去る春、君の声だけが在る2
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騒がしく風呂を出て、時間を確認。先輩達が揉めてたせいで想定外に時間食っちまった。名前は「早く出てそこのベンチでジュース飲んで待ってるから。ごゆっくり〜」とか言っていたが、脱衣所を出た廊下のベンチには女性客2人のみ。チラッとだけ確認してスマホに視線を落とす。「出たよ」の一言の後、音沙汰なし。あいつ、フラフラと……どこに行きやがった。
先に戻ったのならいい。その辺で寝てたり倒れていたら困る。今日も元気そうに見えたが、あいつは体力がない。炎天下を1日走りまわった後で、行き倒れていてもおかしくない。実際過去に合宿で行き倒れていた名前を回収して部屋まで戻したことがある。だから、とりあえず電話を……
その時飛び込んできたのが、女性客ふたりの声。
「はあ、マジ落ち込む……あれが敵とか……」
「だから名前ちゃんはハコガクのマネージャーだけどお友達なんだって」
「と言われてもね……」
名前?
「あれも意地悪で言ったんじゃないんだよ、私が言えなかったから……」
「わかってるよ……」
名前の……知り合いか?知らない顔だ。が、あいつは案外他校に友達がいるタイプで、その中の誰かかもしれない。
「銅橋、何をしている」
「泉田さん」
なにもないところで立ち止まったせいで後ろから声をかけられる。そうだ、さっさとミーティングに、その前に名前を探しに行こうと……そう思っていたのに、廊下に響く大声でオレたちはぴたりと足を止めた。泉田さんと一瞬視線が交錯する。
「はー王者ハコガクはマネージャーも、『ご立派』ですってか!?!?はあ〜あ羨ましいね〜」
「もう綾ちゃん!綾ちゃんが応援に来てくれて本当に助かってる!そんな卑下することないよ!」
名前が他校に喧嘩を売った……と見た。なにやってんだよ。散々人に喧嘩するなとか言っておいて。
いったい何を話したのか、アイツはどこにいるのか。名前がなにかやらかしたなら、呼び戻して謝らせた方がいい。名前は友達が極端に少ない。そんなやつの貴重な他校の人間関係だ、取り持ってやるくらいのつもりはあった。一度の勝負を前にして友情を捨てるほどバカではないはずだから。
泉田さんは話しかけに行く気はないらしく、メール作成画面に何事か打ち込んでいる。
オレは昨年留守番だったから見てないが、名前は去年も「ハコガクぶっ潰し宣言」をした御堂筋に喧嘩を売りに行った。で、連絡先を交換して帰ってきた。デカい声で散々煽って、東堂さんが引きずり戻すのに苦労したらしい。去年に続き今年もかよ。自転車降りた後の過剰な煽り合いはマナー違反だと黒田さんに習わなかったのか?
女性客ふたりはこちらを気にもせず話し続ける。どんどんヒートアップしていくから、完全に話しかけるタイミングを逃した。
「いいのいいの、アンタらと比べたらあたしは……フッ……クライマーの血も騒がぬ『小山』ってやつ?あの子小野田とも仲良いんでしょ……やっぱクライマーはああいう到達しがいのある山が2個ついてる方がいいんだーーッ」
「綾ちゃん全然何言ってるかわかんないよ!」
泉田さんのメールを打つ手がピタッと止まった。オレも名前の連絡先を呼び出そうとした指先が止まる。別に呼び出さなくてもいいような、気がしてきた。
……まあ何を言いたいか分からなくもないが、分からなくもないが……わか……物言いでなんとなくわかってしまうのは男子高校生ゆえ仕方ないだろう。いや、オレだけが悪いわけでは、多感な男子高校生に容赦なく「押し付けて」くるあいつにも何割か非があるはずだ。そうだと言ってくれ。オレの方が被害者なんだよ!
「見せびらかしやがって、くそ〜こっちが小山だからって……」
「み、見せびらかすつもりはなかったと思うよ」
「クライマーは大山の方がいいんだーっ!」
「綾ちゃんてば……」
言っておくが、別にクライマーが峻峰を好み、スプリンターは平らかな方を好むとか、そういう言説に根拠はない。全く!!
……名前はこの辺り無頓着なんだか気にしてるんだか、よくわからないところがある。昨夏の海水浴、浮かれた名前は腹丸出しの水着を着てきて、部活一筋の男子高校生たちにはそれがあまりにも眩しすぎた。「お前上着は」と聞いたら「流石に攻めすぎましたでしょうか……?」としどろもどろで赤面したバカ。色んな意味で頭を抱えたオレを見て「そもそも私のは脂肪だし流れるから……バシさんは寝ててもたれないでしょ、筋肉の方がありがたくて価値があるんだよ。元気出して」と意味わからん励ましをしてきたあのバカ!
