去る春、君の声だけが在る
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部誌なんて書いたことなくて、当番の日はいつも部活終わりに頭を抱える。仕事を教えてくれる先輩たちは「学級日誌の部活版だよ」「業務連絡と、練習内容軽く書いて、申し送りあればそれも書いてくれればいいよ」と簡単にいうけど、運動部未経験のマネージャーには普通に難しい。なるべくミーティングの内容をメモしておいて、練習から帰ってきた部員の様子を見て、あとは……思いついたところから書くと、もう文章はぐちゃぐちゃ。一度下書きしてたら2倍時間がかかる。私だけ部誌書くのに1時間もかけてる……先輩方はさらっと書いて次の仕事に時間をかける。絶対その方がいい、私は自分で文章を作ることを諦め、とりあえず先輩のやつを丸パクリすることに決めた。何回か当番になるうち、丁寧かつ文章は簡潔に書いている人がいるのに気づく。泉田さん、2年生。ありがたくフォーマットをパクらせてもらおう。パクらせてもらってから、30分で部誌が書けるようになった。大助かり。
レギュラー決めの時期はトーナメントグループごとのレポートを出す。自転車にみんな走行距離を測る機械をつけてて、何キロ走ったとかタイムがどうとか、それぞれ記録する。データをエクスポートしてエクセルで加工するだけ、これは初心者マネージャーにも割とできた。各グループで表を作ってると「この人やたら走ってるな」「先月より調子悪いな」「これ、大丈夫かな?」とか何となくわかるようになった。ミーティングの時とか部員が勢揃いすると誰が誰だかわからなかったのが何となくデータと合わせてわかるようになってきた。
「ああ、泉田ね」
タイムと距離とレース結果を得点化して、勝手にだいたい誰がレギュラー入りするか予想を立てていたら先輩が納得したように頷いた。2年で数人いる、レギュラー入りしそうな得点域の人たちのシミュレーションだった。
「そっか、苗字は見たことないんだっけ」
「何がですか?」
「走ってるとこ。面白いよ、シミュレーション入ってるなら、一回見ておけば?」
「面白いって……」
「時間あるし、見に行くか。多分新開とかと回ってるんだけど……」
先輩に連れて行かれて珍しく外へ。マネージャー見習いは外周についていく機会はほぼないので新鮮で、そこらじゅうキョロキョロしてしまう。別に初めてきたわけでもない学校の周りだけど。校門から徒歩で5分くらいの道端で先輩と待機。先輩がわざわざ持ってきた分厚いノートパソコンを開く。
「コンビニ曲がったな、もう直ぐ来るよ」
「はい」
その言葉の本当にすぐ後に隼人くんが曲がってきて、少し空けてもうひとり追ってくる。道路脇で突っ立ってる我々に目もくれず、嵐のように去って行った。なんていうか、すごくうるさい。あそこだけ、異様な熱気というか、なんというか。あれ何?と聞きたいけど、誰も答えは持ってない気がする。持ってる語彙で表現するなら、気合いの発声。何かの発露。何が発露しているのかは、素人同然のマネージャー見習いにはよくわからない。
「あれが泉田。面白いだろ」
「面白いっていうか……」
先輩は平然とそう言って、再びノートパソコンに視線を落とす。私といえば、とっくに姿は見えなくなったのに、ふたりが去って行った方の道を見てしまう。幼馴染の自転車に乗る姿は何度か見たことがある。前々から変だなとは思っていたが、高校入学してからますます様子がおかしい。もしかして、隼人くんひとりが変なわけじゃなくて……
「自転車乗りって、もしかしなくても、みんな二重人格ですよね?」
私の発言に先輩が吹き出した。否定しないのが答えだと勝手に思った。なぜロードバイクに跨ると新たな人格が生まれるのか、永遠の謎。自転車初心者には難しい世界……
その日の帰り、部誌を預かって部室の鍵をかけようとしたら背後から声がした。忘れ物かなと思って「お疲れ様です」と振り返る。
「お疲れ様」
まつ毛、ボウズ、えーと見覚えのある、先輩。忘れ物ですか?と聞いたらひとつ頷いて。まだ間に合うだろうか?と私の手元を見た。鍵はまだ刺してすらいない。ドアを開けて、たくさん並んだロッカーに迷いなく向かう背中を何となく見る。音を立てて「泉田」のロッカーの鍵が回る。
「あ」
部誌丸パクリの人、スプリンター2枠目最有力候補、「面白い」人、隼人くんとよく話してる人。今日の、「アブ」の人!!瞬間全てが繋がって、繋がると見せかけて崩壊した。え、全部同じ人だったの。んな無茶な。やっぱり二重人格じゃないか?
