IDOLiSH7
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木曜日の昼下がり。天気も良く、所属タレントからのトラブルを報告する電話もない。事務方は至って平穏で、事務所の空気ものんびりしている。まだ定時まで長いし、コーヒーでも淹れて眠気を飛ばそうかな。
腰を上げようとしたその時、言い争うような声が遠くに聞こえた。
「ちゃんと環くんが謝るんだよ」
「わかってるって!」
不穏な雰囲気。しかも、フロアに近づいてくる。他の事務員もパソコンに釘付けながらちょっとソワっとした。こんな日に限って彼らの担当者2人とも不在。チャットを立ち上げて、報告しようか悩む。でも紡さんは外部の会議に出ちゃったし、大神さんは久しぶりの有給だと泣いて喜んでたし……
私の机の横にはカウンターがある。経理担当としては事務所で書類やお金をやり取りするのに自分のデスクを使わないで済むから便利で助かっている。そのカウンターの前にまず逢坂さんが立つ。遅れて四葉さんが半歩後ろに。男の人が二人並ぶにはカウンターは少々狭い。
「名前さん、ちょっといいですか」
「はい、大丈夫ですよ。お疲れ様です」
逢坂さんはつとめて穏やかに声をかけた。何があったのか、声は平静を保っているが表情は険しい。後ろにポッケに手を突っ込んだ四葉さんを従えているが、四葉さんは困った顔をしている。さっきまで喧嘩してたはずなのに。
「環くん」
「名前ちゃん、これ……」
「拝見します」
険しい顔、困り顔。一体何が出てくるのかと思いきや四葉さんがおずおずと差し出したのは領収書が3枚。仕事柄癖で店舗宛名日付金額に目を通す。日付が先月以前のものが2枚。
「先月以前のものがあるんです」
予想通り逢坂さんの指が2枚を指し示す。これが原因で喧嘩してたの?それなら過剰に騒いだり、大げさに困ってみせたり、取り乱しちゃいけないやつだ。大神さん相手ならやるけど。あの人割と常習犯だから。
入所の時にみんなに「経費の精算は月中でお願いします」とは伝えてある。月を跨いだら少しだけ処理が面倒なのを、逢坂さんは過去のバイトかなんかで知っていたのかもしれない。別にどうにかできるけど常習犯になられたら困るから(あと気持ち的に嫌)、あの時は「くれぐれもご協力よろしくお願いします」と念を押した。一応みんなに。私も簡単に説明して「なんでも聞いてくださいね」で済ませちゃったし、四葉さんは高校生だし、経理の仕事なんてよく分からなくても仕方ない。逢坂さんとか一織さんがおかしいのだ。おふたりはまだ若いのにお金のことにも会社運営の細かなことにも異様に詳しい。不勉強行き当たりばったりの私の方が、イレギュラー案件など、仕事を教えてもらうこともしばしば。
「こっちが、先月分ですね。確かに受け取りました。ありがとうございます。四葉さん、すぐお金出すからちょっと待ってね」
「名前ちゃん……これ、大丈夫なやつ?」
「大丈夫なやつだよ〜あ、チョコあるよ。待ってる間どうぞ」
「ありがと」
「本当に大丈夫ですか?」
「はい。逢坂さんもどうぞ」
銀座でこないだ買っておいたいいやつだ。いくつか掴んでカウンターにパラパラと並べる。ああ美味しいチョコ!私がコソコソ食べるだけかと思いきや、出番が来てよかった!!四葉さんが「そーちゃん、紫のいいよ」と紫色の包み紙を譲った。キャラメルヘーゼルナッツ味。
「……ありがとう。僕はひとつでいいよ。環くん、どうぞ」
「いいの?ありがと」
ぎこちなくも互いに思いあう様子を横目に私は領収書の金額を数える。予定外の出来事により結成したMEZZO"はまだすれ違いも言い争いも多く、側から見ているとちょっと心配になる。でも、2人とも優しい子だ。本当に、まだ互いを深く知らないだけ。お互いの人生で初めて関わるタイプの人間に出会って、困惑してるだけ。深刻な問題じゃない、いつかきっとRe:valeみたいな仲良しデュオになるだろう。
