去る春、君の声だけが在るIF
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
進学先に手嶋純太がいた。そういやそんなこと、真波から聞いたような気もしていたけど、真波の言うことだし話半分で聞いてたら、本当にいた。
たまたま学食で遭遇して、私の第一声は「あ」たったんだけど、向こうは声も出ないくらいびっくりしてた。
「……連絡先知ってんだから連絡くらいしろよ」
って言われてそれもそうだなと思ったので、私は「来たよ」とだけ言った。手嶋は「知ってる」って笑ってた。
以降手嶋はシキバの後輩だしな、インハイの縁もあるしなってあれこれ声かけてくれるようになった。面倒見がいいなと思った。
だから「手嶋さんと仲良いの?」って知らない人に聞かれた時、ギクッとした。高校時代に散々聞かれた「新開先輩と仲良いの?」「真波って苗字さんのこと名前で呼ぶんだね」などなど、身に覚えのある声のトーン。明らかな牽制だ。手嶋って、意外とモテてるんだ。
それから学科の飲み会、サークルの活動中。「2年のテシマサンってさー」と軽く探りを入れたら、情報はボロボロ出てきた。わかったのは大学でやつは結構モテてるらしいこと。それから告白されても全部断ってること。
恋人がいないから、あんな水面下での牽制みたいなことになってるらしい。なんで?告白してきた人と付き合えばいいのに。理想が高いのかな?変なの。
▪️
「なんで?」
「なんでって、お前がそれ言うのかよ」
手嶋のバイト先は大学から若干離れたところのカフェアンドダイニングバー。キッチンなのにホールも出るからバイト先から重宝されている……とサークル同期が訳知り顔で教えてくれた。
制服はシャツに黒いエプロン巻いて、大学生が夕飯食べにくるには少しおしゃれで高いけど、ちょっとした外食には選ばれがち。たまに木曜のサークル終わりに友達と来ると結構賑わってる。
手嶋と私が知り合いなのを知ってるオーナーはいつもドリンク代をおまけしてくれて、嬉しいんだけど気まずい。オーナーも手嶋も、いつでも来いよって言うけど、できるなら別の店を提案するようにしている。大学生御用達の店なら、この辺りはたくさんあるし。
今日は月曜、1コマ終わりに大講義室から出てきた手嶋が私を見つけて「新作練習してんだけど、賄い出すから夜来いよ」って声をかけた。私も大学生一人暮らし1年生、当然タダ飯には目がないのでノコノコやってきた。図書館でレポートを書いて、時刻は夜8時半。店は空いていた。
「なんで彼女作んないの?」
「んー」
「中学ん時、女の子と遊びたくて部活辞めようとしたんでしょ」
「それ、シキバから聞いたのか?まあ……そんなこともあったかな」
「なんだそれ」
手嶋は納得いかない顔の私に苦笑して「貝食えたよな、飲み物はいつものでいいか?」とやる気のない注文をとった。それに「うん、お願いします」と返事をして、私は紙袋をゴソゴソした。
紙袋から目当てのタッパーを取り出す。満杯の肉。
「これ青椒肉絲……豚だけど。あと野菜煮たやつ。これはおまけ」
最初にタダ飯じゃ悪いからお金払うって言ったら、「じゃあ代わりになんかくれよ。夕飯のおかずとか」「人の飯に飢えてんだよな。それで飲食始めたのに結局キッチンだし」みたいに丸め込まれた。
タッパーの中身はお昼ごはんの余りだ。今日は昼休み後1コマ空いてたから一回下宿に戻って自炊した。お金がないから肉は豚塊買ってきて切ったのだし、筍は冷凍だけどこれは元々春先に母が持ってきた生のだから美味しいと思う。
おまけで昨日の残り……ナスと大きい万願寺ばっかり入ってるラタトィユもつけた。実家経由で貰う野菜は種類が偏ってたり量が多くて一人暮らし初心者には扱いが難しい。困ってたところに手嶋が「とりあえずトマトで煮とけ」って教えてくれて最近は大体それ。
「おっうまそー。いつもありがとな」
