戦国BASARA
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見覚えのある、緑色の兜が我が手を引いて一心に前へと進む。触れる手はかさついている、それから周りの山並みは関西とは違う二十数年で見慣れた東の山並みをしている。この間、山梨のパーキングエリアに降り立った時も思ったことだが、高校で習ったバイオームはすっかり忘れたのに明らかに西と東は山が違う。それから我が手を引くこの人は、西の人だったなと思い返した。前を行くのは毛利元就、緑の鎧兜に丸い不思議な刀、ザビー教、瀬戸内、日輪、謀、それから……
「じきに着く。支度はできておろうな」
「何処へ着くのです、元就様」
「忘れたのか。とっくに信濃に足を踏み入れておる、あれが上田ぞ」
幣を操る白魚の指先が木々の間に見え隠れする街並みを指す。上田か。上田なら、実家から何度か行ったな。りんご狩りをして帰りに寄った上田城では鉄砲隊が放つ銃声に驚き、真田神社でお守りを買った。あれはいつのことだろう。小学生頃ではなかったか、すっかり街並みなど忘れているから上田ぞなどと言われてもわからない。そうですか、と曖昧に返事をしてまた手を引かれる。
「全く我が手ずから連れ出したというのに興の薄いことよ」
「はあ、それはすみません」
「フン」
私は足元の石ころやら木の根にやたらと躓き、元就様はその度に馬鹿めのろまよと悪態を吐くものの私の手を引き落石を避けさせ、どんどん上へ登っていく。変だなとここで漸く違和感に思い当たる。幾度となく見たあの緑の鎧兜、振り回す丸い輪、長曾我部元親、記憶の中の毛利元就が喋った。
「この身さえも安芸の安寧と毛利の繁栄のための駒よ」
そうだ思い出した、捨て駒。毛利といえば捨て駒、捨て駒といえば毛利。よその武将を陥れる策略と人を切り捨てる冷酷さ。それが鎧兜を纏っているとはいえ共は足手纏いの私1人で信濃の山に分け入り、躓く私をいちいち助けている。それが、すごく変だった。
「名前、」
はい、何でしょう。私が呑気に顔を上げた時、元就様の横顔は冷たく凍りつき薄い唇が私を呼んだのかどうかも分からなかった。幻聴かもしれない。
「お前のくにはまだ遠いか」
ただ、おかしな行動の割にその顔は私の知っている画面越し紙面越しに眺めたきれいなきれいな毛利元就の顔をしていた。
「元就様、あの」
「はーい2名様ご連行」
突如耳元で響いたあまりに聞き覚えのある声と突然穴が抜けた地面に悲鳴をあげるより先に目を閉じる。落ちた!死ぬのか!しかし目を開けたら板張りの広間に座らされている。なんだこれは。なぜ無事じゃ。しかも落ちる前のあれは佐助じゃあるまいな!?
「幸村様、安芸の毛利元就公とその御内儀にごさいますよ」
御内儀!私はその言葉に卒倒しかけた。ご内儀!この、毛利元就のご内儀だと!隣に座る元就様は幸村様との問答につらつらと答えているが、その中身はあまりわからずかろうじて「妻の気晴らしでこちらに連れ出した、妻は山育ちゆえに信濃を通る」だの「身篭っては連れ出すこともならぬからその前にと思うに」だの毛利元就らしからぬ内容だったと思う。すごい嘘八百!さすが謀神!顔がひきつる私に反して幸村様はまじめに話を聞きうんうんと頷いていた。嘘にうまいこと本当っぽいことを混ぜると信憑性が高まるとはよく聞くけど見事なまでの嘘八百に私は震えた。私はたまに田舎育ちを自虐して山育ちとはいうものの、本当の山ではなくそこそこに平たい土地の生まれだ。関東平野に比べたらさすがに標高は高いけど。
「佐助、名前殿を奥庭に。西の暮らしが長うてはこちらの草花も懐かしくござろう」
となりの元就様が素っ気なく首で行けと促すので私は深々と頭を床につけたのちゆっくりと顔を上げた。庭陰でぐさっとやられるのかもしれない。不安が顔に現れたか、幸村様は私と視線を合わす。
「大丈夫だ、名前殿。この真田幸村、悪いようにはせん」
嘘べえ!その言葉の次の瞬間に思わず汚い田舎言葉が出そうになった。嘘べえ言って!すっごく腹黒そうな顔してる!
