ONE PIECE
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「お前の夢は?」
「……夢?」
「なんかあんだろ。何かしら」
名前の次に夢を聞いてくる人には初めて会った。しかし彼にとっては当然のことらしく、額にかかった髪を指で避けて私の答えを待った。……夢か。
私はナースとして島の診療所で働いている。診療所に住み込みのお医者の先生と違って、日が登ってから出勤して日が沈んだら帰る、健康的なお仕事。最近は腕を認められて、あっちこっちの島にお医者の先生と行くこともある。忙しいけど、平和で満ち足りた日々だ。でも強いて言うなら。
「もうちょっと、自由なお金が欲しいかなー」
「はは、ちっせえ夢」
「無理に欲しいんじゃないからね。ま、それはもっと仕事の経験積んで、追々ね」
ファントと名乗った彼は楽して大金を稼ぎたいんだって。そんなうまい話、この偉大なる航路にあるわけないでしょうが。
「ちっせえ夢」とか言った割にこの人は、私のことを気に入ったらしく、我が家に勝手に住み着いた。雨漏り、隙間風、割れてる窓……というオンボロ我が家に絶句して「おまえはもうちょっと欲張った方がいいんじゃねえかな!?」て怒ってた。「チッ住むとこ間違えたな……」なんてブツブツ言いながら、トンカン叩いて屋根も壁もを直してくれたので、案外いいやつだなと思った。私は日の出ている時間は診療所で仕事なので、家まで直している時間がなかったから。日が落ちてからの作業は危ないし、普通に助かった。
一緒に住んでみてしばらく経つがファントさんは不思議な人だった。怠惰で、わがままで、めんどくさがりで、すぐ床に寝っ転がるし、「もっと楽したいとか思わねーのか?」「朝から晩まで働くなんて正気じゃない」だの言ってくる。それからたまにズバッと物事の本質をついたようなことを言って驚かされる。
たまに出かけていっては「アーーーッ今日も酷ぇ目にあった!」って文句言いながらすぐ帰ってくる。「これ晩飯」ってお酒とか肉とか片手に。一体何してるんだか。「楽して稼ぐ」仕事をしてるんだか、他の女の家に行ってるんだか知らないけど。まあ、私の他にもこういうただで寝床を提供してくれる「便利な女」がいるんだろうな、とは思った。
そう思うのは理由があって、ファントさんがいるとよく眠れるから。ファントさんと出会ってから、私は今はない家族の夢を見るようになった。
私の故郷は戦争で失われている。家族も幼かった私を残してみんな死んだ。戦火で焼けて、もう二度と見ることの叶わない美しい故郷と、優しい家族の夢を見る。平和な故郷の記憶は、燃え盛る炎と人々の悲鳴、その後の焦土に塗り替えられて二度と思い出せなかったはずなのに。
初めて夢を見た日の翌朝、ファントさんが「いい夢見たか?」といつもの顔で聞いた。だるそうな、めんどくさそうな、どうでもいいって顔。私は直感で「この人が、失った故郷の夢を見せてくれたのだ」と思った。二度と帰らない幸せな日々、夢でしか会えない優しい家族。それが手に入るなら。そう思って私はファントさんに「ずっとここにいていいよ」と言った。ファントさんは、故郷の夢と引き換えに私のヒモにおさまった。
「……サボりか?」
「や、休暇だよ。天気悪くなりそうだから」
「なんだ、ついにお前も効率的な労働ってやつを覚えたのかと……」
「んなわけないでしょ。今日だけだよ」
「つまんねーやつ!」
どうやらこれから雷が来そうということで早く帰宅したある日。ファントさんは寝っ転がったまま私を迎えて、目を丸くした。
「おれは出かける」
「雷に打たれないようにね」
「はいはい」
デカい仕事の雰囲気。怪しいな。怪訝そうな私の顔を見て、ファントさんは詳しくは語らなかったが、「これが終わったら、大金が手に入る」って、「今よりずっといいところに住めるし、お前も朝から晩まで働かなくてよくなる」って、それだけ口にした。怪しすぎるが、黙って頷いた。絶対詐欺だ、悪い女(か男)に騙されてる……と思ったけど、あんまり嬉しそうだったので指摘するのはやめておいた。もしファントさんが騙されてて、泣いて帰ってくるようなら、うちでヒモを続けて貰えばいい。
