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名前がマグマとともに村を出た。明日で1週間になるが、まだ帰ってこない。名前が村を出たのは、士気向上のために少しの休暇をやると言ったすぐ後のことだった。名前は村じゅうに水洗トイレを設置するという大仕事を終えて、疲労困憊で大地に横たわっていた。が、それを聞くと「マジ?」とすぐさま起き上がった。
「何日?村出てもいい?」
「1週間くらいか?北海道とかは行くなよ」
「無理だろうな……この時期は……」
荒れ狂う海を想像したのか名前の表情は沈んだ。しばし吹き抜ける風を楽しむように目を閉じて、それからゆっくり目を開けた。
「マグマ……マグマを連れてってもいいですか」
「マグマ?」
「頑張ってくれたし、慰安旅行ということで……」
「まあ……ダメな理由もねえが……」
ここ最近のマグマは水洗トイレの設置の力仕事担当として、名前とセットで動いていた。最初は何のためにこき使われているのかわからないマグマと名前が大声で言い争うこともあったが、1台目の設置後にその便利さを思い知ったらしく、その後はスムーズだった。仕事終わりに村で食事をしながらふたりで笑い合ってるところも見た。案外悪くないコンビなのかもしれねえ、と千空は思う。
名前はなんとか地面から起き上がると、すぐにマグマを探しに行った。何を言ったのかマグマを説得して、他の仕事を上手いこと引き継ぎ(お土産買ってくるから!などと言っていたが、今の世界に土産を買えるようなところはない)、次の朝にはマグマに荷物を持たせて出発した。それを千空はゲンと2人で見送った。寝ていたところを叩き起こされて、眠い目をこすりながらの見送りとなった。
「ジーマーで行っちゃったね」
「あ?」
「ふたりきりの慰安旅行。どうする?恋が芽生えて、名前ちゃんがマグマちゃんと結婚するようなことになったら」
「……ないだろ」
「わかんないよ?あのふたり、結構相性良さそうだし。名前ちゃん案外尻に敷くタイプだし」
「……」
千空の否定は一度きりで、二度目は言葉にならなかった。名前に限ってそれはないと、一度言葉に詰まったせいで今更はっきり口にするのは躊躇われた。ゲンは珍しい千空の表情を見て(なんか拗らせてそうだし、この辺でやめとこ)と思った。そのまま「さーてお見送りも済んだし、二度寝しちゃお!」と踵を返す。良いメンタリストは若者の純情を弄んだりしないものなのだ。
それから6日。名前とマグマは行方しれず、まったく音沙汰なし。千空はどうせ喧嘩して2、3日で帰ってくるとたかを括っていたから、行き先も聞き忘れたことに気がついた。普段ならやらない凡ミス。万が一があってはまずいから、誰か行き先を知らないかとその辺に尋ねたらゲンが知っていた。
「あ〜日本海見たいとか言ってたけど……」
「7日で帰る気でいるのか?」
「いざとなったらマグマちゃんに荷物持たせて走るって言ってたけど……」
「あのマグマと山猿の名前ならワンチャンってとこか」
「そーいうこと」
千空は納得したような若干イライラするような心地で待ち、しかし人類復興フローチャートを進めるためのタスクは山積み。作業を進めるもどうも調子が悪いような気がしてならない。これは名前がいないからじゃなくて、ゲンに揶揄われたせいだ。人類全員復活させるまで、千空には愛だの恋だの恋愛脳になってる暇はなく、ドキドキ純情少年はお預けと決めている。そして待ちくたびれた7日目の昼、とうとう大きな籠を背負ったマグマを連れて名前が村に戻った。
「ただいま!」
すこし日に焼けた、と千空は名前を観察した。名前は背負っていた中籠を重そうに背中から下ろす。マグマは籠を背負ったまま村へ歩き出し、中身を全て配ってしまうつもりらしかった。中籠を覗き込んだクロムが歓声を上げた。
「見てよ千空、読みが当たった!」
名前も大はしゃぎで、両手を出してと千空を急かした。素直に差し出した手のひらにゴロンと何かが転がる。それは千空の手に収まるほどの大きさの……千空は目をかっぴらく。これは。
「ヒスイだ!」
ゲンが大声を出した。
「ヒスイ!?ロケで行ったことあるよ、富山の……真冬に海の中に入って凍えながら探したことある」
「そうなの!3700年、誰も拾わなかったから海辺はひすいだらけ!もちろんルールを守って海で拾ったんだよ。それでもこのサイズがゴロゴロ!もうテンション爆上がり!」
「どこまで行ったんだ?フォッサマグナは」