手嶋は嬉しそうにタッパーを受け取ったけど、納得がいかない。料理の腕なら絶対こいつのほうが上手いのに……なんかモテてるのわかるよな。口がうまいもん。私はいっつも丸め込まれてる。先に飲み物をもらってとりあえず口をつける。いつもの何味かよくわからないフレーバーの茶。
月曜日の夜シフトはたいてい暇らしい。手嶋に誘われるままに食べにくるといつも奥まった席に案内されるが、周りに客はいなかった。月曜から飲んで食ってする大学生は案外少ないらしい。まあ、やるなら金曜がいいよね。
手嶋がタッパー持って店の奥に去り、しばらくしてから戻ってきた。皿を持ってるのにエプロンはなし。
「休憩?」
「いや、今日は上がり。一緒に食おうぜ」
私はそれより手嶋の持ってる皿……新作に目を奪われる。季節限定のナンタラカンタラと説明してくれるが耳に入らない。大きい貝がたくさん入ってる、パスタ。すっごくおいしそう。私が説明を全然聞いてないのに気づいて、手嶋は笑って私を促した。
「まあ、出来立てがいちばんうまいからな」
「いただきます!」
「召し上がれ」
めっちゃうまい!手嶋は「オーナーのレシピがすごいんだよ」って言うけど、繁盛してるのも納得な味だ。この店は私が大学生になった時にはすでに同じ大学の人の中では知られていたけど、サークルの先輩曰く、そうなったのは手嶋がバイト入ってかららしかった。友達が多いから評判が評判を呼んだ感じで、オーナーは手嶋に感謝しきり。本人は「オレは凡人だから」と謙遜するけど、こいつが凡人のはずがない。
「……なんでって言うけど、聞いてねえの」
話はさっきの続きへ戻る。「モテるのに彼女いないのなんで?」の答えの続きだろう。
「何を」
「オレ、好きな子がいるからって断ってんだよ。高3の時からずっと」
「へー」
「へーってお前……」
「誰?青八木さん?葦木場さん?そう言うってことは私の知ってる人でしょう。あ、真波?」
「全員男じゃねーか」
「だってお前に関わる人それくらいしか知らないし……」
手嶋純太は何も言わずに黙った。困った顔をしていた。諦めたような、何を言っても無駄とわかってるような。
「私、その顔好きじゃない」
「好きじゃないって、お前な……春から散々見慣れた凡人の顔だろうが」
「違う、その言うのやめとこ〜みたいな諦めた顔が嫌」
「だって嫌だろ」
「何が」
「関係変わるの。お前さ」
「……私のせいにしたな」
「今のずるかったな。撤回するよ」
手嶋は苦笑してひらひらと手を振ってみせた。それから自分の皿の貝をひとつ拾って私の皿にのせる。
これだけビンビンにオーラだされたら流石に私でもわかる。私だ。鈍感ぶって「何のこと?」と切り返そうにも、視線がビシバシ伝えてくる。前「かわいいな」ってしれっと口にされたことがある。あの時は声が甘ったるく、視線は熱くて、私は動揺したけど向こうは一切動揺してなかった。次の言葉は「どうした?」だった。だから、それが手嶋純太のデフォルトで、恥ずかしがってるほうが恥ずかしいんだって思って、私は「別に?」となるべく不機嫌そうに返事をした。照れたら負けだと思った。囲い込まれてオトされると思った。
……私がビビったのに反し、それ以降特にモーションはなかった。なので、終わったんだと思ってた。まあ、好みの顔なのかもしれないな。ただ、やつが高3の時なんて、ほとんど関わりはなかったはず。初対面は私にとってはあまりに鮮烈で忘れられない記憶ではあるけど、向こうはそれどころじゃなかったはずだ。
2年前のインターハイ、1日目、山岳リザルト。明智平の光景。
「でもなんで私?だって、高3の時なんて……」
「なんでって、あんなんされたら忘れられないだろ。インハイの後もはるばる千葉まで会いに来てくれたし」
「……チョロすぎじゃん、手嶋純太」
「なんとでも言え。オレはかわいい女子に一生懸命応援してもらって嬉しかったんだよ」
「さいてー」
「お前だけだよ。拗ねるなって」
「……」
本当に目が合わせられない。どういう顔でこっち見てるか、わかるから。あの「全部わかるぜ」みたいな目でこっち見てるんでしょ。もう全部バレてんじゃん。照れ隠しすら無駄じゃん。
