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0.和泉家のこと(三月視点)
たとえば。
「えっミツって長男じゃないのか」
あるいは。
「三月が長男じゃないんだ!?どっち似?」
それから。
「じゃあ和泉兄のさらに兄がいるの?ややこしくなってきたね」
一織とふたりでデビューしてから、結構よく言われるようになった。そう、和泉家はオレの上にもう1人兄がいる。年は一織の7個上、和泉家の頼もしい長男。どっちに似てるかはオレと一織の間でも意見が分かれる。一織は「兄さんと名前さんは全然似てない。名前さんは私に似てます」と言うし、オレは名前の昔の写真はオレにすごく似てると思う。結論、見る人による。
両親も頼りにしていた長男は、家業を継ぐより家事とお金を稼ぐことに夢中だった。忙しい両親に代わって一織とオレの面倒を見て、中学生の時からアルバイトもして、大学卒業後は超有名外資系証券でバリバリ働いた。幼い頃から家族を支えた自慢の兄。実家を出て証券会社で働き始めた頃など、たまに会うと「もう一生分働いただろ」と思わず言いそうになるほどボロボロだった。一織に甘く、俺に優しく、家族のために尽くし、その一方で金に執着する兄。
しかし兄はある時突然「会社辞めて転職する」と家族の前で宣言した。「金は十分稼いだし、これからは夢を追いかけたい」と、「やっとやりたいことが見つかった。夢ができた」と語る兄を両親もオレも驚きはしたが、止めなかった。一織も高校生になって、一から十まで面倒見てもらう歳でもない。大好きな兄貴が「金のためでなく夢のために生きる」というなら、今度こそ自由に、自分のために、生きてほしいと思ったのだ。
でもまさか、人気アイドル事務所の裏方に再就職するとは思わなかったけど。オレもオーディションに落ちまくってた時だから、思うところが無いでもなかったけど。でもまあ、それは名前の人生だから。
しかも、「仕事辞める」宣言を我が弟一織だけは驚きもせず何も言わずに見送ったが、実は先に知っていたのだと言う。やっぱりな〜!?うちの兄は異様に末っ子に甘い。どうせ「兄ちゃん今の仕事辞めよっかな、一織どう思う?」とか言って、それをダシに一織を呼び出してお茶でもしたんだろう。わかりやすすぎる。名前は一織に会うためならそれくらいはする。
別に名前がオレに冷たいとかじゃないけど、オレのことも同じくらい溺愛してくれても、いいんだけどな〜?兄には昔から、そういうところがある。ブラコンの兄(三男強火)、ブラコンの弟(ただし次男限定)に挟まれてオレ。まあ、別に……別にいいけど、人には紹介しづらいよな。なんか。
1.クリスマスの思い出(一織6歳ごろ、一織視点)
クリスマスというのはケーキ屋にとっては最も忙しい季節。しっかり者の兄たちが天然な母の予約取り違えを防ぐべく、予約票を作ることから始まり、24日にくたくたの両親が帽子を脱ぐまで続く、我が家の繁忙期。
だからクリスマスのご馳走を作るのは長兄の役目。毎日夕飯を作りなれた長兄が大いに張り切って一織の好きなものを作ってくれる。綺麗に整形したポテトサラダ、フライパンで揚げた鶏肉、あつあつのクリームグラタン、ぶどうのジュース、それから疲れ果てた両親が最後の力を振り絞って子供たちのために作ってくれたクリスマスケーキ。
「一織、今年は何が食べたい?」
一織にとびきり甘い長兄はニコニコと一織にリクエストを聞いてくれる。兄はなんでも言ってごらんと一織に尋ねる。一織はどうしても今年、絵本で見たローストチキンが食べたかった。大きな骨つきチキン、何が塗ってあるのか表面はテラテラと光る様子は一織の心を鷲掴みにした。あれは、一体どれほど美味しいのだろう。
「名前さん、これ……」
「ん?ローストチキンか」
恐る恐る絵本を差し出した絵本を長兄が受け取った。一織はその表情をつぶさに観察する。わずかに歪む口、視線は頑なに一織に向けず、声音は一織を甘やかす時より少しだけ低く。だめかもしれない。
「だ、だめですか……」
「ううん。大丈夫。兄ちゃんが必ずどうにかします」
「ありがとうございます、名前さん」