「糸魚川静岡構造線は確認したかったんだけど、私にはよく……3700年って地球にとっては大した時間じゃないのかも」
「星は動いたのにね〜」
「あ、富士山と同じく浅間山も噴火してた。上の方がガッツリ抉れてたよ」
「ドイヒー」
名前はいつになく大はしゃぎで、3700年前の今じゃ誰にも咎められないだろうに「翡翠は河川で拾ってはならず、海に打ち上げられたもののみ、拾って良い」というルールを守ったと胸を張っている。クロムは千空の手のひらの緑の石に夢中になってスゲーヤベーと大騒ぎした。
「いいでしょう、青色のも紫も拾ったよ。みんなにも一個ずつあげるね」
「青いのもあんのか!?ヤベー!」
「わー立派!こんなのがゴロゴロ落ちてたらロケも楽だったのにな〜」
「これがゴロゴロ落ちてたら撮れ高ないでしょう」
「それはそう」
それから名前はマグマを追いかけて行って、ニコニコしながら村じゅうみんなに翡翠とその他の干した果物なんかを配った。いいでしょう素晴らしいでしょう神秘でしょうと翡翠の良さを語って回り、中籠ひとつを空にした。あの重たげな中籠の中身は全て翡翠だったと知って千空は呆れた。そして同じく土産を村じゅうに配って中身が減った大籠をマグマから引き取り、ふたりきりの新潟翡翠遠征部隊はこれにて解散となった。
「で、この緑の石は何かスッゲー工作に使えんのか?」
「え?見て楽しむ用」
「ヤベー!完全に鑑賞用ってことか!?超キレーだもんな!?」
「石ころ拾いが趣味の人ならわかってくれるか……!!」
「他になんかないんか。テメーのことだ、ただ石拾いに行ったわけじゃねえだろ」
「まあ色々掘ったよ。あのあたりは鉱山資源が結構豊富なんだ。どうぞ」
名前が大カゴをひっくり返すとクロムがすぐさま飛びついた。ゲンからしてみればどれも同じような石ころだが、クロムがうまく仕分けて、それを千空が指差して解説した。
「珪ニッケル鉱、方鉛鉱、赤鉄鉱!赤谷のスカルン鉱床だな!?」
「多分そう……地図ないからこの辺かな?って山勘で掘っちゃったよ」
「確かに地図なしでこんだけ土地勘強いの千空ちゃんくらいだもんね」
「そうだよ。糸魚川方面に行くのに苦労しちゃった。高速道路が跡形もないんだもん……」
「そりゃあ3000年だからね……」
「まさかマグマと本当の意味で親不知子不知をやることになるとは思わなかった」
「助けてくれなかったの?」
「いや、めちゃくちゃ助けてもらいながら行ったよ」
失われた文明を偲ぶ間にも千空とクロムの石ころ鑑賞会は続く。
「ドロマイト!かってーセメントで壁作ったり地盤固めまくりだ!」
「栃木遠征もやむなしと思ったが新潟でも案外掘れたね。マグマのおかげだ」
「名前、金は?」
「この時期に佐渡は無理だよ。荒波に耐えるいい船作ってくれなきゃ。それより先に中国か南アフリカ……オーストラリアあたりに行く船作った方が早そう。量的にも」
「……」
千空がいつもの計算姿勢(ドン!)になったので、ゲンは声をかけるのをやめた。金がほしいなら鹿児島あたりの方が早いかも。3700年前も採れたっぽいし。ゲンはすっからかんのカゴを覗き込み、あることに気づいた。
「名前ちゃん、名前ちゃんの分の翡翠は?」
「もうもらったよ。こーんなに小さいやつ」
「小さいやつでいいの?あんなに頑張って運んできたのに」
「うん。もうカセキに預けてきちゃった。磨いて土台つけて指輪にしてもらうんだ」
「へえ、指輪ねー」
「小さいけど緑のグラデーションがきれいに入っててね、翡翠界の王・白菜翡翠みたいなんだ!」
「あ〜ね」
名前が嬉しそうに「いいでしょ、秘密ね」と言ったのでゲンはちょっとニヤニヤした。難解な計算を終えたのか、こちらをチラチラ伺う科学大好き少年の気配には気づいている。ゲンと名前が仲良く話しているのが気になって仕方ないのだ。その全然始まらない恋路を観察するのが近頃のゲンのもっぱらの楽しみであった。
@@@
グラデーションの美しい小さな翡翠を、カセキが丸く削って台にのせた指輪。通称「白菜翡翠の指輪」を名前は常に身につけていたが、それは新潟より遥か遠く、南米の地で失われた。小さな指輪は決死の襲撃、あるいは7年もの石化に耐えられなかったのだ。戦いの途中で落としたのか、壊れたのか、そもそも石化の時には手元にあったのか、とにかく名前の知らぬうちに中指から消えた。名前は空っぽの中指をひとり撫でて、すぐに辞めた。あんまり気にする様子を見せると、長い間孤独に耐え皆を復活させたスイカに申し訳ない。なるべく気にしないようにしなければ。