名前に振り回された日々が走馬灯のように巡る。まて、まだ早い、こういうのは3日目、最後の最後に見るモンだろ!?
とにかく……厄介なんだ。苗字名前は……この1年と少し、散々振り回された身。オレがいちばんわかっている。握りしめた携帯がみしみしと音をたて、慌てて力を抜く。
頼む泉田さん聞かなかったことにしてくれ!オレの祈りが届いたのか泉田さんが携帯から顔を上げた。画面には送信完了の文字。一体、誰に何を連絡したのか。
「ミーティングの時間だ。行くぞ銅橋」
「ッス」
泉田さんは何も聞かなかったことにしたのか、携帯をしまうとベンチには一瞥もくれずに踵を返した。オレは正直、言ってやりたいことがひとつふたつあるが、それをしても「ハコガクが他校の女子に絡んだ」とよくない噂が立つだけだ。「あの」出会い方で懐いた名前が例外で、少なくともオレは他人に威圧感を与える容姿をしている自覚がある。
そもそも話題が話題で……(もしかしたらオレの想定と全然違う話題の可能性もある。むしろそうであってくれ)こっちから「テメェうちのマネージャーに何の用だよ」とも言いづらい。まずもって、他人の体をどうこう言う方が間違っている。散々「押し付けられて」いるオレがお行儀良く黙ってんだから他の奴らも黙っとけ。触んな。あいつに近寄るな。
考え出したらイライラしてきたので、おとなしく背を向けて泉田さんを追う。オレはインターハイに来たんだ。こんなとこで、余計なことに惑わされている暇はない。ベンチのふたりの会話は続く。もう勘弁してくれ。
「でさ、思ったんだけど。箱根学園ってさ……やっぱ裸族多いのかな」
「んなっ」
「がアッ」
「ちょっとちょっと綾ちゃん!」
「だって今日選手も脱いでた人いたでしょ。で、マネも脱いでた……」
「名前ちゃんのあれはお風呂上がりだから!」
「あやしい……普通あんなにパンイチで堂々とできなくない?あれは絶対みんな裸族でしょ」
「こらこら綾ちゃーん!」
想定外の発言に泉田さんとふたりして咽せた。非常に不本意だが、「今日脱いでた選手」は間違いなくオレのことだろう。ジッパー壊すのは部員なら見慣れている……そもそも女子マネがいるから部員は皆あまり大っぴらに脱いだり人目のつくところで着替えたりしないように気をつけている。男子寮なんてもう無法地帯で、部活中は結構マシな方だ。なんの弁解だよこれ。しかし名前、お前何やって……思わず振り向こうとして、ピンと張り詰めた空気に身体が制止される。泉田さんが足を止める。振り返らずに、名前を呼ばれて。
「銅橋」
「……はい、泉田さん」
この人に呼ばれると、オレは。首輪の付いた犬みたいに大人しく従うことしかできない。「犬の躾」なんて周りから揶揄されることもあるが、だからなんだ。オレはこの人に見出され、「躾けられ」、ここまで来た。その結果が今日のファーストリザルトだろ?誇りこそすれ、恥じることではない。
だからよくない想像を……雑念を払うように頭を振ってから、その背を追った。頼もしい主将を。
……しかしパンイチってお前な……前を歩く泉田さんも何かを払うように首を振ったのでオレは微妙な気持ちになった。名前、お前初日からトバしすぎだろ。ほんと何やってんだよ……
「さーて吐き出し完了したことだし、戻って寝よー明日も頑張るぞ、幹!」
「えーっと綾ちゃんが復活したのならよかった。明日も頑張ろうね!」
「うん、やっぱり愚痴はその日のうちに吐き出すべきだわ」
オレが祈るのは「明日は総北と宿舎が違いますように」ただそれだけだな……泉田さんを追ってしばらく、廊下を曲がったところでベンチに座る名前を見つけた。手にはヤクルト。オレ達に気づいて。
「あっ泉田さんお疲れ様です!」
「お前もっとわかりやすいところで待ってろよ」
「ごめん、ヤクルト自販機探してウロウロしてた」
「マジで勘弁しろ。そのせいで……」
「何?探させちゃった?」
「……」
「えっマジで何?エッまさか泉田さんに何か、ご迷惑を……!」
「……いや、特には」
「あー忘れろ、とりあえずミーティング……」
泉田さんの覇気の無いため息、一方オレも視線を彷徨わせることしかできない。
オレ達の内心は完全に一致した。言えるわけねーだろ!!