「じゃ、そういうことで。期待しないで待ってろよ」
「そこは期待しろ、じゃないの?」
ファントさんはいつもみたいにニヤッと笑って、それでそのままふらっと出て行った。
私はいつものように「早く帰ってきなよ」とは言えなかった。
立て付けの悪いドアが音を立ててしまる。ファントさんが文句言いながら直したのに、何回直しても具合が悪い。もっといいところに、というのはこれのせいでもあるだろう。ギシギシいう階段を登って、家の2階へ。集中して耳をすませば外を歩くファントさんの足音が聞こえる。耳飾りがチャリチャリ鳴るからわかりやすい。
2階のファントさんの部屋(仮)のドアを開ける。この部屋だけはベランダがついているのだ。乱雑に脱いだ服がそのまま放ってあったり、カーテンは中途半端に開けてあって、クローゼットの扉は半開き。そんな部屋を横目にベランダに出る。床に放置されてる、赤と銀の刺繍の服。気になることがひとつ。
最近世間を騒がしてる、紅蓮のボルスター。政府の息がかかった島も平和な島も見境なく爆破して燃やして、あとには焦土だけが残ってる。少し離れた島もこの間ボルスター一派の被害に遭った。命からがら逃げ出した人達は大火傷を負って病院に担ぎ込まれたと聞き、私はお医者の先生と一緒に手伝いに行って、その凄惨さに息を呑んだ。
「天竜人に連れて行かれた恋人が帰ってきた」「死んだ母親が実は生きてたんだ」「でも気がついたら燃え盛る街の中で熱くて、苦しくて」「痛いよ、先生、助けてください」「家族はどこに行ってしまったの」みんな涙ながらに炎の中で見たものを語って、熱と痛みに魘されながら愛しい人の名前を呼ぶ。その姿に涙が溢れた。それと同時に罪悪感で胸が締め付けられるようだった。そんなことができるのは、私が知る限り、ひとりしかいない。「昔のツテ」を使えば、すぐに調べはついた。
だから私、本当はわかっていた。あなたが何者で、いったい何をしていたのか。でも確証はないことを言い訳にあなたを海軍に突き出すこともできなかった。毎日火傷を負った人の看病をして、助からなかった人を看取った。病院で死にゆく人の手を握る一方で、家に帰ればあなたに笑顔を向けた。
私に「もっといい暮らしをさせてやるよ」と言った、眠れない夜に優しい家族の夢を見せてくれた、あなたが、悪い人だと思えなかった。思いたくなかった。
ファントさんの痕跡がたくさんの残る部屋を見渡す。
そのままベランダに出れば、家の前の道をのろのろ歩くファントさん後ろ姿が見えた。めんどくさそうに両手をポケットに突っ込んでいる、背筋が伸びてない、特徴的な後ろ姿。この島にひとつきりの港にはいつもの船が見える。ファントさんを迎えにきた、クリムゾンソルジャーの船。私の視線に気づいたのか、ファントさんは突然振り返って、ベランダに立つ私を捉え、顎をしゃくってみせた。「早く部屋入れ」の意図だ。私は大きく手を振る。
「ファントさーん!」
「でかい声だすな!恥ずかしいだろ!寝ろ!」
「まだ夕方だよー」
「知ってる!でも寝ろ!」
「無茶だよー」
「無茶でも寝ろ!」
ファントさんはそれきり振り返らず、港へ向かって歩いていった。途中道端の小石を蹴り飛ばしたりして、行儀が悪いなと思った。私はファントさんの言う通りに大人しく室内に戻って、階段を降り、それからパントリーの奥に隠しておいた電伝虫を起こした。ファントさんが居候するようになって「この家に電伝虫はいない」ことになっていたが、実はこっそりキャベツをやっていたので生きている。コールの前に息を吐いて。ワンコールを待たず、すぐに繋がった。
「こちらコード……。ご用件は」
「私だ。そっちの明日の天気を教えて」
「少々お待ちください」
応答相手のコードはノイズで消される。このノイズを聴くと身が引き締まる。己の一挙一動が仲間の命さえも危険に晒しかねない、ヒリヒリした日々を思い出して。ファントさんに見つからないように隠していたこいつは、海軍の諜報部隊だけが持っている特別な電伝虫。ただの会話でも独特の符牒を纏わせれば、訓練された諜報員は正確に内容を読み取る。ノイズが一際大きくなって途切れ、相手はすぐに出た。今とんでもなく忙しいはずの海軍大将、緑牛。
