去る春、君の声だけが在る2
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「取材は前年優勝の総北に集中するんじゃないかな?」
昨日の私へ。その考えは浅はか。
バスを停めた先には当然のように取材陣が待機していた。思ったより多い、てっきり総北待機かと思いきやウチ待ちだった。カメラを構えた人たちは「箱根学園きたぞ!」と歓声を上げた。
外の高揚した空気は伝わってくるが、車内は浮ついていられない。黒田さんの指示出しが終わって部員はそれぞれ降りる準備をする。前から降りるなら私は隣に座ってたバシさんにくっついて降りることになる。この注目度の中で一緒に降りるのはちょっと嫌だな。
天井に頭をぶつけないよう慎重に葦木場さんが立ち上がって一言。
「苗字は最後に降りるように」
「はい」
昨年は新人マネージャーへの取材は全て福富キャプテンが「勉強中なので」の一言でぶった斬っていたが、新体制に切り替わってからも泉田さんが全部「あれもまだまだ未熟ですので」と不敵な笑みでぶった斬っていた。
その姿はまさしく 僕 を従える女王様であったが、実際のところは王座陥落後の部について面白半分に突かれたり有る事無い事誇張したお涙頂戴の記事の材料にされるのが嫌だったのと(それは私も嫌だ)、私が記者に噛み付かないか懸念していたらしい。
敗北後の再起動というのはどうやら非常に「オイシイ」らしく、私は昨秋、野次馬丸出しで取材に来た記者との間でトラブルを起こしている。それ以降なるべく記者の人に会わないようにと先輩方は気遣ってくれて、今日の葦木場さんの指示もそういうことだった。別にそんな、向こうも選手の取材に来る以上一切顔を合わせないのは無理だし、そもそも失礼なことされなければ噛みつきませんけどね!……やっぱり「未熟」って精神の話ですか?あの渋澤だか悪徳だかいう記者は業界でも有名なクソ野郎らしく、運が悪かったと思うしかない。あれは黒田さんが「塩持ってこい!」って青筋たてるレベルのクソ野郎でした。
「じゃ、後でね」
「おう」
すぐにバスを降りるバシさんと握手。別にこの後も合流する予定だけど、トラブルが起きたらそうはいかない。そして出走前のトラブルはレースにつきものだ。選手陣はトラブルメイカーばかり。トラブルが多発すれば対処のために予定変更を繰り返し、最悪レース後に宿で再会になる。出走前の激励くらいできますように。
そのあと「じゃオレも」となぜかレギュラー陣に順番に手を握られ、困惑しているうちに大体全員バスを降りて行った。金子さんに(お前ら何やってんの?)という顔をされたが、こっちが聞きたいと思った。そしてバスを降りる直前、泉田さんが振り返って。
「忘れ物、確認してから降りてくるように」
「ウィース」
インターハイ初出場なのに未だ座席で寝こけてる悠人のことだ。史上2人目となる1年生でレギュラーの座を掴んだ悠人の役割は、隠し玉、びっくり箱、フェイント……そんなところ。出番が来るまで謎の1年生として取っておきたい方針らしい。私にとってはやはり「生意気だけどかわいい幼馴染」だが、世の中的には「クールでミステリアス、カッコいい高校生」にも見えるらしい。是非ともその雰囲気を武器にライバル校を蹴散らしてほしいと思う。
「悠人!そろそろ起きて。みんな降りちゃったよ」
「あと5分……」
「寝すぎも良くないんだよ!起きろ!」
「んー」
「もう、悠ちゃん!」
「起きる、起きるってば」
上体をめちゃくちゃに揺さぶって、イヤイヤながら目を開けさせることに成功。いちばん不快だが目を開けざるをえない、隼人くん直伝の「悠人の起こし方」。
「みんなとずらして降りてこいって」
「ふーん」
あたりを見渡して誰もいないことに気づいた様子だが一切慌てていない。それからふあ、と小さい欠伸。去年の真波もだけど、全然緊張した様子はない。羨ましいやつ。バシさんなんて緊張とプレッシャーで昨日の夜、寮の外で小1時間落ち着きなくウロウロしてたってのに。女子寮のベランダから「早く寝なー」って声かけたら「なんでお前が」って心底驚いてた。そりゃいますよ。寮生なんだから。
「ついに当日だね、緊張してる?」
「勿論、心臓バックバクで今からどうしようって感じ」
「嘘つき」
……去年の真波と違うのは、激しく「なにか」に固執するギラギラした目。緊張をほぐすような軽口も効果なし。
これは自論だけど、何も知らない1年生の時がいちばん自由に走れる。責任も、ゼッケンの重みも、チームの期待も、まだ何も知らない1年生。だからこそ私には、今年に賭けたい理由があった。
「悠人」
「なに?」
「頼みがあるの。聞いてくれる」
「今?いいけど……」
