去る春、君の声だけが在る
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年末、私は新開家に居候していた。悠ちゃんの受験勉強もラストスパートで、隼人くんも流石にこの時期実家に帰ってきている。そう、新開家には今受験生が2人いる。悠ちゃんからの「絶対無理、毎日家で勉強なんて嫌すぎ名前ちゃん毎日うちに来てくれなきゃヤダ」という全力のダダこねを受けて、それとなく隼人くんに打診した結果「じゃあうちに泊まりにこいよ」と軽く勧められたのだ。なぜこんなことに……
「自転車のお礼だと思ってさ」
「ウッ……わかりました、悠ちゃんの勉強誠心誠意見させてもらいます」
「頼むぜ」
隼人くんの青い目に勝てない。高価な自転車……隼人くんの昔のロードバイクを譲り受けた身、しかもお下がりだなんだとジャージまで新開家に頼り切りの身としては、これを言われると本当に従うしかないから。隼人くんのママは「いいのよ、悠人も乗らないって言うし……」とニッコリ笑ったが、そのあと「『また』名前ちゃんが『昔みたいに』本当の家族になってくれるっていうならこんなに嬉しいことないわ」と、続けた。その言葉の裏に何があるかは考えたく無い。隼人くんのママは少々クセのあるタイプで、すごく優しいんだけど私は実はあまり得意では無い。
クリスマス、大晦日と隼人くんのママが作った美味しいご飯を食べて、普通なら体重が気になるところだが私はそれどころじゃなかった。元日早朝、箱根は明日からの駅伝レースに向けて緊張感と活気に満ちている。人出を避けて朝早くに我々は集合した。初詣のためである。
「バシさんあけましておめでとう。早速で悪いんだけどおんぶして」
「脚ガッタガタじゃねえか……」
「冬休み入ってから毎日新開兄弟が自転車乗るのに付き合わされてたの、もう無理、歩けない。神社まで行けない……」
バシさんが黙って片膝ついてしゃがんでくれた。呆れすぎて何も言えなかったのかもしれない。本当にいいやつ!身長191センチの視界、普通に安定感最悪なので、腕をガッツリ回す。
「参道までな」
「神!今年もよろしくね」
ふらっと近づいてくる影。見下ろすことは滅多にない先輩達。ド派手の黄色頭と若干癖毛の人間からしたら羨ましい直毛。隼人くんが誘った人たち。隼人くんは全然気にしない人なので「1日にバシさんと初詣行く」と言ったら、「オレらも行くから一緒に行こう」と勝手に合流計画を立ててしまった。私は正月から先輩方に会えて嬉しいけど。
「フラフラ走ってると、近所で噂になっていたぞ」
「……可哀想なくらいヨロヨロじゃねーの」
「寿一くん、荒北さん。あけましておめでとうございます。バシさんの背中から失礼します」
「福ちゃん、なんの噂?」
「帰省中の兄が見かけたらしい。それから、近所でも新開兄弟に置いてかれながら走ってるやつがいると」
「悪評じゃねーか」
荒北さんの哀れみの目。高校から未経験で入ってきたらしいし、素人が練習に付き合わされる酷さはご存じだろう。
悠ちゃんの勉強を見るだけのはずが、居候初日に隼人くんに「自転車乗るぞ」と叩き起こされ、後ろには不服げな顔の悠ちゃんが寝癖もそのままに突っ立っていた。あー、兄弟仲を取り持てと、そういうことね。2人で乗っても会話もないからね。私はとりあえず着替えてまだ日も登らぬ早朝から新開兄弟と自転車に乗る羽目に。自転車を譲ってもらったものの、買い出しと外出にしか使ってないような私は1時間も乗っていられず、当然置いていかれ、なんとか帰りつき、慣れぬ筋肉痛に悲鳴を上げながら悠ちゃんの勉強を見た。そしてその晩、隼人くんの「夜練行くぞ」という無慈悲な宣言に悲鳴を上げた。それを毎日繰り返し、筋肉痛が治る暇もないまま年を越した。朝練だか夜練を、寿一くんのお兄さんが見ていたと。新開兄弟は近所でも有名だ。ヨロヨロ一緒に走ってる(走れてない)やつがいたら、噂になってもおかしくない。
