去る春、君の声だけが在る
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正月休み終盤、悠ちゃんの入試に向けてラストスパートに付き合う日々。あんなに辛かった筋肉痛も歩ける程度のものになった。この短期間で体が慣れてしまったのだと思う。走行距離も伸びてきたし、これだけ乗れれば今年は遠征同行に連れてってもらう機会が増えるかもな。ニヤニヤしながら目的地で自転車を止める。
立派なお家、表札には「銅橋」の字。間違いないことを確認して、来たよのメールを入れる。雪が降りそうな曇天を見上げ、壁に背を向けて立つ。初めて来た、バシさんの家。周りのお家もどこも大きくて、居心地が悪い。高級自転車をいつか破壊しそうな勢いで乗り回し、でかいハムの塊がポケットから出てくる、実家からだと高級みかんをお裾分けしてくれる、主に食関係の話しぶりでなんとなく知っていたが、本当にお金持ちなんだな。いやそれはいいから、バシさん早く来て。
思いが通じたか、玄関のドアが開いた。
「バシさ」
「あら?」
「アッ」
ば、バシさんじゃない、だと……いや多分バシさんのお母様だ。自転車を見て、それから慌ててぐるぐる巻きのマフラーを下げた私の顔を見て、パッと顔が明るくなって。まずい、目がキラキラしている。
「もしかして、まーくんの……」
「ぶっ部活!部活の友達です!同じ1年の、苗字です!」
「……母さん」
「あら、まーくんお友達って」
「そうだよ」
お母様のテンションが見るからに上がって、開けっぱなしのドアから顔を覗かせたバシさんがゲッて感じの顔になった。私は今日の訪問の目的であるビニール袋を見せる。去年の隼人くんのレース記録と動画が入ってるSD。今日はこれの受け渡しにきた。同じレースに出るらしいので参考程度にと思って。
この場で受け渡すか?で、サッと帰る。自転車乗ること前提なのであまり人に見せられる格好ではない。風除けのジャンパーの下は隼人くんの変な色のジャージが緩いのを無理やりウエストの紐で縛って腹巻きで上から止めている。間違ってもお友達の家に行く格好ではない。
「上がってもらったら。そうだシュークリームがあって、白鳥の……」
ダメダメダメ、と私が必死で首を振ったのを見てバシさんは「公園で話してくる」とお家に消えた。あっ、逃げたな……お母様はその背中に「シュークリームお願いね」と声をかける。
「嫌いじゃなければ食べてね」
「はい。ありがとうございます」
お母様が門扉の前まで降りてきた。絶対お家に上がらない、失礼な友達で申し訳ない。
「ごめんなさいね、高校のお友達が遊びにくるの初めてだから……」
何かを思うように声は沈み、メールを打つために手袋を外していた手をじっと見られる。気まずく思い、指先を擦り合わせる。洗濯と洗い物で荒れた指先。何を思っているのか、その沈んだ声音からおおよそ察せられる。
憧れの箱根学園に入学して、その結果が暴力沙汰と退部騒動。どこまで話がいってるかはわからないが、先輩を殴ったと、レースに出るどころか何度も退部を命じられたこと、それを知らされたご両親はどんなにか心配しただろう。バシさんも荒れてたしきっと心穏やかではなかった。
私にできることは何もなかった、春を思って。問題ばかり起こしても入部届をまた出して頭を下げたバシさんを思って。それから、何が起こっているのかそのすべてを知らされることなかったご家族を思って。
「あの、私。バシさんと一緒にインターハイ行くの凄く楽しみにしてるんです。絶対代表に選ばれると思います。それで、良かったら応援に来て欲しくて」
「え」
「絶対暑いし、場所も栃木の山とかなんですけど、絶対勝つので、見に来てください。あ、あとこれから出そうなレースの予定……」
携帯を取り出してスケジュールの画面を開く。えっと、神奈川付近で開催されるレースは……
「名前」
「わッ」
驚いて携帯を取り落としそうになった。声の主は当然、ケーキの箱とチャリを携えたバシさん。
「いくぞ」
「うん」
「まーくん出かけるの」
「10分で戻るよ」
「せっかく彼女さん来てくれたんだから、そんなに急がなくていいのに〜」
