去る春、君の声だけが在る
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「ジャーン!ついに買いました!高価ですからまだ1台ですけど、せっかくだし着用可のレースは付けて出ましょう!」
追い出し親睦会のすぐ後、ウキウキの名前の手には高価な耐衝撃小型カメラ。レース中部員がビデオカメラ片手に沿道から撮影することはあるが、レースの全貌を撮ることは叶わない。これなら選手の視線に近く、最初から最後まで記録できる。かなり高価だが、名前はOB会経由で1台購入に漕ぎ着けた。納品された現物を福富さんがわざわざ見に来てOB会にお礼の連絡を入れていた。「寿一くんずっとほしいって言ってましたから。インハイどころかファンライドにも間に合わなかったけど……」と名前は少し申し訳なさそうにしていた。福富さんは電話を終えると「来年に向けて有効活用するように」とだけ言って帰って行った。受験勉強もラストスパートの時期だから。
おっかなびっくりで装着して何レースか走り、シーズンオフを迎えた。なんだかんだ忙しく、上映会は自主練の日に決まった。来る予定の真波がまだいないが、遅刻も不在もいつものことだ。
「では早速、結構前ですけど葦木場さんのレースから……」
名前がはりきった様子で再生した、その時点でなんとなく……なんとなくこの先の展開は読めていた。再生ボタンを押してわずか5分、今現在の名前は拓斗の膝でうつ伏せになっている。真っ白の膝裏がひくりと震えた。黙って目を逸らしジャージを脱いで足にかけてやる。もともと今日の部活は自由参加、加えて悪天候のせいで室内練をする者も多く、名前は今日に限ってスカートで登校していた。
「大丈夫か?枕にするには段差がデカかったな」
「そう言うならユキちゃん代わってよ」
「……いや遠慮しとく」
……ところで膝枕ってうつ伏せでやるものだったか?名前はくぐもった声で唸り、拓斗が憐れみの表情で夏前より短くなった名前の髪を撫でた。随分短く切ったと、今更ながら思った。
「生きてるか?」
「すみませんだめです」
「ユキちゃんのレースで口直しする?」
「さすがのオレも口直しになる自信はねえな……」
「あ、血飛沫は余計に悪化しそう」
「黒田さんアレ本当にやめた方がいいですよいつか傷口から感染しますよ」
「うるせえよ」
……拓斗が出場したのは山岳ラインを設けたレース、ライン手前1キロからの再生。名前が騒がしく死ぬ死ぬ死ぬと悲鳴をあげていたのは最初の方だけ、拓斗の長身をいかしたダンシングが加速するにつれて、当然画面は踏み込みとともに激しく揺れ……隣がどんどん静かになって、気づいた時には真っ青な顔で俯いていた。……やはり画面に酔ったな。反対から同じように名前の様子を伺うユキと目があった。
「ユキ」
「おうよ」
「ウッ……」
「わ」
ユキが名前をベンチに転がし、そのまま逃げ遅れた拓斗の膝を枕に寝かされた。名前は器用に膝の上で身を捩ってうつ伏せになり、ローファーを片方ずつ床に落とした。
「ううう」
「あぶな、落ちたら痛いぞ」
名前の体がずり落ちそうになっているのを拓斗が肩を掴んで引き戻した。うつ伏せのまま、くぐもった声で名前が呟く。それに拓斗が身じろぎして。
「レース録画、いいアイデアだと思ったんですけど……」
「……そうだね、ただ着ける相手は選んだ方が良かったかな」
「でも全員最後はバイク左右に振りますよね?」
「レースはやめとくか……」
ユキが憐れみの目で名前の後頭部を見下ろす。今年のファンライドでも追走車で携帯とパソコンを見続けたせいで車酔いに苦しんでいたようだし、来年もその次もインターハイは当然山だ。名前は拓斗の膝で寝返りを打つ。顔にかかった髪を拓斗が指先で払ってやった。
「結構高い買い物だったのに……」
「インハイ試走でつけてもらおう」