さて、ゼノと手を組み超合金の街を設立した千空はロケット作成のため人員を3チームに分けることにした。残るチーム、戻るチーム、進むチーム。千空は当然進むチーム、名前はゼノや司と共に残るチームになった。
「名前」
「どうした、早く寝た方がいいよ。せっかくの陸地なんだから」
出発目前のある晩、名前の寝床に千空がやってきた。村にいた頃は互いの寝床に出入りするどころか、あまりの寒さに同じ布団で寝たこともあったし、名前はまさかこの男に限って「そんなこと」はないだろうと思っていたので、いつもの通り警戒せずに迎え入れた。
「指輪、無くしただろ。代わりだ」
何の情緒もなく、千空は小さい指輪を名前に押し付けた。名前が輪っかの部分を摘んで月にかざすと、透明な石がキラキラ光った。
「……天然ダイヤモンドだ!にしてもデッカ!」
「電池加工で掘ったやつがアホ程あるんでな」
「それにしたって、君」
「スイカ先生がお前の指輪を見つけられなかったって、泣きついてきた」
「……そう」
「……」
「明日、これみんなに見せびらかすね。拾った翡翠がなんと立派なダイヤに変身!大ラッキー!」
名前は全員復活させてくれたスイカに気を使わせて、悪いことしたなと反省した。すぐに笑顔を取り繕って中指に通して、千空にも見せびらかす。
いつもの皮肉っぽい「ああ、そうしてやれ」ぐらいの返事は返ってくるかと思ったが、千空は黙って名前を見ていた。赤い瞳が、揺らぎもせず名前を見ている。指輪には目もくれない。流石の名前もこの視線がどんな意図を孕んでいるのか気づいていた。この南米での石化以前、揺らぎのような不確かだった感情は、今や確固たる意思となった。
千空はただ名前を見ていた。長すぎる7年もの石化期間、この男が世界の復興に思考を巡らす傍ら、自身の恋心というものをあっちこっちから考察してこの通り結論づけたのだろうと名前は納得した。さすがにこの熱すぎる視線に気づかないほど鈍感ではないので。
「なにさ」
「いや……」
名前は千空のことが好きだ。世界を救う高い志、誰も切り捨てられない弱さ、優しさ。最後の最後は自分でどうにかしようと思い詰めるところは嫌い。千空への恋愛感情がないかと言われれば、ある。こんなに熱心に自分を見てくる青年が、自分でしたはずの「恋愛お預け宣言」に足を引っ張られて、どうにもならない好きの気持ちを向けてくるのをじれったく思っている。別に、律儀に全人類復興を待たなくてもいいのに。あなたの気持ちに私が応えて、それがあなたの支えになるなら、私は……
赤い瞳が名前を捉えている。千空は膝を崩して座る名前を上から下まで眺めて、つぶやいた。覆ることのない物理法則を語るように、何の感動もなく。
「テメーが意味不明にきらきらして見える」
「はあ……」
名前はそれ以上なにも言葉が出なかった。それって、それって、指輪の石が立派なダイヤモンドだからなわけ、ないですよね。名前は気を取り直してことさら明るい声を出す。なんだか恥ずかしくて指輪をしている右手を左手で隠した。現実主義者とロマンチストの面を併せ持つ科学者の鑑たる千空は、恥ずかしがりもしなかった。
「じゃ、次はもっときらきらしたやつ、もらおうかな。オーストラリアにも行くんでしょ」
「世界一周の終盤だがな」
「じゃあオパール!採れそうならちょうだい」
「あ?クイーンズランドでアホほどとれるだろ。とびきりデカいやつやるよ」
「デカいダイヤの隣にデカいオパールの指輪つけて、みんなに見せびらかしてあげる。楽しみだな」
「ああ、いくらでもやるから……」
千空は何かを言い淀んだ。名前は何が言いたいかわかっていたので頷いて、続きを促した。
「何だってやるから、だからお前は……安心してここに残れ」
「心配はしてないよ。前程はね」
復活した人間同士が争うことに名前が心を痛めていたのは当然知っている。千空とて無駄に数年名前を見ていたわけではない。
「ゼノも司もいる、今の状況じゃ間違いなく世界一安全で頼りになるやつらだ」
「うん。千空となんだかんだずっと一緒にいたから、何年も離れるのは寂しいけどね」
「……!」
残るチームはロケットエンジンの制作を目的としている。世界一周して日本への帰還を目的とする進むチームとは、下手したら10年以上離れ離れだ。計画的には戻るチームの方が再会は早いかもしれない。当然名前とともに残るチームになった司やふたりのこれまでを見守って来たゲンからも「あまりに酷だ」「せめてコーンの街に」と言われたが、千空の決断は揺るがなかった。だって、もう7年どころじゃなく待って、限界だ。これ以上一緒にいたらおかしくなる。わかっていたから、時限付きで恋愛に興味ないなんて周りも自分も騙してきたのに。こっちの気も知らずに翻弄してくる名前のそばにいたら、本当におかしくなる。人類復興と恋愛の駆け引き両方同時にできるほど器用ではないという自覚が千空にはあった。そんな千空の気も知らずに名前は口を開く。