悠人が1年生にしてレギュラーになったのは幸運だった。新たな戦力を得たチームにとって、それから悠人自身にとって。
冗談もおふざけもなしの私の声に悠人は視線を上げた。赤い瞳が不思議そうに私を見上げる。膝の上に投げ出された手に自分の手を重ねて、大きくなったなと思った。会わないうちにいつのまにか身長は抜かされて、細っこくて頼りなかった悠ちゃんは、ハコガクのレギュラーになった。史上2人目であること、あの人の弟であること、反抗的だった態度がエースの手でだいぶマシになったこと、それらのおかげで真波の時よりも反発は少なかったように思う。風は有利に吹いている。だから。
「これから3日間、自由に走って」
「何それ。黒田さんの計画通りに走るのがオレの仕事……って散々言われたの、見てたでしょ」
「オーダーを聞くなって言ってるんじゃないの。去年、箱根学園は素人同然の1年生に負けた。この1年ずっと考えてた。真波が競り負けた敗因があるとしたら」
「……真波さんが自由じゃない?ウチでいちばん自由な人でしょ」
「真波は自由だった。でも、小野田 はもっと自由だった。仲間のためって口では言ってたけど、その実走りは自由だった」
「……」
「悠人、お願い」
自由に。どうか、自由に。
まだ見ぬ強者相手に好き勝手して、煽って、煽り返されて、負けず嫌いの悠人はきっと、言われなくても好きに走るだろう。自由に、そのしがらみをこの3日で全て取り払うまでいかずとも、良い方向に向かうことを私は確信している。インターハイは特別な舞台だと、私は去年に知ったから。
「……だって」
「うん」
悠人は唇を震わせたが何も言わなかった。顔の作りはよく似ている。違うのは綺麗な黒髪、ルビーの目、途方に暮れた幼い表情、拗ねた声音。違う所ならいくらでも数え上げられる。今となっては。
バスの外、葦木場さんと黒田さんの「ユキちゃんヤバイ、オレ充電器忘れた」と「どーせ苗字が持ってるよ」という会話が聞こえた。もちろん予備なら持ってきてますけど。興奮気味のギャラリーの声も聞こえる。この調子ではバスを降りるにはまだ早そうだった。
悠人が伏せていた視線を上げる。迷いを振り払うような強い口調、視線。
「オレ、小野田って人に勝ちたいんだよ。だから、余計なこと考えてる暇ない」
「悠人」
「……先行く」
「悠ちゃん」
悠人は私の手を振り払い、そのままバスの出口へ向かう。ひくりと肩は震えたが、振り向かず軽快にステップを降りる。横顔は険しく、赤い瞳はギラギラ光る。
ああ、もう。うまくいかないな。私はため息を押し殺して立ち上がる。せめて、忘れ物の確認だけはちゃんとしてから降りようと思って。
昨日の私へ。その考えは浅はか。
バスを停めた先には当然のように取材陣が待機していた。思ったより多い、てっきり総北待機かと思いきやウチ待ちだった。カメラを構えた人たちは「箱根学園きたぞ!」と歓声を上げた。
外の高揚した空気は伝わってくるが、車内は浮ついていられない。黒田さんの指示出しが終わって部員はそれぞれ降りる準備をする。前から降りるなら私は隣に座ってたバシさんにくっついて降りることになる。この注目度の中で一緒に降りるのはちょっと嫌だな。
天井に頭をぶつけないよう慎重に葦木場さんが立ち上がって一言。
「苗字は最後に降りるように」
「はい」
昨年は新人マネージャーへの取材は全て福富キャプテンが「勉強中なので」の一言でぶった斬っていたが、新体制に切り替わってからも泉田さんが全部「あれもまだまだ未熟ですので」と不敵な笑みでぶった斬っていた。
その姿はまさしく
敗北後の再起動というのはどうやら非常に「オイシイ」らしく、私は昨秋、野次馬丸出しで取材に来た記者との間でトラブルを起こしている。それ以降なるべく記者の人に会わないようにと先輩方は気遣ってくれて、今日の葦木場さんの指示もそういうことだった。別にそんな、向こうも選手の取材に来る以上一切顔を合わせないのは無理だし、そもそも失礼なことされなければ噛みつきませんけどね!……やっぱり「未熟」って精神の話ですか?あの渋澤だか悪徳だかいう記者は業界でも有名なクソ野郎らしく、運が悪かったと思うしかない。あれは黒田さんが「塩持ってこい!」って青筋たてるレベルのクソ野郎でした。
「じゃ、後でね」
「おう」
すぐにバスを降りるバシさんと握手。別にこの後も合流する予定だけど、トラブルが起きたらそうはいかない。そして出走前のトラブルはレースにつきものだ。選手陣はトラブルメイカーばかり。トラブルが多発すれば対処のために予定変更を繰り返し、最悪レース後に宿で再会になる。出走前の激励くらいできますように。
