去る春、君の声だけが在るIF
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何に触発されたのか、名前は「今年は早めに大掃除を始めます」と宣言して12月初めの週末から熱心に一人暮らしの部屋を片付けているらしかった。
離れた友との円滑な関係の秘訣、または遠距離恋愛の秘訣。第一に連絡を取ること。東堂さん曰く。説得力のある先輩の言葉だ。それに従うわけではないが、二、三のすれ違いの後僕たちは高頻度で電話をするようになった。洗濯とか掃除とか、料理とかそういう何かをしながらが多いけど、時間の取れた時はビデオ通話をしたり。名前は部屋中の埃を払っているらしくパタパタという足音が聞こえる。
「今年は綺麗な部屋でクリスマス飾りを出すぞ〜!」
名前はクリスマスが好き。どちらかというと、イルミネーションを見に行ったり特別な食事をするより、通っている大学の飾り付けを「学費が光ってるんですよ」と見上げ、自室に小さなガラスのツリーを飾る、そういう暮らしの中の特別感を楽しむのが好き、らしい。
ボクもどちらかというとイルミネーションを見ても「光ってるね」くらいの情緒のない方だけど(上には上がいるもので、ユキは電気代がどうとか言い出すタイプだ)、3回目にもなれば「楽しみだね」の言葉もすんなりと出る。クリスマスの準備の雰囲気が好きで、浮かれている恋人は素直にかわいいと思えるから。
だから、君が喜ぶならなるべく多くのものを差し出したい……と思う。
「クリスマスの日、今年はそっちに行こうか」
「え!?」
「そっちの方が都会だし……大学のイルミネーション、今年も凝ってるんだろう」
「ああ……興味あります?っていうか年末帰省するんですよね?二度手間じゃあ……」
「流石に手間とまでは」
「えっと、わがままを言ってもよければ」
「うん」
「そっちで食べたいケーキがあって」
「ケーキ」
「うん。なので遊びに行きたいです。迷惑じゃなければ……」
「わかった。そうしようか」
「やった!お店送りますね!!」
名前も遠慮しなくなってきたな。多分、いい傾向だ。ただなぜか拓斗の「塔ちゃん多分3年後には尻に敷かれてると思うよ」と言う預言が、ちらつくだけで。
実は料理が得意な名前だが、クリスマスはけっこう自由。リクエストにこたえるスタイル。
名前が3年の時は同期とあれこれ作ったり買ってくるクリスマスパーティーをやったらしい。なお「自家製丸鶏は大学受験を控えた人間に食わすにはちょっと……」と言う理由でメインは寿司のテイクアウトだったようだ。その他料理は和洋中なんでもありで、「だって皆いっぱい食べて面白いから……」と言って、テーブルいっぱいに料理を並べた写真を送ってくれた。
そして名前も大学生になった去年は、「覚悟して食ってくださいよ……!万が一の時はお家の人に謝りに行きます!」と言う恐ろしい触れ込みで丸のチキンを焼いてくれた。時間をかけて念入りに火を通した甲斐あって、ふたりとも無事だった。
今年も何か希望があればやりますよ!と張り切った様子だったが。ボクの方も何か作れた方がいいのだろうか。何か……何か。先輩方に相談してみようか。面倒なことになる予感がしなくもないけど……
「ケーキの店、ここなんですけど……」
ポコンと音がしてリンクが送られてくる。地図を見ると、割と近所だった。
「へえ、うちの近くにこんな店が……」
「ここの、ホールが食べてみたいんです!3号でいいので!」
続いて送られてきたサンプルの写真を確認。薄いスポンジの上下にクリームがたっぷりといちごが挟まっていて、上にもデコレーションがされている。可食なのか飾りなのかわからないが小さい草と花も乗っていて、なるほど名前好みだと思った。「3号でいい」が気になるが、大学生でも奮発して買えそうな価格帯。検索すると直径は9センチ、ひとりからふたり用。
「少し小さいんじゃないかい」
「え!?」
「4号くらいにしておけば?ボクも食べるし」
「え!?いいんですか!本当に!?食べます!?」
「食べるよ。またおいしそうな店を見つけてきたね」
「そうなんです!インスタで見つけて!これ地元のいちご使ってるらしいですよ!」