「……ギュってして。寒いもん、それくらい、いいでしょ」
「ああ」
「……」
「来ねぇのか」
思いの外優しい声音で返事されたので名前は戸惑った。ぎゅっとして、の言葉の通りに自分から体をゼロ距離まで近づける。黙って背中に腕が回されて、名前は行き場のない手で千空の服を掴む。互いの口からため息ともつかぬ吐息が漏れた。
千空と別れ、残るチームに配属されたことに不満はない。残るチームは天才科学者が1人、それから監視役と力仕事の人たち。理にかなっているが、いくらゼノの負担が大きすぎる。クロムか自分あたりが手伝いをすることになるだろう、とは予想していた。卓越した科学者の目を持つクロムこそ、進むチームに行くべきとも。ゲンには「大丈夫?俺的には名前ちゃんが司ちゃんやゼノと過ごすうちにラブが生まれて……うそうそ、そこは全然心配してないけど!ジーマーで!」と周りくどくチーム替えを仄めかされた。「でもね。名前ちゃんが進むチームに行くって言ったら、千空ちゃんは連れて行くと思うよ」名前もそう思う。そもそも千空は自分から「ついてきて」とか可愛げあることを言えない。でも、名前が超合金の街に残ると決めた。ロケットエンジン制作はきっと一筋縄ではいかないだろう。ゼノは生粋の科学者としてトライアンドエラーを繰り返すだろうが、他の人間は終わりの見えないエンジン制作に心を折られるかもしれない。そんな時、科学への忠誠心を失わないことが名前の役目だ。天才科学者に及ばない名前が科学を信じて、千空を信じて挑み続けること、そうして月へと至るエンジンを作ること。……まあ、その他にも色々面倒なことを頼まれる予感はしているが。
「おい」
熱を帯びた声に名前が顔を上げると、千空の赤い瞳が間近にあって名前を見ていた。「何さ」と聞き返そうとした声は、唇に奪われて音にならない。名前はおとなしく口を開けて千空の求めに応じることにした。互いの口から熱い吐息と呻き声ともつかぬ喘ぎ声が漏れて、名前は身を固くする。まずい、その辺で寝てるやつらに聞こえる……躊躇ったのは一瞬で、次の瞬間には諦めた。どうせ、うるさそうなゲンもぶっこみチェルシーも「進むチーム」だし、長い船旅の暇つぶしに揶揄われるのは千空だけ。当の千空先生がノリノリな訳だし、もうどうにでもなれ。どうせこれから何年も離れ離れになるのだ、お互い少しくらいいい思いしたってバチは当たらないでしょう。名前は開き直って、至近距離の赤い瞳を堪能することにした。赤い瞳は千空にしては珍しく、知性のかけらもなくどろどろにとけている。この人が、恥も何も捨ててキスだけでこんな気持ちよくなってる所を、次に見るのはいつだろう。いつか旅の終わりに再会した時?夢が叶ってから?もしかしたら。今のこの世界に約束された明日はない。名前は恐ろしい想像を振り払うように没頭し、熱い息をはいた。
所変わって、階下のゲンは聞き耳を立てる。わずかに聞こえる、2人分の衣擦れの音。アッこれは不純異性交遊!!でもでも2人とももう成人したし、よくよく考えなくても、なーんにもイケナイことないんだよな。集中すれば上階のやりとりはゲンのような凡人の耳でもなんとなく聞こえる。……えっチューしてる?てか千空ちゃん、それってつまり、やっぱり好きってことですよね。ゲンは若者たちの甘酸っぱいやり取りに転げ回りたいのを必死に堪えた。でもそんなことしたら、すやすや寝ている鋭いやつらにすぐバレてしまう。千空ちゃんの恋路を揶揄うのはおれだけでいいの。万が一にも横槍入って、全人類復活の前に破局したら困る。千空ちゃんのファーストラブは俺が守るからね……ゲンは長いこと千空を見守ってきた年上のお兄さんとして、謎の使命感を感じていた。勿論2人はゲンの決意など知らないが、上階の物音は止まない。
そしてゲンは夜闇の中に視線を感じて身を起こした。なまあたたかい。視線の主はすぐにわかった。闇夜に爛々と光る丸い目玉の持ち主、地獄耳ソナーマン。耳が良すぎる羽京には、当然上階のやり取りが聞こえただろう……否、間違いなくゲンよりよく聞こえただろう。羽京もゲンと同じで、あまりの甘酸っぱさに今にも転げ回りたいという顔をしていた。旧現代であれこれを経験した大人達には、刺激が強すぎる。ゲンと羽京は静かに頷きあう。そこに階上の堪えるような吐息がふたり分、これは普通の耳のゲンにも聞こえた。人類総復活の夢はまだ遠い。