山並みは季節を感じさせなかったのに、庭は雪が落ちていた。町家を改装したカフェによくある四方を壁やら廊下に囲まれた庭で昔の文化が今に残るのだなあと感心した。
「で、どういうご事情かはさすがにお話いただけるんでしょうね。豊臣家臣の父の寵愛ゆえに存在すら隠されてた末娘が毛利に嫁いだっていうの、どうせ作り話なんだろ」
背後の佐助の話にこちらが驚いた。そんな話になっていたのか、そもそもそれは私の話なのかと問い詰めたかったけどあの毛利元就の奥さんならここであわてず焦らずもうちょっとうまくやるだろう。
「どうせ聞き及んでいるんでしょう」
「まあ、西海の方からは遙かの海から来ただの遠き空より至れりだの聞いてはいるけど……」
西海の、どっちだ。アニキとかわいい巫女さんをそれぞれ思い浮かべて、わからないのでやめた。視界が悪いし体が思うように動かないのがただただ不愉快だった。
「それから、おちてきたとも聞いてる。おちてきたって何?」
その言葉から私はいわゆるトリップ的落下の末に何事かを経て元就様に利用価値ありと認められて内儀(仮)に収まったのではないかと推測した。利用価値が何なのかはわからないが。私が大学で学んでいたものは設備があり器具があり精製された薬がある状況でなければなんの役にも立たない。普通の人が知っているありきたりなことしか知らないがそれさえも価値があると思われたのか。
「私は、みらいから来たの」
一か八かでぶつけた言葉に佐助は黙った。
「それはどこ?出羽?もしかして飛騨?それともふざけてる?」
戦国時代に時間の概念が無い、というあてが当たって私はなんだか胸のすく思いがした。が、ちゃきんと大きな手裏剣が視界の端で光り慌てて姿勢を正す。
「君たちには絶対に行けないところから来たの。私も、」
帰れないかも、そう言おうとした私はここに来てようやくこのよくわからない違和感が”夢”のせいだと気付いて黙った。明晰夢!!!!どうりでおかしいと思った!!自分の立ち位置がわからずか体も思うように動かせない苛立ちから八つ当たりみたいな言い方をしたと反省して、それから命も惜しいので私は言い方を変えた。
「みらいはね、幸村様が英雄と伝えられている国よ。もちろん元就様も」
何も間違っていないと思う。幸村様も元就様も大河ドラマの題材に取り上げられ、こうしてゲームのキャラクターに採用される、みらいはそういうところだ。
「それが聞けたなら、俺様はもういいや」
目の前から霞のように佐助が消えて、次の瞬間私は櫓に上がっていた。外はすっかり夜だった。夢だとわかったので体はだいぶ動かしやすく感じた。
「元就様」
「話は終わったか」
「終わったのかな……?」
要領を得ない私の言葉に元就様は眉をひそめてだからお前はのろまで馬鹿でと言葉を重ねた。不機嫌な顔のままで寄れと促されて半歩後ろに立つとぐいっと腕を掴まれて隣に立たされる。硬い鎧のはずが触れ合う肩は暖かく柔らかい。そのまま肩に重みがかかる。
「お前のくには見えたか」
「あの、くにとは」
「お前の生まれ育つ地よ。前にお前の国主を問うた時、北条か上杉か、煮え切らぬ答えに加え、真田の話も聞くと言っただろう」
「ああ、確かにそうですが……よく覚えておられましたね」
「一度聞いたことを我が忘れると思うな」
冷たい突き放すような言葉選びの割に元就様は未だ肩に寄りかかって、声は優しい。
「遠き世とは様相が違って分からぬか」
「そうですね、知ってる山が見えればきっとわかるんですけど……でも上田なら昔来たことがありますよ」
「そうか」
「松本城にも行ったことがあります。合宿をさぼって遊びに行って自転車で城下を走り回ったんですよ、あれ、松本城ってこの時代にあるのかな……」
元就様はそうか、と頷いて黙って話を聞いていた。
「あの、西と東は生えてる木が違うんです。だからその、ここの山は知らないはずなのに懐かしい。元就様、連れて来てくださってありがとう」
