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「ん?名前、まだ残ってたのか」
「隊長……お疲れ様です。後少しだけやってから帰ろうと思って……」
夜も更けて、私以外を除いて誰もいなかった月組待機室のドアが静かに開いて、普段の賑やかさからは想像つかないほど気配もほとんどなしに月組の隊長が帰ってきた。潜入任務の帰りだからいつもの黒装束を身につけている。口に巻いた布を煩わしそうに外しご自身の机に戻られ、代わりに私はお茶でも入れましょうかと言って席を立つ。
「潜入捜査、いかがでしたか」
「動きが無いわけではないな。決め手にはまだ早いからもっと活発になったら対処……おっとっと」
重ねられていた書類をぱらぱらと見ていた加山さんは風で飛んだ一枚を座ったまま顔をしかめて拾い、身を起こしたところで私から湯呑みを受け取った。
「花組の出動のような大事に至る前に片付くといいんですけどね」
「どうだろうなあ。出動すれば一発で片がつくとはいえ……やっぱりなあ……」
困った顔をして加山さんはまた書類をめくった。ちゃらんぽらんで掴みがたい人だけど潜入から帰ってきた時の鋭利な雰囲気を見るたびに私はいつも緊張してしまう。士官学校を大神さんに次ぐ次席で卒業し、花組隊長候補に選ばれるほどの実力と頭脳の持ち主の本気は、さすがだ。机に投げられた口布を見てから加山さんは態度の硬い私を見て薄く笑った。
「そういえばお前の花組への霊力の供給の話だがなあ、やはり今の技術では無理らしい」
「そうですか……」
「なーに、気を落とすなよ。名前は隠密部隊月組の一員として十分すぎるほどに役目を果たしているんだから……なあ?」
「隊長からそのようなお言葉……恐縮ですわ」
「こらこら、照れるなよ。後々供給技術が追いつくか、名前の霊力操作が今以上に安定すればない話じゃないさ。その時になったら共に余りある霊力で花組の支援に励もうじゃないか」
「……そう、ですね」
女性の中でも珍しく無限に霊力を宿す私は元は家の期待を一身に背負い花組入隊志望で大帝国劇場の戸を叩いた。しかしながら莫大な霊力は波が大きく操ることはとても難しく、実践では霊子甲冑は微動だにしなかった。まともに霊力を操ることができないために頼みの綱であった夢組への参加も叶わなかった。実家に帰ることもできず途方に暮れていた時に拾ってくれたのが劇場で黒子をしていた加山さんだった。隠密部隊月組の隊長がこの人と知った時にはこのちゃらんぽらんがそうなのかと驚いたものだが、彼に救われたことは今では本当に感謝している。尊敬する上司だ。実践で戦力になれなくても、霊力の供給なら役に立てるかもしれないと手立てを探してくれていることも。
「気を落とすなよ。仕事は終わったか?……なら仮眠をとったら大神のところに挨拶して一応は仕事納めにしよう。あっちはどうせ公演が終わって大体は故郷に帰るんだし……」
「どうでしょう、大神隊長と一緒に皆で初詣かもしれませんよ?まあ我々は仕事納めした次の瞬間には仕事始めですね」
「そうだなあ……」
隠密部隊の月組は必ず誰かが待機しなければならないし時間に関わらず任務がある時もあり。そんな境遇を思ってか監督任務でこっそり俺たちも初詣くらいは行きたいよなあ……と加山さんが残念そうに呟いてお茶を飲み干した。
「本年も、ご無事で何よりでした」
「ありがとう、来年こそは……どうだろうなあ」
「縁起でもないことやめてくださいね。来年のことを言うと鬼が笑いますよ」
「でも俺の役目は、最後には大神を……花組を守って死ぬことなのかもしれないなあ」
「隊長、そんなことなさっても隊長の代わりはいないんですよ。無二の友を失う大神さんのことも考えてください」
「そうだなあ……」
ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた加山さんは天井を見上げた。尊敬する上司を失う私たちのことも、考えてくださいとは言えなかった。怪我を負うことも部下を失うこともある加山さんに余計なことをさせたくなくて。