逢坂さんが領収書と合わせて出してくれたメモのおかげで、今後の処理には困らなそうだ。逢坂さんは入所したての頃にもトラブってた事務処理をすんなり解決してくれて、二十歳の大学生とは思えない優秀さだ。メモも要点を抑えて簡潔、大助かり。
金庫を開けてお金を数える。いつもよりなるべくゆっくり。四葉さんが破ったチョコの包み紙を逢坂さんが黙って回収した。逢坂さんに譲られた紫のチョコはそのままカウンターの上に取り残されている。甘いものが苦手だったっけ。嫌いじゃないなら食べればいいのに。
「お待たせしました、3枚分で2464円」
「環くん、確認して」
「おー」
またしてもちょっとピリピリした空気。逢坂さんの眉が釣り上がって、でも四葉さんは小銭を数えるのに集中して気づいていない。ささいなこと、2人の間のちょっとの溝、時間と共に距離はうまるはず、今はまだうまく噛み合ってないだけ。
「ちょうどある……」
「落とさないようにお財布にしまってね。お財布ある?封筒あげようか」
「ない!封筒ちょーだい」
「ちょっと待ってて」
「だから名前さんが困るって言っただろ」
「……どうにかなったんだから、怒んなくたっていいじゃん」
「怒ってないよ。でも環くんがちゃんとしないと名前さんが困るんだよ」
「大丈夫だよ〜困ってないよ〜」
こら!ピリピリすな!なるべく穏やかな発声を心掛け、同時に四葉さんに今後なるべく領収書をスムーズに出してもらうために言葉を組み立てる。お金をしまうための封筒は……あった。ちょうど水色のやつ。
「今回、3回も四葉さんのお金を事務所のために出してもらったわけでしょう。しかも2500円も!だから、そーちゃんも大変だ!早く領収書出さなきゃ!って思ったんだよ。ね」
「そーちゃん」
「……四葉さんの大事なお金なのに、事務所のために使ってもらったから、”逢坂さん”も大変だ!って思ったんだよ。これでいいですか」
「……」
うっかり四葉さんの”そーちゃん”呼びがうつった。四葉さんはフム、と何かを考える様子で、お金を封筒にしまう。一方逢坂さんはわずかに目を見開いてこちらを見た。なんですか、これでもうまくとりなした(つもり)なんだから、わざわざこの場で否定したりしませんよね。
「……そうかな」
「そうです。逢坂さんも私の仕事が増えるんじゃないかって心配してくれたんですよね。ありがとうございます」
「いえ、僕は……」
「領収書も逢坂さんが仕分けてくれたので助かっちゃいました。さすがそーちゃん!って感じですね」
「……恐縮です」
もう”そーちゃん”呼びでゴリ押しするしかない。逢坂さんは複雑そうな顔はしたが、否定はしなかった。気まずそうに紫色の包み紙にようやく手をつけた。「恐縮です」って便利な言葉だね。
チョコをもぐもぐするふたりを横目に領収書と逢坂さんのメモをお菓子の箱に入れた。未処理のものはこのディズニーランドのお菓子の缶(昔大神さんがお土産でくれた。彼女と行ったのかもしれない。)が定位置だ。これは定時までにゆっくり処理しよう。
「あ、冷蔵庫に551の豚まんあるよ。小鳥遊寮分って書いてあるやつね、10個入りだから持って帰ってみんなで食べて」
「ほんと!?やった、そーちゃん行こ!」
「わ、環くん!危ないよ」
「喧嘩しないで分けてくださいね」
「うん」
豚まんと聞いた途端、ぱあっと四葉さんの表情が明るくなってなんだか犬の耳としっぽの幻覚を見た。例えるなら毛の長い、ふわふわのゴールデンレトリバー。逢坂さんは四葉さんに急に腕を引っ張られてびっくりした様子だけど、喧嘩しないでの念押しには振り向いてしっかり頷いた。そういう顔は年齢よりも少し、幼く見える。
@@@