「いいえ。かわいい一織のリクエストだからね。一織にも手伝ってもらおうかな。クリスマスイブ当日をお楽しみに」
一織より7歳年上の長兄は、なんでもできる。店番も、料理も、それから洗濯も掃除も勉強だって。年が離れすぎて、素直に甘えるのは恥ずかしいけど、一織は尊敬の目で名前をみている。
「三月と一織に重大任務を与えます」
「じゅうだいにんむ」
待ちに待ったクリスマスイブ当日、両親とクリスマスケーキの引渡しの最初のラッシュ(第3ラッシュくらいまである)を乗り切った長兄は、ウサギのポーチを掲げてそう宣言した。
「一織はこのポーチを目的地に着くまで大事に首から下げて、絶対に開けないこと」
「はい」
「三月はちゃんと教えた通りの道で、一織と目的地を目指すこと。車と自転車には注意しろよ。三月は避けられても一織は避けられないかも、って考えて」
「うん!」
「呪文はこれだけ。ポーチを開けて、『予約してた和泉です!』。2人とも大きな声で恥ずかしがらずに言うんだぞ」
「わかった!」
兄さんに連れられて、いつものスーパーも通り過ぎて、小学校も過ぎて、着いたのは精肉屋さん。和泉家はあまり利用しない店。ポーチを開けるとローストチキンの予約票が入っていた。兄さんと呪文を唱えて、我が家と同じく大忙しの精肉屋さんが「ああ、名前んとこの弟たちだね」と優しく声をかけてくれた。ショーケースには、絵本で見たのと同じローストチキンがたくさん!骨付きで、テラテラ光り、根本には赤と白の花のような飾りがついている。ああ!ああ!本物の!家でたくさんのごちそうと格闘する兄の姿を思い浮かべて、一織は店先で今にも泣きそうなのを堪えた。
あれから10年以上経ち、一織と三月はアイドルになった。転職した兄も多忙な上実家を出ているから、顔を合わせる機会は少ない。
実家を出て最初のクリスマスを迎える少し前のこと、長兄の誘いで3人そろって食事をした。話題は初めてばっかりの仕事のこと、寮で迎える初めてのクリスマスの過ごし方、それから思い出話。「いやあ、あの時は、丸ごとじゃなくてよかった!!と内心ほっとしたよ。俺が焼いたら生焼けが怖いからな。近所で買えてよかった」
「懐かし〜!!オレが専門通うようになって最初の年にさ、兄貴に『頼む!一織に丸ごとの鶏を食わせてやりたい!』って言われた時は驚いたけどな!」
という会話が飛び出してひとり未成年で素面の一織は思わずジュースを噴き出しそうになった。昔も今も、兄達に大事にされていることを改めて実感した瞬間であった。
2.年賀状のこと(一織小学生の頃、長兄視点)
元日、郵便屋さんのエンジン音を聞いて三月が飛び出していく。たぶん年賀状だろう。両親は貴重な休みだと言うのに、「昨日片付けきらなかったから」と店舗の片付けに行ってしまった。元日くらいのんびりしたら良いのに。俺も昨日のうちにおせちを用意したから今日は雑煮の汁しか作らない構えだ。末の弟、一織は興味もないだろうに年始のバラエティ特番を睨みつけている。今年も、クラスメイトと住所交換とか年賀状の約束しなかったのかな。しなかったんだろうな。一織は小学校に友達いないから。大丈夫、兄ちゃんもいないぜ。お前らとバイトに夢中だから。今年も年賀状はゼロだ。
外で三月の話し声がする。ポストに投函しないで直接持ってきた子でもいたのだろうか。三月は友達多いからな。
「一織、みかん食うか」
「……はい」
一織は大声で騒ぐ特番を見るのをやめた。なんとなく点けといただけで、この番組も多分好みじゃないだろう。
「今日は兄ちゃんが剥いてやろうな。雑煮は?おせちもまだあるぜ」
「自分でやります。他はいらないです」
「そうか」
一織は俺の手元からみかんを奪い、小さな指を突っ込む。よいしょよいしょと頑張る姿は、俺から見れば他の小学生と変わらないけれど、同い年の集団では浮いてしまうのだろう。別に小学校だけが一織の世界の全てじゃないって言い聞かせてるけど、そのせいか年々三月への執着は増してるような。そう、「一織の世界には兄さんだけでいい」って感じで。上の兄さんも一織の世界に入れてもらえる日は来るんだろうか……なぜか三月と違って「名前さん」呼びのうちは無理かな……
「あ」
