去る春、君の声だけが在る
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
荷物の片付けは早々に済んだ。優勝を逃した以上、表彰台にさしたる用はなく、途中で離脱した荒北さんたちを回収次第撤収の予定。先輩方と共に観戦に来たOBへのお礼は済ませた。それの終わり、隼人くんに軽く腕を引かれてその場を離れた。
「……ここまで付き合ってくれてありがとうな」
レースの後の冷め切った視線、叫びすぎと過酷な行程で掠れた声。何を言われるか、すぐに察した。
「助かったよ。惜しいけど、それに元々インハイまでの約束だったしな」
「やめないから!」
私の大声に驚きもせず、飄々とした態度を崩さない。隼人くんはいつもそう。さっき負けたところなのにずいぶん余裕そう。ポケットに手を突っ込んで、当然のようにいつものパワーバーが出てきた。封を切って口に運ぶ。その間に私は息を整える。走ってないし、片付けも大したことしてないのに心臓がバクバク暴れていた。一回負けたからって、ここで降りますなんて、言えるはずなかった。
「やめないから!来年リベンジ、するから!来年はハコガクが勝つんだもん……」
隼人くんは薄笑いでこっちを見ている。汗が止まらなかった。ここで生半可じゃないって覚悟見せないと、うまいこと言いくるめられてやめさせられると思った。隼人くんはいつもそう。上手に笑顔で人を誘導して、よりいい方にって勝手に決着させて。
「……真波を信じてるの」
「真波を?」
「今年は甘かったかもしれない。最後の最後に気持ちの差で落ちたって、その通りかもしれない。わざわざ1年を入れた甲斐がなかったって、隼人くんたちは……3年生は思ってるかもしれない。黒田さんを入れとくべきだったって、思ってるかもしれないけど、私はそう思わない」
「なんで?」
「寿一くんは、福富さんは今年勝つために入れたかもしれないけど、私は今年真波が走ったことが、来年以降のために、再来年もその先のためになるって思ってるから。今度は真波が、勝つから」
「なるほど」
「泉田さんもそう。今年完走できなくて、絶対来年はゼッケン獲って最後までって、思ってるはず。それが来年と、卒業してからももっと先のためになるって信じてるから」
「ずいぶん泉田のことわかってるじゃないか」
「わか……わかってないけど、わかるよ。見てるから、あの人がレギュラーメンバーにしがみつこうと朝から晩まで走ってるの」
背後で誰かの足音を聞いた。靴裏がアスファルトを叩く音はスニーカーと違う、自転車乗り独特の音。足音の主が誰なのか、隼人くんからは見えたかも知らないが、私にはわからない。別に誰に聞かれても恥ずかしいことは言ってない、真波が勝つよ、私は掠れた声で繰り返す。隼人くんが黙ったままで、私はだんだん負けたのを実感して、涙が出てきた。
「来年はハコガクが勝つよ、だからやめないから。隼人くんが何言ってもやめないんだから……」
「わかった、わかったから」
隼人くんが宥めるように背中に触れて、当然のように汗臭く、私はそれに縋り付いて泣いた。あんなに頑張ったのに、初心者同然の1年生に真波が負けた。秘蔵っ子で隠し玉で、黒田さんを圧倒的に破ってレギュラー入りした真波が負けた。あっさりとした結末だった。荒北さんが落ちたのもショックだったし、隼人くんがいつもと変わらない飄々とした態度なのもショックだった。もしかして、私が泣いてるから泣けないのかと思って汗臭いサイジャから顔を上げると隼人くんは「ん?」って「お、もう終わりか?」みたいな顔をしていた。……隼人くんのこういうところが、嫌いだ!悠ちゃんもきっとそう。急に泣く気がどこかにいってしまって、私は冷めた気持ちでサイジャから手を離した。隼人くんの狙い通りだとしたらそれはそれで癪だけど、私は「帰ろう、荒北さんと泉田さんが戻ってきたらバス出すって」と隼人くんを促した。
隼人くんは呑気に「じゃすぐだな」と踵を返した。その拍子に銀色の袋が落ちた。パワーバーの切れ端だ。レース中路上じゃ拾いにいけないし、なるべく落とさないようにって言ってるのに。
「いいって」
私を止めて、隼人くんは身を屈めて袋を拾った。異名に違わぬ鋭い視線が一瞬私を通り過ぎて、何かと思ってその視線の先を振り返ろうとした。
「いいって」
同じセリフを繰り返し、果たして今度は何を止められたのだろう。隼人くんは目を伏せて、顔を上げた時にはいつも通りに戻っていた。そしてゴミはそのまま背中に突っ込んだ。洗濯前に何でもかんでもよく叩いてゴミを落とす必要があるのは、大体隼人くんのせい。お菓子のカスごと洗濯するのは勘弁願いたい。
「ほら、駆け足」
そのまま疲れた体に鞭打って集合場所まで一緒に走った。隼人くんと戻ったせいか撤収に忙しいせいか、それともまさか負けるとは思わない局面で負けたことに皆ショックをうけていたのか、泣いた顔には何も言われなかった。バスも問答も無用で隼人くんの隣の席に突っ込まれて、正直助かったと思った。学校に戻ってきて解散した後、寿一くんにいつもの調子で「悪かったな」と一言言われて、今度こそ大声あげてわんわん泣いた。それで私の最初のインターハイは終わった。