元就様は美しい顔を俯けて黙った。あの兜がないので、横髪が垂れてお顔を隠す。冷酷非道な武将のくせに姿形はことのように細く美しい。画面越しに見知った顔に体温があるというのは、夢であっても不思議だった。
「お前の口からそのように我の名が出るのなら、愚図でのろまのお前の手を甲斐甲斐しくここまで引いてやった甲斐もあったというものよ」
「じきに着く。支度はできておろうな」
「何処へ着くのです、元就様」
「忘れたのか。とっくに信濃に足を踏み入れておる、あれが上田ぞ」
幣を操る白魚の指先が木々の間に見え隠れする街並みを指す。上田か。上田なら、実家から何度か行ったな。りんご狩りをして帰りに寄った上田城では鉄砲隊が放つ銃声に驚き、真田神社でお守りを買った。あれはいつのことだろう。小学生頃ではなかったか、すっかり街並みなど忘れているから上田ぞなどと言われてもわからない。そうですか、と曖昧に返事をしてまた手を引かれる。
「全く我が手ずから連れ出したというのに興の薄いことよ」
「はあ、それはすみません」
「フン」
私は足元の石ころやら木の根にやたらと躓き、元就様はその度に馬鹿めのろまよと悪態を吐くものの私の手を引き落石を避けさせ、どんどん上へ登っていく。変だなとここで漸く違和感に思い当たる。幾度となく見たあの緑の鎧兜、振り回す丸い輪、長曾我部元親、記憶の中の毛利元就が喋った。
「この身さえも安芸の安寧と毛利の繁栄のための駒よ」
そうだ思い出した、捨て駒。毛利といえば捨て駒、捨て駒といえば毛利。よその武将を陥れる策略と人を切り捨てる冷酷さ。それが鎧兜を纏っているとはいえ共は足手纏いの私1人で信濃の山に分け入り、躓く私をいちいち助けている。それが、すごく変だった。
「名前、」
はい、何でしょう。私が呑気に顔を上げた時、元就様の横顔は冷たく凍りつき薄い唇が私を呼んだのかどうかも分からなかった。幻聴かもしれない。
「お前のくにはまだ遠いか」
ただ、おかしな行動の割にその顔は私の知っている画面越し紙面越しに眺めたきれいなきれいな毛利元就の顔をしていた。
「元就様、あの」
「はーい2名様ご連行」
突如耳元で響いたあまりに聞き覚えのある声と突然穴が抜けた地面に悲鳴をあげるより先に目を閉じる。落ちた!死ぬのか!しかし目を開けたら板張りの広間に座らされている。なんだこれは。なぜ無事じゃ。しかも落ちる前のあれは佐助じゃあるまいな!?
「幸村様、安芸の毛利元就公とその御内儀にごさいますよ」
御内儀!私はその言葉に卒倒しかけた。ご内儀!この、毛利元就のご内儀だと!隣に座る元就様は幸村様との問答につらつらと答えているが、その中身はあまりわからずかろうじて「妻の気晴らしでこちらに連れ出した、妻は山育ちゆえに信濃を通る」だの「身篭っては連れ出すこともならぬからその前にと思うに」だの毛利元就らしからぬ内容だったと思う。すごい嘘八百!さすが謀神!顔がひきつる私に反して幸村様はまじめに話を聞きうんうんと頷いていた。嘘にうまいこと本当っぽいことを混ぜると信憑性が高まるとはよく聞くけど見事なまでの嘘八百に私は震えた。私はたまに田舎育ちを自虐して山育ちとはいうものの、本当の山ではなくそこそこに平たい土地の生まれだ。関東平野に比べたらさすがに標高は高いけど。
「佐助、名前殿を奥庭に。西の暮らしが長うてはこちらの草花も懐かしくござろう」
となりの元就様が素っ気なく首で行けと促すので私は深々と頭を床につけたのちゆっくりと顔を上げた。庭陰でぐさっとやられるのかもしれない。不安が顔に現れたか、幸村様は私と視線を合わす。
「大丈夫だ、名前殿。この真田幸村、悪いようにはせん」
嘘べえ!その言葉の次の瞬間に思わず汚い田舎言葉が出そうになった。嘘べえ言って!すっごく腹黒そうな顔してる!