「今日はちゃんと真波誘ってやったか?」
「誘いましたよ、年末と今朝と2回。さっきあけおめメール来ましたけど、登ってました」
「……調子はどうだ?」
「いや、全然。見たらがっかりすると思いますよ」
真波の不調は言うまでもない。元気がなかったり、八つ当たりじみた発言も度々。つい先日も八つ当たりをされたので、「小野田に直接言えばいいでしょ!私に『坂道くん』との伝言役でもやってほしいの?」とキレてしまった。真波のショックを受けた顔を見て途端に不味かったなと我に帰ったがすでに時遅し。今まで見たことないくらい顔色が悪い、冷や汗が伝って。慌てて座らせて、そこにたまたま取りかかった東堂さんに丸投げした。自販機でアクエリ買って現場に戻った時は「いつも通り」の真波山岳に戻っていたけど。付き添ってくれた東堂さんは一体どんな話術で説き伏せたのか。
最後の最後に競り負けるというのは、時に選手にとってひどく大きな傷になると、隼人くんから聞いた。真波は思いのほか重症だった。まさか、こいつが……いつもヘラヘラ笑顔で圧倒的強くて興味ないことは全く無関心で、それが真波山岳で、そんな繊細な一面を持っていると思っていなかった。やばい、根本的な対応から間違ったかもしれない。以降我々のメインの連絡手段はメールになった。直接顔を合わせるよりは冷静に話ができる。
……しかし引退した先輩方にわざわざ言って心配させるようなことではない、先輩方も受験を控えた身。これは、私たち……現役の部員達がこれから解決する問題。
「次のインターハイには必ず間に合わせますから、どうぞご心配なく」
「泉田さん!」
「ゴフ」
バシさんが急に大声出すから、顔をぶつけた。痛い、最近後ろ髪を伸ばしているので顔に当たってもはもはする。隼人くんが泉田さんと合流してきて、これで全員揃った。東堂さんはご実家がこの時期いちばん忙しいそうだから今日は来ない。現役受験生なのに。
泉田さんがバシさん、それから背中に引っ付いてる私を順番に見て「いつものか」と呟いた。いつもではないです。
「泉田さん!あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。お前たちは今年も随分楽しそうだね」
「あの、楽しくはないんです……」
恥ずかしいから下ろしてもらおうかと思ったけど、自力で本殿まで辿り着ける気がしなかったので大人しくバシさんにしがみついておいた。隼人くんが何事か声をかけて、泉田さんは嬉しそうに隼人くんの隣に戻る。寿一くんたちもそっちに合流したが、バシさんは戻らなかった。一度インターハイに出た人間同士の仲は外からは計り知れないほど深い。隼人くんに嬉しそうに話しかける泉田さん、それを横目に新年初のため息が出た。隼人くんは「いい先輩」だ。泉田さんを筆頭に自転車部のみんなに慕われて、尊敬されている。
なのに、どうして、「いいお兄さん」になれないんだろう。悠ちゃんのたったひとりの兄なのに。私はずっと納得いかなかった。ハコガクに来て、あんなに慕われるところを見て目を疑ったほど。悠ちゃんには驚くほどドライで、突き放しているようにも見える。男兄弟ってそういうもの?でも、寿一くんの家は仲が良さそうなのに。じゃあやっぱり隼人くんと悠ちゃんの問題ということ?
