去る春、君の声だけが在る2
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葦木場さんが私に「物理的にバキバキ」にする話をしていたちょうどその頃、泉田さんと黒田さんの間では至極穏便な解決を方法を検討していたらしい。泉田さんの提案に黒田さんが渋々承諾して、幹部陣の説得で意識を変えるようならそれで、ということで顔合わせが行われた。
物理的にバキバキもイヤだけど、正直甘すぎる……黒田さんと視線をチラッと交わし、僅かに頷かれる。今回我々の意見は「正直甘すぎ」で一致している。まあそんなこんなで私と真波、葦木場さんもやってきてメンバーが揃った。
呼び出された悠人はビビる様子もなく開口一番。
「で、名前ちゃんの彼氏はどいつ?」
「コラーーッ!!!!!」
私の怒号に黒田さんが肩を揺らした。多分アメムチのムチを積極的にやるつもりだったろうに、私が真っ先に出たから。すみません私も幼馴染がここまで失礼かますとは思ってなくて。
「先輩方に失礼でしょーーーが!!!謝りなさい!」
ゆ、悠ちゃん……!!なんでこんなことになったかわかってない!?いや、自分は悪くないって言うんだろうけど。私に言わせてみればどっちもどっち。悠ちゃんお前、元は自分のせいじゃない事態を拗らせて状況悪くするのが本当に上手ね!
「悠人、訂正しろ」
私の怒りは一瞬で霧散した。ぎこちなく後ろを振り向くと葦木場さんだった。
黒田さんの作戦で「デカくて圧があるから後ろのベンチに座ってろ」って話だったはずなのに。ゆらりと立ち上がって、表情はいつもの何を考えてるかわからない物憂げな顔。こわい。私が怒られたわけじゃないのに、背筋がビリビリする。
黒田さんがチョイチョイと手招きして、勝手にバトルフィールドに出た私も元の位置に戻される。
葦木場さんは私を通り過ぎて悠人の前まで行った。いつも私にするように視線を合わせるために屈むようなことはせず、見下ろして。言い聞かせるようなトーン。上から押しつぶすようなプレッシャーには身に覚えがある。
「名前が自転車部に男探しにきてると思ったか?」
「は、」
とんでもなく高いところから見下ろし声を荒げず淡々と話す姿は、あまりにも冷たく、威圧感があった。この人の、こういう態度は何度見ても慣れない。エースの圧 ってやつだ。黒田さんも泉田さんも、真波すら動じていない。やっぱり見たことあるんだ、この顔。一緒にレース出てるんだから当然か。
私は葦木場さんにそれ言われちゃ来年の引退までは彼氏我慢だな……と思った。全く予定はないのだけど。もしかしたらあるかもしれないじゃん。相手あってのことだし。突然告られちゃってどーしよ的な展開が。
「お前は『名前を取られる』って思ったかもしれないけど、正直オレらはそんな余裕はない。次のインターハイで勝つために必死だから」
「……葦木場さん」
この展開誰か止めてくれと思ったが主将副主将コンビはそれぞれ険しい顔で静観している。真波に至っては葦木場さんがいなくなったベンチを広々使って寛いでいる。何しに来たんだお前。
「オレはお前が上がってくると思ってる」
「……は?」
「見込みがあるってこと……今日の練習で待ってるぞ」
葦木場さんは「言いたいことは言ったから交代どうぞ」みたいな顔で手を振って踵を返した。真波をどかしてベンチに再び腰掛ける。黒田さんがため息をつく。
「悠人は悠人として、新開弟として特別扱いはしない」
「はい」
「名前にもそうするように言った。名前」
「えっ」
先輩に呼び出されてもデカいエースに凄まれても表情をほとんど変えなかった悠人の表情が驚きに染まった。こっちもそれなりに覚悟決めたつもりだ。
「悠人」
「……なに?」
「ハコガクの一員となった以上、私も特別扱いはできない。頑張って、実力でレギュラー取って、認めさせて」
「……そうこなくっちゃ」
「もういっていい、練習中に呼び出して悪かったな」
黒田さんは殊勝な態度で悠人を追い出した。窓から悠人が遠ざかるのが見える。振り向きもせず歩いて行って、バイクを回収するために去っていった。