ビデオ通話にしておけばよかったな。掃除の予定だったから、普通に通話で繋いでしまったけど、どんな顔をしているんだろう。いや、見なくてもわかる。いつものように頰を染めてにこにこしてるんだろう。弾む声。
「本当にっ!頼んじゃいますからね!いちごとチョコで!先輩が後で食べないって言っても、私が食べちゃいますから!」
「うん、とりあえず週明けに予約してくる」
「えーーっやった、ありがとうございます」
パタパタという音は、ホコリ取りの道具を振り回す音だろうか……掃除の意味。教えてやった方がいいんだろうか。やっぱりビデオ通話にしておけばよかったなと思った。
◼︎
行ったことのない店だったので、下見を兼ねて予約に行った。一人で。今日は自転車だけど、当日は徒歩で来るべきだろう。
名前のオーダー通りに予約して受付票をもらう。何か買った方がいいのかと店内を見る。焼き菓子なら、部活に持って行けば先輩たちが食べるだろうし。次に名前が来るまでに残っているかは疑問だけど。多分残らないと思う……また買えばいいか。
こうやって予約をしてケーキ、買うのは初めてだったな。名前はケーキは「先輩のうちオーブンないから」とか言ってうちでケーキを焼いたことがない。去年は駅前のケーキ屋で一切れずつ買ったのだったか。高校の時は……どうだっただろう。一度名前が寮の食堂でコソコソアップルパイを焼いているのに遭遇して、分けてもらったことがあった。
「本当に……食べるんですか」
オーブンの熱で顔が赤く染まって、「本当ですか」と静かな声音で念を押した。そればかり覚えていて、自分がなんと返事したのか記憶がない。
雪の降る中わざわざ遠くのコンビニまで行って「何買うんですか」と至極不思議そうに聞かれたこともあった。
アップルパイのオーブンを背にした名前の困惑、あれは「こんな糖と脂肪の多いもの本当に食べるんですか」の意味をはらんでいた。
食べるよ、と口にするたびに信じられないものを見る顔をしていたのはそういうわけだ。知っているはずだ、コンビニに行った日は肉まんを買って帰った。アップルパイは綺麗な網目で覆われて、割った中からカスタードが溢れていた。それから、ふたりで買い物に行って「この寒い中アイスですか!?」って驚かれたこともあった。
食べるよ、別に年中節制しているわけじゃないからね。そう答えてもいつも、「えー」と納得のいかない声をあげて。「本当に?」と念を押すようにこちらを見ていた。
君が1年の時、ボクは2年だった。初めてインターハイを走り、敗北し、それから主将に任じられて、とにかく無我夢中だった。節制につとめ緊張感と共にあった。その印象が強いから、3年の冬あんなにも驚いていたのだ、君は。きっと。
予約票を財布にしまって帰路に着く。
あの時、恐る恐る「本当に?」と念を押した君が、名前が遠慮なく「あれ食べたいです!」「ここの店とか、いいと思うんですけど!」と言うようになったのは、多分良いことで。きっかけはおそらく、幾度かのすれ違いと、おそらくうちの冷蔵庫に絶望したせいなんだけど。理由が情けなさすぎる。
初めてうちに遊びに来た名前が真っ先に見たがったのは、部屋の間取りでも愛車でもなく、冷蔵庫。
嫌な予感はしながらもかわいい恋人のリクエストだからと片開きのドアを開けた。名前は嬉しそうに冷蔵庫を覗き込み、中身を確認するや否や「絶対やってると思った……!」と崩れ落ちたのだった。
言い訳するなら、家では効率重視で、簡単に。そういうわけで鶏とキャベツとブロッコリーしか入っていない冷蔵庫だったわけだが、「泉田さんがまた変な食生活してる……!」と非難轟々。「食材は3種類しかストックしないルールですか?」「いくらなんでも攻めすぎですよ!」と散々な評価。
昼は学食で食べているから、3食これではないのだけど……という言い訳は聞き入れられず、名前は「田所っち先輩に写メ送らないと……黒田さんにもチクらないと……」とぶつぶつ唸って冷蔵庫の写真を撮った。撮らなくていい。そのまま止める間も無く田所さんとユキに写真を送られて、ふたりから散々揶揄われ、酷い目にあった。
今日の冷蔵庫の中身を思い返す。変わり映えのしないラインナップ。名前曰く、「変な食生活」。この間遊びに来た時、ガッカリした目で「冬くらいはちゃんと食べたほうがいいですよ、風邪ひきますよ……」とため息をついた、名前。
