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2月14日。至って普通の平日。職場では面倒ごとに繋がるからって贈り物のやり取りはしない約束になっている。それにチョコレートの好きな世の女の子にとっては、バレンタイン当日よりもその前が本番だろう。百貨店の催事はだいたいバレンタインより前に開催されるし、購入したその日からチョコレートを食べる日々が始まる。勿論私も先週休みを取って百貨店に足を運んだ。自分用のお高いチョコを王道中心に複数買ったので、これらを賞味期限内に食べ切るのが目標だ。
さて今宵も食後にチョコレートを……と思ったところで虎於さんが来た。手にはバラの花が1本。それから大きな紙袋。紙袋はすぐに下ろしてしまう。シンプルすぎて意外だ。しかもバラは可愛い感じのピンクだし。
「前に大きい花束は花瓶に入らないし、真紅は部屋に合わないって言ってただろう?」
かわいいピンクの花を自信満々の顔で差し出してくる。「お前の言ったことをちゃんと覚えているぞ」とでも言いたげな顔。過去もらった花に文句をつけた私が悪いのだが、驚いた。差し出された花をそっと受け取る。
「あ、ありがとう」
「うん」
「あの……カッコよくてびっくりした」
そう、花が何本でも何色でも、この男に似合わないはずがないので。虎於さんはそれを聞いてわずかな緊張を解くように小さく頷いた。
虎於さんはウキウキソワソワしていて、仕事終わりのはずなのに楽しそうな雰囲気。とりあえず部屋に招き入れ、薄いコートを脱がせる。この寒いのに随分と薄着だ。そして、嬉しそうに口を緩ませて自信満々に私を見る。
「渡すものがあるだろう?」
「……もしかしてバレンタイン期待してますか」
「……まさか無いとは言わないよな」
「無いよ」
「無いのか!?」
「無いです!だってあなた前にバレンタインの話したら『高価なチョコを食いきれないほどもらう面倒な日』って」
「……確かに言ったな。でも、手作りなら」
「それも『何が仕込まれてるかわからない物を渡されても困るだけだ』って言ってましたよね」
「それは……顔も知らない人間にもらったものには抵抗があるって、そういう話だ」
「え〜絶対そんなニュアンスじゃなかった!!フッ……お前庶民のチョコレートを俺に食わせる気か?みたいな感じだった!」
「……ッ」
虎於さんは反論をやめて、居心地悪そうに視線を逸らした。この人がたまにするこの顔が苦手だ。これはただ気まずいだけじゃなくて、何か言いたいことを我慢してる顔だと、私は知ってしまった。私もただ過去の発言を論って意地悪したくて言ってるんじゃなくて、事実虎於さんは舌が肥えてるし、きっと手作りのもので嫌な思いをしたことが過去にあるんだろうと察している。本人がどんなに否定して隠そうとも、過去に傷ついた事実は変わらない。しかし虎於さんが「たいしたことない」と言って過去のトラウマをあまり語りたがらないから、わざわざ蒸し返すような真似もしたくなかった。確かにチョコレート要らないんですよね?って確認しなかったのは悪かったけど……
「……楽しみにしていたのに」
眉を寄せて、ソファに肘をつく。顔を見られたく無いのか、覗き込もうとすれば背けられる。拗ねている、珍しい仕草だ。
「ごめんって」
「先週休みを取ってまで伊勢丹行って、俺の分は買わなかったのか?」
「か、買わなかったよ……」
素直に認めるとますます拗ねてしまった。いつも背景に薔薇とか百合とか大きな花を背負っているイメージだが、今日ばかりはどんよりしている。この人にも、バレンタインにチョコもらえたら嬉しいって感覚があるんだな。自分でいくらでも買えるし、望まなくとも世の人間はみんな何でも差し出すだろう。虎於さんが庶民的感覚を持ち合わせているとはちっとも思わないけど、案外普通の男の子みたいだ。
やれやれと立ち上がってキッチンに行き、いちばん風通しが良くてほどほどに薄暗い戸棚を開ける。
「どうした?何やってるんだ?」って虎於さんが着いてきて後ろで手持ち無沙汰にウロウロする。以前生活のあれこれを見られるのは勘弁してほしいという理由でキッチン周りと洗濯ものはあまり触らないように言った。それをこんな時まで守っている。
軽く背伸びをしていくつか重ねた箱のうち、最上段を手に取る。王道だし、これがいちばん本命らしいだろう。
「はい、ピエールマルコリーニだよ」
