去る春、君の声だけが在る2
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山岳ライン……その少し先、明智平ロープウェイ乗り場付近。真波はまだかとソワソワしていた私は、飛び込んできたチャットに息を飲んだ。300メートル手前で、真波のチェーントラブル。よりによって、300!
思わず選手が走ってくるコースの先を見ようと背伸びしたが当然真波の姿は見えない。取り返そうにも短すぎる距離。
さらに続報で絶句する。チェーントラブルの真波を、相手が待っている。私はその名前を心の中で叫んだ。総北高校、手嶋純太!いったいどんな考えで止まったのだろう。インターハイ、初日の山岳という大舞台で。
ライン直前のラストスパートになってようやく2人の姿が見えた。間をおかずに勢いよく駆け込んできたふたり、そしてほとんど差もなく通過。正面からではその差は正しくわからなかった。息を呑む。
速報を待たず、真波は拳を突き上げて絶叫した。勝ったのか。当然だろう。長かった。よく頑張った。やっと。色々な思いが駆け巡った後、私の口から出た名前は、新たな山神の称号を得た男じゃなかった。バイクに身を預け、深く項垂れている、黄色いジャージ。
「て、手嶋、純太……」
掠れた声で名前を呟く。喉がカラカラだった。なんて、なんていう男だろう。相手のトラブルを待った上で、リザルトを逃した。待たなければ勝てただろうに、それをしなかった。事前調査ではクライマーとしての力量は真波が遥かに上だった。その真波だってこの局面で手を抜くはずもない。その規格外の真波と、ギリギリまで競って……負けた。もしかして総北の主将は、我々が侮っていた以上に、実力者なのかもしれない。
堪らず荷物を投げ捨て、柵のないエリアに向かって走る。自転車に乗った彼らに並走するなら荷物は邪魔だと思ったから。ふたりともライン直後で足を休めるためにゆっくり走っているから、余裕で近寄れた。呼ぶ名前は決まっていた。
「て、手嶋さん!!」
「苗字」
真波が驚いた顔でロードサイドの私を見た。それに釣られて手嶋さんも私を見た。真波と比べて明らかに「死にかけ」だとひと目でわかった。水、ない。荷物は捨ててきたんだった。手嶋さんは私の声かけに、顔を上げるのもやっとの様子で。
「ありがとうございます!!真波のことっ!」
「……っ!」
私の満足のためだ。リザルトを逃した直後に感謝の気持ちなんてもらっても嬉しくないだろう。でも、疲れ果てた顔に僅かに驚愕の色が浮かぶ。Tシャツにでかでか書かれたハコガクの字に気がついたのかもしれない。滝のような汗、口を動かす気力もなさそうな、グラッグラで限界ギリギリの姿。どうしよう、ここからゴールまであと10キロもある。この人、走り切れるのだろうか。まだ初日なのに。ああ、水があれば。最後のひと押しになりそうなものは、もう、私には応援の言葉しか残っていないのだ。
ダメ押しでもう一度。嫌味じゃないって、わかってもらえるだろうか。
「本当にっ……ありがとう!だから、」
手嶋さんと視線がぶつかる。足だってほとんど回っていない。僅かに口だけで笑みを浮かべて。バイクはグラッグラで、目に光がなかった。その時、黒田さんに叩き込まれた公式戦規則が頭の中を駆け巡った。「走行中の選手との接触は、度を越したプッシュなどを除き禁じられていない」。
「だから、ゴールまで、頑張って!!」
「ああ、」
今にも倒れそうな自転車を持ち直すように、支えるように、背中を押した。私はこれだけしかできない。そのまま推進力で前に進み、フラフラ傾いていた軸が0°に近づく。よかった、この人転けたらもう二度と立ち上がれなそうだから……
それから真波が下がってきて、左手が差し出された。汗はすごいし息は荒く、それでも挑発的な笑みすら浮かべて、手嶋さんより遥かに余裕がありそうだった。上向きの手のひらに叩きつけるようにして、一発ハイタッチを交わす。
「行って!」
「うん」
時間にしてわずか5秒。私たちはそれでよかった。私は真波山岳の完全復活を見届けることができた。真波はエースクライマーの仕事を果たした。インターハイ初日の山は、我々にとってそれだけ大事な局面だった。
