去る春、君の声だけが在る
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あ、猫。この辺をたまにうろついてる野良……恐らく。オレには見向きもしねえクセに随分ゴキゲンでニャーニャーやってんなと思ったら、話してる相手は部活の後輩だった。苗字名前。
名前チャンが何事かニャゴニャゴ喋りかけて猫の方も乗り気で何か応答していたが、オレの姿を見た途端、背中逆立てて逃げやがった。こいつとはオレが入学した頃から反りが合わない。
「荒北さん」
猫に逃げられたってのに、オレ見た途端にぱあっと笑顔になる。逃げられてんヨと指摘しても「あのこ、気まぐれさんですからね」「また気が向いたら遊びに来ますよ」と気にしていない様子。余裕か。
「なんだかこの時間、久しぶりですね。たまには部活も顔出してくださいよ」
「サボってんじゃなくて、引退したんだよ。あんまりオレらが顔出しても泉田たちが困るだろーが」
「え、喜ぶと思いますけど……」
オレたちが引退してすぐ、苗字は敏腕マネージャーを目指すべく、部費拡充とコミュニティ拡大、外部のメンタルや栄養、身体ケアの専門家の講義など、今までの自信無さげな姿が嘘のようにあれこれやってるらしかった。初めて部室にきた日はびびって泣きそうになってたってのに。全く成長ぶりが嬉しいやら、コイツも生意気になったと苦々しいやら。
「休憩ですか?」
「まァな」
苗字はねこを諦めて、縁石に座ってお喋りモードに入った。いつもの通り炭酸を買って隣に座る。たまには話くらい聞いてやるか。
「で、どーだよ。新体制は。いじめられてンなら言えよ」
「……なんかもう、こういうとこ、好きにならざるを得ないってかんじですよね……」
「ハ?」
「荒北さんの話ですよ」
「……全然話が読めねえんだけど」
「好きにならざるを得ない」なんて言いつつも、苗字は軽く笑って、「そういう」雰囲気は一切なかった。そもそもこいつを巡る人間関係云々にはなるべく関わり合いになりたくないのが本音だ。めんどくせぇ予感しかしないから。
黒田への叱咤やオレがかつて後輩へ説いたとかいうレースの心得、苗字はそれらを「荒北さんの今までの功績」だとか言って並べたてる。負けた人間の言うことなんて真面目に聞くもんじゃないと言っても、「でも大好きな先輩の言葉だから」と取り合わない。そして、散々小っ恥ずかしい言葉で褒めちぎった後、「やっぱ部内の人間から1番モテてるの荒北さんですよ、そりゃそうって感じですけど」と別に嬉しくない結論を出した。
「……野郎にモテても嬉しくねーって」
「嘘つき。私たちのこと、そこそこかわいーって思ってくれてるくせに」
「自分で言うなヨ」
「へへ」
黒田への叱咤激励は、他の部員もいたから誰にも知られないと言うわけにはいかないだろう。しかしインハイ3日目の己の……レース中の発言がここまで伝わっているのは真波か小野田ちゃんのどっちかがこいつにペラペラ話したに違いない。……小野田ちゃんだろうな。こいつにメアドカツアゲされたらしいし。苗字は深々とため息をついた。
「そのくせ荒北さんがいちばん好きで褒めてほしいのは寿一くんだけなんだもん。本当報われないっすわ」
「んなっ」
コイツ、とんでもねえこと言いやがる!思わず腰を浮かしてしまったが、相手は2個下の後輩、それも女子。掴みかかって否定するわけにも行かない。そもそも否定しようにも事実で、あまりにも核心に迫っている。とびきり勘のいい数人は気づいているだろうが、どいつも勘がいいからこそ直接口にするような愚行はおかさない。苗字は自分がつついているのがドデカい爆弾とも知らず、「でもわからなくもないです!」とニコニコ笑っている。
「こう、腐ってるとこにビシバシ正論返されて、言い返してもズバッと封殺される感じ、嫌いじゃないって言うか、言葉を選ばないで言うと、あの、結構……好きで……」
「……福ちゃんって基本正論しか言わないかんね」