先に戻ったのならいい。その辺で寝てたり倒れていたら困る。今日も元気そうに見えたが、あいつは体力がない。炎天下を1日走りまわった後で、行き倒れていてもおかしくない。実際過去に合宿で行き倒れていた名前を回収して部屋まで戻したことがある。だから、とりあえず電話を……
その時飛び込んできたのが、女性客ふたりの声。
「はあ、マジ落ち込む……あれが敵とか……」
「だから名前ちゃんはハコガクのマネージャーだけどお友達なんだって」
「と言われてもね……」
名前?
「あれも意地悪で言ったんじゃないんだよ、私が言えなかったから……」
「わかってるよ……」
名前の……知り合いか?知らない顔だ。が、あいつは案外他校に友達がいるタイプで、その中の誰かかもしれない。
「銅橋、何をしている」
「泉田さん」
なにもないところで立ち止まったせいで後ろから声をかけられる。そうだ、さっさとミーティングに、その前に名前を探しに行こうと……そう思っていたのに、廊下に響く大声でオレたちはぴたりと足を止めた。泉田さんと一瞬視線が交錯する。
「はー王者ハコガクはマネージャーも、『ご立派』ですってか!?!?はあ〜あ羨ましいね〜」
「もう綾ちゃん!綾ちゃんが応援に来てくれて本当に助かってる!そんな卑下することないよ!」
名前が他校に喧嘩を売った……と見た。なにやってんだよ。散々人に喧嘩するなとか言っておいて。
いったい何を話したのか、アイツはどこにいるのか。名前がなにかやらかしたなら、呼び戻して謝らせた方がいい。名前は友達が極端に少ない。そんなやつの貴重な他校の人間関係だ、取り持ってやるくらいのつもりはあった。一度の勝負を前にして友情を捨てるほどバカではないはずだから。
泉田さんは話しかけに行く気はないらしく、メール作成画面に何事か打ち込んでいる。
オレは昨年留守番だったから見てないが、名前は去年も「ハコガクぶっ潰し宣言」をした御堂筋に喧嘩を売りに行った。で、連絡先を交換して帰ってきた。デカい声で散々煽って、東堂さんが引きずり戻すのに苦労したらしい。去年に続き今年もかよ。自転車降りた後の過剰な煽り合いはマナー違反だと黒田さんに習わなかったのか?
女性客ふたりはこちらを気にもせず話し続ける。どんどんヒートアップしていくから、完全に話しかけるタイミングを逃した。
「いいのいいの、アンタらと比べたらあたしは……フッ……クライマーの血も騒がぬ『小山』ってやつ?あの子小野田とも仲良いんでしょ……やっぱクライマーはああいう到達しがいのある山が2個ついてる方がいいんだーーッ」
「綾ちゃん全然何言ってるかわかんないよ!」
泉田さんのメールを打つ手がピタッと止まった。オレも名前の連絡先を呼び出そうとした指先が止まる。別に呼び出さなくてもいいような、気がしてきた。
……まあ何を言いたいか分からなくもないが、分からなくもないが……わか……物言いでなんとなくわかってしまうのは男子高校生ゆえ仕方ないだろう。いや、オレだけが悪いわけでは、多感な男子高校生に容赦なく「押し付けて」くるあいつにも何割か非があるはずだ。そうだと言ってくれ。オレの方が被害者なんだよ!
「見せびらかしやがって、くそ〜こっちが小山だからって……」
「み、見せびらかすつもりはなかったと思うよ」
「クライマーは大山の方がいいんだーっ!」
「綾ちゃんてば……」
言っておくが、別にクライマーが峻峰を好み、スプリンターは平らかな方を好むとか、そういう言説に根拠はない。全く!!
……名前はこの辺り無頓着なんだか気にしてるんだか、よくわからないところがある。昨夏の海水浴、浮かれた名前は腹丸出しの水着を着てきて、部活一筋の男子高校生たちにはそれがあまりにも眩しすぎた。「お前上着は」と聞いたら「流石に攻めすぎましたでしょうか……?」としどろもどろで赤面したバカ。色んな意味で頭を抱えたオレを見て「そもそも私のは脂肪だし流れるから……バシさんは寝ててもたれないでしょ、筋肉の方がありがたくて価値があるんだよ。元気出して」と意味わからん励ましをしてきたあのバカ!
