去る春、君の声だけが在る
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休養日。朝に少しだけ走って、それぞれ久しぶりの休日を楽しもうと寮に戻る。その途中、拓斗が「あ、名前」と指を指した。ユキもボクもその指につられて寮門を見た。確かにそうだが、見たことないくらい、着飾って、スマホの画面を睨みつけている。……もしや。
「デートか……?」
「オレ聞いてくる」
「おい!」
ユキが止めるも、拓斗は「おーい名前ー」と名前に走り寄っていった。ユキは頭を抱え、渋々拓斗を追って寮門の方へつま先を向けた。
「いいか塔一郎、あいつはまだ誰とも付き合ってなかったはずだ、だから今日の相手が誰でもまだお前含め全人類にチャンスは残ってるってわけだ。諦めるなよ」
「急に何の話だい?」
たまの休みに銅橋や高田城と出かけていくのを見ても、いつもはTシャツにショートパンツみたいな簡単な格好ばかりしている。先日高田城と小田原に買い物に行くと言って出ていった時も、おんなじような感じの格好で「あれじゃ兄弟に間違われるだろう」と東堂さんが呆れていた。
長かった髪を切ってしまって、その上新開さんのお下がりだとか言う大きいサイズの上着を着てしまえば、一見私服の後ろ姿ではわかりにくいのは確かだった。
「外出か?」
「え!?あ、葦木場さん」
「うおっ危ねーな」
名前が驚いて振り向いて、短いスカートが勢いよく翻った。
……かなり際どいところだった。靴下以外は校則で禁止されているせいで名前は暖をとる目的で制服のスカートは常にギリギリまで緩めて下げて履いてるか、男子制服のスラックスのことがほとんどだ。何で今日に限って、こんな格好を。いや、休養日だから遊びに行くんだろうけど。
前を開けて防寒も何もない、短いコート。フワフワしたセーター、髪もいつもと違うし、踵のあるブーツ。……いつもはスニーカーの踵を潰してサンダル代わりにしているような名前が。なによりその……ミニスカート。いくらなんでも短すぎる。
「クラスのやつか?デートか?小田原か?駅で待ち合わせてるのか?1人で行けんのか?」
ユキの勢いに呆然としていた名前はハッとして、何を聞かれているのか気づいたらしかった。
「デート、です。向こうで待ち合わせで。10時に」
名前が頬を赤らめてでれっと破顔し、ヒェッと拓斗が悲鳴をあげた。10時の待ち合わせにはだいぶ早く、やる気が入っているなと思った。
「相手は!」
「総北の……」
「総北ゥ!?」
ユキはもう白目剥きそうになっていて「小野田か?今泉か?オレらの同級のやつらか!?」と捲し立てた。
「えへ、マネージャーの寒咲さんです。デート!東京!スイパラ!」
沈黙。ユキは「ま、紛らわしい言い方しやがって……」と呻き、どっと疲れたような顔で地面に膝をつく。拓斗も胸を撫で下ろし、ボクも人知れず詰めていた息を吐く。
「あーあれな、女子がふたりで出かける時に言うやつな……」
「珍しく着飾ってるから、てっきり……」
「……やる気入りすぎですかね?」
名前の声のトーンが一瞬で地の底まで落ちた。顔色が悪く、今にもしゃがみ込みそうに頭を抱えて。トラウマを思い出すかのように口角がひくつく。
「だって女の子同士で出かけるのなんてめちゃくちゃ久しぶりすぎだしいつもは悠ちゃんが服見てくれるけど受験生だし頼れないし、あんまり適当な服着てせっかく遊びに行くのに楽しみじゃなかったかな?って思われてもやだし、でもこいつやる気入りすぎじゃない?て引かれてもやだし、私服で寒咲さんと遊びに行くの初めてだし私服の感じ写メで見たけどめっちゃ可愛いしそもそもコーデネートって正解のないクエスチョンだし釣り合わないのはこっちだって百も承知だもんだってだって」
頭を抱えて唸る姿に唖然としていたら、ユキが「そういえばこいつ人間関係きっかけの元不登校だった」と耳打ちした。そういえば、そんな話も聞いたような。
拓斗が大きなため息を吐いて、名前の両手を引いて立たせた。三つ編みとそれを留める髪飾りを避けるようにして頭を撫でる。