「私、中学の3年間全然学校行けなくて。何回か浮き沈みというか気持ちの谷といいますか……気分どん底の時があって、その時はすっごくウジウジしてたからビシバシ正論で説教されましたね。まあ、寿一くんも去年の夏はだいぶ見てられなかったけど……」
「……そだね」
「だからキラキラしてんなってあの人見る気持ち、ちょっとわかる気でいるんです。多分荒北さんの見てる3パーにも満たないくらいですけど」
「……キラキラなんてもんじゃなかったけどな」
「へー」
キラキラなんてモンじゃなかった。とんでもなく眩しく、冷たく、鮮烈だった。現国で「一条の光」って言葉をやった時、あの日の光景のことだと思った。そのままひたすら追っかけて、練習して、最初で最後のインハイまで、全部賭けた。慕ってくれる後輩も、功績も全部、言ってしまえばそのついでに得たものだ。こういうこと言うから苗字に「報われない」だの言われるわけだが。
「私肝心の馴れ初め知らないんですよ。そんな顔しちゃうくらい、すごい出会い方したんですか?」
名前チャンは本当に何も知らないみたいで、いつもみたくニコニコしてた。先輩の面白い過去エピソードを聞くだけのつもりなんだろう。福ちゃんも新開も、コイツに何も話さなかったのか。それとも聞いたけどよくわかっていないのか。「治安のよくない男所帯にいるってこと、もっと理解しろよ」って散々言ったが、あの間抜け面はもしや、本当にわかってなかったのか。だーもう、めんどくせえな。黒田によく言っとかねえと。
名前ちゃんときたら、やさしーセンパイの懸念など1ミリも伝わってない様子で「ふふ、やっぱり少女漫画みたいな感じですか?」と呑気に頬を赤らめている。……あの鉄仮面と元ヤンのオレで、そんな展開あるわけねーだろ。よく考えろ。
だがそんな顔されたら今日までの日々を思わずにはいられない。苦悩も絶望も、荒れてた過去も。届かない背中を全力で追った2年にも満たぬ歳月も。あんなにも夢見た夏が終わり、そして次の春が来れば、全部綺麗な思い出になる。身を焦がすような現実は、過去へと。
「……その話すんなら1時間はかかるワ」
「大丈夫です、東堂さんの山神伝説3時間コースで慣れてますから」
「は、言うようになったじゃねーの」
名前チャンが何事かニャゴニャゴ喋りかけて猫の方も乗り気で何か応答していたが、オレの姿を見た途端、背中逆立てて逃げやがった。こいつとはオレが入学した頃から反りが合わない。
「荒北さん」
猫に逃げられたってのに、オレ見た途端にぱあっと笑顔になる。逃げられてんヨと指摘しても「あのこ、気まぐれさんですからね」「また気が向いたら遊びに来ますよ」と気にしていない様子。余裕か。
「なんだかこの時間、久しぶりですね。たまには部活も顔出してくださいよ」
「サボってんじゃなくて、引退したんだよ。あんまりオレらが顔出しても泉田たちが困るだろーが」
「え、喜ぶと思いますけど……」
オレたちが引退してすぐ、苗字は敏腕マネージャーを目指すべく、部費拡充とコミュニティ拡大、外部のメンタルや栄養、身体ケアの専門家の講義など、今までの自信無さげな姿が嘘のようにあれこれやってるらしかった。初めて部室にきた日はびびって泣きそうになってたってのに。全く成長ぶりが嬉しいやら、コイツも生意気になったと苦々しいやら。
「休憩ですか?」
「まァな」
苗字はねこを諦めて、縁石に座ってお喋りモードに入った。いつもの通り炭酸を買って隣に座る。たまには話くらい聞いてやるか。
「で、どーだよ。新体制は。いじめられてンなら言えよ」
「……なんかもう、こういうとこ、好きにならざるを得ないってかんじですよね……」
「ハ?」
「荒北さんの話ですよ」
「……全然話が読めねえんだけど」
「好きにならざるを得ない」なんて言いつつも、苗字は軽く笑って、「そういう」雰囲気は一切なかった。そもそもこいつを巡る人間関係云々にはなるべく関わり合いになりたくないのが本音だ。めんどくせぇ予感しかしないから。