幼い指先はまだ不器用で、せっかく綺麗に皮を剥いたみかんの小袋を潰した。オレンジの汁が指を汚す。
「それは兄ちゃんが食べるよ。手拭いて、もう1回やってみな」
「でも」
「大丈夫、兄ちゃんみかんなら5個くらいいけるから」
「でも……」
「ほら、まずはウェットティッシュ」
「……」
「あっ一織みかん食べてる!オレも!」
「三月、寒かっただろ。年賀状置いて、手ぇ洗ってからにしなさい」
「はーい」
しばらく外にいたから寒かったのだろう、三月のもちもちのほっぺが赤くなっている。洗面所に追いやると、元気な足音が去っていった。インドアの長男三男に対し、次男だけがアウトドア、子供は風の子、元気いっぱいだ。一織は次のみかんを選ばずに、まだ手を拭いている。
「ほら、一織」
一織は渋々潰れたみかんを俺に渡す。代わりに俺はみかん籠から新しくひとつ選び一織に渡す。
「ありがとう、ございます……名前さん」
「こちらこそ剥いてもらってすみません」
バイト先でするみたいに慇懃に返すと、ようやく一織が笑った。口がゆるゆるで、眉がへにゃっとなる。俺が小さい頃からいちばん好きな、かわいい笑顔だ。
3.体育祭弁当(ブラホワ防衛後、三月視点)
「やべー、この日オレも大和さんもいないんだよな」
「……やばい、何も考えずに追加撮影入れたわ。どうすっかな……」
「俺、三月と大和さんの代わりに作ります!一織と環の、体育祭弁当!」
「ワタシも手伝います!」
「おーおー、気持ちだけありがた〜くもらっとくな!気持ちだけ!」
一織、環の体育祭。保護者は見学に入れない、弁当はいる。ちゃんと覚えていたはずなのに、いざスケジュールを開けてみれば、大和さんは映画の撮影で前日から広島へ、オレはバラエティの海外ロケで2日前からタイ。陸とナギの提案はありがたいが(今回ばかりは打ち合わせで壮五のいない時でよかった!)、本当に危ないので勘弁してほしい。
「兄さんも二階堂さんもお気になさらず。四葉さんとコンビニで買ってから行きますので」
「そーそー、朝からりっくんが怪我でもしたら体育祭どころじゃねーから」
殊勝な態度を取る高校生2人に心打たれた大和さんが「頼むか……!豪華仕出し弁当……」とブツブツ呻いている。それはまたの機会にしてもらうとして。
「まあ別に一織には兄さんが1人しかいないわけじゃないからな」
「えっ、兄さんちょっと……!」
「きっと喜ぶだろうな〜!絶対大張り切りするよ。小学校の運動会、覚えてるだろ?重箱の中でタコさんウインナーが大渋滞でさ」
「ちょっと!やめてください!兄さん!」
一織が顔を真っ赤にしてオレを止めようとするが無駄だ。陸が「もしかして、名前さん?」と声を弾ませた。一織が「七瀬さんはもう寝てください!ほら早く!」と陸を部屋に戻らせようと躍起になっている。今のうちに電話をかける。名前は多分、この時間なら一発で出るはず。
なんとか陸を追い出した一織がリビングに戻る。それと同時に電話がつながった。一織はギョッとした顔でオレに縋りついたが、無視。一織と環に体育祭の日にコンビニ弁当食わせるわけにはいかないから。それと、オレを挟む2人の兄弟関係がちょっと良くなればいいなと思ってるから。
「あっ、お疲れ!オレ!三月!あのさ〜再来週の木曜なんだけど、一織と環の弁当作って持ってきてほしくてさ。その、体育祭で。ダメ?」
「今すぐ一織と代わってくれ」
うちの長兄は一織に激甘。どんなに忙しくたって絶対断るわけがない。多忙な身だし、出張とか入ってたらどうしようと思ったけど、この様子じゃ平気そう。強張った顔の一織にスマホを渡すと、テンションの高い名前の声が漏れ聞こえる。
「一織!自分で言うのもなんだが俺のラインナップは変わってないぞ!野菜ほぼなし!あっでも四葉さんの分もあるから今回はブロッコリー入れてやろうな♡タコさんとアスパラベーコン巻きは絶対だろ、一織はポテサラの焼いたのも好きだもんな♡ポテサラ入ります!あ、唐揚げににんにく入れたら怒る?あと卵焼きはうちの超甘いやつでいい?四葉さんはしょっぱい派?それだけ聞いといて♡」
「名前さん!!」