2年前の夏、手嶋は日光の山の上で、死にそうになりながら私を見た。真波と競った直後で死にかけだったから覚えてないと思ってたのに、全然覚えてるじゃん。
「ゴールまで、頑張って。だっけか?あれのせいでこっちは3日目……まだ夢に見るんだぜ。やっぱりまだ走ろうか、体はもう限界だって悩む夢」
「あれは初日のゴールまで辿り着けなそうだったから言ったの!3日目の文句は葦木場さんに言って」
「それと、オレの引退レースの時……」
「わかったわかったもう何も言わなくていい!」
「あっはっは」
ずるいずるいずるい。なんかもう、全部ずるい。ハコガクにはこういう意地悪の仕方してくる人はいなかった!なので存分にお行儀よく猫被りのかわいいマネージャーぶれたのだけど、こいつの前では全然それがうまくいかない。わがままで甘えたがりで負けず嫌いの苗字名前がそのまま出ちゃう。
「忘れてた、味どう?顔見ればわかるけどさ」
「……すごくおいしい」
「お、よかった。これ好きそうだなと思ったんだよなー」
私が何も言い返せなくなったから、話題を変えるのもずるい。好意を私のせいにしてずるい。年上のくせに。もうちょっと優しく……してくれたっていいのに。付き合おうって、一言いってくれればしょうがないなって顔で頷くのに。ずるい。ずるい。
私の不満そうな顔を見て手嶋は吹き出して、「いや、真面目な話な」と座り直した。
「真面目な話って何。あんたが私を好きだけど言うに言えずに今日まで来たってこと?」
「随分攻撃的だな……両思いだと思ったのはオレの勘違いか?」
「もっと苦しめ」
「相変わらずの口の悪さだな!」
それからあーだのうーだの唸って、ゴニョゴニョと弁解していた。なぜ私を好きなのか、どうして今の今までかかったのか。どうにかして私から言わせようと遠回りしたこと。私の態度がハコガクの先輩達に向けるものと手嶋に向けるものが違いすぎて、怖かったこと。バイト先でよくやるよなと思ったけど、大体全部聞いて私は満足した。最初から大人しく吐いておけばよいものを。わざわざ遠回りするからこうして揉めるはめになるのだ。自分の態度の良くなかったことは棚に上げて、満足の息を吐く。
手嶋は一度席を立ち、デザートを持ってきてくれた。パンナコッタ。オリーブオイルと黒胡椒がかかっていて、南国ぽい果物の香りがする。ここのデザートはプリンかこればっかり食べている気がする。
「おいしい!」
「そりゃ良かった」
「別に許したわけじゃない」
「嘘だろ」
「私、肝心の言葉を聞いてないもん」
「な、もういいだろ。頼むよ」
頼むよなんて、世界一ダサくてカッコつかない告白文句だと思ったけど、私はじゅうぶん満足した。インハイではライバル校なのにプッシュして、引退レースと聞けば千葉まで見に行った。とはいえ他校のマネージャーだったから直接の接点はほとんど無いに等しい。向こうが好きになったのはいつだったんだろう?明智平だけはないと思う。インハイ開催中のどこか?千葉のレースで、帰り際引き止めた時?まあ、部に尽くす甲斐甲斐しい姿、加えこの顔、手嶋がコロっといっても仕方あるまい。……強がりは見透かされるからこの辺でやめとこうかな。
「……なあ、続きいいか?」
それから「謎は全て解決した」と油断してパンナコッタを頬張る私に追い討ち。その顔はさっきまでの優しくて呆れていたのが嘘みたいに、真剣だった。
「まだ言うことあったの」
「お前が好きだ。オレは、お前だけだよ」
「……うん」
なんだ、そっちが本命か。レースの時しか見たことない真剣な顔、薄暗い店内で自ら発光してるとしか思えない瞳のきらめき、相手に言い聞かせるような強い口調。それがロードに乗った真波や葦木場さんじゃなくて、もうマネージャーでもない自分に向けられているのは新鮮だった。頷けば、ずっと埋まらなかった溝みたいなのが埋まるような、満ち足りた心地がした。