沈黙。ちらっと視線を送るがバシさんは明後日の方を見ていてちっとも目が合わない。動揺してんじゃねー!でも、お母様の気持ちもわかる。わざわざ冬休みにコソコソくる同級生女子、怪しいですよね。でも彼女だったら普通に予告なしでお家訪問はしないと思います。いや、友達でも予告はするべきなんだろうけど、一瞬のつもりだったから……
「あの……違うんです」
「恥ずかしがらなくていいのよ、まーくん全然教えてくれないんだもの」
バシさんのこめかみがぴくりと波打つ。やべ、喧嘩の波動を感じる。ただでさえこの男、欲求不満の反抗期……ため息の後、苛立った声音。
「そういうんじゃないって」
「あの、本当にそういうんじゃなくて……でも部活で一番最初にできた友達なんです!いつも仲良くしてもらってます!レースの予定、バシさんが一番詳しいんで!会場でお会いするの楽しみにしてます!」
「!そうなの、」
「急にお邪魔してすみませんでした!では!」
嬉しそうなお母様と逆にバシさんはすごーく嫌な顔をしたが、ほら早くデータの受け渡し!と急かしてみなかったふりをした。お母様にペコペコ頭を下げてなんとか公園までチャリで移動。
公園のベンチでシュークリームとSDを交換する。今食べていいかな。箱を開けると白鳥が4匹。2匹取って、1匹バシさんへ。あっけなくひと呑み。
「悪かったよ」
「……なにも?」
結構白々しい声が出たのでどつかれるかと思ったが、何もない。恐る恐る見上げると、微妙な顔で私を見下ろしていた。粉糖が顔についているので格好がつかない。目いっぱい手を伸ばして、白くなったところを指で払う。バシさんはまた身長が伸びたように思う。そのまま親指で顔をなぞると、くすぐったいのかバシさんは体をひくりと跳ねさせた。
「……あのね、バシさん。私バシさんと友達になれてよかったと思ってるよ」
バシさんは?聞こうと思ったが顔を見てやめた。私ばっかり好きだと思っていたがそんなことはなかったらしい。君の考えてることなら、今や手に取るようにわかる。
「インターハイ、まずは部内選考だね。頑張ろうね」
私がニマニマしてるのに気がついたバシさんが嫌そうな顔になった。私たちこのまま夏まで一蓮托生で頑張ろうね。春からの常勝快進撃をまだ知らぬ、冬の日のことだった。
立派なお家、表札には「銅橋」の字。間違いないことを確認して、来たよのメールを入れる。雪が降りそうな曇天を見上げ、壁に背を向けて立つ。初めて来た、バシさんの家。周りのお家もどこも大きくて、居心地が悪い。高級自転車をいつか破壊しそうな勢いで乗り回し、でかいハムの塊がポケットから出てくる、実家からだと高級みかんをお裾分けしてくれる、主に食関係の話しぶりでなんとなく知っていたが、本当にお金持ちなんだな。いやそれはいいから、バシさん早く来て。
思いが通じたか、玄関のドアが開いた。
「バシさ」
「あら?」
「アッ」
ば、バシさんじゃない、だと……いや多分バシさんのお母様だ。自転車を見て、それから慌ててぐるぐる巻きのマフラーを下げた私の顔を見て、パッと顔が明るくなって。まずい、目がキラキラしている。
「もしかして、まーくんの……」
「ぶっ部活!部活の友達です!同じ1年の、苗字です!」
「……母さん」
「あら、まーくんお友達って」
「そうだよ」
お母様のテンションが見るからに上がって、開けっぱなしのドアから顔を覗かせたバシさんがゲッて感じの顔になった。私は今日の訪問の目的であるビニール袋を見せる。去年の隼人くんのレース記録と動画が入ってるSD。今日はこれの受け渡しにきた。同じレースに出るらしいので参考程度にと思って。
この場で受け渡すか?で、サッと帰る。自転車乗ること前提なのであまり人に見せられる格好ではない。風除けのジャンパーの下は隼人くんの変な色のジャージが緩いのを無理やりウエストの紐で縛って腹巻きで上から止めている。間違ってもお友達の家に行く格好ではない。
「上がってもらったら。そうだシュークリームがあって、白鳥の……」