予想通りの浮かれたテンションに一織が悲鳴をあげた。うちの兄は仕事ができて、顔も両親のいいとこ取りで、面倒見が良くて、かっこいい。2人いる兄のことを一織が「名前さん」「兄さん」と呼びわけるのは、7歳上の兄が兄と慕うにはあまりに大人だったからだと思っている。忙しい両親に代わり、弟2人を育てた長兄。だからこそ、その長兄がデロデロになって自分を甘やかす姿に一織は一歩引いてしまう。なぜ?自分がいちばん未熟だから?三月にはしないのに?オレはその答えを知ってるけど、一織はきっと納得しないだろうな。
「あの、本当に!結構ですから!私も!高校生ですから、弁当くらい……」
「いらない?兄さんの茶色弁当なんか恥ずかしくて食べられない?」
「そ、そんなこと……」
「あ、小さいウインナー楊枝に刺したやつ、食うよな?かわいいピックのミニミニウインナー!一織好きだったろ?」
「あ、あ……」
「あはは、加工肉ばっかりだな。そんなんじゃ一織も恥ずかしいか。待ってて、ちょっとメニュー考え直すから……」
「四葉さんは加工肉大好きです!」
「俺!?好きだけど!」
急な流れ弾をくらった環がソファから飛び上がる。そして「待って、いおりんの兄ちゃんにお礼言ってねー」とスプーンをプリンに戻す。マイペースな環はそのまま一織の手からスマホを抜き取った。
「いおりん代わって」
「ちょっと」
「いおりんの兄ちゃん?環です。弁当ありがと」
「環さん。ごめんね、質素な弁当で」
「質素じゃねーし。ウインナー入って唐揚げも?超豪華弁当じゃん。あと、たまごは何味でもいいです」
「わかった。頑張って作ります」
「ありがと!いおりんの兄ちゃん、優しくて大好き」
「よ、四葉さん」
「何?いおりん」
「代わって、代わってください……」
「いいよ」
呆然と環の電話を聞いていた一織がスマホを取り戻す。日頃「兄さんの実の弟」を主張して回っている一織だが、もちろん名前の弟でもある。素直にありがとうも大好きも言える環は、思春期を拗らせている一織の目にどんなにか眩しく映ることだろう。いけ!一織!大好きって言え!名前さん大好き!って言え!一織はスマホを握りしめて真っ赤になってわなわな震えた。
「名前さん……」
「一織?」
「だ、だいすき……です」
「えッ」
「……くっ、ウインナー!ウインナー大好きです!!私も!!」
「お、おう!?そっちか!」
照れが勝った一織に思わずツッコんでしまったが、名前は「だよな〜♡三月の弁当みたいに豪華じゃないけど、兄ちゃん頑張るからな!!」と上機嫌だ。溺愛する末弟の大好きの相手がウインナーでも構わないらしい。
「じゃあ兄ちゃんまだ仕事するから、切るな。一織も三月も、風邪ひかないように、それから喧嘩はほどほどに」
「はい……」
「仕事も無理しちゃダメだぞ。お前は高校生なんだから、事務所の人にいっぱいわがまま言って調整させろよ。無理なら年上の人たちに代わってもらいなさい」
「はい……」
こりゃ一織、全然聞いてないな。いつもだったらこういう話題は「そんなことするわけないでしょう!?自分もマネージャーも責任を持って仕事を引き受けてるのに、私だけが未熟な半人前みたいな言い方しないでください!高校生だからって自分だけ特別扱いは許されないんですっ!」と噛みつくのに。
「一織?」
「あ、その……」
「疲れてるのか?今日は早く寝ろよ」
「あの……名前さん」
一織の顔は真っ青だ。スマホを持つ手は震えている。一織は度胸はあるけど臆病だ。オレにだけ執着して、友達がいなくて、長兄とは距離を測りかねている。嫌われたらどうしようと怖がって、好意の伝え方をよく知らない。
「何?何か言い忘れた?」
「その、いつもありがとうございます……大好きです」
「エッ!」
「……くっ!!」
名前のカエルが潰れたような絶叫を最後に一織は勢いよく終話、そのままリビングから走り去った。見事な言い逃げだ。恥ずかしさに耐えかねたのと、オレたちにからかわれるのが嫌だったのだろうけど。あーあ、あーあ。大和さんはニヤニヤして、「タマ、よくやった。ナイスアシスト」なんて言ってる。まあ今日ばっかりはうるさく言う気も起きない。素直になれない弟の、滅多にない兄へのデレ。走り去った横顔は真っ赤だった。一方的に電話を切られた長兄は、今夜さぞ仕事が捗ることだろう。うちの長兄は、末の弟に激甘なので。