悠ちゃんは一応初詣に誘ったら、やっぱり「行かない」って言った。来年一緒になる先輩達もいるよと言ったけど余計なことだったらしい。私も仮に去年誘われても行かなかったと思う。悠ちゃんが「隼人くんと同じ中学に行きたくない」と泣いたのは3年前、今は隼人くんと同じ高校を目指してる。特別好きじゃない勉強を私に教わってまで。
悠ちゃんは隼人くんと同じが嫌なだけで、その気になればオールラウンダー、来年以降エースを狙える選手になりうる。昔の新開兄弟は仲良しだった。兄弟というものが羨ましくなるくらい。悠ちゃんが、なぜ、何を思って、隼人くんを避けるようになったのか。なぜ、私の前で泣いても、隼人くんには何も言わないのか。
「弟じゃなかったら……名前ちゃんが隼人くんの妹だったら、こんな思いはしなかったかな」
悠ちゃん。悠ちゃんは隼人くんじゃない。私でもない。悠ちゃんは、悠ちゃんで……私の大好きな幼馴染。来年ハコガクに来て、圧倒的強さの中で成長して、きっと隼人くんの弟でない悠人自身が認められる日が来る。
「名前チャン」
「、はい」
「参道着くし、人も増えてきたから降りな」
「っと、バシさんありがとう」
後ろの方から荒北さんが声をかける。意識が戻ってきて、慌てて背中から着地。地元の神社とはいえ、結構賑わっている。やる気入れて拝まないと。お願い事は決めてある。悠ちゃんの志望校合格、それからみんな怪我なく自転車に乗れますように。
「自転車のお礼だと思ってさ」
「ウッ……わかりました、悠ちゃんの勉強誠心誠意見させてもらいます」
「頼むぜ」
隼人くんの青い目に勝てない。高価な自転車……隼人くんの昔のロードバイクを譲り受けた身、しかもお下がりだなんだとジャージまで新開家に頼り切りの身としては、これを言われると本当に従うしかないから。隼人くんのママは「いいのよ、悠人も乗らないって言うし……」とニッコリ笑ったが、そのあと「『また』名前ちゃんが『昔みたいに』本当の家族になってくれるっていうならこんなに嬉しいことないわ」と、続けた。その言葉の裏に何があるかは考えたく無い。隼人くんのママは少々クセのあるタイプで、すごく優しいんだけど私は実はあまり得意では無い。
クリスマス、大晦日と隼人くんのママが作った美味しいご飯を食べて、普通なら体重が気になるところだが私はそれどころじゃなかった。元日早朝、箱根は明日からの駅伝レースに向けて緊張感と活気に満ちている。人出を避けて朝早くに我々は集合した。初詣のためである。
「バシさんあけましておめでとう。早速で悪いんだけどおんぶして」
「脚ガッタガタじゃねえか……」
「冬休み入ってから毎日新開兄弟が自転車乗るのに付き合わされてたの、もう無理、歩けない。神社まで行けない……」
バシさんが黙って片膝ついてしゃがんでくれた。呆れすぎて何も言えなかったのかもしれない。本当にいいやつ!身長191センチの視界、普通に安定感最悪なので、腕をガッツリ回す。
「参道までな」
「神!今年もよろしくね」
ふらっと近づいてくる影。見下ろすことは滅多にない先輩達。ド派手の黄色頭と若干癖毛の人間からしたら羨ましい直毛。隼人くんが誘った人たち。隼人くんは全然気にしない人なので「1日にバシさんと初詣行く」と言ったら、「オレらも行くから一緒に行こう」と勝手に合流計画を立ててしまった。私は正月から先輩方に会えて嬉しいけど。
「フラフラ走ってると、近所で噂になっていたぞ」
「……可哀想なくらいヨロヨロじゃねーの」
「寿一くん、荒北さん。あけましておめでとうございます。バシさんの背中から失礼します」
「福ちゃん、なんの噂?」
「帰省中の兄が見かけたらしい。それから、近所でも新開兄弟に置いてかれながら走ってるやつがいると」
「悪評じゃねーか」
荒北さんの哀れみの目。高校から未経験で入ってきたらしいし、素人が練習に付き合わされる酷さはご存じだろう。
悠ちゃんの勉強を見るだけのはずが、居候初日に隼人くんに「自転車乗るぞ」と叩き起こされ、後ろには不服げな顔の悠ちゃんが寝癖もそのままに突っ立っていた。あー、兄弟仲を取り持てと、そういうことね。2人で乗っても会話もないからね。私はとりあえず着替えてまだ日も登らぬ早朝から新開兄弟と自転車に乗る羽目に。自転車を譲ってもらったものの、買い出しと外出にしか使ってないような私は1時間も乗っていられず、当然置いていかれ、なんとか帰りつき、慣れぬ筋肉痛に悲鳴を上げながら悠ちゃんの勉強を見た。そしてその晩、隼人くんの「夜練行くぞ」という無慈悲な宣言に悲鳴を上げた。それを毎日繰り返し、筋肉痛が治る暇もないまま年を越した。朝練だか夜練を、寿一くんのお兄さんが見ていたと。新開兄弟は近所でも有名だ。ヨロヨロ一緒に走ってる(走れてない)やつがいたら、噂になってもおかしくない。