「大丈夫、かわいいかわいい」
「なんなんですかその呪文、全然大丈夫な気がしません」
名前は不満そうに拓斗を見上げたが、拓斗は取り合わない。長い腕で門の外を指さして。
「着替えに戻るか?もうすぐバス来るぞ」
「あっ、でも……」
「その格好でいいよ。かわいいし」
「でも……」
「それより靴、転ばないように気をつけなよ。せっかくかわいい格好したんだから」
「……」
俯いてしまった名前の後頭部に拓斗の手のひらが乗せられた。視線の先、ブーツのつま先は傷ひとつなく、綺麗に磨かれている。きっと今日の外出を楽しみにしていたのだろうということはボクにもわかった。
「先輩の言葉が信じられないか?」
「……別に葦木場さんのこと信じてないとか、そういうつもりじゃなくて」
「うん、分かってる」
「あの、葦木場さん……」
「それより時間。走らないと間に合わなくなるぞ」
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
「……1分で決着したな」
時計を見ていたらしいユキが小さく口にしたのは、立ち直りまでの所要時間だろう。拓斗が髪を軽く直してやって、支度の整った名前はこちらに向き直る。その後ろでは、拓斗のオレンジ色の目がこちらをじっと見ていた。
「先輩方、失礼します」
「……おう」
「……楽しんでおいで」
「踵、気をつけるんだぞ」
「はい」
名前はそのまま早足でバス停に向かった。もちろん拓斗の言うとおり、足元に注意を払って。
……正直、この男が妹を持つ兄だということを今の今まで忘れていた。引き留めていたことなどなかったかのように手を振って名前を送り出し、その姿が見えなくなってからこちらを振り返る。
憐れむようなじっとりとした視線に、ユキとふたり思わず肩をはねさせる。拓斗は日頃あまり感情の起伏はなく、先ほども淡々と言い聞かせ、機嫌をとっているとは思えない様子だったが、呆れているのは分かった。
肺の中の空気全て吐き出すような大きなため息。
「ああ言う時は『かわいいね、気をつけるんだぞ』でいいんだよ」
「そうか……」
「もしデートすることになったらちゃんとかわいいねって言うんだよ。塔ちゃんのために『着飾って』るんだから」
「……ないと思うけど」
「ないとか言うな、フラグをたてるな」
「フラグも何もないだろう、ただの先輩後輩なんだから」
「そんなこと言うなら、もし万が一、そういう雰囲気になったらオレ邪魔するからね」
「……こいつ鈍感朴念仁だから手加減してやってくれよ」
「オレ、名前の味方のつもりだけど、今の塔ちゃんはおすすめできない」
「それはオレも同意だ」
「なんなんだお前たち」
これから出かけるであろう寮生に不審な目で見られて、言い争うのをやめて歩き出す。天気がいい日曜日だから、これからもっと多くの寮生が出入りするだろう。自転車競技部の新幹部としてそこそこ顔のしれたボク達が朝から揉めているなど、外聞が悪い。
ユキはげっそりしていて脚を引き摺るように歩き、拓斗はまだ怒っているらしく頬を膨らませていた。朝から疲れた。いや、大体自分のせいなのだが……
名前が去った方を見てユキがため息。
「まあだいぶスカートは短かったけどな」
「中学横浜だっけ?都会はあんなもんじゃないの。まあ……短かったけど」
やっぱり短かったんじゃないか。しゃがみこんだ時など、正直危うくてギクっとした。部活中も一応女子部員のいるところでは着替えなど気をつけるように言われているが、名前の方こそ気をつけてほしい。ところで。
「……スカートの丈に文句はつけていいのか?」
「さあ?ただ文句言ってるんじゃなくて、心配してるんだよって言えば許されるんじゃない」
「まあ、変な男に絡まれないかは心配だよな。変なところでコミュ力あるから」
「今日は総北のマネージャーとだっけ?なら大丈夫だろうけど」
「あいつ、女の子相手になると急に私が守らなければ!って警戒心発揮し出すよな」
