじゃんっ』
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水谷梨子
『え?』
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早見
『え?』
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水谷梨子
『“好きなコ”って、まさか……私?』
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早見
『そうだよ。あぁ、サイアク。このタイミングで告るなんて。……好きなんだ、水谷のこと。ずっと好きだった』
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水谷梨子
『は、早見くん……』
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早見
『俺と付き合わない?』
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水谷梨子
『えっ』
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早見
『水谷、今、すっげぇー胸が痛いだろ。それを治すには、新しい恋をすることなんだって』
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水谷梨子
『誰がそんなこと言ってたの?』
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早見
『俺っ!』
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水谷梨子
『……ぷっ!』
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早見
『なんで笑うんだよ』
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水谷梨子
『ごめん。だって、おかしくて』
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***
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嫌いになって別れたわけじゃない。
だから、必死だったの。
一日でも早く先生を忘れなきゃって────。 -
それは、早見くんと付き合い出して半年が過ぎた頃だった。
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早見
『……ねぇ、梨子。梨子の瞳に映ってんの誰?』
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水谷梨子
『え?』
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早見
『ときどき遠い目してる。まだ宮間のことが忘れられないのかよ?』
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水谷梨子
『ち、ちが……!』
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早見
『もういいよ、梨子。謝られると、余計ツライから』
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正直、早見くんといっしょにいることがツラかった。
彼の口から、何度“ごめん”って聞いたことだろう。
まるで、口癖になったかのように────。 -
そして、いつから笑わなくなったの?
私に刻まれた彼は、ひどくツラそうな顔をしている。 -
早見
『梨子。俺は別に体が欲しくて抱いてんじゃないよ。いい加減、俺のこと見てよ……』
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水谷梨子
『み、見てるよ』
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早見
『見てねーよ、全然っ! 俺のことなんか全然見てない。いつも、俺を通り越して、他の誰かを見てる』
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水谷梨子
『早見くん……』
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早見
『ずっと……、ずっと、梨子の心が欲しかった』
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早見
『別れよう、梨子』
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きっと、このときの今にでも泣き出しそうな彼の顔が、私の心に刻み込まれているのかもしれない。
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水谷梨子
『なに言ってんの、早見くん!』
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早見
『ほら、ちょうどいいじゃん。俺は東京の大学に行くし、梨子は地元の短大に行くんだろ? どう考えたって遠距離恋愛は無理だよ。だから、卒業前に俺ら別れよう』
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水谷梨子
『……早見くん』
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体を重ねていくうちに、いつかは忘れられると思っていた。
私は早見くんの優しさに付け込んで、自分でも知らず知らず、彼を苦しめていたんだ。 -
だけど、離れてみてわかったの!
目が勝手に、早見くんを追っているってことに…………!
今更だけど、言えなかった。
彼への想いを胸にしまったまま、私たちは高校を卒業した。
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