「何日?村出てもいい?」
「1週間くらいか?北海道とかは行くなよ」
「無理だろうな……この時期は……」
荒れ狂う海を想像したのか名前の表情は沈んだ。しばし吹き抜ける風を楽しむように目を閉じて、それからゆっくり目を開けた。
「マグマ……マグマを連れてってもいいですか」
「マグマ?」
「頑張ってくれたし、慰安旅行ということで……」
「まあ……ダメな理由もねえが……」
ここ最近のマグマは水洗トイレの設置の力仕事担当として、名前とセットで動いていた。最初は何のためにこき使われているのかわからないマグマと名前が大声で言い争うこともあったが、1台目の設置後にその便利さを思い知ったらしく、その後はスムーズだった。仕事終わりに村で食事をしながらふたりで笑い合ってるところも見た。案外悪くないコンビなのかもしれねえ、と千空は思う。
名前はなんとか地面から起き上がると、すぐにマグマを探しに行った。何を言ったのかマグマを説得して、他の仕事を上手いこと引き継ぎ(お土産買ってくるから!などと言っていたが、今の世界に土産を買えるようなところはない)、次の朝にはマグマに荷物を持たせて出発した。それを千空はゲンと2人で見送った。寝ていたところを叩き起こされて、眠い目をこすりながらの見送りとなった。
「ジーマーで行っちゃったね」
「あ?」
「ふたりきりの慰安旅行。どうする?恋が芽生えて、名前ちゃんがマグマちゃんと結婚するようなことになったら」
「……ないだろ」
「わかんないよ?あのふたり、結構相性良さそうだし。名前ちゃん案外尻に敷くタイプだし」
「……」
千空の否定は一度きりで、二度目は言葉にならなかった。名前に限ってそれはないと、一度言葉に詰まったせいで今更はっきり口にするのは躊躇われた。ゲンは珍しい千空の表情を見て(なんか拗らせてそうだし、この辺でやめとこ)と思った。そのまま「さーてお見送りも済んだし、二度寝しちゃお!」と踵を返す。良いメンタリストは若者の純情を弄んだりしないものなのだ。
それから6日。名前とマグマは行方しれず、まったく音沙汰なし。千空はどうせ喧嘩して2、3日で帰ってくるとたかを括っていたから、行き先も聞き忘れたことに気がついた。普段ならやらない凡ミス。万が一があってはまずいから、誰か行き先を知らないかとその辺に尋ねたらゲンが知っていた。
「あ〜日本海見たいとか言ってたけど……」
「7日で帰る気でいるのか?」
「いざとなったらマグマちゃんに荷物持たせて走るって言ってたけど……」
「あのマグマと山猿の名前ならワンチャンってとこか」
「そーいうこと」
千空は納得したような若干イライラするような心地で待ち、しかし人類復興フローチャートを進めるためのタスクは山積み。作業を進めるもどうも調子が悪いような気がしてならない。これは名前がいないからじゃなくて、ゲンに揶揄われたせいだ。人類全員復活させるまで、千空には愛だの恋だの恋愛脳になってる暇はなく、ドキドキ純情少年はお預けと決めている。そして待ちくたびれた7日目の昼、とうとう大きな籠を背負ったマグマを連れて名前が村に戻った。
「ただいま!」
すこし日に焼けた、と千空は名前を観察した。名前は背負っていた中籠を重そうに背中から下ろす。マグマは籠を背負ったまま村へ歩き出し、中身を全て配ってしまうつもりらしかった。中籠を覗き込んだクロムが歓声を上げた。
「見てよ千空、読みが当たった!」
名前も大はしゃぎで、両手を出してと千空を急かした。素直に差し出した手のひらにゴロンと何かが転がる。それは千空の手に収まるほどの大きさの……千空は目をかっぴらく。これは。
「ヒスイだ!」
ゲンが大声を出した。
「ヒスイ!?ロケで行ったことあるよ、富山の……真冬に海の中に入って凍えながら探したことある」
「そうなの!3700年、誰も拾わなかったから海辺はひすいだらけ!もちろんルールを守って海で拾ったんだよ。それでもこのサイズがゴロゴロ!もうテンション爆上がり!」
「どこまで行ったんだ?フォッサマグナは」
「糸魚川静岡構造線は確認したかったんだけど、私にはよく……3700年って地球にとっては大した時間じゃないのかも」
「星は動いたのにね〜」
「あ、富士山と同じく浅間山も噴火してた。上の方がガッツリ抉れてたよ」
「ドイヒー」