「その分オレらといると気抜きまくりだから、注意しようって話だよ。分かってる」
「勉強になるよ……」
休養日のはずが全員疲れた顔をしている。午前のうちに課題を片付けて午後はトレーニングの予定だが、1日が長い。
「デートか……?」
「オレ聞いてくる」
「おい!」
ユキが止めるも、拓斗は「おーい名前ー」と名前に走り寄っていった。ユキは頭を抱え、渋々拓斗を追って寮門の方へつま先を向けた。
「いいか塔一郎、あいつはまだ誰とも付き合ってなかったはずだ、だから今日の相手が誰でもまだお前含め全人類にチャンスは残ってるってわけだ。諦めるなよ」
「急に何の話だい?」
たまの休みに銅橋や高田城と出かけていくのを見ても、いつもはTシャツにショートパンツみたいな簡単な格好ばかりしている。先日高田城と小田原に買い物に行くと言って出ていった時も、おんなじような感じの格好で「あれじゃ兄弟に間違われるだろう」と東堂さんが呆れていた。
長かった髪を切ってしまって、その上新開さんのお下がりだとか言う大きいサイズの上着を着てしまえば、一見私服の後ろ姿ではわかりにくいのは確かだった。
「外出か?」
「え!?あ、葦木場さん」
「うおっ危ねーな」
名前が驚いて振り向いて、短いスカートが勢いよく翻った。
……かなり際どいところだった。靴下以外は校則で禁止されているせいで名前は暖をとる目的で制服のスカートは常にギリギリまで緩めて下げて履いてるか、男子制服のスラックスのことがほとんどだ。何で今日に限って、こんな格好を。いや、休養日だから遊びに行くんだろうけど。
前を開けて防寒も何もない、短いコート。フワフワしたセーター、髪もいつもと違うし、踵のあるブーツ。……いつもはスニーカーの踵を潰してサンダル代わりにしているような名前が。なによりその……ミニスカート。いくらなんでも短すぎる。
「クラスのやつか?デートか?小田原か?駅で待ち合わせてるのか?1人で行けんのか?」
ユキの勢いに呆然としていた名前はハッとして、何を聞かれているのか気づいたらしかった。
「デート、です。向こうで待ち合わせで。10時に」
名前が頬を赤らめてでれっと破顔し、ヒェッと拓斗が悲鳴をあげた。10時の待ち合わせにはだいぶ早く、やる気が入っているなと思った。
「相手は!」
「総北の……」
「総北ゥ!?」
ユキはもう白目剥きそうになっていて「小野田か?今泉か?オレらの同級のやつらか!?」と捲し立てた。
「えへ、マネージャーの寒咲さんです。デート!東京!スイパラ!」
沈黙。ユキは「ま、紛らわしい言い方しやがって……」と呻き、どっと疲れたような顔で地面に膝をつく。拓斗も胸を撫で下ろし、ボクも人知れず詰めていた息を吐く。
「あーあれな、女子がふたりで出かける時に言うやつな……」
「珍しく着飾ってるから、てっきり……」
「……やる気入りすぎですかね?」
名前の声のトーンが一瞬で地の底まで落ちた。顔色が悪く、今にもしゃがみ込みそうに頭を抱えて。トラウマを思い出すかのように口角がひくつく。
「だって女の子同士で出かけるのなんてめちゃくちゃ久しぶりすぎだしいつもは悠ちゃんが服見てくれるけど受験生だし頼れないし、あんまり適当な服着てせっかく遊びに行くのに楽しみじゃなかったかな?って思われてもやだし、でもこいつやる気入りすぎじゃない?て引かれてもやだし、私服で寒咲さんと遊びに行くの初めてだし私服の感じ写メで見たけどめっちゃ可愛いしそもそもコーデネートって正解のないクエスチョンだし釣り合わないのはこっちだって百も承知だもんだってだって」
頭を抱えて唸る姿に唖然としていたら、ユキが「そういえばこいつ人間関係きっかけの元不登校だった」と耳打ちした。そういえば、そんな話も聞いたような。
拓斗が大きなため息を吐いて、名前の両手を引いて立たせた。三つ編みとそれを留める髪飾りを避けるようにして頭を撫でる。
「大丈夫、かわいいかわいい」
「なんなんですかその呪文、全然大丈夫な気がしません」
名前は不満そうに拓斗を見上げたが、拓斗は取り合わない。長い腕で門の外を指さして。