たまには、スーパー寄って帰るか……まっすぐ家に帰ろうとしたつま先を反対方向へ。何を作ろうか、名前の言うとおり、何か温かいものでも食べることにしようか。まあ……たまにはね。
離れた友との円滑な関係の秘訣、または遠距離恋愛の秘訣。第一に連絡を取ること。東堂さん曰く。説得力のある先輩の言葉だ。それに従うわけではないが、二、三のすれ違いの後僕たちは高頻度で電話をするようになった。洗濯とか掃除とか、料理とかそういう何かをしながらが多いけど、時間の取れた時はビデオ通話をしたり。名前は部屋中の埃を払っているらしくパタパタという足音が聞こえる。
「今年は綺麗な部屋でクリスマス飾りを出すぞ〜!」
名前はクリスマスが好き。どちらかというと、イルミネーションを見に行ったり特別な食事をするより、通っている大学の飾り付けを「学費が光ってるんですよ」と見上げ、自室に小さなガラスのツリーを飾る、そういう暮らしの中の特別感を楽しむのが好き、らしい。
ボクもどちらかというとイルミネーションを見ても「光ってるね」くらいの情緒のない方だけど(上には上がいるもので、ユキは電気代がどうとか言い出すタイプだ)、3回目にもなれば「楽しみだね」の言葉もすんなりと出る。クリスマスの準備の雰囲気が好きで、浮かれている恋人は素直にかわいいと思えるから。
だから、君が喜ぶならなるべく多くのものを差し出したい……と思う。
「クリスマスの日、今年はそっちに行こうか」
「え!?」
「そっちの方が都会だし……大学のイルミネーション、今年も凝ってるんだろう」
「ああ……興味あります?っていうか年末帰省するんですよね?二度手間じゃあ……」
「流石に手間とまでは」
「えっと、わがままを言ってもよければ」
「うん」
「そっちで食べたいケーキがあって」
「ケーキ」
「うん。なので遊びに行きたいです。迷惑じゃなければ……」
「わかった。そうしようか」
「やった!お店送りますね!!」
名前も遠慮しなくなってきたな。多分、いい傾向だ。ただなぜか拓斗の「塔ちゃん多分3年後には尻に敷かれてると思うよ」と言う預言が、ちらつくだけで。
実は料理が得意な名前だが、クリスマスはけっこう自由。リクエストにこたえるスタイル。
名前が3年の時は同期とあれこれ作ったり買ってくるクリスマスパーティーをやったらしい。なお「自家製丸鶏は大学受験を控えた人間に食わすにはちょっと……」と言う理由でメインは寿司のテイクアウトだったようだ。その他料理は和洋中なんでもありで、「だって皆いっぱい食べて面白いから……」と言って、テーブルいっぱいに料理を並べた写真を送ってくれた。
そして名前も大学生になった去年は、「覚悟して食ってくださいよ……!万が一の時はお家の人に謝りに行きます!」と言う恐ろしい触れ込みで丸のチキンを焼いてくれた。時間をかけて念入りに火を通した甲斐あって、ふたりとも無事だった。
今年も何か希望があればやりますよ!と張り切った様子だったが。ボクの方も何か作れた方がいいのだろうか。何か……何か。先輩方に相談してみようか。面倒なことになる予感がしなくもないけど……
「ケーキの店、ここなんですけど……」
ポコンと音がしてリンクが送られてくる。地図を見ると、割と近所だった。
「へえ、うちの近くにこんな店が……」
「ここの、ホールが食べてみたいんです!3号でいいので!」
続いて送られてきたサンプルの写真を確認。薄いスポンジの上下にクリームがたっぷりといちごが挟まっていて、上にもデコレーションがされている。可食なのか飾りなのかわからないが小さい草と花も乗っていて、なるほど名前好みだと思った。「3号でいい」が気になるが、大学生でも奮発して買えそうな価格帯。検索すると直径は9センチ、ひとりからふたり用。
「少し小さいんじゃないかい」
「え!?」
「4号くらいにしておけば?ボクも食べるし」
「え!?いいんですか!本当に!?食べます!?」
「食べるよ。またおいしそうな店を見つけてきたね」
「そうなんです!インスタで見つけて!これ地元のいちご使ってるらしいですよ!」
ビデオ通話にしておけばよかったな。掃除の予定だったから、普通に通話で繋いでしまったけど、どんな顔をしているんだろう。いや、見なくてもわかる。いつものように頰を染めてにこにこしてるんだろう。弾む声。