「名前、もし、霊力の供給が可能になったら…………」
ぽたん、と何かが垂れる音がして、私は慌てて加山さんの左の袖をめくった。
めくった先の血管にガーゼが貼られていて私は思わず手を止めた。加山さんはそっと私の指を剥がして指切りみたいに手を繋いだ。
「一緒に、全部花組にやって……そしたら二人で死のうなあ」
ぽたん、ぽたんと垂れる音がしている。気づかなかったむせ返るような血の匂いに慌てて加山さんに触れると背中は重たく濡れていた。なぜ今日に限って黒い服を!キネマトロンを必死に手繰り寄せて通信を入れる。
「加山さん!加山さん、隊長!!隊長寝ないでください!」
「こちら帝劇事務室……名前……?どうしたの、何があった!?」
適当に通信を入れた先は帝劇事務室だったらしい。たまたま在室していたらしいマリアさんの声に私はまともに応答することもできないくらいに焦っていて私は赤い液体に塗れた手でキネマトロンを握りしめてお医者様呼んでください!と叫ぶことしかできなかった。
「はは、名前……大神はどうせ寝てるだろ……」
薄く笑った加山さんは私の持つキネマトロンに手を伸ばした。手が届かなくて、力なく手が落ちる。私の悲鳴に加山さんはそっと目を開けて普段とかけ離れた笑顔を見せた。
「役立たず同士、これでようやく……やっと一緒に、死ねるなあ」
優しく私に向かって手を伸ばした加山さんの指先から鋭く延びる銀がきらりと光った。私は静かに目を閉じてはい、とだけ言った。加山さんも死にたかったのか、そうか。私も華撃団にいても役立たずだから、ずっと死にたかった。役立たずを拾ってくれた加山さんの役に立ちたかったけど、加山さんが望んでくれるなら、あなたと一緒なら、何も……死ぬことだって怖くない。
@@@
「なーーーーにが役立たず同士、一緒に、死ねるな……はい、だ!!!!!!この大バカもんがあ!!!!!血糊仕込んで心中ごっこなんて紛らわしいことやりやがってえ!!!!!」
年内の公演も無事に終わり比較的ゆっくりとしていたはずの帝劇の夜、応接室ではベッドに加山さんが寝かされ長椅子には私が横たわっている。カンナさんが大きな声で私をを叱り、貧血を起こしたはずの顔を真っ赤にして小さくなってすみません、でも加山さんが斬られてたのは本当なんですぅ、カンナさんごめんなさい、と繰り返すばかり。
「……でも二人とも無事で本当によかったよ」
立ち上がり拳を握って怒っていたカンナさんも夜遅いとあって怒りを抑えて黙り、ストンと向かい合って長椅子に座った。
「そろそろ落ち着きまして?」
「すみれさん……」
大女優の名にふさわしく、夜も遅いのにドアを開けて応接室に入ってきたすみれさんは綺麗な格好をしていた。
「あなたに言わなければと思っていたのですけれど、供給実験をやめようと思いますの」
「すみれさん……」
「わたくしの霊力の低下を知って焦っていたのでしょう。そんな無理な実験をして傷つくあなたを見るのはわたくしも本意ではありませんわ」
「私はそんな、華撃団のためになると思って……加山さんの血も、潜入のために仕込んでた血糊ですし、確かにお疲れで様子はおかしかったですけど……」
「あなたの無理な霊力供給で動かせるほど、霊子甲冑は甘くありませんわ」
すみれさんはぴしゃりと言って、でも顔はにっこり笑って私の手を取った。
「あなたたちをこんなにしたのは、わたくしたちよ。あなたたちの仕事があって、わたくしたちの仕事がある」
ぽたん、と垂れる音がして思わず振り向くと加山さんに繋がれた点滴の薬剤が垂れる音だった。
「あなたの居場所は月組。花組にはありませんわ」
すみれさんがにっこり微笑んだ。カンナさんはそれを聞いて腕を組んだまま厳しい顔をしている。sみれさんとカンナさんが駆けつけてきたのに大神さんは来ない。大神さんが来て、一言加山さんに言ってくれれば全部解決するのに。きっと大神さんならどうにかしてくれるのに。
幸か不幸かたっぷり仕込んだ血糊のおかげで加山さんの背中の傷は浅いらしい。一緒に死ねればよかったのに、とはあんなカンナさんたちを見たらもう言えないけど私はやっぱり少し残念な気持ちになった。