「着替えに戻るか?もうすぐバス来るぞ」
「あっ、でも……」
「その格好でいいよ。かわいいし」
「でも……」
「それより靴、転ばないように気をつけなよ。せっかくかわいい格好したんだから」
「……」
俯いてしまった名前の後頭部に拓斗の手のひらが乗せられた。視線の先、ブーツのつま先は傷ひとつなく、綺麗に磨かれている。きっと今日の外出を楽しみにしていたのだろうということはボクにもわかった。
「先輩の言葉が信じられないか?」
「……別に葦木場さんのこと信じてないとか、そういうつもりじゃなくて」
「うん、分かってる」
「あの、葦木場さん……」
「それより時間。走らないと間に合わなくなるぞ」
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
「……1分で決着したな」
時計を見ていたらしいユキが小さく口にしたのは、立ち直りまでの所要時間だろう。拓斗が髪を軽く直してやって、支度の整った名前はこちらに向き直る。その後ろでは、拓斗のオレンジ色の目がこちらをじっと見ていた。
「先輩方、失礼します」
「……おう」
「……楽しんでおいで」
「踵、気をつけるんだぞ」
「はい」
名前はそのまま早足でバス停に向かった。もちろん拓斗の言うとおり、足元に注意を払って。
……正直、この男が妹を持つ兄だということを今の今まで忘れていた。引き留めていたことなどなかったかのように手を振って名前を送り出し、その姿が見えなくなってからこちらを振り返る。
憐れむようなじっとりとした視線に、ユキとふたり思わず肩をはねさせる。拓斗は日頃あまり感情の起伏はなく、先ほども淡々と言い聞かせ、機嫌をとっているとは思えない様子だったが、呆れているのは分かった。
肺の中の空気全て吐き出すような大きなため息。
「ああ言う時は『かわいいね、気をつけるんだぞ』でいいんだよ」
「そうか……」
「もしデートすることになったらちゃんとかわいいねって言うんだよ。塔ちゃんのために『着飾って』るんだから」
「……ないと思うけど」
「ないとか言うな、フラグをたてるな」
「フラグも何もないだろう、ただの先輩後輩なんだから」
「そんなこと言うなら、もし万が一、そういう雰囲気になったらオレ邪魔するからね」
「……こいつ鈍感朴念仁だから手加減してやってくれよ」
「オレ、名前の味方のつもりだけど、今の塔ちゃんはおすすめできない」
「それはオレも同意だ」
「なんなんだお前たち」
これから出かけるであろう寮生に不審な目で見られて、言い争うのをやめて歩き出す。天気がいい日曜日だから、これからもっと多くの寮生が出入りするだろう。自転車競技部の新幹部としてそこそこ顔のしれたボク達が朝から揉めているなど、外聞が悪い。
ユキはげっそりしていて脚を引き摺るように歩き、拓斗はまだ怒っているらしく頬を膨らませていた。朝から疲れた。いや、大体自分のせいなのだが……
名前が去った方を見てユキがため息。
「まあだいぶスカートは短かったけどな」
「中学横浜だっけ?都会はあんなもんじゃないの。まあ……短かったけど」
やっぱり短かったんじゃないか。しゃがみこんだ時など、正直危うくてギクっとした。部活中も一応女子部員のいるところでは着替えなど気をつけるように言われているが、名前の方こそ気をつけてほしい。ところで。
「……スカートの丈に文句はつけていいのか?」
「さあ?ただ文句言ってるんじゃなくて、心配してるんだよって言えば許されるんじゃない」
「まあ、変な男に絡まれないかは心配だよな。変なところでコミュ力あるから」
「今日は総北のマネージャーとだっけ?なら大丈夫だろうけど」
「あいつ、女の子相手になると急に私が守らなければ!って警戒心発揮し出すよな」
「その分オレらといると気抜きまくりだから、注意しようって話だよ。分かってる」
「勉強になるよ……」
休養日のはずが全員疲れた顔をしている。午前のうちに課題を片付けて午後はトレーニングの予定だが、1日が長い。