「おれだ」
「例の傭兵に動きがあった。紅蓮のボルスターは今夜7時に事を起こすようだ。場所は事前報告の通り」
「よくやった、おれが出る。お前は引っ込んでろ」
「……勿論です、アラマキさん」
「……海軍やめたってェのに、相変わらずモノ好きだな」
「……サカズキ様のためですから」
嘲笑うような、明らかに面白がっている、不快な笑い声を最後にぶつんと通信は切れた。大将直々に出るというなら、今夜じゅうにケリがつくだろう。海軍をやめて一般市民になった私の出る幕はない。2年前の出動……通称頂上戦争で大きな怪我を負って海軍をやめた後も、私は元上司への恩を捨てきれていない。元上司のサカズキ様は組織改変と直接決闘の結果、最高地位まで上りつめたが、元部下としては正直、最悪のタイミングで面倒ごとを押し付けられたように思えてしまう。本人は変わらず「海賊殲滅」を掲げ気概に満ちているものの、反乱の芽は早く摘むに越したことはない。元部下にできるのはそれくらいだ。平和な暮らしを守るのが海軍の役目で、かつて故郷を失った私は同じ悲劇を繰り返さないために海兵養成施設の門を叩いた。そう、これは平和な世の中のため。
不覚にも泣きそうになって息を吐く。ファントさんに言えなかった、これが私の本当の夢。だが、海軍をやめたのだ。正確にはサカズキ様が直接クビを切ってやめさせられた。「その怪我では他の諜報員の足手纏いになる」という単純な理由で、諜報部隊からの除名どころか、私はそのまま海軍を追い出された。諜報部隊の温情で用意された再就職先において、私は「海賊によって故郷を失った天涯孤独の女」としての振る舞い求められた。まさか過去を隠しているその一人暮らしに反乱分子が転がり込んでくるとは思わなかったが。クリムゾンソルジャーの幹部のひとりは相手の記憶を探り、幻覚を見せるという。過去を見られたら一貫の終わりという危険な状況だった。諜報部隊時代に身につけた「都合の悪い記憶を一時的に消去する方法」にファントさんが気づかなくてよかった。もしわずかでも違和感を覚えていたら、その時点で私が殺さなくちゃいけなかった。せっかく殺さずに済んだのに、明日からは寂しい一人暮らしに逆戻りだ。
仕事を終えた電伝虫にキャベツの切れ端を食わせる。ファントさんが出ていって電伝虫さえも黙ってしまった、静かな我が家。ファントさんがこの家に帰ってくることはないだろう。お別れも言えなかった。言えるはずない。別れを告げるなら私の正体を明かすしかなく、正体を明かすなら殺すしかなかった。だから、これでよかった。直接言えなかったから、心の中で別れを告げるしかないけど。
さよなら、ファントさん。眠れない夜に素敵な夢を見せてくれてありがとう。死んだ家族ともう一度会わせてくれてありがとう。故郷の幼馴染……近所に住んでた男の子の夢は終ぞ見せてくれなかったね。あの幻を見ている間は安らかで、幸せだった。あなたの優しさにつけこんで、騙し討ちみたいな真似をしたけど、心苦しくはない……つもりだ。大人しくアラマキさんにやられて、捕まってください。最近はインペルダウンもほぼ満員状態だから、あそこまで送られることはないでしょう。せいぜい新世界のどこかの支部に送られて、何年かはわからないけどお行儀よくしていてね。そのうち私のことなんて忘れて、楽して大儲けなんて夢から目を覚まして、小さな幸せを見つけてね。あなたそういうの得意でしょう。そんなあなただから私、あなたのこと何も心配してないからね。さよなら。元気でね。
翌朝、夜明け前。新聞を受け取って目を疑った。一面に海軍の功績を讃える「大将緑牛、紅蓮のボルスターを捕える」の大見出しはない。代わりに新世界の小さなニュース欄に「麦わらのルフィが紅蓮のボルスターを撃破」の記事があった。なぜ四皇が?アラマキさんは?小さな記事だから、ファントさんの名前はどこにもなかった。事の顛末を聞こうにもアラマキさんどころか、諜報部隊からの連絡すらない。諦めて新聞を片付け、仕事に向かう。朝日が昇ったら診療所で働き、夕日が沈めば家に帰る、昨日までと変わらない今日が始まる。ファントさんは二度と帰ってこなかった。