「今日はちゃんと真波誘ってやったか?」
「誘いましたよ、年末と今朝と2回。さっきあけおめメール来ましたけど、登ってました」
「……調子はどうだ?」
「いや、全然。見たらがっかりすると思いますよ」
真波の不調は言うまでもない。元気がなかったり、八つ当たりじみた発言も度々。つい先日も八つ当たりをされたので、「小野田に直接言えばいいでしょ!私に『坂道くん』との伝言役でもやってほしいの?」とキレてしまった。真波のショックを受けた顔を見て途端に不味かったなと我に帰ったがすでに時遅し。今まで見たことないくらい顔色が悪い、冷や汗が伝って。慌てて座らせて、そこにたまたま取りかかった東堂さんに丸投げした。自販機でアクエリ買って現場に戻った時は「いつも通り」の真波山岳に戻っていたけど。付き添ってくれた東堂さんは一体どんな話術で説き伏せたのか。
最後の最後に競り負けるというのは、時に選手にとってひどく大きな傷になると、隼人くんから聞いた。真波は思いのほか重症だった。まさか、こいつが……いつもヘラヘラ笑顔で圧倒的強くて興味ないことは全く無関心で、それが真波山岳で、そんな繊細な一面を持っていると思っていなかった。やばい、根本的な対応から間違ったかもしれない。以降我々のメインの連絡手段はメールになった。直接顔を合わせるよりは冷静に話ができる。
……しかし引退した先輩方にわざわざ言って心配させるようなことではない、先輩方も受験を控えた身。これは、私たち……現役の部員達がこれから解決する問題。
「次のインターハイには必ず間に合わせますから、どうぞご心配なく」
「泉田さん!」
「ゴフ」
バシさんが急に大声出すから、顔をぶつけた。痛い、最近後ろ髪を伸ばしているので顔に当たってもはもはする。隼人くんが泉田さんと合流してきて、これで全員揃った。東堂さんはご実家がこの時期いちばん忙しいそうだから今日は来ない。現役受験生なのに。
泉田さんがバシさん、それから背中に引っ付いてる私を順番に見て「いつものか」と呟いた。いつもではないです。
「泉田さん!あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。お前たちは今年も随分楽しそうだね」
「あの、楽しくはないんです……」
恥ずかしいから下ろしてもらおうかと思ったけど、自力で本殿まで辿り着ける気がしなかったので大人しくバシさんにしがみついておいた。隼人くんが何事か声をかけて、泉田さんは嬉しそうに隼人くんの隣に戻る。寿一くんたちもそっちに合流したが、バシさんは戻らなかった。一度インターハイに出た人間同士の仲は外からは計り知れないほど深い。隼人くんに嬉しそうに話しかける泉田さん、それを横目に新年初のため息が出た。隼人くんは「いい先輩」だ。泉田さんを筆頭に自転車部のみんなに慕われて、尊敬されている。
なのに、どうして、「いいお兄さん」になれないんだろう。悠ちゃんのたったひとりの兄なのに。私はずっと納得いかなかった。ハコガクに来て、あんなに慕われるところを見て目を疑ったほど。悠ちゃんには驚くほどドライで、突き放しているようにも見える。男兄弟ってそういうもの?でも、寿一くんの家は仲が良さそうなのに。じゃあやっぱり隼人くんと悠ちゃんの問題ということ?
悠ちゃんは一応初詣に誘ったら、やっぱり「行かない」って言った。来年一緒になる先輩達もいるよと言ったけど余計なことだったらしい。私も仮に去年誘われても行かなかったと思う。悠ちゃんが「隼人くんと同じ中学に行きたくない」と泣いたのは3年前、今は隼人くんと同じ高校を目指してる。特別好きじゃない勉強を私に教わってまで。
悠ちゃんは隼人くんと同じが嫌なだけで、その気になればオールラウンダー、来年以降エースを狙える選手になりうる。昔の新開兄弟は仲良しだった。兄弟というものが羨ましくなるくらい。悠ちゃんが、なぜ、何を思って、隼人くんを避けるようになったのか。なぜ、私の前で泣いても、隼人くんには何も言わないのか。
「弟じゃなかったら……名前ちゃんが隼人くんの妹だったら、こんな思いはしなかったかな」
悠ちゃん。悠ちゃんは隼人くんじゃない。私でもない。悠ちゃんは、悠ちゃんで……私の大好きな幼馴染。来年ハコガクに来て、圧倒的強さの中で成長して、きっと隼人くんの弟でない悠人自身が認められる日が来る。
「名前チャン」
「、はい」
「参道着くし、人も増えてきたから降りな」
「っと、バシさんありがとう」
後ろの方から荒北さんが声をかける。意識が戻ってきて、慌てて背中から着地。地元の神社とはいえ、結構賑わっている。やる気入れて拝まないと。お願い事は決めてある。悠ちゃんの志望校合格、それからみんな怪我なく自転車に乗れますように。