名前ちゃんの「大丈夫ですよ」を思い返す。りっくんが水こぼした時もあの「大丈夫ですよ」が出た。あの時はそこらじゅう水浸しになって、運悪く濡れた書類の再発行が大変だったらしい。と、いおりんから聞いた。だからたぶん、今日も大丈夫じゃなかった。
俺とそーちゃんがまた喧嘩してるって心配したのかも。俺たちがうまくいかないのを、たぶんジムカタの人たちはみんな心配してる。誰も言わないけどあの心配そうにこっちをチラッと見る感じは、身に覚えがある。絶対そう。そーちゃんが俺に怒ってたからあんな風に言ったんかな。そーちゃんも、気づいてんのかな。
ふたりで冷蔵庫をのぞいて、名前ちゃんが言ってた豚まんはすぐに見つかった。数字の紙袋に大きく「小鳥遊寮分」って紙がついてる。
そーちゃんはさっきまで怒ってたのが嘘みたいに静かで、「これだね。冷蔵品みたいだし、早く帰ろうか」と口にした。俺が責任持って紙袋を受け取り、そーちゃんが冷蔵庫のドアを閉める。
ふたりで事務所の廊下を歩く。行きは早足のそーちゃんを追いかけて、帰りは並んで。なるべく足音はうるさくないように、おしゃべりも大声はだめ。行きはそんなこと考える余裕もなかったけど、みんな仕事中だ。もしかして、うるさかったかな。それで、ジムカタのみんなソワソワってしてたのかな。
「そーちゃん、俺が貧乏なるの心配してくれたん?ありがと」
「……ううん。僕の方こそ……」
そーちゃんの声ちっさ。全然聞こえねー。もっと何か言うのかと思ってちょっと待ってみたけど何もなし。
「次は気をつけようね。僕も気にするようにするから」
「うん」
「……行こうか」
そーちゃんは俺を見上げてぎこちなく笑った。いつもそう。もっと、そーちゃんもアイドルなんだからちゃんと笑えばいいのに。折角ケンカ終わったのに、また怒らせるのもやだから黙っておいた。
「どうしたの?言わなくちゃわからないよ」
「んー、なんでもない」
「言わなくちゃわかんない」は、こっちのセリフだ。「そーちゃん、ちゃんと笑えよな。美人なんだから」頭の中で何回練習しても、ぜんっぜん上手く言える気がしねー。
腰を上げようとしたその時、言い争うような声が遠くに聞こえた。
「ちゃんと環くんが謝るんだよ」
「わかってるって!」
不穏な雰囲気。しかも、フロアに近づいてくる。他の事務員もパソコンに釘付けながらちょっとソワっとした。こんな日に限って彼らの担当者2人とも不在。チャットを立ち上げて、報告しようか悩む。でも紡さんは外部の会議に出ちゃったし、大神さんは久しぶりの有給だと泣いて喜んでたし……
私の机の横にはカウンターがある。経理担当としては事務所で書類やお金をやり取りするのに自分のデスクを使わないで済むから便利で助かっている。そのカウンターの前にまず逢坂さんが立つ。遅れて四葉さんが半歩後ろに。男の人が二人並ぶにはカウンターは少々狭い。
「名前さん、ちょっといいですか」
「はい、大丈夫ですよ。お疲れ様です」
逢坂さんはつとめて穏やかに声をかけた。何があったのか、声は平静を保っているが表情は険しい。後ろにポッケに手を突っ込んだ四葉さんを従えているが、四葉さんは困った顔をしている。さっきまで喧嘩してたはずなのに。
「環くん」
「名前ちゃん、これ……」
「拝見します」
険しい顔、困り顔。一体何が出てくるのかと思いきや四葉さんがおずおずと差し出したのは領収書が3枚。仕事柄癖で店舗宛名日付金額に目を通す。日付が先月以前のものが2枚。
「先月以前のものがあるんです」
予想通り逢坂さんの指が2枚を指し示す。これが原因で喧嘩してたの?それなら過剰に騒いだり、大げさに困ってみせたり、取り乱しちゃいけないやつだ。大神さん相手ならやるけど。あの人割と常習犯だから。
