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「初めまして、苗字名前です。初星学園の大学2年生で、この合宿のトレーナー、です。よろしくお願いします」
髪が風で揺れる。白い肌、手足は折れそうに細い。これがトレーナーかと驚いた。勝手に自転車の元プロとか、そういうトレーニングなんかに詳しい人が来ると思っていた。引いてる自転車は傷ひとつなく光っていて、タイヤやチェーンの消耗もほとんどない。転んだのか、小さい膝を覆い隠すようにガーゼが貼られている。明らかに初心者だ。
金城も巻島も挨拶をした。2人もトレーナーが若い女性で驚いただろうが、さすがに露骨に驚いた表情は見せない。「田所?」金城が促す。オレの番だ。が、喉が塞がったみたいに声が出ない。”また”不調かと思ったのか、巻島が振り返る。不調では、ない。妙に心臓が跳ねて、首の後ろがチリチリするような感覚があった。腹の奥が絞まるような感覚、声が掠れる。やっぱり不調かもしれねえ。
差し出された手。慌てて手を拭って、握る。あまり力を込めないようにしたのに、苗字は力強く握り返してきた。柔らかい手のひら、できたばかりの肉刺の感触がある。
「た、田所です」
「苗字です。私、合宿ではスプリンターの方達のチームに主につくことになるみたい。よろしくね。田所くん」
「……おう」
握った手が解かれる。離れていった苗字の手は、所在なさげに真新しい半袖ジャージの袖を引っ張った。短いジャージの袖を少しでも伸ばして、肌を隠すように。ピッタリした生地が肌から離れて、その拍子に真新しい日焼けがちらっと見えた。白い肌がわずかに赤く染まっている。体に沿うようなジャージは着慣れないのか、おそらく無意識の動作だった。なんだか見てはいけないものを見たようで気まずくて、視線を逸らす。
黙りこむオレを見て、金城が何か言おうとしてやめた。何が言いたいかはわかる。向こうがスプリンター担当だって言ったのに、オレの反応が悪すぎる。何か気の利いた言葉をかければ良かったんだろうが、生憎その余裕はなかった。息が詰まる。首のチリチリとした感覚と腹の奥が絞まるような感覚は止むどころか増していく。
金城はオレと巻島にこの手の社交性は期待できないと諦めたのか、率先して軽い世間話を振った。トレーナーは自転車はこの合宿を機に購入した初心者で、普段は人材マネージメントなんかの勉強をしているらしい。トレーナーからは今回参加している総北のメンバーについていくつかの質問。インハイに出ていない手嶋と青八木も連れてきているから、気になったのだろう。本来ならオレが答えるべきなんだろうが、それも金城が引き取った。苗字がそれを不思議に思う様子はなかった。
トレーナーは施設を見学しながら他の選手にも挨拶をして回るそうで、「また後でお話ししましょう」と言って自転車引いて去っていった。オレたちは黙ってその細っこい後ろ姿を見送った。姿が完全に見えなくなったところで、金城が口を開く。
「一目惚れか?」
「は!?!?」
「うぉわっ」
オレの大声に驚いて、巻島が弄んでいたボトルを取り落としかけた。金城も目を丸くしている。冗談のつもりだったのだろう。ああ、冗談だ。こいつは結構そういうことを言う。知ってるはずだ。
……一目惚れ?まさか。ありえねえ。今のは、ただ、急に声をかけられて驚いた。図星だったからとか、間違ってもそういうんじゃねえ。それだけだ。
「……」
「……」
「……」
気まずい沈黙の後巻島が噴き出す。
「田所っち、顔、ひどいショ」
「……元からこの顔だ」
「顔に出やすいのも考えものだな」
「うるせー、んなことオレが一番わかってんだよ……」
金城が笑いを堪えようとして失敗し、「すまない」と前置きしてから背中を向けた。巻島なんて、体を二つ折りにして地面に膝つきそうな勢いで笑ってやがる。取り落としたボトルがコロコロ転がっていったので、拾って巻島の背中に挿した。上手い誤魔化しや言い訳は何も思い浮かばず、オレは黙って2人が笑い止むのを待った。
2人はしばらく笑い続けたが、後輩たちの声がした途端にピタリと止めた。合宿場の探索から戻ってきたようだ。ちょうど、集合時間の10分前だった。
金城がひとつ咳払いをして厳格な主将の表情 に戻り、後輩たちにこの後の行動について説明する。何も知らない後輩たちは真面目な顔でそれを聞いた。「田所っち」巻島が耳打ちした。
「どうするつもりだ」
「何が」
「合宿、そんな態度でいたらあいつらに速攻バレるぜ」
巻島は鳴子を顎でしゃくってみせた。それは、まずい。かなり。めんどくさいことになる。巻島がオレの渋い顔を見てまた笑う。「田所っちに春か、面白いことになりそうだなァ」とニヤニヤ笑って嬉しそうにした。面白がってんじゃねー!強めに背中を叩くと「いてぇっ」という悲鳴と巻島は共に崩れ落ちた。ぎゃあぎゃあ騒ぐオレらに、金城が視線を向ける。
