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ズミは非常に機嫌を損ねていたが、同時に近年稀に見る機嫌の良さだった。
それは深夜にも関わらず突然ズミの寝室に乗り込んできたこの男のせいでもあったし、理由でもあった。
いつものミルクラウンをモチーフにした白い衣装ではなく完全にだらけきった寝巻きにしているスウェット姿ーーー料理人としての自分を誇るズミとしては非常に不本意ながらーーーでズミは名前にクリームシチューを振る舞った。
いつこの男が帰ってきてもいいように一食分の食事を残しておくのは不本意ながらズミの習慣になっていたし、ごくごく久しぶりにその食事が役目を果たした夜だった。
食べられることのなかった食事を翌朝自分の朝食に回す時、ズミは料理人としてこの男の恋人として非常に惨めな気持ちを味わった。しかし、明朝はそれを味わうことはないーーー名前が帰ってきたからだ。
「今度は一体どこで何をしていたんですか」
あたためたシチューとパンをテーブルにおくと名前はありがとう、と礼を述べ一口食べておいしいと呟いた。
このズミの料理を食べての感想としてはあまりに平凡でつまらないものだったがそれでもズミは非常に嬉しかった。名前がゆっくり料理を食べるのを見るのはそれだけ久しぶりのことだった。
「やぶれた世界から脱出してきたところさ」
ズミと同じような柔らかい髪を揺らして名前はシチューを口に運んだ。
ズミよりずっと濃い金髪に青い目、すっと細められたそれに対照的にズミは目を見開いた。
「やぶれた世界……また危険なことをしてきたのですね、あなたという人は」
テンガン山の大爆発に遭遇した、グラードンの復活を止めてきた、なんちゃら団から逃げる途中でキュレムが暴れ、ミュウに懐かれ研究者に追われ。ボロボロになって名前が帰ってくる時、大抵ズミさえも目を見開かずにはいられないような事件が起きている。
「以前にトレーナーが迷い込んでギラティナを見たって聞いてたからね、いい機会だから調べなければと思ったんだよ。思ったより出るのに時間がかかったけれど、ギラティナにも会えたし上司にもよい報告ができて休暇をもらえたから飛んで帰ってきたのさ」
名前はにこにこと笑いながらクリームシチューをぺろりと食べてグラスの水を煽った。
ズミは新しいグラスを二脚取り出しワインの栓を抜いた。芳醇な香りが広がって思わず眉間のシワも消えた。とっておきのワインを開けるのにふさわしい夜だった。
ズミが優雅にワインを注ぐと名前はワインの水面から目をそらさないまま礼を言って香りを楽しんでから一口含んだ。
無作法者だが、こういう時の礼儀はわかっている。
「前回、あなたがこのズミの料理を前に仕事に行った時のことを考えていたのですが」
「……すまなかった」
「いえ、あの時は怒りで目の前が真っ白になるという貴重な体験をしましたが、もういいです。あなた、どのタイミングで席を立ったか覚えています?」
「デザートの直前。モモンと、クリームチーズのパルフェだった」
「まさかメニューを覚えているとは思いませんでした」
あの日、腕によりをかけたコースを振る舞ってる最中に彼の腕からけたたましい音が鳴った。それを見た名前は瞬間顔つきを引き締め席を立った。
あと一品、それすらも待てずにフライゴンに乗り店を後にした彼の背中に無作法者!と怒鳴りつけたいのをズミは必死に手を握りしめて見送った。
惨めだった。料理人としてのプライドも当然傷ついたし、恋人を引き止められないこともショックだった。
「それで?」
「いえ、あの時は無作法者だと怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだったのですが、こうしてみるとあまり無作法ではないなと」
「そうかい?ズミの食べ方を見ているからかもしれないね」
全くそんなことないのに、と思いながらも名前の言葉に歓喜している自分が嫌になる、とズミは思った。
初めて名前と会った時、名前は悩むことなくズミの元を真っ先に訪れ、あっさり倒した。
