去る春、君の声だけが在るIF
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引退した後の葦木場さんの言葉は未だに覚えている。前年の寿一くんと同じ、箱根学園エースの荷を下ろした人間の顔をしていたからだ。静かに私の頭を撫でた、先輩。私と泉田さんがどちらが先に折れるかのチキンレース(私が恋を諦めるか、泉田さんが受け入れるか、という私にとって不利すぎる戦い)をしているのを見かねて、ため息をついた。「塔ちゃんはさ」とまず呟いて。
「去年、福富さんが引退してから名前がすっごく甘えてたでしょ。塔ちゃん、あれ羨ましかったみたい。あの頃いっぱい我慢してたから……」
「……そうですね」
「だからいっぱい甘えてあげてね」
「え」
無理すぎる。いくらエースの頼みとはいえ。
結局、好きなことがバレてる状態で甘えに行くのが恥ずかしくて、今度は私が幹部学年なんだからって意地張って、卒業するまでそういう機会は全くなかった。チキンレースも最後は泉田さんが折れたけど、その後すぐに卒業しちゃったし。
高校を卒業して、私は東京の大学に進学した。なので、遠距離恋愛は2年目に突入した。
大都会には夜遅くまでやってるお店がたくさんあることに未だ驚いてしまう。バイト終わり。今日は駆け込みの患者さんが多くて、残業になってしまった。初めてのバイト先に選んだ大規模クリニックは、下宿先に近く時給もいいし仕事も楽だけど人間相手の仕事なのでこういう日もある。翌日に小テストなどを控えていると予定が狂って、少々困る。泉田さんには「日頃から勉強していればそんなことにはならない」と呆れられてしまったが。
信号待ちついでに最後のメッセージをもう一回見て、アプリを消す。3日前にやりとりしてから、何回も見た画面だ。何回見ても変わらず、泉田さんからの「また連絡する」で終わってる。私が小テストにヒイヒイ言ってる間に、泉田さんは中間試験に追われている。
不登校だった中学生以来の暇を謳歌している私と違って、泉田さんは毎日忙しそう。試験がなくても講義に部活にすごく忙しそうで、連絡するのに気後れしてしまう。確か試験は今日までって言ってたから電話してみようかな。でも試験終わって、自転車乗ってるかも。この時間なら流石に家に帰ったかな。「また連絡する」って言ってるんだから、連絡待った方がいいのかも……
ため息が出る。エイヤッと連絡すればいいのに、無意味に打っては消して、決心がつかない。卒業して距離が離れてからいつもそう。ビビってだいたい連絡待ち。
だって、いくら彼女の座を手に入れたとはいえ、四六時中連絡したらしつこいでしょう。でもでもでも、高校の頃は朝も昼も夜も話せてたから、ちょっと寂しいわけで。やっぱり同じ大学行けば良かったかな?いやいや進路は「よく考えて、よく勉強して、悔いのないように」って言われて、自分でちゃんと決めたんだから。そもそも付き合いたての憧れの先輩追って同じ学校行くの……ちょっと重くないか?普通に重いです。
最近気づいたけど、前は毎日顔見てたっていうのがよくないんだと思う。同じ校舎にいたから、こんなにも顔が見れないと何してるかなとかすごく気になるわけ……去年は部活のことと自分のことでいっぱいいっぱいだったから、それどころじゃなかったんだけど。
正直休みのたびに遊びに行きたい気持ちはある。でもそれってちょっとどうなの?お金もかかるし、東堂さん主導の新設部で結果を出そうと頑張ってる最中だし……東堂さんに空気の読めない彼女認定されるのは嫌だ。
今まで何百回も重ねた思考は、いつも同じところにたどり着く。会えない時間をやり過ごすためにもアルバイトに励むしかない。今は頑張ってお金を稼ぐ時!電車代!2時間働けば一往復しておつりがくる。もっと貯めて免許を取るのもいいかもな。ドライブ楽しそう。