真波を見送って、すぐに「それ」はやって来た。私はラインを越えようとする大きなプレッシャーを振り返る。青空を背負って、懸命にペダルを回す姿。ラインを越えても足を緩める気配はない。来たか、ゼッケン1。小野田坂道。
思わず選手が走ってくるコースの先を見ようと背伸びしたが当然真波の姿は見えない。取り返そうにも短すぎる距離。
さらに続報で絶句する。チェーントラブルの真波を、相手が待っている。私はその名前を心の中で叫んだ。総北高校、手嶋純太!いったいどんな考えで止まったのだろう。インターハイ、初日の山岳という大舞台で。
ライン直前のラストスパートになってようやく2人の姿が見えた。間をおかずに勢いよく駆け込んできたふたり、そしてほとんど差もなく通過。正面からではその差は正しくわからなかった。息を呑む。
速報を待たず、真波は拳を突き上げて絶叫した。勝ったのか。当然だろう。長かった。よく頑張った。やっと。色々な思いが駆け巡った後、私の口から出た名前は、新たな山神の称号を得た男じゃなかった。バイクに身を預け、深く項垂れている、黄色いジャージ。
「て、手嶋、純太……」
掠れた声で名前を呟く。喉がカラカラだった。なんて、なんていう男だろう。相手のトラブルを待った上で、リザルトを逃した。待たなければ勝てただろうに、それをしなかった。事前調査ではクライマーとしての力量は真波が遥かに上だった。その真波だってこの局面で手を抜くはずもない。その規格外の真波と、ギリギリまで競って……負けた。もしかして総北の主将は、我々が侮っていた以上に、実力者なのかもしれない。
堪らず荷物を投げ捨て、柵のないエリアに向かって走る。自転車に乗った彼らに並走するなら荷物は邪魔だと思ったから。ふたりともライン直後で足を休めるためにゆっくり走っているから、余裕で近寄れた。呼ぶ名前は決まっていた。
「て、手嶋さん!!」
「苗字」
真波が驚いた顔でロードサイドの私を見た。それに釣られて手嶋さんも私を見た。真波と比べて明らかに「死にかけ」だとひと目でわかった。水、ない。荷物は捨ててきたんだった。手嶋さんは私の声かけに、顔を上げるのもやっとの様子で。
「ありがとうございます!!真波のことっ!」
「……っ!」
私の満足のためだ。リザルトを逃した直後に感謝の気持ちなんてもらっても嬉しくないだろう。でも、疲れ果てた顔に僅かに驚愕の色が浮かぶ。Tシャツにでかでか書かれたハコガクの字に気がついたのかもしれない。滝のような汗、口を動かす気力もなさそうな、グラッグラで限界ギリギリの姿。どうしよう、ここからゴールまであと10キロもある。この人、走り切れるのだろうか。まだ初日なのに。ああ、水があれば。最後のひと押しになりそうなものは、もう、私には応援の言葉しか残っていないのだ。
ダメ押しでもう一度。嫌味じゃないって、わかってもらえるだろうか。
「本当にっ……ありがとう!だから、」
手嶋さんと視線がぶつかる。足だってほとんど回っていない。僅かに口だけで笑みを浮かべて。バイクはグラッグラで、目に光がなかった。その時、黒田さんに叩き込まれた公式戦規則が頭の中を駆け巡った。「走行中の選手との接触は、度を越したプッシュなどを除き禁じられていない」。
「だから、ゴールまで、頑張って!!」
「ああ、」
今にも倒れそうな自転車を持ち直すように、支えるように、背中を押した。私はこれだけしかできない。そのまま推進力で前に進み、フラフラ傾いていた軸が0°に近づく。よかった、この人転けたらもう二度と立ち上がれなそうだから……
それから真波が下がってきて、左手が差し出された。汗はすごいし息は荒く、それでも挑発的な笑みすら浮かべて、手嶋さんより遥かに余裕がありそうだった。上向きの手のひらに叩きつけるようにして、一発ハイタッチを交わす。
「行って!」
「うん」
時間にしてわずか5秒。私たちはそれでよかった。私は真波山岳の完全復活を見届けることができた。真波はエースクライマーの仕事を果たした。インターハイ初日の山は、我々にとってそれだけ大事な局面だった。
真波を見送って、すぐに「それ」はやって来た。私はラインを越えようとする大きなプレッシャーを振り返る。青空を背負って、懸命にペダルを回す姿。ラインを越えても足を緩める気配はない。来たか、ゼッケン1。小野田坂道。