「隊長……お疲れ様です。後少しだけやってから帰ろうと思って……」
夜も更けて、私以外を除いて誰もいなかった月組待機室のドアが静かに開いて、普段の賑やかさからは想像つかないほど気配もほとんどなしに月組の隊長が帰ってきた。潜入任務の帰りだからいつもの黒装束を身につけている。口に巻いた布を煩わしそうに外しご自身の机に戻られ、代わりに私はお茶でも入れましょうかと言って席を立つ。
「潜入捜査、いかがでしたか」
「動きが無いわけではないな。決め手にはまだ早いからもっと活発になったら対処……おっとっと」
重ねられていた書類をぱらぱらと見ていた加山さんは風で飛んだ一枚を座ったまま顔をしかめて拾い、身を起こしたところで私から湯呑みを受け取った。
「花組の出動のような大事に至る前に片付くといいんですけどね」
「どうだろうなあ。出動すれば一発で片がつくとはいえ……やっぱりなあ……」
困った顔をして加山さんはまた書類をめくった。ちゃらんぽらんで掴みがたい人だけど潜入から帰ってきた時の鋭利な雰囲気を見るたびに私はいつも緊張してしまう。士官学校を大神さんに次ぐ次席で卒業し、花組隊長候補に選ばれるほどの実力と頭脳の持ち主の本気は、さすがだ。机に投げられた口布を見てから加山さんは態度の硬い私を見て薄く笑った。
「そういえばお前の花組への霊力の供給の話だがなあ、やはり今の技術では無理らしい」
「そうですか……」
「なーに、気を落とすなよ。名前は隠密部隊月組の一員として十分すぎるほどに役目を果たしているんだから……なあ?」
「隊長からそのようなお言葉……恐縮ですわ」
「こらこら、照れるなよ。後々供給技術が追いつくか、名前の霊力操作が今以上に安定すればない話じゃないさ。その時になったら共に余りある霊力で花組の支援に励もうじゃないか」
「……そう、ですね」
女性の中でも珍しく無限に霊力を宿す私は元は家の期待を一身に背負い花組入隊志望で大帝国劇場の戸を叩いた。しかしながら莫大な霊力は波が大きく操ることはとても難しく、実践では霊子甲冑は微動だにしなかった。まともに霊力を操ることができないために頼みの綱であった夢組への参加も叶わなかった。実家に帰ることもできず途方に暮れていた時に拾ってくれたのが劇場で黒子をしていた加山さんだった。隠密部隊月組の隊長がこの人と知った時にはこのちゃらんぽらんがそうなのかと驚いたものだが、彼に救われたことは今では本当に感謝している。尊敬する上司だ。実践で戦力になれなくても、霊力の供給なら役に立てるかもしれないと手立てを探してくれていることも。
「気を落とすなよ。仕事は終わったか?……なら仮眠をとったら大神のところに挨拶して一応は仕事納めにしよう。あっちはどうせ公演が終わって大体は故郷に帰るんだし……」
「どうでしょう、大神隊長と一緒に皆で初詣かもしれませんよ?まあ我々は仕事納めした次の瞬間には仕事始めですね」
「そうだなあ……」
隠密部隊の月組は必ず誰かが待機しなければならないし時間に関わらず任務がある時もあり。そんな境遇を思ってか監督任務でこっそり俺たちも初詣くらいは行きたいよなあ……と加山さんが残念そうに呟いてお茶を飲み干した。
「本年も、ご無事で何よりでした」
「ありがとう、来年こそは……どうだろうなあ」
「縁起でもないことやめてくださいね。来年のことを言うと鬼が笑いますよ」
「でも俺の役目は、最後には大神を……花組を守って死ぬことなのかもしれないなあ」
「隊長、そんなことなさっても隊長の代わりはいないんですよ。無二の友を失う大神さんのことも考えてください」
「そうだなあ……」
ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた加山さんは天井を見上げた。尊敬する上司を失う私たちのことも、考えてくださいとは言えなかった。怪我を負うことも部下を失うこともある加山さんに余計なことをさせたくなくて。
「名前、もし、霊力の供給が可能になったら…………」