高校3年間は朝から晩まで部活に追われていたから、久しぶりの暇は最初嬉しかった。でもだんだん新生活に慣れて、ちょっと寂しくなったりなんかして。現金な名前。暇さえあれば今何してるかなとか、電話したいなって思うけど、結構頑張って思いとどまってるところはえらいと思う。誰も褒めてくれないし、誰にも言えないから自分で褒めていくスタイル。残念なことに、実の無い惚気話を聞いてくれるような友達は……大学にいない。3年間仲良く過ごした同期トリオに言うのはちょっと気まずいし。
私が全然連絡できないのに対して泉田さんは連絡くれる方……だと思う。部活で遠くに行けば写真がくるし、1限が出席厳しい講義の日は遅刻しないようにって朝から電話がかかってくる。私がバイト入ってて返信遅れた時は、「気をつけて帰るんだよ」って言う(その言い方をされると、いつも部活終わりに言われたのを思い出す。私は寮生だったのに)。連絡ないってことは、やっぱり忙しいのかも。いつも忙しい中時間ができた時に連絡くれてるのかも。名前はいつも暇なんですけど。興味のない講義中とか、すごく連絡したくなるし。
ポケットにしまったばかりの携帯が震えた。取り出して、一瞬指先が止まる。泉田さんだっ!
「名前」
「私、今ちょうど先輩のこと考えてましたっ」
「ぐっ」
急に声が遠くなってゲホゲホと咳き込む音。ふふん。初撃、クリティカル。今のはあざとすぎただろうか。でも、この人結構そういうのが効くんだよな……とりあえず、すっとぼけておこう。
「……どうしました?大丈夫ですか?」
「いや、ちょっとね。なんでもない。一方的に連絡を絶ってわるかったね」
「いいえ、名前もバイトたくさん入れてましたから!」
「今帰り?」
「はい」
「そっか、お疲れ様」
「今ので疲れは吹っ飛びました!泉田さんもお疲れ様です!」
「ありがとう。それで、話。週末のことなんだけど……」
「はいっ」
ちゃんと連絡くれた!今週末は前々から会う約束をしていて、日帰りじゃなくてお部屋に泊めてもらう約束もしていた。これを楽しみに退屈な講義もあと2日やり過ごせそう。話したいことたくさんあるし、お泊まりを許してくれるようになったのは本当に嬉しい。泉田さんが大学生になってすぐの頃は「何を考えてるんだ」「やっぱり付き合うべきではなかった」って烈火のごとく怒られたから……まあ私が高校生だったせいだけど。3年目のインハイ控えた身で無断外泊試みてたんだから、当然私が悪いわ。本当にすみません。あの頃は精神的にギリギリだったのでどうかしてたんです。
そういう事情もあって、私は隙あらば常にお泊まりチャンスを狙っている。おかけで電車で1時間の小旅行にも慣れたものだ。私は暇さえあればインスタで筑波のカフェとお店をリサーチしてるし、なんならあの辺りの新店情報には先輩より詳しい。だからまだ行ってみたいところがたくさんあって、それらの完全制覇にはあと3年くらいかかるかも。先輩があっちにいる間に制覇したいな。ピクニックに最適な大きい公園がたくさんあるし、道は広いし、先輩の住んでる街は結構好き。
「おやすみ。夜更かしは程々にね」
「はーい」
……運動部の先輩後輩だった頃は絶対言ってくれなかったセリフがぽんぽん出てくるので、お付き合いって本当に最高だなと思った。この「良さ」を多分付き合い始めてから100回くらい噛み締めてる。恋人同士ってすごい。私が押して押して、最後は押され負けした泉田さんが付き合ってくれた形だけど、押しまくって本当によかった。全然靡いてくれない先輩相手によくやった、私。
3日ぶりの連絡が嬉しすぎて、そのまま制服(病院の制服、すなわちナース服である)入れた袋を振り回しながらアパートまで走って帰った。エレベーターを待つ間、鏡に映った顔がすごくニヤニヤしていて一度我に帰ったが、頬は戻らなかったし、その日はすっごく良く寝れた。これが恋人パワー。すごすぎ。
「去年、福富さんが引退してから名前がすっごく甘えてたでしょ。塔ちゃん、あれ羨ましかったみたい。あの頃いっぱい我慢してたから……」
「……そうですね」
「だからいっぱい甘えてあげてね」
「え」
無理すぎる。いくらエースの頼みとはいえ。
結局、好きなことがバレてる状態で甘えに行くのが恥ずかしくて、今度は私が幹部学年なんだからって意地張って、卒業するまでそういう機会は全くなかった。チキンレースも最後は泉田さんが折れたけど、その後すぐに卒業しちゃったし。