「名前、部室の鍵は」
「隼人くん……間違えた、センパイ。これから締めるところです」
背後から隼人くん、改めセンパイ。突然ヌッと現れないでほしい。怖すぎるから。幼馴染のことをなるべく「シンカイセンパイ」と呼ぶように心がけてるけど、今のは普通にビビった。隼人くんは飄々と「鍵当番が返しにこないから見にきた」と言ってのける。時計を見てもデッドラインの10分も前だ。何で?首を捻る私を無視して隼人くんは部室を覗き込み、「泉田、忘れ物か?」と声をかける。泉田さんは目当てのものを見つけたのか慌てて出てきた。
「お待たせしました」
「じゃ、締めます」
「任せた」
隼人くん、まじで何しにきたんだろう。見上げても、全然何考えてるかわからない時の顔をしている。ちらりと私の手元の鍵、違う、部誌を見て。
「そういえば、名前」
「はい」
「部誌、泉田の丸パクしてるだろ。バレてるぜ」
「ギャーーーーー」
絶叫。何で言うかな!本人の前で!いいじゃん!こっちは素人なんだから!丸パ……参考にしてるから、わかりやすいでしょ!私が半泣きで隼人くんにポカポカ殴りかかるのを泉田さんはよくわかってない顔で見てた。
「すみませんすみません部誌書く時勝手に参考にしてました!」
「参考っていうか、完全にパクってるだろ」
「参考!参考です!」
「ああ、別に……」
泉田さんは挙動不審に腕を上げ下げした。なんだろう?殴りかかる予備動作?虫も殺さなそうな顔なのに?いや走ってる時は虫どころか隼人くんのこと殺しそうな勢いだったけど。「別に」のあとに特に何か言葉が続くわけでもなく。私は首を傾げる。
「はい……?」
話はそこで終わった。なんだったんだ。
その時は「あーよかった、部誌の件、怒られなかった」と思ってホッとしたんだけど、1年ぐらい経って大学生になった隼人くんから「あれはいつも部活じゃ大人しいふりしてる名前が、でかい声でギャーギャー叫んだから驚いてただけ」とネタバラシされて、私は黒歴史にヒッと息をのんだ。隼人くん達の引退後、王座奪還のため敏腕マネージャーになろうと決意したのに泉田さん的には「1年生が一生懸命猫被ってるなあ」くらいにしか思われてなかったのだ。私は恥ずかしさに撃沈した。泉田さんは一生懸命とりなしてくれたけど、普通に恥ずかしすぎて顔が見れなかった。そして隼人くんが「で、突然できた女子の後輩にいちばん困ってたのが泉田」とネタバラシをしたので、今度は泉田さんが沈む番だった。私が何を言っても泉田さんは「うう」と唸るばかりで、一向に復活しなかった。隼人くんは笑うばかりでかわいい後輩のピンチを救う気はないらしかった。最低の先輩だ。
レギュラー決めの時期はトーナメントグループごとのレポートを出す。自転車にみんな走行距離を測る機械をつけてて、何キロ走ったとかタイムがどうとか、それぞれ記録する。データをエクスポートしてエクセルで加工するだけ、これは初心者マネージャーにも割とできた。各グループで表を作ってると「この人やたら走ってるな」「先月より調子悪いな」「これ、大丈夫かな?」とか何となくわかるようになった。ミーティングの時とか部員が勢揃いすると誰が誰だかわからなかったのが何となくデータと合わせてわかるようになってきた。
「ああ、泉田ね」
タイムと距離とレース結果を得点化して、勝手にだいたい誰がレギュラー入りするか予想を立てていたら先輩が納得したように頷いた。2年で数人いる、レギュラー入りしそうな得点域の人たちのシミュレーションだった。
「そっか、苗字は見たことないんだっけ」
「何がですか?」
「走ってるとこ。面白いよ、シミュレーション入ってるなら、一回見ておけば?」
「面白いって……」
「時間あるし、見に行くか。多分新開とかと回ってるんだけど……」
先輩に連れて行かれて珍しく外へ。マネージャー見習いは外周についていく機会はほぼないので新鮮で、そこらじゅうキョロキョロしてしまう。別に初めてきたわけでもない学校の周りだけど。校門から徒歩で5分くらいの道端で先輩と待機。先輩がわざわざ持ってきた分厚いノートパソコンを開く。
「コンビニ曲がったな、もう直ぐ来るよ」
「はい」