多分、ずっとこの目がほしかった。いろは坂を駆け上がる姿を見たあの日から、ずっと。ようやくわかった。なので、素直に「私も好き」と口にできた。手嶋は何も言わずに頷いた。それからデカい手のひらで自分の顔を覆い「マジかよ」と呻いていた。マジだよ。
たまたま学食で遭遇して、私の第一声は「あ」たったんだけど、向こうは声も出ないくらいびっくりしてた。
「……連絡先知ってんだから連絡くらいしろよ」
って言われてそれもそうだなと思ったので、私は「来たよ」とだけ言った。手嶋は「知ってる」って笑ってた。
以降手嶋はシキバの後輩だしな、インハイの縁もあるしなってあれこれ声かけてくれるようになった。面倒見がいいなと思った。
だから「手嶋さんと仲良いの?」って知らない人に聞かれた時、ギクッとした。高校時代に散々聞かれた「新開先輩と仲良いの?」「真波って苗字さんのこと名前で呼ぶんだね」などなど、身に覚えのある声のトーン。明らかな牽制だ。手嶋って、意外とモテてるんだ。
それから学科の飲み会、サークルの活動中。「2年のテシマサンってさー」と軽く探りを入れたら、情報はボロボロ出てきた。わかったのは大学でやつは結構モテてるらしいこと。それから告白されても全部断ってること。
恋人がいないから、あんな水面下での牽制みたいなことになってるらしい。なんで?告白してきた人と付き合えばいいのに。理想が高いのかな?変なの。
▪️
「なんで?」
「なんでって、お前がそれ言うのかよ」
手嶋のバイト先は大学から若干離れたところのカフェアンドダイニングバー。キッチンなのにホールも出るからバイト先から重宝されている……とサークル同期が訳知り顔で教えてくれた。
制服はシャツに黒いエプロン巻いて、大学生が夕飯食べにくるには少しおしゃれで高いけど、ちょっとした外食には選ばれがち。たまに木曜のサークル終わりに友達と来ると結構賑わってる。
手嶋と私が知り合いなのを知ってるオーナーはいつもドリンク代をおまけしてくれて、嬉しいんだけど気まずい。オーナーも手嶋も、いつでも来いよって言うけど、できるなら別の店を提案するようにしている。大学生御用達の店なら、この辺りはたくさんあるし。
今日は月曜、1コマ終わりに大講義室から出てきた手嶋が私を見つけて「新作練習してんだけど、賄い出すから夜来いよ」って声をかけた。私も大学生一人暮らし1年生、当然タダ飯には目がないのでノコノコやってきた。図書館でレポートを書いて、時刻は夜8時半。店は空いていた。
「なんで彼女作んないの?」
「んー」
「中学ん時、女の子と遊びたくて部活辞めようとしたんでしょ」
「それ、シキバから聞いたのか?まあ……そんなこともあったかな」
「なんだそれ」
手嶋は納得いかない顔の私に苦笑して「貝食えたよな、飲み物はいつものでいいか?」とやる気のない注文をとった。それに「うん、お願いします」と返事をして、私は紙袋をゴソゴソした。
紙袋から目当てのタッパーを取り出す。満杯の肉。
「これ青椒肉絲……豚だけど。あと野菜煮たやつ。これはおまけ」
最初にタダ飯じゃ悪いからお金払うって言ったら、「じゃあ代わりになんかくれよ。夕飯のおかずとか」「人の飯に飢えてんだよな。それで飲食始めたのに結局キッチンだし」みたいに丸め込まれた。
タッパーの中身はお昼ごはんの余りだ。今日は昼休み後1コマ空いてたから一回下宿に戻って自炊した。お金がないから肉は豚塊買ってきて切ったのだし、筍は冷凍だけどこれは元々春先に母が持ってきた生のだから美味しいと思う。
おまけで昨日の残り……ナスと大きい万願寺ばっかり入ってるラタトィユもつけた。実家経由で貰う野菜は種類が偏ってたり量が多くて一人暮らし初心者には扱いが難しい。困ってたところに手嶋が「とりあえずトマトで煮とけ」って教えてくれて最近は大体それ。
「おっうまそー。いつもありがとな」
手嶋は嬉しそうにタッパーを受け取ったけど、納得がいかない。料理の腕なら絶対こいつのほうが上手いのに……なんかモテてるのわかるよな。口がうまいもん。私はいっつも丸め込まれてる。先に飲み物をもらってとりあえず口をつける。いつもの何味かよくわからないフレーバーの茶。