高校を卒業して、私は東京の大学に進学した。なので、遠距離恋愛は2年目に突入した。
大都会には夜遅くまでやってるお店がたくさんあることに未だ驚いてしまう。バイト終わり。今日は駆け込みの患者さんが多くて、残業になってしまった。初めてのバイト先に選んだ大規模クリニックは、下宿先に近く時給もいいし仕事も楽だけど人間相手の仕事なのでこういう日もある。翌日に小テストなどを控えていると予定が狂って、少々困る。泉田さんには「日頃から勉強していればそんなことにはならない」と呆れられてしまったが。
信号待ちついでに最後のメッセージをもう一回見て、アプリを消す。3日前にやりとりしてから、何回も見た画面だ。何回見ても変わらず、泉田さんからの「また連絡する」で終わってる。私が小テストにヒイヒイ言ってる間に、泉田さんは中間試験に追われている。
不登校だった中学生以来の暇を謳歌している私と違って、泉田さんは毎日忙しそう。試験がなくても講義に部活にすごく忙しそうで、連絡するのに気後れしてしまう。確か試験は今日までって言ってたから電話してみようかな。でも試験終わって、自転車乗ってるかも。この時間なら流石に家に帰ったかな。「また連絡する」って言ってるんだから、連絡待った方がいいのかも……
ため息が出る。エイヤッと連絡すればいいのに、無意味に打っては消して、決心がつかない。卒業して距離が離れてからいつもそう。ビビってだいたい連絡待ち。
だって、いくら彼女の座を手に入れたとはいえ、四六時中連絡したらしつこいでしょう。でもでもでも、高校の頃は朝も昼も夜も話せてたから、ちょっと寂しいわけで。やっぱり同じ大学行けば良かったかな?いやいや進路は「よく考えて、よく勉強して、悔いのないように」って言われて、自分でちゃんと決めたんだから。そもそも付き合いたての憧れの先輩追って同じ学校行くの……ちょっと重くないか?普通に重いです。
最近気づいたけど、前は毎日顔見てたっていうのがよくないんだと思う。同じ校舎にいたから、こんなにも顔が見れないと何してるかなとかすごく気になるわけ……去年は部活のことと自分のことでいっぱいいっぱいだったから、それどころじゃなかったんだけど。
正直休みのたびに遊びに行きたい気持ちはある。でもそれってちょっとどうなの?お金もかかるし、東堂さん主導の新設部で結果を出そうと頑張ってる最中だし……東堂さんに空気の読めない彼女認定されるのは嫌だ。
今まで何百回も重ねた思考は、いつも同じところにたどり着く。会えない時間をやり過ごすためにもアルバイトに励むしかない。今は頑張ってお金を稼ぐ時!電車代!2時間働けば一往復しておつりがくる。もっと貯めて免許を取るのもいいかもな。ドライブ楽しそう。
高校3年間は朝から晩まで部活に追われていたから、久しぶりの暇は最初嬉しかった。でもだんだん新生活に慣れて、ちょっと寂しくなったりなんかして。現金な名前。暇さえあれば今何してるかなとか、電話したいなって思うけど、結構頑張って思いとどまってるところはえらいと思う。誰も褒めてくれないし、誰にも言えないから自分で褒めていくスタイル。残念なことに、実の無い惚気話を聞いてくれるような友達は……大学にいない。3年間仲良く過ごした同期トリオに言うのはちょっと気まずいし。
私が全然連絡できないのに対して泉田さんは連絡くれる方……だと思う。部活で遠くに行けば写真がくるし、1限が出席厳しい講義の日は遅刻しないようにって朝から電話がかかってくる。私がバイト入ってて返信遅れた時は、「気をつけて帰るんだよ」って言う(その言い方をされると、いつも部活終わりに言われたのを思い出す。私は寮生だったのに)。連絡ないってことは、やっぱり忙しいのかも。いつも忙しい中時間ができた時に連絡くれてるのかも。名前はいつも暇なんですけど。興味のない講義中とか、すごく連絡したくなるし。
ポケットにしまったばかりの携帯が震えた。取り出して、一瞬指先が止まる。泉田さんだっ!
