戦国BASARA
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「嫌ぞ。如何して私が其方のような輩と褥を共にせねばならんというのだ」
「なっ……」
何を言う、と言おうとするもあまりの驚きで音を失った。褥の上、白小袖を綺麗に着せられた少女は、婚姻を終えて、床入りを前に堂々とそれを断ってきた。ふんと鼻を鳴らすおまけ付きには唖然として流石の小生も開いた口が塞がらん。
この娘は、いやこの小娘は、今日小生に嫁いできたんじゃなかったのか!輿入れの時にはツンと尖らせた唇も伏した眼も緊張ゆえのもので可愛らしいものだと思ったが、今やどちらも不満を表現しているに他ならない。
「お前さん、苗字の娘はお床入りを逃げ出したと噂が立つぞ」
「御前が口外せねば噂もたたぬ。あの黒田官兵衛ともあろうものが床入りを拒まれたなどと噂がたてばさぞ愉快であろうな」
「くーっ!いい加減にしろ!」
「嫌と申しておる。嫌なものは嫌ぞ。私は寝るから御前はそこらで適当にせよ」
言うだけ言って名前は大きな褥に身を落とした。ただでさえ体の大きい男に加えてもう1人入ると言うのだから、それなりに大きなものが敷かれている。名前は背を向けて一番端っこに横たわった。てっきり、わがまま姫らしくど真ん中に寝て小生を外に追いやるのかと思っていたがそこまで意地の悪いことはしないらしい。毒吐きと釣れない態度に反し、やることは案外普通の姫君だなと拍子抜けした。いかん、悪鬼跋扈の豊臣軍のせいで感覚がおかしくなっている。
「……小生の嫁が嫌なら断ればよかっただろう」
「馬鹿め。いくら小官の奥が嫌であろうと私が断ればとと様、ひいては御前の主君の顔に泥を塗ることになるだろう」
「そうは言ってもだな……そんなに嫌がるなら、」
ぼやきながら広く空いた褥に身を落とすと、背を向けた名前のことがよく見えた。白小袖の胸元を握りしめ、まつげの先には雫がいくつもの玉をなしているのを見て言葉を失う。
「……そんなに嫌ならそれらしい理由をつけて家に返してやってもいいんだがな」
「帰らぬ!あれはもう家ではない。にい様もそう言うた」
「そうか」
肩を震わす名前を見るに気の強さには多分に虚勢も含まれていて、年は小生より遥かに若い、ただの子娘だった。軍略が何を成し、何を殺すものか知らない子娘。大方、夫君はあの半兵衛と並ぶ豊臣の知略冴え渡る軍師ですよなどと乳母どもからは聞かされ、あの麗人に勝るとも劣らぬ男が夫になるのだと期待に胸ふくらませていたのだろう……悪かったな、現れた夫が”こんなの”でと脳裏に浮かぶ仮面の男を追いやった。
「子はすぐでなくとも構わんだろうよ。お前さんの気持ちも考えずに悪かったな」
「煩い!熊がなんぞ言うても聞かぬわ!」
「なっ……!」
熊か。言うに及んで熊……小生は衝撃にうち震え、体を縮こまらせて褥に転がった。すると名前の方もころんと寝返りを打って視線がぶつかる。
「明日には侍女を家に帰す。御前が適当に幾人か見繕ってくれ」
「はあ!?」
「ありもせぬ内通を疑われてはかなわぬ。御前は目が良いのだろう。適当に選べ」
名前は静かに頼むゆえと言葉を重ねた。互いに国主姫君ではないからそこまでするつもりはないと言おうとして、思いとどまった。僅かな時間で見せる顔をころころと変える若妻に小生はまたしても続く言葉を失い、わかったと返すことしかできない。玉をなした雫が重さに耐えかねてついに滴り、小生は黙ってそれを拭った。名前が痛い、と顔をしかめてそれでも拭ってやった。
「冷えるな」
「そう思うなら妻を娶る前に室を整えるべきであったな」
毒を吐くわりに身を寄せても怒らず、挙句黙って目を閉じた。これには流石に閉口し、これまでの算段を改め直さねばなるまいと頭の中で策を巡らす。幸いにも一国の主ほど世継ぎを急かされる身ではなかった。
「ぬくい」
「そりゃあよかったな」
「改める、暑苦しくてかなわん」
「なんとでも言うがいいさ」