ぽたん、と何かが垂れる音がして、私は慌てて加山さんの左の袖をめくった。
めくった先の血管にガーゼが貼られていて私は思わず手を止めた。加山さんはそっと私の指を剥がして指切りみたいに手を繋いだ。
「一緒に、全部花組にやって……そしたら二人で死のうなあ」
ぽたん、ぽたんと垂れる音がしている。気づかなかったむせ返るような血の匂いに慌てて加山さんに触れると背中は重たく濡れていた。なぜ今日に限って黒い服を!キネマトロンを必死に手繰り寄せて通信を入れる。
「加山さん!加山さん、隊長!!隊長寝ないでください!」
「こちら帝劇事務室……名前……?どうしたの、何があった!?」
適当に通信を入れた先は帝劇事務室だったらしい。たまたま在室していたらしいマリアさんの声に私はまともに応答することもできないくらいに焦っていて私は赤い液体に塗れた手でキネマトロンを握りしめてお医者様呼んでください!と叫ぶことしかできなかった。
「はは、名前……大神はどうせ寝てるだろ……」
薄く笑った加山さんは私の持つキネマトロンに手を伸ばした。手が届かなくて、力なく手が落ちる。私の悲鳴に加山さんはそっと目を開けて普段とかけ離れた笑顔を見せた。
「役立たず同士、これでようやく……やっと一緒に、死ねるなあ」
優しく私に向かって手を伸ばした加山さんの指先から鋭く延びる銀がきらりと光った。私は静かに目を閉じてはい、とだけ言った。加山さんも死にたかったのか、そうか。私も華撃団にいても役立たずだから、ずっと死にたかった。役立たずを拾ってくれた加山さんの役に立ちたかったけど、加山さんが望んでくれるなら、あなたと一緒なら、何も……死ぬことだって怖くない。
@@@
「なーーーーにが役立たず同士、一緒に、死ねるな……はい、だ!!!!!!この大バカもんがあ!!!!!血糊仕込んで心中ごっこなんて紛らわしいことやりやがってえ!!!!!」
年内の公演も無事に終わり比較的ゆっくりとしていたはずの帝劇の夜、応接室ではベッドに加山さんが寝かされ長椅子には私が横たわっている。カンナさんが大きな声で私をを叱り、貧血を起こしたはずの顔を真っ赤にして小さくなってすみません、でも加山さんが斬られてたのは本当なんですぅ、カンナさんごめんなさい、と繰り返すばかり。
「……でも二人とも無事で本当によかったよ」
立ち上がり拳を握って怒っていたカンナさんも夜遅いとあって怒りを抑えて黙り、ストンと向かい合って長椅子に座った。
「そろそろ落ち着きまして?」
「すみれさん……」
大女優の名にふさわしく、夜も遅いのにドアを開けて応接室に入ってきたすみれさんは綺麗な格好をしていた。
「あなたに言わなければと思っていたのですけれど、供給実験をやめようと思いますの」
「すみれさん……」
「わたくしの霊力の低下を知って焦っていたのでしょう。そんな無理な実験をして傷つくあなたを見るのはわたくしも本意ではありませんわ」
「私はそんな、華撃団のためになると思って……加山さんの血も、潜入のために仕込んでた血糊ですし、確かにお疲れで様子はおかしかったですけど……」
「あなたの無理な霊力供給で動かせるほど、霊子甲冑は甘くありませんわ」
すみれさんはぴしゃりと言って、でも顔はにっこり笑って私の手を取った。
「あなたたちをこんなにしたのは、わたくしたちよ。あなたたちの仕事があって、わたくしたちの仕事がある」
ぽたん、と垂れる音がして思わず振り向くと加山さんに繋がれた点滴の薬剤が垂れる音だった。
「あなたの居場所は月組。花組にはありませんわ」
すみれさんがにっこり微笑んだ。カンナさんはそれを聞いて腕を組んだまま厳しい顔をしている。sみれさんとカンナさんが駆けつけてきたのに大神さんは来ない。大神さんが来て、一言加山さんに言ってくれれば全部解決するのに。きっと大神さんならどうにかしてくれるのに。
幸か不幸かたっぷり仕込んだ血糊のおかげで加山さんの背中の傷は浅いらしい。一緒に死ねればよかったのに、とはあんなカンナさんたちを見たらもう言えないけど私はやっぱり少し残念な気持ちになった。