名前に振り回された日々が走馬灯のように巡る。まて、まだ早い、こういうのは3日目、最後の最後に見るモンだろ!?
とにかく……厄介なんだ。苗字名前は……この1年と少し、散々振り回された身。オレがいちばんわかっている。握りしめた携帯がみしみしと音をたて、慌てて力を抜く。
頼む泉田さん聞かなかったことにしてくれ!オレの祈りが届いたのか泉田さんが携帯から顔を上げた。画面には送信完了の文字。一体、誰に何を連絡したのか。
「ミーティングの時間だ。行くぞ銅橋」
「ッス」
泉田さんは何も聞かなかったことにしたのか、携帯をしまうとベンチには一瞥もくれずに踵を返した。オレは正直、言ってやりたいことがひとつふたつあるが、それをしても「ハコガクが他校の女子に絡んだ」とよくない噂が立つだけだ。「あの」出会い方で懐いた名前が例外で、少なくともオレは他人に威圧感を与える容姿をしている自覚がある。
そもそも話題が話題で……(もしかしたらオレの想定と全然違う話題の可能性もある。むしろそうであってくれ)こっちから「テメェうちのマネージャーに何の用だよ」とも言いづらい。まずもって、他人の体をどうこう言う方が間違っている。散々「押し付けられて」いるオレがお行儀良く黙ってんだから他の奴らも黙っとけ。触んな。あいつに近寄るな。
考え出したらイライラしてきたので、おとなしく背を向けて泉田さんを追う。オレはインターハイに来たんだ。こんなとこで、余計なことに惑わされている暇はない。ベンチのふたりの会話は続く。もう勘弁してくれ。
「でさ、思ったんだけど。箱根学園ってさ……やっぱ裸族多いのかな」
「んなっ」
「がアッ」
「ちょっとちょっと綾ちゃん!」
「だって今日選手も脱いでた人いたでしょ。で、マネも脱いでた……」
「名前ちゃんのあれはお風呂上がりだから!」
「あやしい……普通あんなにパンイチで堂々とできなくない?あれは絶対みんな裸族でしょ」
「こらこら綾ちゃーん!」
想定外の発言に泉田さんとふたりして咽せた。非常に不本意だが、「今日脱いでた選手」は間違いなくオレのことだろう。ジッパー壊すのは部員なら見慣れている……そもそも女子マネがいるから部員は皆あまり大っぴらに脱いだり人目のつくところで着替えたりしないように気をつけている。男子寮なんてもう無法地帯で、部活中は結構マシな方だ。なんの弁解だよこれ。しかし名前、お前何やって……思わず振り向こうとして、ピンと張り詰めた空気に身体が制止される。泉田さんが足を止める。振り返らずに、名前を呼ばれて。
「銅橋」
「……はい、泉田さん」
この人に呼ばれると、オレは。首輪の付いた犬みたいに大人しく従うことしかできない。「犬の躾」なんて周りから揶揄されることもあるが、だからなんだ。オレはこの人に見出され、「躾けられ」、ここまで来た。その結果が今日のファーストリザルトだろ?誇りこそすれ、恥じることではない。
だからよくない想像を……雑念を払うように頭を振ってから、その背を追った。頼もしい主将を。
……しかしパンイチってお前な……前を歩く泉田さんも何かを払うように首を振ったのでオレは微妙な気持ちになった。名前、お前初日からトバしすぎだろ。ほんと何やってんだよ……
「さーて吐き出し完了したことだし、戻って寝よー明日も頑張るぞ、幹!」
「えーっと綾ちゃんが復活したのならよかった。明日も頑張ろうね!」
「うん、やっぱり愚痴はその日のうちに吐き出すべきだわ」
オレが祈るのは「明日は総北と宿舎が違いますように」ただそれだけだな……泉田さんを追ってしばらく、廊下を曲がったところでベンチに座る名前を見つけた。手にはヤクルト。オレ達に気づいて。
「あっ泉田さんお疲れ様です!」
「お前もっとわかりやすいところで待ってろよ」
「ごめん、ヤクルト自販機探してウロウロしてた」
「マジで勘弁しろ。そのせいで……」
「何?探させちゃった?」
「……」
「えっマジで何?エッまさか泉田さんに何か、ご迷惑を……!」
「……いや、特には」
「あー忘れろ、とりあえずミーティング……」
泉田さんの覇気の無いため息、一方オレも視線を彷徨わせることしかできない。
オレ達の内心は完全に一致した。言えるわけねーだろ!!