たとえば。
「えっミツって長男じゃないのか」
あるいは。
「三月が長男じゃないんだ!?どっち似?」
それから。
「じゃあ和泉兄のさらに兄がいるの?ややこしくなってきたね」
一織とふたりでデビューしてから、結構よく言われるようになった。そう、和泉家はオレの上にもう1人兄がいる。年は一織の7個上、和泉家の頼もしい長男。どっちに似てるかはオレと一織の間でも意見が分かれる。一織は「兄さんと名前さんは全然似てない。名前さんは私に似てます」と言うし、オレは名前の昔の写真はオレにすごく似てると思う。結論、見る人による。
両親も頼りにしていた長男は、家業を継ぐより家事とお金を稼ぐことに夢中だった。忙しい両親に代わって一織とオレの面倒を見て、中学生の時からアルバイトもして、大学卒業後は超有名外資系証券でバリバリ働いた。幼い頃から家族を支えた自慢の兄。実家を出て証券会社で働き始めた頃など、たまに会うと「もう一生分働いただろ」と思わず言いそうになるほどボロボロだった。一織に甘く、俺に優しく、家族のために尽くし、その一方で金に執着する兄。
しかし兄はある時突然「会社辞めて転職する」と家族の前で宣言した。「金は十分稼いだし、これからは夢を追いかけたい」と、「やっとやりたいことが見つかった。夢ができた」と語る兄を両親もオレも驚きはしたが、止めなかった。一織も高校生になって、一から十まで面倒見てもらう歳でもない。大好きな兄貴が「金のためでなく夢のために生きる」というなら、今度こそ自由に、自分のために、生きてほしいと思ったのだ。
でもまさか、人気アイドル事務所の裏方に再就職するとは思わなかったけど。オレもオーディションに落ちまくってた時だから、思うところが無いでもなかったけど。でもまあ、それは名前の人生だから。
しかも、「仕事辞める」宣言を我が弟一織だけは驚きもせず何も言わずに見送ったが、実は先に知っていたのだと言う。やっぱりな〜!?うちの兄は異様に末っ子に甘い。どうせ「兄ちゃん今の仕事辞めよっかな、一織どう思う?」とか言って、それをダシに一織を呼び出してお茶でもしたんだろう。わかりやすすぎる。名前は一織に会うためならそれくらいはする。
別に名前がオレに冷たいとかじゃないけど、オレのことも同じくらい溺愛してくれても、いいんだけどな〜?兄には昔から、そういうところがある。ブラコンの兄(三男強火)、ブラコンの弟(ただし次男限定)に挟まれてオレ。まあ、別に……別にいいけど、人には紹介しづらいよな。なんか。
1.クリスマスの思い出(一織6歳ごろ、一織視点)
クリスマスというのはケーキ屋にとっては最も忙しい季節。しっかり者の兄たちが天然な母の予約取り違えを防ぐべく、予約票を作ることから始まり、24日にくたくたの両親が帽子を脱ぐまで続く、我が家の繁忙期。
だからクリスマスのご馳走を作るのは長兄の役目。毎日夕飯を作りなれた長兄が大いに張り切って一織の好きなものを作ってくれる。綺麗に整形したポテトサラダ、フライパンで揚げた鶏肉、あつあつのクリームグラタン、ぶどうのジュース、それから疲れ果てた両親が最後の力を振り絞って子供たちのために作ってくれたクリスマスケーキ。
「一織、今年は何が食べたい?」
一織にとびきり甘い長兄はニコニコと一織にリクエストを聞いてくれる。兄はなんでも言ってごらんと一織に尋ねる。一織はどうしても今年、絵本で見たローストチキンが食べたかった。大きな骨つきチキン、何が塗ってあるのか表面はテラテラと光る様子は一織の心を鷲掴みにした。あれは、一体どれほど美味しいのだろう。
「名前さん、これ……」
「ん?ローストチキンか」
恐る恐る絵本を差し出した絵本を長兄が受け取った。一織はその表情をつぶさに観察する。わずかに歪む口、視線は頑なに一織に向けず、声音は一織を甘やかす時より少しだけ低く。だめかもしれない。
「だ、だめですか……」
「ううん。大丈夫。兄ちゃんが必ずどうにかします」
「ありがとうございます、名前さん」
「いいえ。かわいい一織のリクエストだからね。一織にも手伝ってもらおうかな。クリスマスイブ当日をお楽しみに」