ダメダメダメ、と私が必死で首を振ったのを見てバシさんは「公園で話してくる」とお家に消えた。あっ、逃げたな……お母様はその背中に「シュークリームお願いね」と声をかける。
「嫌いじゃなければ食べてね」
「はい。ありがとうございます」
お母様が門扉の前まで降りてきた。絶対お家に上がらない、失礼な友達で申し訳ない。
「ごめんなさいね、高校のお友達が遊びにくるの初めてだから……」
何かを思うように声は沈み、メールを打つために手袋を外していた手をじっと見られる。気まずく思い、指先を擦り合わせる。洗濯と洗い物で荒れた指先。何を思っているのか、その沈んだ声音からおおよそ察せられる。
憧れの箱根学園に入学して、その結果が暴力沙汰と退部騒動。どこまで話がいってるかはわからないが、先輩を殴ったと、レースに出るどころか何度も退部を命じられたこと、それを知らされたご両親はどんなにか心配しただろう。バシさんも荒れてたしきっと心穏やかではなかった。
私にできることは何もなかった、春を思って。問題ばかり起こしても入部届をまた出して頭を下げたバシさんを思って。それから、何が起こっているのかそのすべてを知らされることなかったご家族を思って。
「あの、私。バシさんと一緒にインターハイ行くの凄く楽しみにしてるんです。絶対代表に選ばれると思います。それで、良かったら応援に来て欲しくて」
「え」
「絶対暑いし、場所も栃木の山とかなんですけど、絶対勝つので、見に来てください。あ、あとこれから出そうなレースの予定……」
携帯を取り出してスケジュールの画面を開く。えっと、神奈川付近で開催されるレースは……
「名前」
「わッ」
驚いて携帯を取り落としそうになった。声の主は当然、ケーキの箱とチャリを携えたバシさん。
「いくぞ」
「うん」
「まーくん出かけるの」
「10分で戻るよ」
「せっかく彼女さん来てくれたんだから、そんなに急がなくていいのに〜」
沈黙。ちらっと視線を送るがバシさんは明後日の方を見ていてちっとも目が合わない。動揺してんじゃねー!でも、お母様の気持ちもわかる。わざわざ冬休みにコソコソくる同級生女子、怪しいですよね。でも彼女だったら普通に予告なしでお家訪問はしないと思います。いや、友達でも予告はするべきなんだろうけど、一瞬のつもりだったから……
「あの……違うんです」
「恥ずかしがらなくていいのよ、まーくん全然教えてくれないんだもの」
バシさんのこめかみがぴくりと波打つ。やべ、喧嘩の波動を感じる。ただでさえこの男、欲求不満の反抗期……ため息の後、苛立った声音。
「そういうんじゃないって」
「あの、本当にそういうんじゃなくて……でも部活で一番最初にできた友達なんです!いつも仲良くしてもらってます!レースの予定、バシさんが一番詳しいんで!会場でお会いするの楽しみにしてます!」
「!そうなの、」
「急にお邪魔してすみませんでした!では!」
嬉しそうなお母様と逆にバシさんはすごーく嫌な顔をしたが、ほら早くデータの受け渡し!と急かしてみなかったふりをした。お母様にペコペコ頭を下げてなんとか公園までチャリで移動。
公園のベンチでシュークリームとSDを交換する。今食べていいかな。箱を開けると白鳥が4匹。2匹取って、1匹バシさんへ。あっけなくひと呑み。
「悪かったよ」
「……なにも?」
結構白々しい声が出たのでどつかれるかと思ったが、何もない。恐る恐る見上げると、微妙な顔で私を見下ろしていた。粉糖が顔についているので格好がつかない。目いっぱい手を伸ばして、白くなったところを指で払う。バシさんはまた身長が伸びたように思う。そのまま親指で顔をなぞると、くすぐったいのかバシさんは体をひくりと跳ねさせた。
「……あのね、バシさん。私バシさんと友達になれてよかったと思ってるよ」
バシさんは?聞こうと思ったが顔を見てやめた。私ばっかり好きだと思っていたがそんなことはなかったらしい。君の考えてることなら、今や手に取るようにわかる。
「インターハイ、まずは部内選考だね。頑張ろうね」
私がニマニマしてるのに気がついたバシさんが嫌そうな顔になった。私たちこのまま夏まで一蓮托生で頑張ろうね。春からの常勝快進撃をまだ知らぬ、冬の日のことだった。