呆然とするズミを置いて他の四天王とチャンピオンをものすごい速さで倒した後に名前は名を刻むこともせずに立ち去った。
バトルの優雅さに反してなんて礼儀のなっていない男だと憤慨した相手が、今何よりも大切な相手になっているとは不思議なことだとズミはワインを飲みながら思った。
「ごめん、さっきの……嘘だ」
頼りない声に水面から目線を上げると、名前がヘロヘロになってテーブルに突っ伏していた。
初めて見る真っ赤な顔に慌てて腰を上げるも、次に吐かれた言葉に驚いて動きを止めた。
「やぶれた世界に行って、めちゃくちゃ焦ったよ……いっつも慌ててズミの店出て、突然仕事に戻って、最後に見る顔いっつもズミの怒った顔だし……これが本当に最後になっちゃうって思ったらすっげえ怖かったよ……ホントだよ……全然笑った顔見たことないし、いっつも冷静だし思い出せるズミの顔怒った顔ばっかなんだもんね……ゴメンね……」
ヘロヘロな声で、弱音を吐く姿になけなしの母性というか父性がくすぐられた。背中をさするとへにゃりと情けない顔で笑った。
「おれは、彼みたいにポケモンから愛されてるわけじゃないしさ……ここで死ぬんだなって思ったよ…帰りたい帰りたいってそればっか思って、ギラティナに会えたのも偶然だったし……」
「本当に大変だったのですね」
「うん……はやく、はやく帰って君に会いたかった」
「えっ」
名前の顔を覗き込むと、名前は間抜けな寝息を立てて寝落ちしていた。
「……このズミを相手にして言い逃げですか」
まあいい、それでこそ戦い甲斐があるというものだ。初めて会った時も勝ち逃げされたわけだし、自分たちは常にこんな感じなのかもしれない。今までも、これからも。
痴れ者が、と呟いてズミは名前の体を担いだ。名前の方が体格がいいので引きずるようになったが無理やりにベッドへ放り投げた。
弱いトレーナーはいても弱いポケモンはいないというのはズミの自論でもあり挑戦者へのメッセージでもある。
この男もまた弱いトレーナーのひとりなのだと気付かされたけれど、ズミは失望しなかった。
ズミはその理由が少し気になったけれど追求するのをやめて、密かに口元を緩めて静かにその身を横たえた。
それは深夜にも関わらず突然ズミの寝室に乗り込んできたこの男のせいでもあったし、理由でもあった。
いつものミルクラウンをモチーフにした白い衣装ではなく完全にだらけきった寝巻きにしているスウェット姿ーーー料理人としての自分を誇るズミとしては非常に不本意ながらーーーでズミは名前にクリームシチューを振る舞った。
いつこの男が帰ってきてもいいように一食分の食事を残しておくのは不本意ながらズミの習慣になっていたし、ごくごく久しぶりにその食事が役目を果たした夜だった。
食べられることのなかった食事を翌朝自分の朝食に回す時、ズミは料理人としてこの男の恋人として非常に惨めな気持ちを味わった。しかし、明朝はそれを味わうことはないーーー名前が帰ってきたからだ。
「今度は一体どこで何をしていたんですか」
あたためたシチューとパンをテーブルにおくと名前はありがとう、と礼を述べ一口食べておいしいと呟いた。
このズミの料理を食べての感想としてはあまりに平凡でつまらないものだったがそれでもズミは非常に嬉しかった。名前がゆっくり料理を食べるのを見るのはそれだけ久しぶりのことだった。
「やぶれた世界から脱出してきたところさ」
ズミと同じような柔らかい髪を揺らして名前はシチューを口に運んだ。
ズミよりずっと濃い金髪に青い目、すっと細められたそれに対照的にズミは目を見開いた。
「やぶれた世界……また危険なことをしてきたのですね、あなたという人は」
テンガン山の大爆発に遭遇した、グラードンの復活を止めてきた、なんちゃら団から逃げる途中でキュレムが暴れ、ミュウに懐かれ研究者に追われ。ボロボロになって名前が帰ってくる時、大抵ズミさえも目を見開かずにはいられないような事件が起きている。
「以前にトレーナーが迷い込んでギラティナを見たって聞いてたからね、いい機会だから調べなければと思ったんだよ。思ったより出るのに時間がかかったけれど、ギラティナにも会えたし上司にもよい報告ができて休暇をもらえたから飛んで帰ってきたのさ」