「……ここまで付き合ってくれてありがとうな」
レースの後の冷め切った視線、叫びすぎと過酷な行程で掠れた声。何を言われるか、すぐに察した。
「助かったよ。惜しいけど、それに元々インハイまでの約束だったしな」
「やめないから!」
私の大声に驚きもせず、飄々とした態度を崩さない。隼人くんはいつもそう。さっき負けたところなのにずいぶん余裕そう。ポケットに手を突っ込んで、当然のようにいつものパワーバーが出てきた。封を切って口に運ぶ。その間に私は息を整える。走ってないし、片付けも大したことしてないのに心臓がバクバク暴れていた。一回負けたからって、ここで降りますなんて、言えるはずなかった。
「やめないから!来年リベンジ、するから!来年はハコガクが勝つんだもん……」
隼人くんは薄笑いでこっちを見ている。汗が止まらなかった。ここで生半可じゃないって覚悟見せないと、うまいこと言いくるめられてやめさせられると思った。隼人くんはいつもそう。上手に笑顔で人を誘導して、よりいい方にって勝手に決着させて。
「……真波を信じてるの」
「真波を?」
「今年は甘かったかもしれない。最後の最後に気持ちの差で落ちたって、その通りかもしれない。わざわざ1年を入れた甲斐がなかったって、隼人くんたちは……3年生は思ってるかもしれない。黒田さんを入れとくべきだったって、思ってるかもしれないけど、私はそう思わない」
「なんで?」
「寿一くんは、福富さんは今年勝つために入れたかもしれないけど、私は今年真波が走ったことが、来年以降のために、再来年もその先のためになるって思ってるから。今度は真波が、勝つから」
「なるほど」
「泉田さんもそう。今年完走できなくて、絶対来年はゼッケン獲って最後までって、思ってるはず。それが来年と、卒業してからももっと先のためになるって信じてるから」
「ずいぶん泉田のことわかってるじゃないか」
「わか……わかってないけど、わかるよ。見てるから、あの人がレギュラーメンバーにしがみつこうと朝から晩まで走ってるの」
背後で誰かの足音を聞いた。靴裏がアスファルトを叩く音はスニーカーと違う、自転車乗り独特の音。足音の主が誰なのか、隼人くんからは見えたかも知らないが、私にはわからない。別に誰に聞かれても恥ずかしいことは言ってない、真波が勝つよ、私は掠れた声で繰り返す。隼人くんが黙ったままで、私はだんだん負けたのを実感して、涙が出てきた。
「来年はハコガクが勝つよ、だからやめないから。隼人くんが何言ってもやめないんだから……」
「わかった、わかったから」
隼人くんが宥めるように背中に触れて、当然のように汗臭く、私はそれに縋り付いて泣いた。あんなに頑張ったのに、初心者同然の1年生に真波が負けた。秘蔵っ子で隠し玉で、黒田さんを圧倒的に破ってレギュラー入りした真波が負けた。あっさりとした結末だった。荒北さんが落ちたのもショックだったし、隼人くんがいつもと変わらない飄々とした態度なのもショックだった。もしかして、私が泣いてるから泣けないのかと思って汗臭いサイジャから顔を上げると隼人くんは「ん?」って「お、もう終わりか?」みたいな顔をしていた。……隼人くんのこういうところが、嫌いだ!悠ちゃんもきっとそう。急に泣く気がどこかにいってしまって、私は冷めた気持ちでサイジャから手を離した。隼人くんの狙い通りだとしたらそれはそれで癪だけど、私は「帰ろう、荒北さんと泉田さんが戻ってきたらバス出すって」と隼人くんを促した。
隼人くんは呑気に「じゃすぐだな」と踵を返した。その拍子に銀色の袋が落ちた。パワーバーの切れ端だ。レース中路上じゃ拾いにいけないし、なるべく落とさないようにって言ってるのに。
「いいって」
私を止めて、隼人くんは身を屈めて袋を拾った。異名に違わぬ鋭い視線が一瞬私を通り過ぎて、何かと思ってその視線の先を振り返ろうとした。
「いいって」
同じセリフを繰り返し、果たして今度は何を止められたのだろう。隼人くんは目を伏せて、顔を上げた時にはいつも通りに戻っていた。そしてゴミはそのまま背中に突っ込んだ。洗濯前に何でもかんでもよく叩いてゴミを落とす必要があるのは、大体隼人くんのせい。お菓子のカスごと洗濯するのは勘弁願いたい。
「ほら、駆け足」
そのまま疲れた体に鞭打って集合場所まで一緒に走った。隼人くんと戻ったせいか撤収に忙しいせいか、それともまさか負けるとは思わない局面で負けたことに皆ショックをうけていたのか、泣いた顔には何も言われなかった。バスも問答も無用で隼人くんの隣の席に突っ込まれて、正直助かったと思った。学校に戻ってきて解散した後、寿一くんにいつもの調子で「悪かったな」と一言言われて、今度こそ大声あげてわんわん泣いた。それで私の最初のインターハイは終わった。