黒田への叱咤やオレがかつて後輩へ説いたとかいうレースの心得、苗字はそれらを「荒北さんの今までの功績」だとか言って並べたてる。負けた人間の言うことなんて真面目に聞くもんじゃないと言っても、「でも大好きな先輩の言葉だから」と取り合わない。そして、散々小っ恥ずかしい言葉で褒めちぎった後、「やっぱ部内の人間から1番モテてるの荒北さんですよ、そりゃそうって感じですけど」と別に嬉しくない結論を出した。
「……野郎にモテても嬉しくねーって」
「嘘つき。私たちのこと、そこそこかわいーって思ってくれてるくせに」
「自分で言うなヨ」
「へへ」
黒田への叱咤激励は、他の部員もいたから誰にも知られないと言うわけにはいかないだろう。しかしインハイ3日目の己の……レース中の発言がここまで伝わっているのは真波か小野田ちゃんのどっちかがこいつにペラペラ話したに違いない。……小野田ちゃんだろうな。こいつにメアドカツアゲされたらしいし。苗字は深々とため息をついた。
「そのくせ荒北さんがいちばん好きで褒めてほしいのは寿一くんだけなんだもん。本当報われないっすわ」
「んなっ」
コイツ、とんでもねえこと言いやがる!思わず腰を浮かしてしまったが、相手は2個下の後輩、それも女子。掴みかかって否定するわけにも行かない。そもそも否定しようにも事実で、あまりにも核心に迫っている。とびきり勘のいい数人は気づいているだろうが、どいつも勘がいいからこそ直接口にするような愚行はおかさない。苗字は自分がつついているのがドデカい爆弾とも知らず、「でもわからなくもないです!」とニコニコ笑っている。
「こう、腐ってるとこにビシバシ正論返されて、言い返してもズバッと封殺される感じ、嫌いじゃないって言うか、言葉を選ばないで言うと、あの、結構……好きで……」
「……福ちゃんって基本正論しか言わないかんね」
「私、中学の3年間全然学校行けなくて。何回か浮き沈みというか気持ちの谷といいますか……気分どん底の時があって、その時はすっごくウジウジしてたからビシバシ正論で説教されましたね。まあ、寿一くんも去年の夏はだいぶ見てられなかったけど……」
「……そだね」
「だからキラキラしてんなってあの人見る気持ち、ちょっとわかる気でいるんです。多分荒北さんの見てる3パーにも満たないくらいですけど」
「……キラキラなんてもんじゃなかったけどな」
「へー」
キラキラなんてモンじゃなかった。とんでもなく眩しく、冷たく、鮮烈だった。現国で「一条の光」って言葉をやった時、あの日の光景のことだと思った。そのままひたすら追っかけて、練習して、最初で最後のインハイまで、全部賭けた。慕ってくれる後輩も、功績も全部、言ってしまえばそのついでに得たものだ。こういうこと言うから苗字に「報われない」だの言われるわけだが。
「私肝心の馴れ初め知らないんですよ。そんな顔しちゃうくらい、すごい出会い方したんですか?」
名前チャンは本当に何も知らないみたいで、いつもみたくニコニコしてた。先輩の面白い過去エピソードを聞くだけのつもりなんだろう。福ちゃんも新開も、コイツに何も話さなかったのか。それとも聞いたけどよくわかっていないのか。「治安のよくない男所帯にいるってこと、もっと理解しろよ」って散々言ったが、あの間抜け面はもしや、本当にわかってなかったのか。だーもう、めんどくせえな。黒田によく言っとかねえと。
名前ちゃんときたら、やさしーセンパイの懸念など1ミリも伝わってない様子で「ふふ、やっぱり少女漫画みたいな感じですか?」と呑気に頬を赤らめている。……あの鉄仮面と元ヤンのオレで、そんな展開あるわけねーだろ。よく考えろ。
だがそんな顔されたら今日までの日々を思わずにはいられない。苦悩も絶望も、荒れてた過去も。届かない背中を全力で追った2年にも満たぬ歳月も。あんなにも夢見た夏が終わり、そして次の春が来れば、全部綺麗な思い出になる。身を焦がすような現実は、過去へと。
「……その話すんなら1時間はかかるワ」
「大丈夫です、東堂さんの山神伝説3時間コースで慣れてますから」
「は、言うようになったじゃねーの」