山並みは季節を感じさせなかったのに、庭は雪が落ちていた。町家を改装したカフェによくある四方を壁やら廊下に囲まれた庭で昔の文化が今に残るのだなあと感心した。
「で、どういうご事情かはさすがにお話いただけるんでしょうね。豊臣家臣の父の寵愛ゆえに存在すら隠されてた末娘が毛利に嫁いだっていうの、どうせ作り話なんだろ」
背後の佐助の話にこちらが驚いた。そんな話になっていたのか、そもそもそれは私の話なのかと問い詰めたかったけどあの毛利元就の奥さんならここであわてず焦らずもうちょっとうまくやるだろう。
「どうせ聞き及んでいるんでしょう」
「まあ、西海の方からは遙かの海から来ただの遠き空より至れりだの聞いてはいるけど……」
西海の、どっちだ。アニキとかわいい巫女さんをそれぞれ思い浮かべて、わからないのでやめた。視界が悪いし体が思うように動かないのがただただ不愉快だった。
「それから、おちてきたとも聞いてる。おちてきたって何?」
その言葉から私はいわゆるトリップ的落下の末に何事かを経て元就様に利用価値ありと認められて内儀(仮)に収まったのではないかと推測した。利用価値が何なのかはわからないが。私が大学で学んでいたものは設備があり器具があり精製された薬がある状況でなければなんの役にも立たない。普通の人が知っているありきたりなことしか知らないがそれさえも価値があると思われたのか。
「私は、みらいから来たの」
一か八かでぶつけた言葉に佐助は黙った。
「それはどこ?出羽?もしかして飛騨?それともふざけてる?」
戦国時代に時間の概念が無い、というあてが当たって私はなんだか胸のすく思いがした。が、ちゃきんと大きな手裏剣が視界の端で光り慌てて姿勢を正す。
「君たちには絶対に行けないところから来たの。私も、」
帰れないかも、そう言おうとした私はここに来てようやくこのよくわからない違和感が”夢”のせいだと気付いて黙った。明晰夢!!!!どうりでおかしいと思った!!自分の立ち位置がわからずか体も思うように動かせない苛立ちから八つ当たりみたいな言い方をしたと反省して、それから命も惜しいので私は言い方を変えた。
「みらいはね、幸村様が英雄と伝えられている国よ。もちろん元就様も」
何も間違っていないと思う。幸村様も元就様も大河ドラマの題材に取り上げられ、こうしてゲームのキャラクターに採用される、みらいはそういうところだ。
「それが聞けたなら、俺様はもういいや」
目の前から霞のように佐助が消えて、次の瞬間私は櫓に上がっていた。外はすっかり夜だった。夢だとわかったので体はだいぶ動かしやすく感じた。
「元就様」
「話は終わったか」
「終わったのかな……?」
要領を得ない私の言葉に元就様は眉をひそめてだからお前はのろまで馬鹿でと言葉を重ねた。不機嫌な顔のままで寄れと促されて半歩後ろに立つとぐいっと腕を掴まれて隣に立たされる。硬い鎧のはずが触れ合う肩は暖かく柔らかい。そのまま肩に重みがかかる。
「お前のくには見えたか」
「あの、くにとは」
「お前の生まれ育つ地よ。前にお前の国主を問うた時、北条か上杉か、煮え切らぬ答えに加え、真田の話も聞くと言っただろう」
「ああ、確かにそうですが……よく覚えておられましたね」
「一度聞いたことを我が忘れると思うな」
冷たい突き放すような言葉選びの割に元就様は未だ肩に寄りかかって、声は優しい。
「遠き世とは様相が違って分からぬか」
「そうですね、知ってる山が見えればきっとわかるんですけど……でも上田なら昔来たことがありますよ」
「そうか」
「松本城にも行ったことがあります。合宿をさぼって遊びに行って自転車で城下を走り回ったんですよ、あれ、松本城ってこの時代にあるのかな……」
元就様はそうか、と頷いて黙って話を聞いていた。
「あの、西と東は生えてる木が違うんです。だからその、ここの山は知らないはずなのに懐かしい。元就様、連れて来てくださってありがとう」
元就様は美しい顔を俯けて黙った。あの兜がないので、横髪が垂れてお顔を隠す。冷酷非道な武将のくせに姿形はことのように細く美しい。画面越しに見知った顔に体温があるというのは、夢であっても不思議だった。
「お前の口からそのように我の名が出るのなら、愚図でのろまのお前の手を甲斐甲斐しくここまで引いてやった甲斐もあったというものよ」
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