その言葉の本当にすぐ後に隼人くんが曲がってきて、少し空けてもうひとり追ってくる。道路脇で突っ立ってる我々に目もくれず、嵐のように去って行った。なんていうか、すごくうるさい。あそこだけ、異様な熱気というか、なんというか。あれ何?と聞きたいけど、誰も答えは持ってない気がする。持ってる語彙で表現するなら、気合いの発声。何かの発露。何が発露しているのかは、素人同然のマネージャー見習いにはよくわからない。
「あれが泉田。面白いだろ」
「面白いっていうか……」
先輩は平然とそう言って、再びノートパソコンに視線を落とす。私といえば、とっくに姿は見えなくなったのに、ふたりが去って行った方の道を見てしまう。幼馴染の自転車に乗る姿は何度か見たことがある。前々から変だなとは思っていたが、高校入学してからますます様子がおかしい。もしかして、隼人くんひとりが変なわけじゃなくて……
「自転車乗りって、もしかしなくても、みんな二重人格ですよね?」
私の発言に先輩が吹き出した。否定しないのが答えだと勝手に思った。なぜロードバイクに跨ると新たな人格が生まれるのか、永遠の謎。自転車初心者には難しい世界……
その日の帰り、部誌を預かって部室の鍵をかけようとしたら背後から声がした。忘れ物かなと思って「お疲れ様です」と振り返る。
「お疲れ様」
まつ毛、ボウズ、えーと見覚えのある、先輩。忘れ物ですか?と聞いたらひとつ頷いて。まだ間に合うだろうか?と私の手元を見た。鍵はまだ刺してすらいない。ドアを開けて、たくさん並んだロッカーに迷いなく向かう背中を何となく見る。音を立てて「泉田」のロッカーの鍵が回る。
「あ」
部誌丸パクリの人、スプリンター2枠目最有力候補、「面白い」人、隼人くんとよく話してる人。今日の、「アブ」の人!!瞬間全てが繋がって、繋がると見せかけて崩壊した。え、全部同じ人だったの。んな無茶な。やっぱり二重人格じゃないか?
「名前、部室の鍵は」
「隼人くん……間違えた、センパイ。これから締めるところです」
背後から隼人くん、改めセンパイ。突然ヌッと現れないでほしい。怖すぎるから。幼馴染のことをなるべく「シンカイセンパイ」と呼ぶように心がけてるけど、今のは普通にビビった。隼人くんは飄々と「鍵当番が返しにこないから見にきた」と言ってのける。時計を見てもデッドラインの10分も前だ。何で?首を捻る私を無視して隼人くんは部室を覗き込み、「泉田、忘れ物か?」と声をかける。泉田さんは目当てのものを見つけたのか慌てて出てきた。
「お待たせしました」
「じゃ、締めます」
「任せた」
隼人くん、まじで何しにきたんだろう。見上げても、全然何考えてるかわからない時の顔をしている。ちらりと私の手元の鍵、違う、部誌を見て。
「そういえば、名前」
「はい」
「部誌、泉田の丸パクしてるだろ。バレてるぜ」
「ギャーーーーー」
絶叫。何で言うかな!本人の前で!いいじゃん!こっちは素人なんだから!丸パ……参考にしてるから、わかりやすいでしょ!私が半泣きで隼人くんにポカポカ殴りかかるのを泉田さんはよくわかってない顔で見てた。
「すみませんすみません部誌書く時勝手に参考にしてました!」
「参考っていうか、完全にパクってるだろ」
「参考!参考です!」
「ああ、別に……」
泉田さんは挙動不審に腕を上げ下げした。なんだろう?殴りかかる予備動作?虫も殺さなそうな顔なのに?いや走ってる時は虫どころか隼人くんのこと殺しそうな勢いだったけど。「別に」のあとに特に何か言葉が続くわけでもなく。私は首を傾げる。
「はい……?」
話はそこで終わった。なんだったんだ。
その時は「あーよかった、部誌の件、怒られなかった」と思ってホッとしたんだけど、1年ぐらい経って大学生になった隼人くんから「あれはいつも部活じゃ大人しいふりしてる名前が、でかい声でギャーギャー叫んだから驚いてただけ」とネタバラシされて、私は黒歴史にヒッと息をのんだ。隼人くん達の引退後、王座奪還のため敏腕マネージャーになろうと決意したのに泉田さん的には「1年生が一生懸命猫被ってるなあ」くらいにしか思われてなかったのだ。私は恥ずかしさに撃沈した。泉田さんは一生懸命とりなしてくれたけど、普通に恥ずかしすぎて顔が見れなかった。そして隼人くんが「で、突然できた女子の後輩にいちばん困ってたのが泉田」とネタバラシをしたので、今度は泉田さんが沈む番だった。私が何を言っても泉田さんは「うう」と唸るばかりで、一向に復活しなかった。隼人くんは笑うばかりでかわいい後輩のピンチを救う気はないらしかった。最低の先輩だ。