「本当にっ!頼んじゃいますからね!いちごとチョコで!先輩が後で食べないって言っても、私が食べちゃいますから!」
「うん、とりあえず週明けに予約してくる」
「えーーっやった、ありがとうございます」
パタパタという音は、ホコリ取りの道具を振り回す音だろうか……掃除の意味。教えてやった方がいいんだろうか。やっぱりビデオ通話にしておけばよかったなと思った。
◼︎
行ったことのない店だったので、下見を兼ねて予約に行った。一人で。今日は自転車だけど、当日は徒歩で来るべきだろう。
名前のオーダー通りに予約して受付票をもらう。何か買った方がいいのかと店内を見る。焼き菓子なら、部活に持って行けば先輩たちが食べるだろうし。次に名前が来るまでに残っているかは疑問だけど。多分残らないと思う……また買えばいいか。
こうやって予約をしてケーキ、買うのは初めてだったな。名前はケーキは「先輩のうちオーブンないから」とか言ってうちでケーキを焼いたことがない。去年は駅前のケーキ屋で一切れずつ買ったのだったか。高校の時は……どうだっただろう。一度名前が寮の食堂でコソコソアップルパイを焼いているのに遭遇して、分けてもらったことがあった。
「本当に……食べるんですか」
オーブンの熱で顔が赤く染まって、「本当ですか」と静かな声音で念を押した。そればかり覚えていて、自分がなんと返事したのか記憶がない。
雪の降る中わざわざ遠くのコンビニまで行って「何買うんですか」と至極不思議そうに聞かれたこともあった。
アップルパイのオーブンを背にした名前の困惑、あれは「こんな糖と脂肪の多いもの本当に食べるんですか」の意味をはらんでいた。
食べるよ、と口にするたびに信じられないものを見る顔をしていたのはそういうわけだ。知っているはずだ、コンビニに行った日は肉まんを買って帰った。アップルパイは綺麗な網目で覆われて、割った中からカスタードが溢れていた。それから、ふたりで買い物に行って「この寒い中アイスですか!?」って驚かれたこともあった。
食べるよ、別に年中節制しているわけじゃないからね。そう答えてもいつも、「えー」と納得のいかない声をあげて。「本当に?」と念を押すようにこちらを見ていた。
君が1年の時、ボクは2年だった。初めてインターハイを走り、敗北し、それから主将に任じられて、とにかく無我夢中だった。節制につとめ緊張感と共にあった。その印象が強いから、3年の冬あんなにも驚いていたのだ、君は。きっと。
予約票を財布にしまって帰路に着く。
あの時、恐る恐る「本当に?」と念を押した君が、名前が遠慮なく「あれ食べたいです!」「ここの店とか、いいと思うんですけど!」と言うようになったのは、多分良いことで。きっかけはおそらく、幾度かのすれ違いと、おそらくうちの冷蔵庫に絶望したせいなんだけど。理由が情けなさすぎる。
初めてうちに遊びに来た名前が真っ先に見たがったのは、部屋の間取りでも愛車でもなく、冷蔵庫。
嫌な予感はしながらもかわいい恋人のリクエストだからと片開きのドアを開けた。名前は嬉しそうに冷蔵庫を覗き込み、中身を確認するや否や「絶対やってると思った……!」と崩れ落ちたのだった。
言い訳するなら、家では効率重視で、簡単に。そういうわけで鶏とキャベツとブロッコリーしか入っていない冷蔵庫だったわけだが、「泉田さんがまた変な食生活してる……!」と非難轟々。「食材は3種類しかストックしないルールですか?」「いくらなんでも攻めすぎですよ!」と散々な評価。
昼は学食で食べているから、3食これではないのだけど……という言い訳は聞き入れられず、名前は「田所っち先輩に写メ送らないと……黒田さんにもチクらないと……」とぶつぶつ唸って冷蔵庫の写真を撮った。撮らなくていい。そのまま止める間も無く田所さんとユキに写真を送られて、ふたりから散々揶揄われ、酷い目にあった。
今日の冷蔵庫の中身を思い返す。変わり映えのしないラインナップ。名前曰く、「変な食生活」。この間遊びに来た時、ガッカリした目で「冬くらいはちゃんと食べたほうがいいですよ、風邪ひきますよ……」とため息をついた、名前。
たまには、スーパー寄って帰るか……まっすぐ家に帰ろうとしたつま先を反対方向へ。何を作ろうか、名前の言うとおり、何か温かいものでも食べることにしようか。まあ……たまにはね。