「……それは、お前のだろう?」
「お花くれたでしょう?あげる。大丈夫、百貨店で買って未開封だよ」
「……後から俺に食われたとか言わないよな?」
「嬉しくないんだね。じゃああげないよ」
「待て!もらう……でも、本当にいいのか」
「いいよ」
「そうか……ありがとう」
虎於さんのこんな顔は初めて見たかもしれない。電気をつけてないキッチンでもはっきりわかるくらい目をキラキラさせて、小さい紙箱を見つめている。
この人の、他人の反応を怖がってわざと皮肉なんか言って一旦引いてみせる悪癖。それをやられるたびに私がめちゃくちゃ焦ってるのをこの人は知らない。私はそういう時、こちらも引いてみせるなんて意地悪な方法でしか、本音を引き出すことができない。できるならもっと穏便にやりたい。この、取り繕ってない少年みたいな顔をもっと見てみたい。素直で、優しくて、すごく怖がり。どれも虎於さんが長い間一生懸命隠してきた部分だけど、私は好きだから。
「なあ、やっぱり一緒に食べよう。名前はどのフレーバーが好きなんだ?」
「えーとパッションフルーツとか、ナッツのやつとか……」
虎於さんは私の腰に手を回して、空いた片手にチョコを。嬉しそうにチョコをリビングの電気に翳している。それからハッとして玄関を振り返った。
「……ワインを持ってきたのに、玄関に忘れた」
「そうなの?よく冷えてるかもね」
声は低く落ち着いて、平静そのもののように思われた。あの紙袋の中身は酒か。虎於さんは玄関まで取りに戻るつもりはないらしく、片手に私もう片方にチョコを持ったまま動かない。
虎於さんは宝物のように掲げているけど、中身はたった6個だけの小さい紙箱だ。同じブランドのもっと立派なやつをもらったこともあるだろうし、自分でも好きなものを買えるだろう。
虎於さんの手にあるとより一層小さく見える箱を彼は本当に嬉しそうに見た。もう一度お礼の言葉の後に、腰に回された手は私を引き寄せようとする。大人しくされるがままになって、腕の中から虎於さんを見上げる。ああ、また。これも見たことのない顔だ。ちょっと不安そうな表情、それでも優しい目で私を見る。
「そんなに嬉しかったの?」
「ああ、そうだな……すごく嬉しい」
そうか、そんなに嬉しかったのなら、来年こそちゃんと立派なやつを用意してあげよう。あなたはきっと私が嫉妬する気も起こらないくらい、たくさんのチョコレートをもらうだろうけど。それでもあなたがあなたの望みを口にするなら、私はそれを聞いていたいから。
さて今宵も食後にチョコレートを……と思ったところで虎於さんが来た。手にはバラの花が1本。それから大きな紙袋。紙袋はすぐに下ろしてしまう。シンプルすぎて意外だ。しかもバラは可愛い感じのピンクだし。
「前に大きい花束は花瓶に入らないし、真紅は部屋に合わないって言ってただろう?」
かわいいピンクの花を自信満々の顔で差し出してくる。「お前の言ったことをちゃんと覚えているぞ」とでも言いたげな顔。過去もらった花に文句をつけた私が悪いのだが、驚いた。差し出された花をそっと受け取る。
「あ、ありがとう」
「うん」
「あの……カッコよくてびっくりした」
そう、花が何本でも何色でも、この男に似合わないはずがないので。虎於さんはそれを聞いてわずかな緊張を解くように小さく頷いた。
虎於さんはウキウキソワソワしていて、仕事終わりのはずなのに楽しそうな雰囲気。とりあえず部屋に招き入れ、薄いコートを脱がせる。この寒いのに随分と薄着だ。そして、嬉しそうに口を緩ませて自信満々に私を見る。
「渡すものがあるだろう?」
「……もしかしてバレンタイン期待してますか」
「……まさか無いとは言わないよな」
「無いよ」
「無いのか!?」
「無いです!だってあなた前にバレンタインの話したら『高価なチョコを食いきれないほどもらう面倒な日』って」
「……確かに言ったな。でも、手作りなら」
「それも『何が仕込まれてるかわからない物を渡されても困るだけだ』って言ってましたよね」
「それは……顔も知らない人間にもらったものには抵抗があるって、そういう話だ」
「え〜絶対そんなニュアンスじゃなかった!!フッ……お前庶民のチョコレートを俺に食わせる気か?みたいな感じだった!」
「……ッ」