「行くぞ。このあと15時から顔合わせだ」
「あァ、わかってる」
巻島が立ち上がって、手の砂を払う。オレも、気合いを入れるように頬を叩く。波乱の予感しかしない合宿の始まりだ。
髪が風で揺れる。白い肌、手足は折れそうに細い。これがトレーナーかと驚いた。勝手に自転車の元プロとか、そういうトレーニングなんかに詳しい人が来ると思っていた。引いてる自転車は傷ひとつなく光っていて、タイヤやチェーンの消耗もほとんどない。転んだのか、小さい膝を覆い隠すようにガーゼが貼られている。明らかに初心者だ。
金城も巻島も挨拶をした。2人もトレーナーが若い女性で驚いただろうが、さすがに露骨に驚いた表情は見せない。「田所?」金城が促す。オレの番だ。が、喉が塞がったみたいに声が出ない。”また”不調かと思ったのか、巻島が振り返る。不調では、ない。妙に心臓が跳ねて、首の後ろがチリチリするような感覚があった。腹の奥が絞まるような感覚、声が掠れる。やっぱり不調かもしれねえ。
差し出された手。慌てて手を拭って、握る。あまり力を込めないようにしたのに、苗字は力強く握り返してきた。柔らかい手のひら、できたばかりの肉刺の感触がある。
「た、田所です」
「苗字です。私、合宿ではスプリンターの方達のチームに主につくことになるみたい。よろしくね。田所くん」
「……おう」
握った手が解かれる。離れていった苗字の手は、所在なさげに真新しい半袖ジャージの袖を引っ張った。短いジャージの袖を少しでも伸ばして、肌を隠すように。ピッタリした生地が肌から離れて、その拍子に真新しい日焼けがちらっと見えた。白い肌がわずかに赤く染まっている。体に沿うようなジャージは着慣れないのか、おそらく無意識の動作だった。なんだか見てはいけないものを見たようで気まずくて、視線を逸らす。
黙りこむオレを見て、金城が何か言おうとしてやめた。何が言いたいかはわかる。向こうがスプリンター担当だって言ったのに、オレの反応が悪すぎる。何か気の利いた言葉をかければ良かったんだろうが、生憎その余裕はなかった。息が詰まる。首のチリチリとした感覚と腹の奥が絞まるような感覚は止むどころか増していく。
金城はオレと巻島にこの手の社交性は期待できないと諦めたのか、率先して軽い世間話を振った。トレーナーは自転車はこの合宿を機に購入した初心者で、普段は人材マネージメントなんかの勉強をしているらしい。トレーナーからは今回参加している総北のメンバーについていくつかの質問。インハイに出ていない手嶋と青八木も連れてきているから、気になったのだろう。本来ならオレが答えるべきなんだろうが、それも金城が引き取った。苗字がそれを不思議に思う様子はなかった。
トレーナーは施設を見学しながら他の選手にも挨拶をして回るそうで、「また後でお話ししましょう」と言って自転車引いて去っていった。オレたちは黙ってその細っこい後ろ姿を見送った。姿が完全に見えなくなったところで、金城が口を開く。
「一目惚れか?」
「は!?!?」
「うぉわっ」
オレの大声に驚いて、巻島が弄んでいたボトルを取り落としかけた。金城も目を丸くしている。冗談のつもりだったのだろう。ああ、冗談だ。こいつは結構そういうことを言う。知ってるはずだ。
……一目惚れ?まさか。ありえねえ。今のは、ただ、急に声をかけられて驚いた。図星だったからとか、間違ってもそういうんじゃねえ。それだけだ。
「……」
「……」
「……」
気まずい沈黙の後巻島が噴き出す。
「田所っち、顔、ひどいショ」
「……元からこの顔だ」
「顔に出やすいのも考えものだな」
「うるせー、んなことオレが一番わかってんだよ……」
金城が笑いを堪えようとして失敗し、「すまない」と前置きしてから背中を向けた。巻島なんて、体を二つ折りにして地面に膝つきそうな勢いで笑ってやがる。取り落としたボトルがコロコロ転がっていったので、拾って巻島の背中に挿した。上手い誤魔化しや言い訳は何も思い浮かばず、オレは黙って2人が笑い止むのを待った。
2人はしばらく笑い続けたが、後輩たちの声がした途端にピタリと止めた。合宿場の探索から戻ってきたようだ。ちょうど、集合時間の10分前だった。
金城がひとつ咳払いをして厳格な主将の
「どうするつもりだ」
「何が」
「合宿、そんな態度でいたらあいつらに速攻バレるぜ」
巻島は鳴子を顎でしゃくってみせた。それは、まずい。かなり。めんどくさいことになる。巻島がオレの渋い顔を見てまた笑う。「田所っちに春か、面白いことになりそうだなァ」とニヤニヤ笑って嬉しそうにした。面白がってんじゃねー!強めに背中を叩くと「いてぇっ」という悲鳴と巻島は共に崩れ落ちた。ぎゃあぎゃあ騒ぐオレらに、金城が視線を向ける。
「行くぞ。このあと15時から顔合わせだ」
「あァ、わかってる」
巻島が立ち上がって、手の砂を払う。オレも、気合いを入れるように頬を叩く。波乱の予感しかしない合宿の始まりだ。