一織より7歳年上の長兄は、なんでもできる。店番も、料理も、それから洗濯も掃除も勉強だって。年が離れすぎて、素直に甘えるのは恥ずかしいけど、一織は尊敬の目で名前をみている。
「三月と一織に重大任務を与えます」
「じゅうだいにんむ」
待ちに待ったクリスマスイブ当日、両親とクリスマスケーキの引渡しの最初のラッシュ(第3ラッシュくらいまである)を乗り切った長兄は、ウサギのポーチを掲げてそう宣言した。
「一織はこのポーチを目的地に着くまで大事に首から下げて、絶対に開けないこと」
「はい」
「三月はちゃんと教えた通りの道で、一織と目的地を目指すこと。車と自転車には注意しろよ。三月は避けられても一織は避けられないかも、って考えて」
「うん!」
「呪文はこれだけ。ポーチを開けて、『予約してた和泉です!』。2人とも大きな声で恥ずかしがらずに言うんだぞ」
「わかった!」
兄さんに連れられて、いつものスーパーも通り過ぎて、小学校も過ぎて、着いたのは精肉屋さん。和泉家はあまり利用しない店。ポーチを開けるとローストチキンの予約票が入っていた。兄さんと呪文を唱えて、我が家と同じく大忙しの精肉屋さんが「ああ、名前んとこの弟たちだね」と優しく声をかけてくれた。ショーケースには、絵本で見たのと同じローストチキンがたくさん!骨付きで、テラテラ光り、根本には赤と白の花のような飾りがついている。ああ!ああ!本物の!家でたくさんのごちそうと格闘する兄の姿を思い浮かべて、一織は店先で今にも泣きそうなのを堪えた。
あれから10年以上経ち、一織と三月はアイドルになった。転職した兄も多忙な上実家を出ているから、顔を合わせる機会は少ない。
実家を出て最初のクリスマスを迎える少し前のこと、長兄の誘いで3人そろって食事をした。話題は初めてばっかりの仕事のこと、寮で迎える初めてのクリスマスの過ごし方、それから思い出話。「いやあ、あの時は、丸ごとじゃなくてよかった!!と内心ほっとしたよ。俺が焼いたら生焼けが怖いからな。近所で買えてよかった」
「懐かし〜!!オレが専門通うようになって最初の年にさ、兄貴に『頼む!一織に丸ごとの鶏を食わせてやりたい!』って言われた時は驚いたけどな!」
という会話が飛び出してひとり未成年で素面の一織は思わずジュースを噴き出しそうになった。昔も今も、兄達に大事にされていることを改めて実感した瞬間であった。
2.年賀状のこと(一織小学生の頃、長兄視点)
元日、郵便屋さんのエンジン音を聞いて三月が飛び出していく。たぶん年賀状だろう。両親は貴重な休みだと言うのに、「昨日片付けきらなかったから」と店舗の片付けに行ってしまった。元日くらいのんびりしたら良いのに。俺も昨日のうちにおせちを用意したから今日は雑煮の汁しか作らない構えだ。末の弟、一織は興味もないだろうに年始のバラエティ特番を睨みつけている。今年も、クラスメイトと住所交換とか年賀状の約束しなかったのかな。しなかったんだろうな。一織は小学校に友達いないから。大丈夫、兄ちゃんもいないぜ。お前らとバイトに夢中だから。今年も年賀状はゼロだ。
外で三月の話し声がする。ポストに投函しないで直接持ってきた子でもいたのだろうか。三月は友達多いからな。
「一織、みかん食うか」
「……はい」
一織は大声で騒ぐ特番を見るのをやめた。なんとなく点けといただけで、この番組も多分好みじゃないだろう。
「今日は兄ちゃんが剥いてやろうな。雑煮は?おせちもまだあるぜ」
「自分でやります。他はいらないです」
「そうか」
一織は俺の手元からみかんを奪い、小さな指を突っ込む。よいしょよいしょと頑張る姿は、俺から見れば他の小学生と変わらないけれど、同い年の集団では浮いてしまうのだろう。別に小学校だけが一織の世界の全てじゃないって言い聞かせてるけど、そのせいか年々三月への執着は増してるような。そう、「一織の世界には兄さんだけでいい」って感じで。上の兄さんも一織の世界に入れてもらえる日は来るんだろうか……なぜか三月と違って「名前さん」呼びのうちは無理かな……
「あ」
幼い指先はまだ不器用で、せっかく綺麗に皮を剥いたみかんの小袋を潰した。オレンジの汁が指を汚す。