泉田さんのため息。黒田さんはそれを聞いて吐こうとした息を止めた。自分までため息つくのはまずいと思ったのか。
「……ごめん、甘かったみたいだ」
「すみません私のせいです!私が甘やかしまくったので……」
「やっぱり苗字のせいだったか〜」
「クソ生意気なのは6割私のせいです」
「結構多めに見積もったね」
葦木場さんは体の凝りをほぐすように腕を伸ばした。何か考えごとをするように唸る。
「大丈夫、思ったよりクズじゃなさそう」
「お前はなんの心配をしてたんだよ」
「名前から悠人の話は聞いてたから。それはさておき謝らせるからな」
「ウッス」
私は高校生になってから身につけた運動部式の挨拶で反抗の意思がないことを示した。それにしたってとんでもないオーラだ。エースのオーラ。寿一くんも普段は結構すっとぼけてるけど、去年1年の気迫はとんでもなかった。
「じゃ、早速行ってくるね」
「随分急ぐな」
「まあ早いほうがいいしね。大丈夫、すぐに解決する」
葦木場さんがベンチから立ち上がり、背中を伸ばす。そのまま、長い腕が伸びてきて私の顔に触れた。表情は変わらず静かに微笑んだままで、私は理由のわからない行動に疑問符を浮かべた。高いところから見下ろされたまま。葦木場さんが首を傾げた拍子に長い髪が揺れて、遮るもののない瞳がよく見えた。深い青色、不思議な瞳は赤くも見える。その奥に、めらめらと。思わず声が出そうになった。きっとこれは、威圧じゃなくて。
「それに、オレ結構怒ってるんだ」
声はあまりに静かだった。みんな黙ってそれを受け入れた。悠人が金子さんと篠崎さん相手に起こしたトラブルは当然耳に入っていた。私はかけるべき言葉を持たず、ぎこちなく頷いた。
「じゃあ行ってくるね」
「い、行ってらっしゃい。お気をつけて」
「うん」
葦木場さんは私の頭をひと撫でしてそのまま長い足で颯爽と部室を出て行った。エース相手に頼もしいと思うどころか、普通にビビってしまった。
その日の練習で無事葦木場さんの教育的指導は行われたらしい。練習終わりにバイクを引いて戻ってきた時、もうあのめらめらと燃えるような炎は影も形もなかった。いつもと変わらぬ静かな声と物憂げな顔で「大丈夫、ボコボコにしといたから」と言われて困惑した。後輩ボコった後とは思えない、余裕の表情。
一方ボコボコにされた悠人は想定外なことにキラキラした目をしていた。トラブルになった先輩方にも謝罪したという。
葦木場さんにくっついて練習に行きたがり、さすがに距離詰めるのが早すぎてウザがられないかと心配したが、葦木場さんがはウザがる様子もなくあっさり許可した。
「いいけど……ついて来れるならね」
「上等……見せてやりますよ!」
元気よく追いかけていく姿、今日も負けたと悔しがる様子、ああしろこうしろとアドバイスを真剣に聞く顔を見て、私は悠人が、悠ちゃんが、こんなにギラギラして誰かを追うんだなと思った。隼人くんを追う時は必死で泣きそうで、見ているこっちが辛かった。こんなことってあるんだな。嬉しいけど、ちょっと寂しいような……うーん。幼馴染離れって難しいな……
物理的にバキバキもイヤだけど、正直甘すぎる……黒田さんと視線をチラッと交わし、僅かに頷かれる。今回我々の意見は「正直甘すぎ」で一致している。まあそんなこんなで私と真波、葦木場さんもやってきてメンバーが揃った。
呼び出された悠人はビビる様子もなく開口一番。
「で、名前ちゃんの彼氏はどいつ?」
「コラーーッ!!!!!」
私の怒号に黒田さんが肩を揺らした。多分アメムチのムチを積極的にやるつもりだったろうに、私が真っ先に出たから。すみません私も幼馴染がここまで失礼かますとは思ってなくて。
「先輩方に失礼でしょーーーが!!!謝りなさい!」
ゆ、悠ちゃん……!!なんでこんなことになったかわかってない!?いや、自分は悪くないって言うんだろうけど。私に言わせてみればどっちもどっち。悠ちゃんお前、元は自分のせいじゃない事態を拗らせて状況悪くするのが本当に上手ね!