「あと来年のファンライドな」
「それはぜひ、お願いします」
……沈黙。思い出すのは今年の初詣、新開さんの言葉。あの時名前は筋肉痛で歩けなくて銅橋に背負われていた。
「泉田さん?」
「ああいや、なんでもない」
本当に知らないんだな……次回は見学じゃなくて走らされること。外練の拠点までついてったり、買い出しに誰かと出たり、流して部員と走る機会はそれなりにある。とはいえ、本番いきなり走れるかというとかなり疑問だ。先に教えてやって、多少面倒を見てやった方がいいのか……懇切丁寧にやってやれと言われたことだし……
「追い出しレースが見たいなら、自分で走ればいいんじゃない?」
「真波、遅刻だぞ」
「すみません、ちょっと山行ってたら遅くなっちゃいました」
「この悪天候で?」
「いやあ流石に途中で諦めましたけど」
「真波、シャワー、着替え」
「はーい」
久しぶりに見た、気安い2人の会話。インターハイの後から目に見えて関係が良くなかった、真波と名前。……違う、名前の態度は変わらず、真波が変わった。名前は真波に着替えを促して、それからゆっくり体を起こした。わずかにふらついたが、顔色はだいぶマシになったと思う。
「大丈夫か」
「はい。葦木場さんすみませんでした」
名前は膝にかけていたジャージに気がついて綺麗に畳む。それから持ち主を探して……目が合った。(まじか、そのまま返そうか、いや洗って……)と悩んでいるのが丸わかりだったので、「そのままでいい」と受け取った。
名前はまた思い悩むように視線を伏せる。名前が次に発した言葉に、ユキも拓斗もギョッとした。
「自分で走る……私、走れるでしょうか」
「やる気か!?」
「……もし走る気があるなら、サポートをするつもりはあるよ」
「塔ちゃん!」
「最も次のファンライドはパレードまでにしておけと荒北さんから言われてるけどね」
名前の目が見開かれて、ゆっくりと瞬いた。何を言われたかよくわかっていない顔だ。
「次はって……」
「3年時には完走しろって福富さんが」
「鬼か!120キロだぞ!」
「……ああ、そういうことか……」
震えた声に、ボクら3人一斉に言い争うのをやめて名前を見た。瞬きの拍子に溜まっていた涙が一粒転がり落ちて、手の甲ではねた。後輩女子に泣かれるというシチュエーションがひどく苦手なユキが「おい」と困った声を出した。名前はぐいっと涙を拭って。
「私……ちょっと練習します。まず今年、スプリント出る手前まで……一緒に走らせてもらえるように」
「まじかよ」
「がんばります」
ユキが呆れてため息をついた。その時名前の携帯が鳴って中断。名前が一言断って席を外す。扉が閉まってすぐユキから追撃。
「塔一郎どういうつもりだよ!あいつ乗る方は素人だろうが!」
「年末年始、新開さんと一緒に走ってたみたいでね」
「一緒に走るって、置いていかれながら?」
ユキがイライラと机を叩いて、拓斗がそれに顔を顰めた。ボクは拓斗の発言に目を瞠る。
「なんだ知ってたのか」
「ちょっとね……だから、一緒に走りたいっていうなら手伝ってやらないこともない。名前の努力次第だけど」
「お前もかよ!」
味方のいないことを悟ったユキは頭を抱えて唸った。そういうところはますます荒北さんに似てきた。意図して寄せようとしているところと無意識のところがあるから言及しないが、そういう過保護なところは特に。
「でもユキちゃん、可愛い後輩から一緒に走りたいって言われてて、それでも走りたくならない?」
「走りたくなくないから困ってンだろうがよ!!」
ユキが吠えて拓斗が「つまり走りたいってことでいいんだよね?」と首を傾げた。ファンライドまでの期間を逆算する。もちろんインターハイに合わせて調整していくわけだが、引退後ももう一山あることが確定した。可愛い後輩が一緒に走りたいと、叶わない夢だときっと考えないようにしていた可能性に気づいて、それを願うのなら。叶えてあげたいのが先輩の性。その証拠にユキも拓斗もボクも、全然困ってなんていないのだ。