入所の時にみんなに「経費の精算は月中でお願いします」とは伝えてある。月を跨いだら少しだけ処理が面倒なのを、逢坂さんは過去のバイトかなんかで知っていたのかもしれない。別にどうにかできるけど常習犯になられたら困るから(あと気持ち的に嫌)、あの時は「くれぐれもご協力よろしくお願いします」と念を押した。一応みんなに。私も簡単に説明して「なんでも聞いてくださいね」で済ませちゃったし、四葉さんは高校生だし、経理の仕事なんてよく分からなくても仕方ない。逢坂さんとか一織さんがおかしいのだ。おふたりはまだ若いのにお金のことにも会社運営の細かなことにも異様に詳しい。不勉強行き当たりばったりの私の方が、イレギュラー案件など、仕事を教えてもらうこともしばしば。
「こっちが、先月分ですね。確かに受け取りました。ありがとうございます。四葉さん、すぐお金出すからちょっと待ってね」
「名前ちゃん……これ、大丈夫なやつ?」
「大丈夫なやつだよ〜あ、チョコあるよ。待ってる間どうぞ」
「ありがと」
「本当に大丈夫ですか?」
「はい。逢坂さんもどうぞ」
銀座でこないだ買っておいたいいやつだ。いくつか掴んでカウンターにパラパラと並べる。ああ美味しいチョコ!私がコソコソ食べるだけかと思いきや、出番が来てよかった!!四葉さんが「そーちゃん、紫のいいよ」と紫色の包み紙を譲った。キャラメルヘーゼルナッツ味。
「……ありがとう。僕はひとつでいいよ。環くん、どうぞ」
「いいの?ありがと」
ぎこちなくも互いに思いあう様子を横目に私は領収書の金額を数える。予定外の出来事により結成したMEZZO"はまだすれ違いも言い争いも多く、側から見ているとちょっと心配になる。でも、2人とも優しい子だ。本当に、まだ互いを深く知らないだけ。お互いの人生で初めて関わるタイプの人間に出会って、困惑してるだけ。深刻な問題じゃない、いつかきっとRe:valeみたいな仲良しデュオになるだろう。
逢坂さんが領収書と合わせて出してくれたメモのおかげで、今後の処理には困らなそうだ。逢坂さんは入所したての頃にもトラブってた事務処理をすんなり解決してくれて、二十歳の大学生とは思えない優秀さだ。メモも要点を抑えて簡潔、大助かり。
金庫を開けてお金を数える。いつもよりなるべくゆっくり。四葉さんが破ったチョコの包み紙を逢坂さんが黙って回収した。逢坂さんに譲られた紫のチョコはそのままカウンターの上に取り残されている。甘いものが苦手だったっけ。嫌いじゃないなら食べればいいのに。
「お待たせしました、3枚分で2464円」
「環くん、確認して」
「おー」
またしてもちょっとピリピリした空気。逢坂さんの眉が釣り上がって、でも四葉さんは小銭を数えるのに集中して気づいていない。ささいなこと、2人の間のちょっとの溝、時間と共に距離はうまるはず、今はまだうまく噛み合ってないだけ。
「ちょうどある……」
「落とさないようにお財布にしまってね。お財布ある?封筒あげようか」
「ない!封筒ちょーだい」
「ちょっと待ってて」
「だから名前さんが困るって言っただろ」
「……どうにかなったんだから、怒んなくたっていいじゃん」
「怒ってないよ。でも環くんがちゃんとしないと名前さんが困るんだよ」
「大丈夫だよ〜困ってないよ〜」
こら!ピリピリすな!なるべく穏やかな発声を心掛け、同時に四葉さんに今後なるべく領収書をスムーズに出してもらうために言葉を組み立てる。お金をしまうための封筒は……あった。ちょうど水色のやつ。
「今回、3回も四葉さんのお金を事務所のために出してもらったわけでしょう。しかも2500円も!だから、そーちゃんも大変だ!早く領収書出さなきゃ!って思ったんだよ。ね」
「そーちゃん」
「……四葉さんの大事なお金なのに、事務所のために使ってもらったから、”逢坂さん”も大変だ!って思ったんだよ。これでいいですか」
「……」
