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本社・2日目
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仲月部長
ふうん。
正直、ここまで期待してなかったな。〈年齢別商品売上統計表〉、見事だよ。 -
仲月部長
はい、ご苦労様。
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水谷梨子
あの、私、子供じゃありませんっ。
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仲月部長
あっそ。
じゃ、いらないのね。 -
水谷梨子
いえ、もらいますけど。
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水谷梨子
部長は、私のなにを期待してここに呼んだんですか?
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仲月部長
……期待?
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仲月部長
期待なんかしてないよ。
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水谷梨子
へっ?
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仲月部長
僕は君の声を買っただけだ。
電話での受け答えはパーフェクトだからね。 -
水谷梨子
…………!
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仲月部長
でも、これからは期待してるよ。
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仲月部長
ここでは、デスクワークがほとんどだからね。がんばれ、水谷。
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水谷梨子
は、はいっ!
任せてくださいっ!! -
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溝口課長
それじゃ、水谷さんにコーヒー任せた。
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水谷梨子
え……。
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***
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溝口課長
はい、水谷さん。
今日中に50部ずつ、よろしくね。 -
水谷梨子
えっ!?
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溝口課長
明日のマーケティング会議に使う資料だよ。
コピー機にかければ、50部なんてあっという間なんだし、あとは若い君に任せた。 -
溝口課長
はっはは!
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水谷梨子
(うそ、これ私ひとりでやれと? なに笑いながら帰り支度してんのよ!)
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水谷梨子
よし。
あとは綴じるだけ。 -
水谷梨子
え……、
うそ、もう9時っ!? -
水谷梨子
見たいドラマあったのに、これ今日中に終わるか不安になってきた……。
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仲月部長
水谷?
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水谷梨子
ぶ、部長!
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水谷梨子
こんな時間まで残ってたんですか!?
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仲月部長
ああ、明日の打ち合わせだよ。
水谷のほうこそ、まだ残ってたのか? -
水谷梨子
はい。
明日の資料なんですが……。 -
仲月部長
それ、今日中に終わるのか?
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水谷梨子
…………。
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水谷梨子
部長、お疲れ様でした!
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仲月部長
ほんとだよ。
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仲月部長
いい根性してるよ。
俺を使うなんて。 -
水谷梨子
ふふふ。
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仲月部長
それにしても、いい飲みっぷりだな。
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仲月部長
君には驚かされてばかりだ。
居酒屋に連れて行ってほしいとか。
ふつう、水谷くらいの若い子はオシャレなお店に行きたがるんじゃ……。 -
水谷梨子
えっ?
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水谷梨子
もう、さっきからなに言ってるんですか?
ここは居酒屋ですよ。まわりがガヤガヤしてるから、部長の声、あんまり聞こえないです。 -
仲月部長
水谷は、居酒屋にはよく行くのか?
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水谷梨子
そうですね。
向こうにいたときは、しょっちゅう付き合わされました。上司が酒好きだったので。 -
水谷梨子
さあ部長も、どんどんイッちゃって下さいっ!
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仲月部長
あ、ああ……。
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水谷梨子
はい、コレも食べて。
なかなかイケますよ。 -
仲月部長
……な、なんなんだ、この奇妙な物体は?
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水谷梨子
スズメさんです。
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仲月部長
は?
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水谷梨子
雀の丸焼きです。
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仲月部長
ス、スズ……、
スズメっ!? -
水谷梨子
はい、ちょっとグロいですよね。
店員さんがオススメだって言うんで頼んでみました。 -
仲月部長
頼んでみましたって……。
この居酒屋、そんなゲテモノまでおいてあんのか。 -
仲月部長
それを食う水谷も────。
ああ、俺の中の水谷像がどんどん崩れていくよ……。 -
水谷梨子
ふふふ。
部長は、私をどんな人だと思ってたんですか? -
仲月部長
…………。
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仲月部長
言わない。
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水谷梨子
えぇ~、気になるじゃないですか~。
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水谷梨子
ちょっとだけ。
ねっ、お願い。 -
仲月部長
酔ってるな、おまえ……。
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水谷梨子
酔ってませんって。
まだまだこれからです。 -
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仲月部長
…………。
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仲月部長
そうだな。
ここ二日間、水谷のことを見てきて、水谷のこと、もっと知りたいって思ってる。 -
水谷梨子
え?
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水谷梨子
それ、どういう……。
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仲月部長
さりげなく、告白してみたつもりだけど。
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仲月部長
君に好意をもってるって。
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水谷梨子
……え?
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水谷梨子
えぇぇぇっ!?
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水谷梨子
……ははは。
バカみたいですよね、いまだに忘れられないなんて。 -
水谷梨子
私、ときどき不安になるんです。
この先、誰かとちゃ~んと恋愛できるのかなって。 -
仲月部長
…………。
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水谷梨子
実を言うと、ここに来る前に彼氏にフラれたばかりなんです。
幸せだと思えば思うほど、高校のときに傷つけてしまったカレのことを思い出しちゃって。 -
水谷梨子
もう6年も前のことですよ?
向こうはとうの昔に、私のことなんか忘れてるかもしれないっていうのに。 -
仲月部長
まだ好きなのか?
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水谷梨子
……好き、だったんだと思う。
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水谷梨子
彼に本当の気持ちを伝えられなかったから、私のなかで決着がついてないんだと思うんです。
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水谷梨子
……って、おかしいな。
今まで誰にも言ったことなかったのに、どうして部長にこんな話しちゃったんだろう。 -
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仲月部長
────なら、俺が忘れさせてやるよ。
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水谷梨子
え?
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仲月部長
俺のことしか考えられなくなるまで、俺で埋めてくしてやる。
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水谷梨子
あ、あの、部長……。
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水谷梨子
私、お酒が入りすぎちゃって、耳までおかしくなっちゃったみたいなんですけど。
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仲月部長
水谷、俺を好きになれ。
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水谷梨子
ぶ、部長?
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仲月部長
俺を好きになればいい。
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