「悠人、訂正しろ」
私の怒りは一瞬で霧散した。ぎこちなく後ろを振り向くと葦木場さんだった。
黒田さんの作戦で「デカくて圧があるから後ろのベンチに座ってろ」って話だったはずなのに。ゆらりと立ち上がって、表情はいつもの何を考えてるかわからない物憂げな顔。こわい。私が怒られたわけじゃないのに、背筋がビリビリする。
黒田さんがチョイチョイと手招きして、勝手にバトルフィールドに出た私も元の位置に戻される。
葦木場さんは私を通り過ぎて悠人の前まで行った。いつも私にするように視線を合わせるために屈むようなことはせず、見下ろして。言い聞かせるようなトーン。上から押しつぶすようなプレッシャーには身に覚えがある。
「名前が自転車部に男探しにきてると思ったか?」
「は、」
とんでもなく高いところから見下ろし声を荒げず淡々と話す姿は、あまりにも冷たく、威圧感があった。この人の、こういう態度は何度見ても慣れない。
私は葦木場さんにそれ言われちゃ来年の引退までは彼氏我慢だな……と思った。全く予定はないのだけど。もしかしたらあるかもしれないじゃん。相手あってのことだし。突然告られちゃってどーしよ的な展開が。
「お前は『名前を取られる』って思ったかもしれないけど、正直オレらはそんな余裕はない。次のインターハイで勝つために必死だから」
「……葦木場さん」
この展開誰か止めてくれと思ったが主将副主将コンビはそれぞれ険しい顔で静観している。真波に至っては葦木場さんがいなくなったベンチを広々使って寛いでいる。何しに来たんだお前。
「オレはお前が上がってくると思ってる」
「……は?」
「見込みがあるってこと……今日の練習で待ってるぞ」
葦木場さんは「言いたいことは言ったから交代どうぞ」みたいな顔で手を振って踵を返した。真波をどかしてベンチに再び腰掛ける。黒田さんがため息をつく。
「悠人は悠人として、新開弟として特別扱いはしない」
「はい」
「名前にもそうするように言った。名前」
「えっ」
先輩に呼び出されてもデカいエースに凄まれても表情をほとんど変えなかった悠人の表情が驚きに染まった。こっちもそれなりに覚悟決めたつもりだ。
「悠人」
「……なに?」
「ハコガクの一員となった以上、私も特別扱いはできない。頑張って、実力でレギュラー取って、認めさせて」
「……そうこなくっちゃ」
「もういっていい、練習中に呼び出して悪かったな」
黒田さんは殊勝な態度で悠人を追い出した。窓から悠人が遠ざかるのが見える。振り向きもせず歩いて行って、バイクを回収するために去っていった。
泉田さんのため息。黒田さんはそれを聞いて吐こうとした息を止めた。自分までため息つくのはまずいと思ったのか。
「……ごめん、甘かったみたいだ」
「すみません私のせいです!私が甘やかしまくったので……」
「やっぱり苗字のせいだったか〜」
「クソ生意気なのは6割私のせいです」
「結構多めに見積もったね」
葦木場さんは体の凝りをほぐすように腕を伸ばした。何か考えごとをするように唸る。
「大丈夫、思ったよりクズじゃなさそう」
「お前はなんの心配をしてたんだよ」
「名前から悠人の話は聞いてたから。それはさておき謝らせるからな」
「ウッス」
私は高校生になってから身につけた運動部式の挨拶で反抗の意思がないことを示した。それにしたってとんでもないオーラだ。エースのオーラ。寿一くんも普段は結構すっとぼけてるけど、去年1年の気迫はとんでもなかった。
「じゃ、早速行ってくるね」
「随分急ぐな」
「まあ早いほうがいいしね。大丈夫、すぐに解決する」
葦木場さんがベンチから立ち上がり、背中を伸ばす。そのまま、長い腕が伸びてきて私の顔に触れた。表情は変わらず静かに微笑んだままで、私は理由のわからない行動に疑問符を浮かべた。高いところから見下ろされたまま。葦木場さんが首を傾げた拍子に長い髪が揺れて、遮るもののない瞳がよく見えた。深い青色、不思議な瞳は赤くも見える。その奥に、めらめらと。思わず声が出そうになった。きっとこれは、威圧じゃなくて。
「それに、オレ結構怒ってるんだ」
声はあまりに静かだった。みんな黙ってそれを受け入れた。悠人が金子さんと篠崎さん相手に起こしたトラブルは当然耳に入っていた。私はかけるべき言葉を持たず、ぎこちなく頷いた。
「じゃあ行ってくるね」
「い、行ってらっしゃい。お気をつけて」
「うん」
葦木場さんは私の頭をひと撫でしてそのまま長い足で颯爽と部室を出て行った。エース相手に頼もしいと思うどころか、普通にビビってしまった。
その日の練習で無事葦木場さんの教育的指導は行われたらしい。練習終わりにバイクを引いて戻ってきた時、もうあのめらめらと燃えるような炎は影も形もなかった。いつもと変わらぬ静かな声と物憂げな顔で「大丈夫、ボコボコにしといたから」と言われて困惑した。後輩ボコった後とは思えない、余裕の表情。
一方ボコボコにされた悠人は想定外なことにキラキラした目をしていた。トラブルになった先輩方にも謝罪したという。
葦木場さんにくっついて練習に行きたがり、さすがに距離詰めるのが早すぎてウザがられないかと心配したが、葦木場さんがはウザがる様子もなくあっさり許可した。
「いいけど……ついて来れるならね」
「上等……見せてやりますよ!」
元気よく追いかけていく姿、今日も負けたと悔しがる様子、ああしろこうしろとアドバイスを真剣に聞く顔を見て、私は悠人が、悠ちゃんが、こんなにギラギラして誰かを追うんだなと思った。隼人くんを追う時は必死で泣きそうで、見ているこっちが辛かった。こんなことってあるんだな。嬉しいけど、ちょっと寂しいような……うーん。幼馴染離れって難しいな……