「……夢?」
「なんかあんだろ。何かしら」
名前の次に夢を聞いてくる人には初めて会った。しかし彼にとっては当然のことらしく、額にかかった髪を指で避けて私の答えを待った。……夢か。
私はナースとして島の診療所で働いている。診療所に住み込みのお医者の先生と違って、日が登ってから出勤して日が沈んだら帰る、健康的なお仕事。最近は腕を認められて、あっちこっちの島にお医者の先生と行くこともある。忙しいけど、平和で満ち足りた日々だ。でも強いて言うなら。
「もうちょっと、自由なお金が欲しいかなー」
「はは、ちっせえ夢」
「無理に欲しいんじゃないからね。ま、それはもっと仕事の経験積んで、追々ね」
ファントと名乗った彼は楽して大金を稼ぎたいんだって。そんなうまい話、この偉大なる航路にあるわけないでしょうが。
「ちっせえ夢」とか言った割にこの人は、私のことを気に入ったらしく、我が家に勝手に住み着いた。雨漏り、隙間風、割れてる窓……というオンボロ我が家に絶句して「おまえはもうちょっと欲張った方がいいんじゃねえかな!?」て怒ってた。「チッ住むとこ間違えたな……」なんてブツブツ言いながら、トンカン叩いて屋根も壁もを直してくれたので、案外いいやつだなと思った。私は日の出ている時間は診療所で仕事なので、家まで直している時間がなかったから。日が落ちてからの作業は危ないし、普通に助かった。
一緒に住んでみてしばらく経つがファントさんは不思議な人だった。怠惰で、わがままで、めんどくさがりで、すぐ床に寝っ転がるし、「もっと楽したいとか思わねーのか?」「朝から晩まで働くなんて正気じゃない」だの言ってくる。それからたまにズバッと物事の本質をついたようなことを言って驚かされる。
たまに出かけていっては「アーーーッ今日も酷ぇ目にあった!」って文句言いながらすぐ帰ってくる。「これ晩飯」ってお酒とか肉とか片手に。一体何してるんだか。「楽して稼ぐ」仕事をしてるんだか、他の女の家に行ってるんだか知らないけど。まあ、私の他にもこういうただで寝床を提供してくれる「便利な女」がいるんだろうな、とは思った。
そう思うのは理由があって、ファントさんがいるとよく眠れるから。ファントさんと出会ってから、私は今はない家族の夢を見るようになった。
私の故郷は戦争で失われている。家族も幼かった私を残してみんな死んだ。戦火で焼けて、もう二度と見ることの叶わない美しい故郷と、優しい家族の夢を見る。平和な故郷の記憶は、燃え盛る炎と人々の悲鳴、その後の焦土に塗り替えられて二度と思い出せなかったはずなのに。
初めて夢を見た日の翌朝、ファントさんが「いい夢見たか?」といつもの顔で聞いた。だるそうな、めんどくさそうな、どうでもいいって顔。私は直感で「この人が、失った故郷の夢を見せてくれたのだ」と思った。二度と帰らない幸せな日々、夢でしか会えない優しい家族。それが手に入るなら。そう思って私はファントさんに「ずっとここにいていいよ」と言った。ファントさんは、故郷の夢と引き換えに私のヒモにおさまった。
「……サボりか?」
「や、休暇だよ。天気悪くなりそうだから」
「なんだ、ついにお前も効率的な労働ってやつを覚えたのかと……」
「んなわけないでしょ。今日だけだよ」
「つまんねーやつ!」
どうやらこれから雷が来そうということで早く帰宅したある日。ファントさんは寝っ転がったまま私を迎えて、目を丸くした。
「おれは出かける」
「雷に打たれないようにね」
「はいはい」
デカい仕事の雰囲気。怪しいな。怪訝そうな私の顔を見て、ファントさんは詳しくは語らなかったが、「これが終わったら、大金が手に入る」って、「今よりずっといいところに住めるし、お前も朝から晩まで働かなくてよくなる」って、それだけ口にした。怪しすぎるが、黙って頷いた。絶対詐欺だ、悪い女(か男)に騙されてる……と思ったけど、あんまり嬉しそうだったので指摘するのはやめておいた。もしファントさんが騙されてて、泣いて帰ってくるようなら、うちでヒモを続けて貰えばいい。
「じゃ、そういうことで。期待しないで待ってろよ」
「そこは期待しろ、じゃないの?」
