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水谷梨子
……しゅ、出向っ!?
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水谷梨子
しかも、明日から東京っ!? そんな無茶苦茶すぎます、部長ぉっ!!
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部長
だ、大丈夫だよ、水谷くん。
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部長
本社のほうは明日の午後イチにっていうし、旅費は全て本社負担、寮だってある。なんの心配もいらないよ。それに君、実家暮らしだったろ?
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水谷梨子
そ、そうですけど、いくらなんでも急すぎませんか?
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部長
本社からの要請だ、断るわけにもいかない。
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部長
と、とにかく、君の仕事の引き継ぎは、こっちのほうでなんとかするから、君は何も心配せず、本社で頑張りたまえ。
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水谷梨子
(そんなぁ~)
あ、あの、なんで私なんかが……。 -
部長
向こうの部長さんのご指名だよ。
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水谷梨子
へっ?
(し、指名っ!?) -
部長
ま、そーゆーことで君はもう帰っていいよ。いろいろと準備があるだろ?
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水谷梨子
えっ……。
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なんかやらかしました、私?
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5階。
エレベーターの扉が開くのと同時に、よみがえってくる昨夜の出来事。 -
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水谷梨子
あ……。
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坂戸和之
辞令が出たんだって、本社に?
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水谷梨子
え?
あ、うん。 -
坂戸和之
そっか……。
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水谷梨子
…………。
(会話が続かない。そりゃ、そうだよね。きのうの今日だし……) -
坂戸和之
……梨子、俺ら別れるの、ちょっと早まったかな。
きのう、ああは言ったけど、本心じゃない。本心じゃないけど……。 -
坂戸和之
あぁぁぁ~、クソ。
俺はなにを言いたいんだ!? -
水谷梨子
……坂戸さん?
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坂戸和之
なんか女々しいな、俺。
自分から別れを切り出しておいて、なんだよコレ……。 -
水谷梨子
ううん、ううん。
坂戸さんが悪いんじゃない。私がいけないの! -
水谷梨子
私が……!
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坂戸和之
ごめんな。
幸せにしてやるって言っておきながら、投げ出したりして……。 -
坂戸和之
正直言うと、未練たらたらだ。
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水谷梨子
え?
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坂戸和之
梨子さえよければ、俺らもう一度……! いや、ちがうな。
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坂戸和之
東京に行って、寂しい夜、ふと俺を思い出したとき……! 俺ともう一度、付き合いたいって言うんなら、そのときは考えてみてもいいけど?
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水谷梨子
ぷっ!
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水谷梨子
なにそれ。
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坂戸和之
と、とにかく、そういうことだからっ!
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水谷梨子
もうバカ……。
泣かせないでよ。 -
坂戸和之
向こうでも頑張れよ。
梨子は泣き虫なんだから、ハンカチは多めにな。 -
水谷梨子
うんうん、ありがとう。
本当に……。 -
ありがとう。
すすり泣きながら、ちゃんと言葉になって坂戸さんに伝わったかどうかはわからない。
私ずっと、その優しさに甘えてたんだ。 -
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気づけば、1階の点灯ボタンがついていて、坂戸さんがドアを閉めるのボタンを押してくれている。
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坂戸和之
わっ、バカ、泣くなよ! こんなところ、誰かに見られたら……!
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水谷梨子
だってぇ、いつも優しいから……。
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私をちゃんと見てくれる人がいたのに、私はその人を幸せにすることができなかった。
ごめんなさい。
本当に今までごめんなさい。 -
本社
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……やっちまった!
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水谷梨子
……す、すみませんでしたっ!!
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溝口課長
15時、ね。
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溝口課長
ま、しょうがないよね、急な話だったし。
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水谷梨子
今後、そのようなことが無いよう気を付けます!
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水谷梨子
それで、部長は……。
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溝口課長
ああ、そうそう。
部長から書類を預かったよ。水谷さんのパソコンにデータが入ってるから、その書類をもとに今日中に統計を出しておくようにって。 -
溝口課長
はい、ファイル。
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水谷梨子
こ、こんなに?
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溝口課長
あと、仕事の合間に会議室の片付けも頼むよ。そろそろ、会議が終わる頃だから。
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溝口課長
あ……、コーヒー入れてくれる?
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水谷梨子
あ、はい!
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私を指名してくれた部長の名前は、確か“仲月さん”。
何度か電話を繋いだことあるけど、落ち着いた感じの人だった。
いったい、どんな人なんだろう。 -
溝口課長
あのぅ、水谷さん。
コーヒーは……。 -
指名されたってことは、少なくとも期待されてるってことなんだよね?
なら、頑張んなくちゃっ! -
第1会議室
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水谷梨子
失礼しま───。
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仲月部長
あっ!
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水谷梨子
す、すみません、遅くなって。あとは、私が片付けますっ!
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仲月部長
思ったより、若いな。
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水谷梨子
……はい?
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仲月部長
へぇ~。
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水谷梨子
あ、あのっ!
(顔が近いんですけどっ!) -
仲月部長
君、年いくつ?
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水谷梨子
は、はい?
(まさか、社内でナンパってやつですか?) -
水谷梨子
に、にじゅう……よん……ですけど。
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仲月部長
ははは!
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仲月部長
そんな警戒しないで。なんか悪いことしてるみたいだから。
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水谷梨子
で、ですが……。
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仲月部長
へぇー、いいね。
生で聞く声もセクシーだ。 -
水谷梨子
は?
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水谷梨子
セ、セク……シー!?
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仲月部長
ぷっ!
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仲月部長
いいね、その反応。
もっとイジメたくなっちゃう。 -
水谷梨子
イ、イジメ……?
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プルルル……!
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水谷梨子
!
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仲月部長
出なくていいよ。
いないってことにしておけば。 -
水谷梨子
そういうわけにはいきませんっ。
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水谷梨子
───は、はい、会議室ですっ!
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仲月部長
ククク。
真面目だな。 -
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社員A
「管理部ですが、そちらに仲月部長いらっしゃいますか?」
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水谷梨子
(内線だ)
な、仲月部長……、ですか? -
水谷梨子
(知らないし……)
えーと……。 -
仲月部長
貸して。
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水谷梨子
え?
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仲月部長
仲月です。なに?
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仲月部長
……そう、じゃ外線に繋いで。
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水谷梨子
な……、
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水谷梨子
仲月部長っ!?
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うそ!?
この人が仲月部長なのっ!?
てっきり、四、五十代のおっさんかと思ってた……。 -
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仲月部長
若くてびっくりした?
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水谷梨子
えっ?
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仲月部長
ククク。
正直でいいね、君。 -
水谷梨子
す、すみません。
まさか、こんな若い方だとは……。 -
水谷梨子
あっ、重ね重ね、本当にすみませんっ!
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仲月部長
ぷっ!
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仲月部長
そんなに緊張しなくていいよ。僕たち、顔を合わせるのは今日が初めてだけど、電話では何度か話してるんだから。
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水谷梨子
そ、そうなんですけども……!
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仲月部長
ホントいいね、君の声。
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仲月部長
今回の人事異動で、管理課に穴があいたから、個人的に興味のあった君を僕が指名したんだ。
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水谷梨子
え?
個人的に?
(あの、それって、いったいどういう意味なんでしょうか?) -
仲月部長
はい、お喋りはここまで。
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仲月部長
君に、このサンプルをあげるよ。
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水谷梨子
え?
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仲月部長
あさっての会議で、この香水が商品化されること間違いなし!
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水谷梨子
あ、ありがとうございますっ!
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