「それは兄ちゃんが食べるよ。手拭いて、もう1回やってみな」
「でも」
「大丈夫、兄ちゃんみかんなら5個くらいいけるから」
「でも……」
「ほら、まずはウェットティッシュ」
「……」
「あっ一織みかん食べてる!オレも!」
「三月、寒かっただろ。年賀状置いて、手ぇ洗ってからにしなさい」
「はーい」
しばらく外にいたから寒かったのだろう、三月のもちもちのほっぺが赤くなっている。洗面所に追いやると、元気な足音が去っていった。インドアの長男三男に対し、次男だけがアウトドア、子供は風の子、元気いっぱいだ。一織は次のみかんを選ばずに、まだ手を拭いている。
「ほら、一織」
一織は渋々潰れたみかんを俺に渡す。代わりに俺はみかん籠から新しくひとつ選び一織に渡す。
「ありがとう、ございます……名前さん」
「こちらこそ剥いてもらってすみません」
バイト先でするみたいに慇懃に返すと、ようやく一織が笑った。口がゆるゆるで、眉がへにゃっとなる。俺が小さい頃からいちばん好きな、かわいい笑顔だ。
3.体育祭弁当(ブラホワ防衛後、三月視点)
「やべー、この日オレも大和さんもいないんだよな」
「……やばい、何も考えずに追加撮影入れたわ。どうすっかな……」
「俺、三月と大和さんの代わりに作ります!一織と環の、体育祭弁当!」
「ワタシも手伝います!」
「おーおー、気持ちだけありがた〜くもらっとくな!気持ちだけ!」
一織、環の体育祭。保護者は見学に入れない、弁当はいる。ちゃんと覚えていたはずなのに、いざスケジュールを開けてみれば、大和さんは映画の撮影で前日から広島へ、オレはバラエティの海外ロケで2日前からタイ。陸とナギの提案はありがたいが(今回ばかりは打ち合わせで壮五のいない時でよかった!)、本当に危ないので勘弁してほしい。
「兄さんも二階堂さんもお気になさらず。四葉さんとコンビニで買ってから行きますので」
「そーそー、朝からりっくんが怪我でもしたら体育祭どころじゃねーから」
殊勝な態度を取る高校生2人に心打たれた大和さんが「頼むか……!豪華仕出し弁当……」とブツブツ呻いている。それはまたの機会にしてもらうとして。
「まあ別に一織には兄さんが1人しかいないわけじゃないからな」
「えっ、兄さんちょっと……!」
「きっと喜ぶだろうな〜!絶対大張り切りするよ。小学校の運動会、覚えてるだろ?重箱の中でタコさんウインナーが大渋滞でさ」
「ちょっと!やめてください!兄さん!」
一織が顔を真っ赤にしてオレを止めようとするが無駄だ。陸が「もしかして、名前さん?」と声を弾ませた。一織が「七瀬さんはもう寝てください!ほら早く!」と陸を部屋に戻らせようと躍起になっている。今のうちに電話をかける。名前は多分、この時間なら一発で出るはず。
なんとか陸を追い出した一織がリビングに戻る。それと同時に電話がつながった。一織はギョッとした顔でオレに縋りついたが、無視。一織と環に体育祭の日にコンビニ弁当食わせるわけにはいかないから。それと、オレを挟む2人の兄弟関係がちょっと良くなればいいなと思ってるから。
「あっ、お疲れ!オレ!三月!あのさ〜再来週の木曜なんだけど、一織と環の弁当作って持ってきてほしくてさ。その、体育祭で。ダメ?」
「今すぐ一織と代わってくれ」
うちの長兄は一織に激甘。どんなに忙しくたって絶対断るわけがない。多忙な身だし、出張とか入ってたらどうしようと思ったけど、この様子じゃ平気そう。強張った顔の一織にスマホを渡すと、テンションの高い名前の声が漏れ聞こえる。
「一織!自分で言うのもなんだが俺のラインナップは変わってないぞ!野菜ほぼなし!あっでも四葉さんの分もあるから今回はブロッコリー入れてやろうな♡タコさんとアスパラベーコン巻きは絶対だろ、一織はポテサラの焼いたのも好きだもんな♡ポテサラ入ります!あ、唐揚げににんにく入れたら怒る?あと卵焼きはうちの超甘いやつでいい?四葉さんはしょっぱい派?それだけ聞いといて♡」
「名前さん!!」