名前はいつになく大はしゃぎで、3700年前の今じゃ誰にも咎められないだろうに「翡翠は河川で拾ってはならず、海に打ち上げられたもののみ、拾って良い」というルールを守ったと胸を張っている。クロムは千空の手のひらの緑の石に夢中になってスゲーヤベーと大騒ぎした。
「いいでしょう、青色のも紫も拾ったよ。みんなにも一個ずつあげるね」
「青いのもあんのか!?ヤベー!」
「わー立派!こんなのがゴロゴロ落ちてたらロケも楽だったのにな〜」
「これがゴロゴロ落ちてたら撮れ高ないでしょう」
「それはそう」
それから名前はマグマを追いかけて行って、ニコニコしながら村じゅうみんなに翡翠とその他の干した果物なんかを配った。いいでしょう素晴らしいでしょう神秘でしょうと翡翠の良さを語って回り、中籠ひとつを空にした。あの重たげな中籠の中身は全て翡翠だったと知って千空は呆れた。そして同じく土産を村じゅうに配って中身が減った大籠をマグマから引き取り、ふたりきりの新潟翡翠遠征部隊はこれにて解散となった。
「で、この緑の石は何かスッゲー工作に使えんのか?」
「え?見て楽しむ用」
「ヤベー!完全に鑑賞用ってことか!?超キレーだもんな!?」
「石ころ拾いが趣味の人ならわかってくれるか……!!」
「他になんかないんか。テメーのことだ、ただ石拾いに行ったわけじゃねえだろ」
「まあ色々掘ったよ。あのあたりは鉱山資源が結構豊富なんだ。どうぞ」
名前が大カゴをひっくり返すとクロムがすぐさま飛びついた。ゲンからしてみればどれも同じような石ころだが、クロムがうまく仕分けて、それを千空が指差して解説した。
「珪ニッケル鉱、方鉛鉱、赤鉄鉱!赤谷のスカルン鉱床だな!?」
「多分そう……地図ないからこの辺かな?って山勘で掘っちゃったよ」
「確かに地図なしでこんだけ土地勘強いの千空ちゃんくらいだもんね」
「そうだよ。糸魚川方面に行くのに苦労しちゃった。高速道路が跡形もないんだもん……」
「そりゃあ3000年だからね……」
「まさかマグマと本当の意味で親不知子不知をやることになるとは思わなかった」
「助けてくれなかったの?」
「いや、めちゃくちゃ助けてもらいながら行ったよ」
失われた文明を偲ぶ間にも千空とクロムの石ころ鑑賞会は続く。
「ドロマイト!かってーセメントで壁作ったり地盤固めまくりだ!」
「栃木遠征もやむなしと思ったが新潟でも案外掘れたね。マグマのおかげだ」
「名前、金は?」
「この時期に佐渡は無理だよ。荒波に耐えるいい船作ってくれなきゃ。それより先に中国か南アフリカ……オーストラリアあたりに行く船作った方が早そう。量的にも」
「……」
千空がいつもの計算姿勢(ドン!)になったので、ゲンは声をかけるのをやめた。金がほしいなら鹿児島あたりの方が早いかも。3700年前も採れたっぽいし。ゲンはすっからかんのカゴを覗き込み、あることに気づいた。
「名前ちゃん、名前ちゃんの分の翡翠は?」
「もうもらったよ。こーんなに小さいやつ」
「小さいやつでいいの?あんなに頑張って運んできたのに」
「うん。もうカセキに預けてきちゃった。磨いて土台つけて指輪にしてもらうんだ」
「へえ、指輪ねー」
「小さいけど緑のグラデーションがきれいに入っててね、翡翠界の王・白菜翡翠みたいなんだ!」
「あ〜ね」
名前が嬉しそうに「いいでしょ、秘密ね」と言ったのでゲンはちょっとニヤニヤした。難解な計算を終えたのか、こちらをチラチラ伺う科学大好き少年の気配には気づいている。ゲンと名前が仲良く話しているのが気になって仕方ないのだ。その全然始まらない恋路を観察するのが近頃のゲンのもっぱらの楽しみであった。
@@@
グラデーションの美しい小さな翡翠を、カセキが丸く削って台にのせた指輪。通称「白菜翡翠の指輪」を名前は常に身につけていたが、それは新潟より遥か遠く、南米の地で失われた。小さな指輪は決死の襲撃、あるいは7年もの石化に耐えられなかったのだ。戦いの途中で落としたのか、壊れたのか、そもそも石化の時には手元にあったのか、とにかく名前の知らぬうちに中指から消えた。名前は空っぽの中指をひとり撫でて、すぐに辞めた。あんまり気にする様子を見せると、長い間孤独に耐え皆を復活させたスイカに申し訳ない。なるべく気にしないようにしなければ。
さて、ゼノと手を組み超合金の街を設立した千空はロケット作成のため人員を3チームに分けることにした。残るチーム、戻るチーム、進むチーム。千空は当然進むチーム、名前はゼノや司と共に残るチームになった。
「名前」
「どうした、早く寝た方がいいよ。せっかくの陸地なんだから」