月曜日の夜シフトはたいてい暇らしい。手嶋に誘われるままに食べにくるといつも奥まった席に案内されるが、周りに客はいなかった。月曜から飲んで食ってする大学生は案外少ないらしい。まあ、やるなら金曜がいいよね。
手嶋がタッパー持って店の奥に去り、しばらくしてから戻ってきた。皿を持ってるのにエプロンはなし。
「休憩?」
「いや、今日は上がり。一緒に食おうぜ」
私はそれより手嶋の持ってる皿……新作に目を奪われる。季節限定のナンタラカンタラと説明してくれるが耳に入らない。大きい貝がたくさん入ってる、パスタ。すっごくおいしそう。私が説明を全然聞いてないのに気づいて、手嶋は笑って私を促した。
「まあ、出来立てがいちばんうまいからな」
「いただきます!」
「召し上がれ」
めっちゃうまい!手嶋は「オーナーのレシピがすごいんだよ」って言うけど、繁盛してるのも納得な味だ。この店は私が大学生になった時にはすでに同じ大学の人の中では知られていたけど、サークルの先輩曰く、そうなったのは手嶋がバイト入ってかららしかった。友達が多いから評判が評判を呼んだ感じで、オーナーは手嶋に感謝しきり。本人は「オレは凡人だから」と謙遜するけど、こいつが凡人のはずがない。
「……なんでって言うけど、聞いてねえの」
話はさっきの続きへ戻る。「モテるのに彼女いないのなんで?」の答えの続きだろう。
「何を」
「オレ、好きな子がいるからって断ってんだよ。高3の時からずっと」
「へー」
「へーってお前……」
「誰?青八木さん?葦木場さん?そう言うってことは私の知ってる人でしょう。あ、真波?」
「全員男じゃねーか」
「だってお前に関わる人それくらいしか知らないし……」
手嶋純太は何も言わずに黙った。困った顔をしていた。諦めたような、何を言っても無駄とわかってるような。
「私、その顔好きじゃない」
「好きじゃないって、お前な……春から散々見慣れた凡人の顔だろうが」
「違う、その言うのやめとこ〜みたいな諦めた顔が嫌」
「だって嫌だろ」
「何が」
「関係変わるの。お前さ」
「……私のせいにしたな」
「今のずるかったな。撤回するよ」
手嶋は苦笑してひらひらと手を振ってみせた。それから自分の皿の貝をひとつ拾って私の皿にのせる。
これだけビンビンにオーラだされたら流石に私でもわかる。私だ。鈍感ぶって「何のこと?」と切り返そうにも、視線がビシバシ伝えてくる。前「かわいいな」ってしれっと口にされたことがある。あの時は声が甘ったるく、視線は熱くて、私は動揺したけど向こうは一切動揺してなかった。次の言葉は「どうした?」だった。だから、それが手嶋純太のデフォルトで、恥ずかしがってるほうが恥ずかしいんだって思って、私は「別に?」となるべく不機嫌そうに返事をした。照れたら負けだと思った。囲い込まれてオトされると思った。
……私がビビったのに反し、それ以降特にモーションはなかった。なので、終わったんだと思ってた。まあ、好みの顔なのかもしれないな。ただ、やつが高3の時なんて、ほとんど関わりはなかったはず。初対面は私にとってはあまりに鮮烈で忘れられない記憶ではあるけど、向こうはそれどころじゃなかったはずだ。
2年前のインターハイ、1日目、山岳リザルト。明智平の光景。
「でもなんで私?だって、高3の時なんて……」
「なんでって、あんなんされたら忘れられないだろ。インハイの後もはるばる千葉まで会いに来てくれたし」
「……チョロすぎじゃん、手嶋純太」
「なんとでも言え。オレはかわいい女子に一生懸命応援してもらって嬉しかったんだよ」
「さいてー」
「お前だけだよ。拗ねるなって」
「……」
本当に目が合わせられない。どういう顔でこっち見てるか、わかるから。あの「全部わかるぜ」みたいな目でこっち見てるんでしょ。もう全部バレてんじゃん。照れ隠しすら無駄じゃん。
2年前の夏、手嶋は日光の山の上で、死にそうになりながら私を見た。真波と競った直後で死にかけだったから覚えてないと思ってたのに、全然覚えてるじゃん。