ファントさんはいつもみたいにニヤッと笑って、それでそのままふらっと出て行った。
私はいつものように「早く帰ってきなよ」とは言えなかった。
立て付けの悪いドアが音を立ててしまる。ファントさんが文句言いながら直したのに、何回直しても具合が悪い。もっといいところに、というのはこれのせいでもあるだろう。ギシギシいう階段を登って、家の2階へ。集中して耳をすませば外を歩くファントさんの足音が聞こえる。耳飾りがチャリチャリ鳴るからわかりやすい。
2階のファントさんの部屋(仮)のドアを開ける。この部屋だけはベランダがついているのだ。乱雑に脱いだ服がそのまま放ってあったり、カーテンは中途半端に開けてあって、クローゼットの扉は半開き。そんな部屋を横目にベランダに出る。床に放置されてる、赤と銀の刺繍の服。気になることがひとつ。
最近世間を騒がしてる、紅蓮のボルスター。政府の息がかかった島も平和な島も見境なく爆破して燃やして、あとには焦土だけが残ってる。少し離れた島もこの間ボルスター一派の被害に遭った。命からがら逃げ出した人達は大火傷を負って病院に担ぎ込まれたと聞き、私はお医者の先生と一緒に手伝いに行って、その凄惨さに息を呑んだ。
「天竜人に連れて行かれた恋人が帰ってきた」「死んだ母親が実は生きてたんだ」「でも気がついたら燃え盛る街の中で熱くて、苦しくて」「痛いよ、先生、助けてください」「家族はどこに行ってしまったの」みんな涙ながらに炎の中で見たものを語って、熱と痛みに魘されながら愛しい人の名前を呼ぶ。その姿に涙が溢れた。それと同時に罪悪感で胸が締め付けられるようだった。そんなことができるのは、私が知る限り、ひとりしかいない。「昔のツテ」を使えば、すぐに調べはついた。
だから私、本当はわかっていた。あなたが何者で、いったい何をしていたのか。でも確証はないことを言い訳にあなたを海軍に突き出すこともできなかった。毎日火傷を負った人の看病をして、助からなかった人を看取った。病院で死にゆく人の手を握る一方で、家に帰ればあなたに笑顔を向けた。
私に「もっといい暮らしをさせてやるよ」と言った、眠れない夜に優しい家族の夢を見せてくれた、あなたが、悪い人だと思えなかった。思いたくなかった。
ファントさんの痕跡がたくさんの残る部屋を見渡す。
そのままベランダに出れば、家の前の道をのろのろ歩くファントさん後ろ姿が見えた。めんどくさそうに両手をポケットに突っ込んでいる、背筋が伸びてない、特徴的な後ろ姿。この島にひとつきりの港にはいつもの船が見える。ファントさんを迎えにきた、クリムゾンソルジャーの船。私の視線に気づいたのか、ファントさんは突然振り返って、ベランダに立つ私を捉え、顎をしゃくってみせた。「早く部屋入れ」の意図だ。私は大きく手を振る。
「ファントさーん!」
「でかい声だすな!恥ずかしいだろ!寝ろ!」
「まだ夕方だよー」
「知ってる!でも寝ろ!」
「無茶だよー」
「無茶でも寝ろ!」
ファントさんはそれきり振り返らず、港へ向かって歩いていった。途中道端の小石を蹴り飛ばしたりして、行儀が悪いなと思った。私はファントさんの言う通りに大人しく室内に戻って、階段を降り、それからパントリーの奥に隠しておいた電伝虫を起こした。ファントさんが居候するようになって「この家に電伝虫はいない」ことになっていたが、実はこっそりキャベツをやっていたので生きている。コールの前に息を吐いて。ワンコールを待たず、すぐに繋がった。
「こちらコード……。ご用件は」
「私だ。そっちの明日の天気を教えて」
「少々お待ちください」
応答相手のコードはノイズで消される。このノイズを聴くと身が引き締まる。己の一挙一動が仲間の命さえも危険に晒しかねない、ヒリヒリした日々を思い出して。ファントさんに見つからないように隠していたこいつは、海軍の諜報部隊だけが持っている特別な電伝虫。ただの会話でも独特の符牒を纏わせれば、訓練された諜報員は正確に内容を読み取る。ノイズが一際大きくなって途切れ、相手はすぐに出た。今とんでもなく忙しいはずの海軍大将、緑牛。
「おれだ」
「例の傭兵に動きがあった。紅蓮のボルスターは今夜7時に事を起こすようだ。場所は事前報告の通り」