うっかり四葉さんの”そーちゃん”呼びがうつった。四葉さんはフム、と何かを考える様子で、お金を封筒にしまう。一方逢坂さんはわずかに目を見開いてこちらを見た。なんですか、これでもうまくとりなした(つもり)なんだから、わざわざこの場で否定したりしませんよね。
「……そうかな」
「そうです。逢坂さんも私の仕事が増えるんじゃないかって心配してくれたんですよね。ありがとうございます」
「いえ、僕は……」
「領収書も逢坂さんが仕分けてくれたので助かっちゃいました。さすがそーちゃん!って感じですね」
「……恐縮です」
もう”そーちゃん”呼びでゴリ押しするしかない。逢坂さんは複雑そうな顔はしたが、否定はしなかった。気まずそうに紫色の包み紙にようやく手をつけた。「恐縮です」って便利な言葉だね。
チョコをもぐもぐするふたりを横目に領収書と逢坂さんのメモをお菓子の箱に入れた。未処理のものはこのディズニーランドのお菓子の缶(昔大神さんがお土産でくれた。彼女と行ったのかもしれない。)が定位置だ。これは定時までにゆっくり処理しよう。
「あ、冷蔵庫に551の豚まんあるよ。小鳥遊寮分って書いてあるやつね、10個入りだから持って帰ってみんなで食べて」
「ほんと!?やった、そーちゃん行こ!」
「わ、環くん!危ないよ」
「喧嘩しないで分けてくださいね」
「うん」
豚まんと聞いた途端、ぱあっと四葉さんの表情が明るくなってなんだか犬の耳としっぽの幻覚を見た。例えるなら毛の長い、ふわふわのゴールデンレトリバー。逢坂さんは四葉さんに急に腕を引っ張られてびっくりした様子だけど、喧嘩しないでの念押しには振り向いてしっかり頷いた。そういう顔は年齢よりも少し、幼く見える。
@@@
名前ちゃんの「大丈夫ですよ」を思い返す。りっくんが水こぼした時もあの「大丈夫ですよ」が出た。あの時はそこらじゅう水浸しになって、運悪く濡れた書類の再発行が大変だったらしい。と、いおりんから聞いた。だからたぶん、今日も大丈夫じゃなかった。
俺とそーちゃんがまた喧嘩してるって心配したのかも。俺たちがうまくいかないのを、たぶんジムカタの人たちはみんな心配してる。誰も言わないけどあの心配そうにこっちをチラッと見る感じは、身に覚えがある。絶対そう。そーちゃんが俺に怒ってたからあんな風に言ったんかな。そーちゃんも、気づいてんのかな。
ふたりで冷蔵庫をのぞいて、名前ちゃんが言ってた豚まんはすぐに見つかった。数字の紙袋に大きく「小鳥遊寮分」って紙がついてる。
そーちゃんはさっきまで怒ってたのが嘘みたいに静かで、「これだね。冷蔵品みたいだし、早く帰ろうか」と口にした。俺が責任持って紙袋を受け取り、そーちゃんが冷蔵庫のドアを閉める。
ふたりで事務所の廊下を歩く。行きは早足のそーちゃんを追いかけて、帰りは並んで。なるべく足音はうるさくないように、おしゃべりも大声はだめ。行きはそんなこと考える余裕もなかったけど、みんな仕事中だ。もしかして、うるさかったかな。それで、ジムカタのみんなソワソワってしてたのかな。
「そーちゃん、俺が貧乏なるの心配してくれたん?ありがと」
「……ううん。僕の方こそ……」
そーちゃんの声ちっさ。全然聞こえねー。もっと何か言うのかと思ってちょっと待ってみたけど何もなし。
「次は気をつけようね。僕も気にするようにするから」
「うん」
「……行こうか」
そーちゃんは俺を見上げてぎこちなく笑った。いつもそう。もっと、そーちゃんもアイドルなんだからちゃんと笑えばいいのに。折角ケンカ終わったのに、また怒らせるのもやだから黙っておいた。
「どうしたの?言わなくちゃわからないよ」
「んー、なんでもない」
「言わなくちゃわかんない」は、こっちのセリフだ。「そーちゃん、ちゃんと笑えよな。美人なんだから」頭の中で何回練習しても、ぜんっぜん上手く言える気がしねー。