出発目前のある晩、名前の寝床に千空がやってきた。村にいた頃は互いの寝床に出入りするどころか、あまりの寒さに同じ布団で寝たこともあったし、名前はまさかこの男に限って「そんなこと」はないだろうと思っていたので、いつもの通り警戒せずに迎え入れた。
「指輪、無くしただろ。代わりだ」
何の情緒もなく、千空は小さい指輪を名前に押し付けた。名前が輪っかの部分を摘んで月にかざすと、透明な石がキラキラ光った。
「……天然ダイヤモンドだ!にしてもデッカ!」
「電池加工で掘ったやつがアホ程あるんでな」
「それにしたって、君」
「スイカ先生がお前の指輪を見つけられなかったって、泣きついてきた」
「……そう」
「……」
「明日、これみんなに見せびらかすね。拾った翡翠がなんと立派なダイヤに変身!大ラッキー!」
名前は全員復活させてくれたスイカに気を使わせて、悪いことしたなと反省した。すぐに笑顔を取り繕って中指に通して、千空にも見せびらかす。
いつもの皮肉っぽい「ああ、そうしてやれ」ぐらいの返事は返ってくるかと思ったが、千空は黙って名前を見ていた。赤い瞳が、揺らぎもせず名前を見ている。指輪には目もくれない。流石の名前もこの視線がどんな意図を孕んでいるのか気づいていた。この南米での石化以前、揺らぎのような不確かだった感情は、今や確固たる意思となった。
千空はただ名前を見ていた。長すぎる7年もの石化期間、この男が世界の復興に思考を巡らす傍ら、自身の恋心というものをあっちこっちから考察してこの通り結論づけたのだろうと名前は納得した。さすがにこの熱すぎる視線に気づかないほど鈍感ではないので。
「なにさ」
「いや……」
名前は千空のことが好きだ。世界を救う高い志、誰も切り捨てられない弱さ、優しさ。最後の最後は自分でどうにかしようと思い詰めるところは嫌い。千空への恋愛感情がないかと言われれば、ある。こんなに熱心に自分を見てくる青年が、自分でしたはずの「恋愛お預け宣言」に足を引っ張られて、どうにもならない好きの気持ちを向けてくるのをじれったく思っている。別に、律儀に全人類復興を待たなくてもいいのに。あなたの気持ちに私が応えて、それがあなたの支えになるなら、私は……
赤い瞳が名前を捉えている。千空は膝を崩して座る名前を上から下まで眺めて、つぶやいた。覆ることのない物理法則を語るように、何の感動もなく。
「テメーが意味不明にきらきらして見える」
「はあ……」
名前はそれ以上なにも言葉が出なかった。それって、それって、指輪の石が立派なダイヤモンドだからなわけ、ないですよね。名前は気を取り直してことさら明るい声を出す。なんだか恥ずかしくて指輪をしている右手を左手で隠した。現実主義者とロマンチストの面を併せ持つ科学者の鑑たる千空は、恥ずかしがりもしなかった。
「じゃ、次はもっときらきらしたやつ、もらおうかな。オーストラリアにも行くんでしょ」
「世界一周の終盤だがな」
「じゃあオパール!採れそうならちょうだい」
「あ?クイーンズランドでアホほどとれるだろ。とびきりデカいやつやるよ」
「デカいダイヤの隣にデカいオパールの指輪つけて、みんなに見せびらかしてあげる。楽しみだな」
「ああ、いくらでもやるから……」
千空は何かを言い淀んだ。名前は何が言いたいかわかっていたので頷いて、続きを促した。
「何だってやるから、だからお前は……安心してここに残れ」
「心配はしてないよ。前程はね」
復活した人間同士が争うことに名前が心を痛めていたのは当然知っている。千空とて無駄に数年名前を見ていたわけではない。
「ゼノも司もいる、今の状況じゃ間違いなく世界一安全で頼りになるやつらだ」
「うん。千空となんだかんだずっと一緒にいたから、何年も離れるのは寂しいけどね」
「……!」
残るチームはロケットエンジンの制作を目的としている。世界一周して日本への帰還を目的とする進むチームとは、下手したら10年以上離れ離れだ。計画的には戻るチームの方が再会は早いかもしれない。当然名前とともに残るチームになった司やふたりのこれまでを見守って来たゲンからも「あまりに酷だ」「せめてコーンの街に」と言われたが、千空の決断は揺るがなかった。だって、もう7年どころじゃなく待って、限界だ。これ以上一緒にいたらおかしくなる。わかっていたから、時限付きで恋愛に興味ないなんて周りも自分も騙してきたのに。こっちの気も知らずに翻弄してくる名前のそばにいたら、本当におかしくなる。人類復興と恋愛の駆け引き両方同時にできるほど器用ではないという自覚が千空にはあった。そんな千空の気も知らずに名前は口を開く。