「よくやった、おれが出る。お前は引っ込んでろ」
「……勿論です、アラマキさん」
「……海軍やめたってェのに、相変わらずモノ好きだな」
「……サカズキ様のためですから」
嘲笑うような、明らかに面白がっている、不快な笑い声を最後にぶつんと通信は切れた。大将直々に出るというなら、今夜じゅうにケリがつくだろう。海軍をやめて一般市民になった私の出る幕はない。2年前の出動……通称頂上戦争で大きな怪我を負って海軍をやめた後も、私は元上司への恩を捨てきれていない。元上司のサカズキ様は組織改変と直接決闘の結果、最高地位まで上りつめたが、元部下としては正直、最悪のタイミングで面倒ごとを押し付けられたように思えてしまう。本人は変わらず「海賊殲滅」を掲げ気概に満ちているものの、反乱の芽は早く摘むに越したことはない。元部下にできるのはそれくらいだ。平和な暮らしを守るのが海軍の役目で、かつて故郷を失った私は同じ悲劇を繰り返さないために海兵養成施設の門を叩いた。そう、これは平和な世の中のため。
不覚にも泣きそうになって息を吐く。ファントさんに言えなかった、これが私の本当の夢。だが、海軍をやめたのだ。正確にはサカズキ様が直接クビを切ってやめさせられた。「その怪我では他の諜報員の足手纏いになる」という単純な理由で、諜報部隊からの除名どころか、私はそのまま海軍を追い出された。諜報部隊の温情で用意された再就職先において、私は「海賊によって故郷を失った天涯孤独の女」としての振る舞い求められた。まさか過去を隠しているその一人暮らしに反乱分子が転がり込んでくるとは思わなかったが。クリムゾンソルジャーの幹部のひとりは相手の記憶を探り、幻覚を見せるという。過去を見られたら一貫の終わりという危険な状況だった。諜報部隊時代に身につけた「都合の悪い記憶を一時的に消去する方法」にファントさんが気づかなくてよかった。もしわずかでも違和感を覚えていたら、その時点で私が殺さなくちゃいけなかった。せっかく殺さずに済んだのに、明日からは寂しい一人暮らしに逆戻りだ。
仕事を終えた電伝虫にキャベツの切れ端を食わせる。ファントさんが出ていって電伝虫さえも黙ってしまった、静かな我が家。ファントさんがこの家に帰ってくることはないだろう。お別れも言えなかった。言えるはずない。別れを告げるなら私の正体を明かすしかなく、正体を明かすなら殺すしかなかった。だから、これでよかった。直接言えなかったから、心の中で別れを告げるしかないけど。
さよなら、ファントさん。眠れない夜に素敵な夢を見せてくれてありがとう。死んだ家族ともう一度会わせてくれてありがとう。故郷の幼馴染……近所に住んでた男の子の夢は終ぞ見せてくれなかったね。あの幻を見ている間は安らかで、幸せだった。あなたの優しさにつけこんで、騙し討ちみたいな真似をしたけど、心苦しくはない……つもりだ。大人しくアラマキさんにやられて、捕まってください。最近はインペルダウンもほぼ満員状態だから、あそこまで送られることはないでしょう。せいぜい新世界のどこかの支部に送られて、何年かはわからないけどお行儀よくしていてね。そのうち私のことなんて忘れて、楽して大儲けなんて夢から目を覚まして、小さな幸せを見つけてね。あなたそういうの得意でしょう。そんなあなただから私、あなたのこと何も心配してないからね。さよなら。元気でね。
翌朝、夜明け前。新聞を受け取って目を疑った。一面に海軍の功績を讃える「大将緑牛、紅蓮のボルスターを捕える」の大見出しはない。代わりに新世界の小さなニュース欄に「麦わらのルフィが紅蓮のボルスターを撃破」の記事があった。なぜ四皇が?アラマキさんは?小さな記事だから、ファントさんの名前はどこにもなかった。事の顛末を聞こうにもアラマキさんどころか、諜報部隊からの連絡すらない。諦めて新聞を片付け、仕事に向かう。朝日が昇ったら診療所で働き、夕日が沈めば家に帰る、昨日までと変わらない今日が始まる。ファントさんは二度と帰ってこなかった。
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