「名前」
「私、今ちょうど先輩のこと考えてましたっ」
「ぐっ」
急に声が遠くなってゲホゲホと咳き込む音。ふふん。初撃、クリティカル。今のはあざとすぎただろうか。でも、この人結構そういうのが効くんだよな……とりあえず、すっとぼけておこう。
「……どうしました?大丈夫ですか?」
「いや、ちょっとね。なんでもない。一方的に連絡を絶ってわるかったね」
「いいえ、名前もバイトたくさん入れてましたから!」
「今帰り?」
「はい」
「そっか、お疲れ様」
「今ので疲れは吹っ飛びました!泉田さんもお疲れ様です!」
「ありがとう。それで、話。週末のことなんだけど……」
「はいっ」
ちゃんと連絡くれた!今週末は前々から会う約束をしていて、日帰りじゃなくてお部屋に泊めてもらう約束もしていた。これを楽しみに退屈な講義もあと2日やり過ごせそう。話したいことたくさんあるし、お泊まりを許してくれるようになったのは本当に嬉しい。泉田さんが大学生になってすぐの頃は「何を考えてるんだ」「やっぱり付き合うべきではなかった」って烈火のごとく怒られたから……まあ私が高校生だったせいだけど。3年目のインハイ控えた身で無断外泊試みてたんだから、当然私が悪いわ。本当にすみません。あの頃は精神的にギリギリだったのでどうかしてたんです。
そういう事情もあって、私は隙あらば常にお泊まりチャンスを狙っている。おかけで電車で1時間の小旅行にも慣れたものだ。私は暇さえあればインスタで筑波のカフェとお店をリサーチしてるし、なんならあの辺りの新店情報には先輩より詳しい。だからまだ行ってみたいところがたくさんあって、それらの完全制覇にはあと3年くらいかかるかも。先輩があっちにいる間に制覇したいな。ピクニックに最適な大きい公園がたくさんあるし、道は広いし、先輩の住んでる街は結構好き。
「おやすみ。夜更かしは程々にね」
「はーい」
……運動部の先輩後輩だった頃は絶対言ってくれなかったセリフがぽんぽん出てくるので、お付き合いって本当に最高だなと思った。この「良さ」を多分付き合い始めてから100回くらい噛み締めてる。恋人同士ってすごい。私が押して押して、最後は押され負けした泉田さんが付き合ってくれた形だけど、押しまくって本当によかった。全然靡いてくれない先輩相手によくやった、私。
3日ぶりの連絡が嬉しすぎて、そのまま制服(病院の制服、すなわちナース服である)入れた袋を振り回しながらアパートまで走って帰った。エレベーターを待つ間、鏡に映った顔がすごくニヤニヤしていて一度我に帰ったが、頬は戻らなかったし、その日はすっごく良く寝れた。これが恋人パワー。すごすぎ。