「……ギュってして。寒いもん、それくらい、いいでしょ」
「ああ」
「……」
「来ねぇのか」
思いの外優しい声音で返事されたので名前は戸惑った。ぎゅっとして、の言葉の通りに自分から体をゼロ距離まで近づける。黙って背中に腕が回されて、名前は行き場のない手で千空の服を掴む。互いの口からため息ともつかぬ吐息が漏れた。
千空と別れ、残るチームに配属されたことに不満はない。残るチームは天才科学者が1人、それから監視役と力仕事の人たち。理にかなっているが、いくらゼノの負担が大きすぎる。クロムか自分あたりが手伝いをすることになるだろう、とは予想していた。卓越した科学者の目を持つクロムこそ、進むチームに行くべきとも。ゲンには「大丈夫?俺的には名前ちゃんが司ちゃんやゼノと過ごすうちにラブが生まれて……うそうそ、そこは全然心配してないけど!ジーマーで!」と周りくどくチーム替えを仄めかされた。「でもね。名前ちゃんが進むチームに行くって言ったら、千空ちゃんは連れて行くと思うよ」名前もそう思う。そもそも千空は自分から「ついてきて」とか可愛げあることを言えない。でも、名前が超合金の街に残ると決めた。ロケットエンジン制作はきっと一筋縄ではいかないだろう。ゼノは生粋の科学者としてトライアンドエラーを繰り返すだろうが、他の人間は終わりの見えないエンジン制作に心を折られるかもしれない。そんな時、科学への忠誠心を失わないことが名前の役目だ。天才科学者に及ばない名前が科学を信じて、千空を信じて挑み続けること、そうして月へと至るエンジンを作ること。……まあ、その他にも色々面倒なことを頼まれる予感はしているが。
「おい」
熱を帯びた声に名前が顔を上げると、千空の赤い瞳が間近にあって名前を見ていた。「何さ」と聞き返そうとした声は、唇に奪われて音にならない。名前はおとなしく口を開けて千空の求めに応じることにした。互いの口から熱い吐息と呻き声ともつかぬ喘ぎ声が漏れて、名前は身を固くする。まずい、その辺で寝てるやつらに聞こえる……躊躇ったのは一瞬で、次の瞬間には諦めた。どうせ、うるさそうなゲンもぶっこみチェルシーも「進むチーム」だし、長い船旅の暇つぶしに揶揄われるのは千空だけ。当の千空先生がノリノリな訳だし、もうどうにでもなれ。どうせこれから何年も離れ離れになるのだ、お互い少しくらいいい思いしたってバチは当たらないでしょう。名前は開き直って、至近距離の赤い瞳を堪能することにした。赤い瞳は千空にしては珍しく、知性のかけらもなくどろどろにとけている。この人が、恥も何も捨ててキスだけでこんな気持ちよくなってる所を、次に見るのはいつだろう。いつか旅の終わりに再会した時?夢が叶ってから?もしかしたら。今のこの世界に約束された明日はない。名前は恐ろしい想像を振り払うように没頭し、熱い息をはいた。
所変わって、階下のゲンは聞き耳を立てる。わずかに聞こえる、2人分の衣擦れの音。アッこれは不純異性交遊!!でもでも2人とももう成人したし、よくよく考えなくても、なーんにもイケナイことないんだよな。集中すれば上階のやりとりはゲンのような凡人の耳でもなんとなく聞こえる。……えっチューしてる?てか千空ちゃん、それってつまり、やっぱり好きってことですよね。ゲンは若者たちの甘酸っぱいやり取りに転げ回りたいのを必死に堪えた。でもそんなことしたら、すやすや寝ている鋭いやつらにすぐバレてしまう。千空ちゃんの恋路を揶揄うのはおれだけでいいの。万が一にも横槍入って、全人類復活の前に破局したら困る。千空ちゃんのファーストラブは俺が守るからね……ゲンは長いこと千空を見守ってきた年上のお兄さんとして、謎の使命感を感じていた。勿論2人はゲンの決意など知らないが、上階の物音は止まない。
そしてゲンは夜闇の中に視線を感じて身を起こした。なまあたたかい。視線の主はすぐにわかった。闇夜に爛々と光る丸い目玉の持ち主、地獄耳ソナーマン。耳が良すぎる羽京には、当然上階のやり取りが聞こえただろう……否、間違いなくゲンよりよく聞こえただろう。羽京もゲンと同じで、あまりの甘酸っぱさに今にも転げ回りたいという顔をしていた。旧現代であれこれを経験した大人達には、刺激が強すぎる。ゲンと羽京は静かに頷きあう。そこに階上の堪えるような吐息がふたり分、これは普通の耳のゲンにも聞こえた。人類総復活の夢はまだ遠い。
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