予想通りの浮かれたテンションに一織が悲鳴をあげた。うちの兄は仕事ができて、顔も両親のいいとこ取りで、面倒見が良くて、かっこいい。2人いる兄のことを一織が「名前さん」「兄さん」と呼びわけるのは、7歳上の兄が兄と慕うにはあまりに大人だったからだと思っている。忙しい両親に代わり、弟2人を育てた長兄。だからこそ、その長兄がデロデロになって自分を甘やかす姿に一織は一歩引いてしまう。なぜ?自分がいちばん未熟だから?三月にはしないのに?オレはその答えを知ってるけど、一織はきっと納得しないだろうな。
「あの、本当に!結構ですから!私も!高校生ですから、弁当くらい……」
「いらない?兄さんの茶色弁当なんか恥ずかしくて食べられない?」
「そ、そんなこと……」
「あ、小さいウインナー楊枝に刺したやつ、食うよな?かわいいピックのミニミニウインナー!一織好きだったろ?」
「あ、あ……」
「あはは、加工肉ばっかりだな。そんなんじゃ一織も恥ずかしいか。待ってて、ちょっとメニュー考え直すから……」
「四葉さんは加工肉大好きです!」
「俺!?好きだけど!」
急な流れ弾をくらった環がソファから飛び上がる。そして「待って、いおりんの兄ちゃんにお礼言ってねー」とスプーンをプリンに戻す。マイペースな環はそのまま一織の手からスマホを抜き取った。
「いおりん代わって」
「ちょっと」
「いおりんの兄ちゃん?環です。弁当ありがと」
「環さん。ごめんね、質素な弁当で」
「質素じゃねーし。ウインナー入って唐揚げも?超豪華弁当じゃん。あと、たまごは何味でもいいです」
「わかった。頑張って作ります」
「ありがと!いおりんの兄ちゃん、優しくて大好き」
「よ、四葉さん」
「何?いおりん」
「代わって、代わってください……」
「いいよ」
呆然と環の電話を聞いていた一織がスマホを取り戻す。日頃「兄さんの実の弟」を主張して回っている一織だが、もちろん名前の弟でもある。素直にありがとうも大好きも言える環は、思春期を拗らせている一織の目にどんなにか眩しく映ることだろう。いけ!一織!大好きって言え!名前さん大好き!って言え!一織はスマホを握りしめて真っ赤になってわなわな震えた。
「名前さん……」
「一織?」
「だ、だいすき……です」
「えッ」
「……くっ、ウインナー!ウインナー大好きです!!私も!!」
「お、おう!?そっちか!」
照れが勝った一織に思わずツッコんでしまったが、名前は「だよな〜♡三月の弁当みたいに豪華じゃないけど、兄ちゃん頑張るからな!!」と上機嫌だ。溺愛する末弟の大好きの相手がウインナーでも構わないらしい。
「じゃあ兄ちゃんまだ仕事するから、切るな。一織も三月も、風邪ひかないように、それから喧嘩はほどほどに」
「はい……」
「仕事も無理しちゃダメだぞ。お前は高校生なんだから、事務所の人にいっぱいわがまま言って調整させろよ。無理なら年上の人たちに代わってもらいなさい」
「はい……」
こりゃ一織、全然聞いてないな。いつもだったらこういう話題は「そんなことするわけないでしょう!?自分もマネージャーも責任を持って仕事を引き受けてるのに、私だけが未熟な半人前みたいな言い方しないでください!高校生だからって自分だけ特別扱いは許されないんですっ!」と噛みつくのに。
「一織?」
「あ、その……」
「疲れてるのか?今日は早く寝ろよ」
「あの……名前さん」
一織の顔は真っ青だ。スマホを持つ手は震えている。一織は度胸はあるけど臆病だ。オレにだけ執着して、友達がいなくて、長兄とは距離を測りかねている。嫌われたらどうしようと怖がって、好意の伝え方をよく知らない。
「何?何か言い忘れた?」
「その、いつもありがとうございます……大好きです」
「エッ!」
「……くっ!!」
名前のカエルが潰れたような絶叫を最後に一織は勢いよく終話、そのままリビングから走り去った。見事な言い逃げだ。恥ずかしさに耐えかねたのと、オレたちにからかわれるのが嫌だったのだろうけど。あーあ、あーあ。大和さんはニヤニヤして、「タマ、よくやった。ナイスアシスト」なんて言ってる。まあ今日ばっかりはうるさく言う気も起きない。素直になれない弟の、滅多にない兄へのデレ。走り去った横顔は真っ赤だった。一方的に電話を切られた長兄は、今夜さぞ仕事が捗ることだろう。うちの長兄は、末の弟に激甘なので。