追い出し親睦会のすぐ後、ウキウキの名前の手には高価な耐衝撃小型カメラ。レース中部員がビデオカメラ片手に沿道から撮影することはあるが、レースの全貌を撮ることは叶わない。これなら選手の視線に近く、最初から最後まで記録できる。かなり高価だが、名前はOB会経由で1台購入に漕ぎ着けた。納品された現物を福富さんがわざわざ見に来てOB会にお礼の連絡を入れていた。「寿一くんずっとほしいって言ってましたから。インハイどころかファンライドにも間に合わなかったけど……」と名前は少し申し訳なさそうにしていた。福富さんは電話を終えると「来年に向けて有効活用するように」とだけ言って帰って行った。受験勉強もラストスパートの時期だから。
おっかなびっくりで装着して何レースか走り、シーズンオフを迎えた。なんだかんだ忙しく、上映会は自主練の日に決まった。来る予定の真波がまだいないが、遅刻も不在もいつものことだ。
「では早速、結構前ですけど葦木場さんのレースから……」
名前がはりきった様子で再生した、その時点でなんとなく……なんとなくこの先の展開は読めていた。再生ボタンを押してわずか5分、今現在の名前は拓斗の膝でうつ伏せになっている。真っ白の膝裏がひくりと震えた。黙って目を逸らしジャージを脱いで足にかけてやる。もともと今日の部活は自由参加、加えて悪天候のせいで室内練をする者も多く、名前は今日に限ってスカートで登校していた。
「大丈夫か?枕にするには段差がデカかったな」
「そう言うならユキちゃん代わってよ」
「……いや遠慮しとく」
……ところで膝枕ってうつ伏せでやるものだったか?名前はくぐもった声で唸り、拓斗が憐れみの表情で夏前より短くなった名前の髪を撫でた。随分短く切ったと、今更ながら思った。
「生きてるか?」
「すみませんだめです」
「ユキちゃんのレースで口直しする?」
「さすがのオレも口直しになる自信はねえな……」
「あ、血飛沫は余計に悪化しそう」
「黒田さんアレ本当にやめた方がいいですよいつか傷口から感染しますよ」
「うるせえよ」
……拓斗が出場したのは山岳ラインを設けたレース、ライン手前1キロからの再生。名前が騒がしく死ぬ死ぬ死ぬと悲鳴をあげていたのは最初の方だけ、拓斗の長身をいかしたダンシングが加速するにつれて、当然画面は踏み込みとともに激しく揺れ……隣がどんどん静かになって、気づいた時には真っ青な顔で俯いていた。……やはり画面に酔ったな。反対から同じように名前の様子を伺うユキと目があった。
「ユキ」
「おうよ」
「ウッ……」
「わ」
ユキが名前をベンチに転がし、そのまま逃げ遅れた拓斗の膝を枕に寝かされた。名前は器用に膝の上で身を捩ってうつ伏せになり、ローファーを片方ずつ床に落とした。
「ううう」
「あぶな、落ちたら痛いぞ」
名前の体がずり落ちそうになっているのを拓斗が肩を掴んで引き戻した。うつ伏せのまま、くぐもった声で名前が呟く。それに拓斗が身じろぎして。
「レース録画、いいアイデアだと思ったんですけど……」
「……そうだね、ただ着ける相手は選んだ方が良かったかな」
「でも全員最後はバイク左右に振りますよね?」
「レースはやめとくか……」
ユキが憐れみの目で名前の後頭部を見下ろす。今年のファンライドでも追走車で携帯とパソコンを見続けたせいで車酔いに苦しんでいたようだし、来年もその次もインターハイは当然山だ。名前は拓斗の膝で寝返りを打つ。顔にかかった髪を拓斗が指先で払ってやった。
「結構高い買い物だったのに……」
「インハイ試走でつけてもらおう」
「あと来年のファンライドな」
「それはぜひ、お願いします」
……沈黙。思い出すのは今年の初詣、新開さんの言葉。あの時名前は筋肉痛で歩けなくて銅橋に背負われていた。