名前はにこにこと笑いながらクリームシチューをぺろりと食べてグラスの水を煽った。
ズミは新しいグラスを二脚取り出しワインの栓を抜いた。芳醇な香りが広がって思わず眉間のシワも消えた。とっておきのワインを開けるのにふさわしい夜だった。
ズミが優雅にワインを注ぐと名前はワインの水面から目をそらさないまま礼を言って香りを楽しんでから一口含んだ。
無作法者だが、こういう時の礼儀はわかっている。
「前回、あなたがこのズミの料理を前に仕事に行った時のことを考えていたのですが」
「……すまなかった」
「いえ、あの時は怒りで目の前が真っ白になるという貴重な体験をしましたが、もういいです。あなた、どのタイミングで席を立ったか覚えています?」
「デザートの直前。モモンと、クリームチーズのパルフェだった」
「まさかメニューを覚えているとは思いませんでした」
あの日、腕によりをかけたコースを振る舞ってる最中に彼の腕からけたたましい音が鳴った。それを見た名前は瞬間顔つきを引き締め席を立った。
あと一品、それすらも待てずにフライゴンに乗り店を後にした彼の背中に無作法者!と怒鳴りつけたいのをズミは必死に手を握りしめて見送った。
惨めだった。料理人としてのプライドも当然傷ついたし、恋人を引き止められないこともショックだった。
「それで?」
「いえ、あの時は無作法者だと怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだったのですが、こうしてみるとあまり無作法ではないなと」
「そうかい?ズミの食べ方を見ているからかもしれないね」
全くそんなことないのに、と思いながらも名前の言葉に歓喜している自分が嫌になる、とズミは思った。
初めて名前と会った時、名前は悩むことなくズミの元を真っ先に訪れ、あっさり倒した。
呆然とするズミを置いて他の四天王とチャンピオンをものすごい速さで倒した後に名前は名を刻むこともせずに立ち去った。
バトルの優雅さに反してなんて礼儀のなっていない男だと憤慨した相手が、今何よりも大切な相手になっているとは不思議なことだとズミはワインを飲みながら思った。
「ごめん、さっきの……嘘だ」
頼りない声に水面から目線を上げると、名前がヘロヘロになってテーブルに突っ伏していた。
初めて見る真っ赤な顔に慌てて腰を上げるも、次に吐かれた言葉に驚いて動きを止めた。
「やぶれた世界に行って、めちゃくちゃ焦ったよ……いっつも慌ててズミの店出て、突然仕事に戻って、最後に見る顔いっつもズミの怒った顔だし……これが本当に最後になっちゃうって思ったらすっげえ怖かったよ……ホントだよ……全然笑った顔見たことないし、いっつも冷静だし思い出せるズミの顔怒った顔ばっかなんだもんね……ゴメンね……」
ヘロヘロな声で、弱音を吐く姿になけなしの母性というか父性がくすぐられた。背中をさするとへにゃりと情けない顔で笑った。
「おれは、彼みたいにポケモンから愛されてるわけじゃないしさ……ここで死ぬんだなって思ったよ…帰りたい帰りたいってそればっか思って、ギラティナに会えたのも偶然だったし……」
「本当に大変だったのですね」
「うん……はやく、はやく帰って君に会いたかった」
「えっ」
名前の顔を覗き込むと、名前は間抜けな寝息を立てて寝落ちしていた。
「……このズミを相手にして言い逃げですか」
まあいい、それでこそ戦い甲斐があるというものだ。初めて会った時も勝ち逃げされたわけだし、自分たちは常にこんな感じなのかもしれない。今までも、これからも。
痴れ者が、と呟いてズミは名前の体を担いだ。名前の方が体格がいいので引きずるようになったが無理やりにベッドへ放り投げた。
弱いトレーナーはいても弱いポケモンはいないというのはズミの自論でもあり挑戦者へのメッセージでもある。
この男もまた弱いトレーナーのひとりなのだと気付かされたけれど、ズミは失望しなかった。
ズミはその理由が少し気になったけれど追求するのをやめて、密かに口元を緩めて静かにその身を横たえた。