虎於さんは反論をやめて、居心地悪そうに視線を逸らした。この人がたまにするこの顔が苦手だ。これはただ気まずいだけじゃなくて、何か言いたいことを我慢してる顔だと、私は知ってしまった。私もただ過去の発言を論って意地悪したくて言ってるんじゃなくて、事実虎於さんは舌が肥えてるし、きっと手作りのもので嫌な思いをしたことが過去にあるんだろうと察している。本人がどんなに否定して隠そうとも、過去に傷ついた事実は変わらない。しかし虎於さんが「たいしたことない」と言って過去のトラウマをあまり語りたがらないから、わざわざ蒸し返すような真似もしたくなかった。確かにチョコレート要らないんですよね?って確認しなかったのは悪かったけど……
「……楽しみにしていたのに」
眉を寄せて、ソファに肘をつく。顔を見られたく無いのか、覗き込もうとすれば背けられる。拗ねている、珍しい仕草だ。
「ごめんって」
「先週休みを取ってまで伊勢丹行って、俺の分は買わなかったのか?」
「か、買わなかったよ……」
素直に認めるとますます拗ねてしまった。いつも背景に薔薇とか百合とか大きな花を背負っているイメージだが、今日ばかりはどんよりしている。この人にも、バレンタインにチョコもらえたら嬉しいって感覚があるんだな。自分でいくらでも買えるし、望まなくとも世の人間はみんな何でも差し出すだろう。虎於さんが庶民的感覚を持ち合わせているとはちっとも思わないけど、案外普通の男の子みたいだ。
やれやれと立ち上がってキッチンに行き、いちばん風通しが良くてほどほどに薄暗い戸棚を開ける。
「どうした?何やってるんだ?」って虎於さんが着いてきて後ろで手持ち無沙汰にウロウロする。以前生活のあれこれを見られるのは勘弁してほしいという理由でキッチン周りと洗濯ものはあまり触らないように言った。それをこんな時まで守っている。
軽く背伸びをしていくつか重ねた箱のうち、最上段を手に取る。王道だし、これがいちばん本命らしいだろう。
「はい、ピエールマルコリーニだよ」
「……それは、お前のだろう?」
「お花くれたでしょう?あげる。大丈夫、百貨店で買って未開封だよ」
「……後から俺に食われたとか言わないよな?」
「嬉しくないんだね。じゃああげないよ」
「待て!もらう……でも、本当にいいのか」
「いいよ」
「そうか……ありがとう」
虎於さんのこんな顔は初めて見たかもしれない。電気をつけてないキッチンでもはっきりわかるくらい目をキラキラさせて、小さい紙箱を見つめている。
この人の、他人の反応を怖がってわざと皮肉なんか言って一旦引いてみせる悪癖。それをやられるたびに私がめちゃくちゃ焦ってるのをこの人は知らない。私はそういう時、こちらも引いてみせるなんて意地悪な方法でしか、本音を引き出すことができない。できるならもっと穏便にやりたい。この、取り繕ってない少年みたいな顔をもっと見てみたい。素直で、優しくて、すごく怖がり。どれも虎於さんが長い間一生懸命隠してきた部分だけど、私は好きだから。
「なあ、やっぱり一緒に食べよう。名前はどのフレーバーが好きなんだ?」
「えーとパッションフルーツとか、ナッツのやつとか……」
虎於さんは私の腰に手を回して、空いた片手にチョコを。嬉しそうにチョコをリビングの電気に翳している。それからハッとして玄関を振り返った。
「……ワインを持ってきたのに、玄関に忘れた」
「そうなの?よく冷えてるかもね」
声は低く落ち着いて、平静そのもののように思われた。あの紙袋の中身は酒か。虎於さんは玄関まで取りに戻るつもりはないらしく、片手に私もう片方にチョコを持ったまま動かない。
虎於さんは宝物のように掲げているけど、中身はたった6個だけの小さい紙箱だ。同じブランドのもっと立派なやつをもらったこともあるだろうし、自分でも好きなものを買えるだろう。
虎於さんの手にあるとより一層小さく見える箱を彼は本当に嬉しそうに見た。もう一度お礼の言葉の後に、腰に回された手は私を引き寄せようとする。大人しくされるがままになって、腕の中から虎於さんを見上げる。ああ、また。これも見たことのない顔だ。ちょっと不安そうな表情、それでも優しい目で私を見る。
「そんなに嬉しかったの?」
「ああ、そうだな……すごく嬉しい」
そうか、そんなに嬉しかったのなら、来年こそちゃんと立派なやつを用意してあげよう。あなたはきっと私が嫉妬する気も起こらないくらい、たくさんのチョコレートをもらうだろうけど。それでもあなたがあなたの望みを口にするなら、私はそれを聞いていたいから。