「ゴールまで、頑張って。だっけか?あれのせいでこっちは3日目……まだ夢に見るんだぜ。やっぱりまだ走ろうか、体はもう限界だって悩む夢」
「あれは初日のゴールまで辿り着けなそうだったから言ったの!3日目の文句は葦木場さんに言って」
「それと、オレの引退レースの時……」
「わかったわかったもう何も言わなくていい!」
「あっはっは」
ずるいずるいずるい。なんかもう、全部ずるい。ハコガクにはこういう意地悪の仕方してくる人はいなかった!なので存分にお行儀よく猫被りのかわいいマネージャーぶれたのだけど、こいつの前では全然それがうまくいかない。わがままで甘えたがりで負けず嫌いの苗字名前がそのまま出ちゃう。
「忘れてた、味どう?顔見ればわかるけどさ」
「……すごくおいしい」
「お、よかった。これ好きそうだなと思ったんだよなー」
私が何も言い返せなくなったから、話題を変えるのもずるい。好意を私のせいにしてずるい。年上のくせに。もうちょっと優しく……してくれたっていいのに。付き合おうって、一言いってくれればしょうがないなって顔で頷くのに。ずるい。ずるい。
私の不満そうな顔を見て手嶋は吹き出して、「いや、真面目な話な」と座り直した。
「真面目な話って何。あんたが私を好きだけど言うに言えずに今日まで来たってこと?」
「随分攻撃的だな……両思いだと思ったのはオレの勘違いか?」
「もっと苦しめ」
「相変わらずの口の悪さだな!」
それからあーだのうーだの唸って、ゴニョゴニョと弁解していた。なぜ私を好きなのか、どうして今の今までかかったのか。どうにかして私から言わせようと遠回りしたこと。私の態度がハコガクの先輩達に向けるものと手嶋に向けるものが違いすぎて、怖かったこと。バイト先でよくやるよなと思ったけど、大体全部聞いて私は満足した。最初から大人しく吐いておけばよいものを。わざわざ遠回りするからこうして揉めるはめになるのだ。自分の態度の良くなかったことは棚に上げて、満足の息を吐く。
手嶋は一度席を立ち、デザートを持ってきてくれた。パンナコッタ。オリーブオイルと黒胡椒がかかっていて、南国ぽい果物の香りがする。ここのデザートはプリンかこればっかり食べている気がする。
「おいしい!」
「そりゃ良かった」
「別に許したわけじゃない」
「嘘だろ」
「私、肝心の言葉を聞いてないもん」
「な、もういいだろ。頼むよ」
頼むよなんて、世界一ダサくてカッコつかない告白文句だと思ったけど、私はじゅうぶん満足した。インハイではライバル校なのにプッシュして、引退レースと聞けば千葉まで見に行った。とはいえ他校のマネージャーだったから直接の接点はほとんど無いに等しい。向こうが好きになったのはいつだったんだろう?明智平だけはないと思う。インハイ開催中のどこか?千葉のレースで、帰り際引き止めた時?まあ、部に尽くす甲斐甲斐しい姿、加えこの顔、手嶋がコロっといっても仕方あるまい。……強がりは見透かされるからこの辺でやめとこうかな。
「……なあ、続きいいか?」
それから「謎は全て解決した」と油断してパンナコッタを頬張る私に追い討ち。その顔はさっきまでの優しくて呆れていたのが嘘みたいに、真剣だった。
「まだ言うことあったの」
「お前が好きだ。オレは、お前だけだよ」
「……うん」
なんだ、そっちが本命か。レースの時しか見たことない真剣な顔、薄暗い店内で自ら発光してるとしか思えない瞳のきらめき、相手に言い聞かせるような強い口調。それがロードに乗った真波や葦木場さんじゃなくて、もうマネージャーでもない自分に向けられているのは新鮮だった。頷けば、ずっと埋まらなかった溝みたいなのが埋まるような、満ち足りた心地がした。
多分、ずっとこの目がほしかった。いろは坂を駆け上がる姿を見たあの日から、ずっと。ようやくわかった。なので、素直に「私も好き」と口にできた。手嶋は何も言わずに頷いた。それからデカい手のひらで自分の顔を覆い「マジかよ」と呻いていた。マジだよ。