そのあと「じゃオレも」となぜかレギュラー陣に順番に手を握られ、困惑しているうちに大体全員バスを降りて行った。金子さんに(お前ら何やってんの?)という顔をされたが、こっちが聞きたいと思った。そしてバスを降りる直前、泉田さんが振り返って。
「忘れ物、確認してから降りてくるように」
「ウィース」
インターハイ初出場なのに未だ座席で寝こけてる悠人のことだ。史上2人目となる1年生でレギュラーの座を掴んだ悠人の役割は、隠し玉、びっくり箱、フェイント……そんなところ。出番が来るまで謎の1年生として取っておきたい方針らしい。私にとってはやはり「生意気だけどかわいい幼馴染」だが、世の中的には「クールでミステリアス、カッコいい高校生」にも見えるらしい。是非ともその雰囲気を武器にライバル校を蹴散らしてほしいと思う。
「悠人!そろそろ起きて。みんな降りちゃったよ」
「あと5分……」
「寝すぎも良くないんだよ!起きろ!」
「んー」
「もう、悠ちゃん!」
「起きる、起きるってば」
上体をめちゃくちゃに揺さぶって、イヤイヤながら目を開けさせることに成功。いちばん不快だが目を開けざるをえない、隼人くん直伝の「悠人の起こし方」。
「みんなとずらして降りてこいって」
「ふーん」
あたりを見渡して誰もいないことに気づいた様子だが一切慌てていない。それからふあ、と小さい欠伸。去年の真波もだけど、全然緊張した様子はない。羨ましいやつ。バシさんなんて緊張とプレッシャーで昨日の夜、寮の外で小1時間落ち着きなくウロウロしてたってのに。女子寮のベランダから「早く寝なー」って声かけたら「なんでお前が」って心底驚いてた。そりゃいますよ。寮生なんだから。
「ついに当日だね、緊張してる?」
「勿論、心臓バックバクで今からどうしようって感じ」
「嘘つき」
……去年の真波と違うのは、激しく「なにか」に固執するギラギラした目。緊張をほぐすような軽口も効果なし。
これは自論だけど、何も知らない1年生の時がいちばん自由に走れる。責任も、ゼッケンの重みも、チームの期待も、まだ何も知らない1年生。だからこそ私には、今年に賭けたい理由があった。
「悠人」
「なに?」
「頼みがあるの。聞いてくれる」
「今?いいけど……」
悠人が1年生にしてレギュラーになったのは幸運だった。新たな戦力を得たチームにとって、それから悠人自身にとって。
冗談もおふざけもなしの私の声に悠人は視線を上げた。赤い瞳が不思議そうに私を見上げる。膝の上に投げ出された手に自分の手を重ねて、大きくなったなと思った。会わないうちにいつのまにか身長は抜かされて、細っこくて頼りなかった悠ちゃんは、ハコガクのレギュラーになった。史上2人目であること、あの人の弟であること、反抗的だった態度がエースの手でだいぶマシになったこと、それらのおかげで真波の時よりも反発は少なかったように思う。風は有利に吹いている。だから。
「これから3日間、自由に走って」
「何それ。黒田さんの計画通りに走るのがオレの仕事……って散々言われたの、見てたでしょ」
「オーダーを聞くなって言ってるんじゃないの。去年、箱根学園は素人同然の1年生に負けた。この1年ずっと考えてた。真波が競り負けた敗因があるとしたら」
「……真波さんが自由じゃない?ウチでいちばん自由な人でしょ」
「真波は自由だった。でも、
「……」
「悠人、お願い」
自由に。どうか、自由に。
まだ見ぬ強者相手に好き勝手して、煽って、煽り返されて、負けず嫌いの悠人はきっと、言われなくても好きに走るだろう。自由に、そのしがらみをこの3日で全て取り払うまでいかずとも、良い方向に向かうことを私は確信している。インターハイは特別な舞台だと、私は去年に知ったから。
「……だって」
「うん」
悠人は唇を震わせたが何も言わなかった。顔の作りはよく似ている。違うのは綺麗な黒髪、ルビーの目、途方に暮れた幼い表情、拗ねた声音。違う所ならいくらでも数え上げられる。今となっては。
バスの外、葦木場さんと黒田さんの「ユキちゃんヤバイ、オレ充電器忘れた」と「どーせ苗字が持ってるよ」という会話が聞こえた。もちろん予備なら持ってきてますけど。興奮気味のギャラリーの声も聞こえる。この調子ではバスを降りるにはまだ早そうだった。
悠人が伏せていた視線を上げる。迷いを振り払うような強い口調、視線。
「オレ、小野田って人に勝ちたいんだよ。だから、余計なこと考えてる暇ない」
「悠人」
「……先行く」
「悠ちゃん」
悠人は私の手を振り払い、そのままバスの出口へ向かう。ひくりと肩は震えたが、振り向かず軽快にステップを降りる。横顔は険しく、赤い瞳はギラギラ光る。
ああ、もう。うまくいかないな。私はため息を押し殺して立ち上がる。せめて、忘れ物の確認だけはちゃんとしてから降りようと思って。