「泉田さん?」
「ああいや、なんでもない」
本当に知らないんだな……次回は見学じゃなくて走らされること。外練の拠点までついてったり、買い出しに誰かと出たり、流して部員と走る機会はそれなりにある。とはいえ、本番いきなり走れるかというとかなり疑問だ。先に教えてやって、多少面倒を見てやった方がいいのか……懇切丁寧にやってやれと言われたことだし……
「追い出しレースが見たいなら、自分で走ればいいんじゃない?」
「真波、遅刻だぞ」
「すみません、ちょっと山行ってたら遅くなっちゃいました」
「この悪天候で?」
「いやあ流石に途中で諦めましたけど」
「真波、シャワー、着替え」
「はーい」
久しぶりに見た、気安い2人の会話。インターハイの後から目に見えて関係が良くなかった、真波と名前。……違う、名前の態度は変わらず、真波が変わった。名前は真波に着替えを促して、それからゆっくり体を起こした。わずかにふらついたが、顔色はだいぶマシになったと思う。
「大丈夫か」
「はい。葦木場さんすみませんでした」
名前は膝にかけていたジャージに気がついて綺麗に畳む。それから持ち主を探して……目が合った。(まじか、そのまま返そうか、いや洗って……)と悩んでいるのが丸わかりだったので、「そのままでいい」と受け取った。
名前はまた思い悩むように視線を伏せる。名前が次に発した言葉に、ユキも拓斗もギョッとした。
「自分で走る……私、走れるでしょうか」
「やる気か!?」
「……もし走る気があるなら、サポートをするつもりはあるよ」
「塔ちゃん!」
「最も次のファンライドはパレードまでにしておけと荒北さんから言われてるけどね」
名前の目が見開かれて、ゆっくりと瞬いた。何を言われたかよくわかっていない顔だ。
「次はって……」
「3年時には完走しろって福富さんが」
「鬼か!120キロだぞ!」
「……ああ、そういうことか……」
震えた声に、ボクら3人一斉に言い争うのをやめて名前を見た。瞬きの拍子に溜まっていた涙が一粒転がり落ちて、手の甲ではねた。後輩女子に泣かれるというシチュエーションがひどく苦手なユキが「おい」と困った声を出した。名前はぐいっと涙を拭って。
「私……ちょっと練習します。まず今年、スプリント出る手前まで……一緒に走らせてもらえるように」
「まじかよ」
「がんばります」
ユキが呆れてため息をついた。その時名前の携帯が鳴って中断。名前が一言断って席を外す。扉が閉まってすぐユキから追撃。
「塔一郎どういうつもりだよ!あいつ乗る方は素人だろうが!」
「年末年始、新開さんと一緒に走ってたみたいでね」
「一緒に走るって、置いていかれながら?」
ユキがイライラと机を叩いて、拓斗がそれに顔を顰めた。ボクは拓斗の発言に目を瞠る。
「なんだ知ってたのか」
「ちょっとね……だから、一緒に走りたいっていうなら手伝ってやらないこともない。名前の努力次第だけど」
「お前もかよ!」
味方のいないことを悟ったユキは頭を抱えて唸った。そういうところはますます荒北さんに似てきた。意図して寄せようとしているところと無意識のところがあるから言及しないが、そういう過保護なところは特に。
「でもユキちゃん、可愛い後輩から一緒に走りたいって言われてて、それでも走りたくならない?」
「走りたくなくないから困ってンだろうがよ!!」
ユキが吠えて拓斗が「つまり走りたいってことでいいんだよね?」と首を傾げた。ファンライドまでの期間を逆算する。もちろんインターハイに合わせて調整していくわけだが、引退後ももう一山あることが確定した。可愛い後輩が一緒に走りたいと、叶わない夢だときっと考えないようにしていた可能性に気づいて、それを願うのなら。叶えてあげたいのが先輩の性。その証拠にユキも拓斗もボクも、全然困ってなんていないのだ。