「……ふん」
今度こそ名前は黙って寝る体制になった。今から何年前か、名前が嫁入りした日の夜だった。
「なっ……」
何を言う、と言おうとするもあまりの驚きで音を失った。褥の上、白小袖を綺麗に着せられた少女は、婚姻を終えて、床入りを前に堂々とそれを断ってきた。ふんと鼻を鳴らすおまけ付きには唖然として流石の小生も開いた口が塞がらん。
この娘は、いやこの小娘は、今日小生に嫁いできたんじゃなかったのか!輿入れの時にはツンと尖らせた唇も伏した眼も緊張ゆえのもので可愛らしいものだと思ったが、今やどちらも不満を表現しているに他ならない。
「お前さん、苗字の娘はお床入りを逃げ出したと噂が立つぞ」
「御前が口外せねば噂もたたぬ。あの黒田官兵衛ともあろうものが床入りを拒まれたなどと噂がたてばさぞ愉快であろうな」
「くーっ!いい加減にしろ!」
「嫌と申しておる。嫌なものは嫌ぞ。私は寝るから御前はそこらで適当にせよ」
言うだけ言って名前は大きな褥に身を落とした。ただでさえ体の大きい男に加えてもう1人入ると言うのだから、それなりに大きなものが敷かれている。名前は背を向けて一番端っこに横たわった。てっきり、わがまま姫らしくど真ん中に寝て小生を外に追いやるのかと思っていたがそこまで意地の悪いことはしないらしい。毒吐きと釣れない態度に反し、やることは案外普通の姫君だなと拍子抜けした。いかん、悪鬼跋扈の豊臣軍のせいで感覚がおかしくなっている。
「……小生の嫁が嫌なら断ればよかっただろう」
「馬鹿め。いくら小官の奥が嫌であろうと私が断ればとと様、ひいては御前の主君の顔に泥を塗ることになるだろう」
「そうは言ってもだな……そんなに嫌がるなら、」
ぼやきながら広く空いた褥に身を落とすと、背を向けた名前のことがよく見えた。白小袖の胸元を握りしめ、まつげの先には雫がいくつもの玉をなしているのを見て言葉を失う。
「……そんなに嫌ならそれらしい理由をつけて家に返してやってもいいんだがな」
「帰らぬ!あれはもう家ではない。にい様もそう言うた」
「そうか」
肩を震わす名前を見るに気の強さには多分に虚勢も含まれていて、年は小生より遥かに若い、ただの子娘だった。軍略が何を成し、何を殺すものか知らない子娘。大方、夫君はあの半兵衛と並ぶ豊臣の知略冴え渡る軍師ですよなどと乳母どもからは聞かされ、あの麗人に勝るとも劣らぬ男が夫になるのだと期待に胸ふくらませていたのだろう……悪かったな、現れた夫が”こんなの”でと脳裏に浮かぶ仮面の男を追いやった。
「子はすぐでなくとも構わんだろうよ。お前さんの気持ちも考えずに悪かったな」
「煩い!熊がなんぞ言うても聞かぬわ!」
「なっ……!」
熊か。言うに及んで熊……小生は衝撃にうち震え、体を縮こまらせて褥に転がった。すると名前の方もころんと寝返りを打って視線がぶつかる。
「明日には侍女を家に帰す。御前が適当に幾人か見繕ってくれ」
「はあ!?」
「ありもせぬ内通を疑われてはかなわぬ。御前は目が良いのだろう。適当に選べ」
名前は静かに頼むゆえと言葉を重ねた。互いに国主姫君ではないからそこまでするつもりはないと言おうとして、思いとどまった。僅かな時間で見せる顔をころころと変える若妻に小生はまたしても続く言葉を失い、わかったと返すことしかできない。玉をなした雫が重さに耐えかねてついに滴り、小生は黙ってそれを拭った。名前が痛い、と顔をしかめてそれでも拭ってやった。
「冷えるな」
「そう思うなら妻を娶る前に室を整えるべきであったな」
毒を吐くわりに身を寄せても怒らず、挙句黙って目を閉じた。これには流石に閉口し、これまでの算段を改め直さねばなるまいと頭の中で策を巡らす。幸いにも一国の主ほど世継ぎを急かされる身ではなかった。
「ぬくい」
「そりゃあよかったな」
「改める、暑苦しくてかなわん」
「なんとでも言うがいいさ」
「……ふん」
今度こそ名前は黙って寝る体制になった。今から何年前か、名前が嫁入りした日の夜だった。
