去る春、君の声だけが在るIF
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外は雨。3年の先輩達はローラーを後輩達に譲り、各々練習や勉強に励んでいる。ちょうどいい機会だと言って、黒田さんと葦木場さんは勉強会を開いてくれた。自転車の。
動画を流して先輩方が解説。口伝な上、黒田さんが早口なので、私は必死でパソコンに齧りつきメモをとる。もちろんボイレコも起動している。タイプミスを連発する私を見て、黒田さんが笑った。
「そんなに心配ならついてきゃよかったのによ」
「う」
「誘われたんでしょ?なんで断ったの?」
「えーと……いや、ちょっとやること色々あったので……」
色々っていうか、色々自覚してから、なんかちょっと、気まずいから……まあこれは先輩方に言わなくてもいいことだ。おもしろそーな顔でこちらを見てくる2人は無視だ、無視。
「……何か飲みます?水でいいですか?」
「アレがいいなあ、こないだ名前が買いに行ったぶどうのやつ」
「……はーい」
こないだの休みに買いに行った、紅茶だ。ぶどうの香りがついている。アイスでもおいしい、高いやつじゃないけど、寮の冷蔵庫に入れとくと部員が皆好き勝手ガバガバ飲むから隠してある。冷蔵庫からピッチャー出してきて、コップ3つにそれを注ぎ入れる。おやつも出すと、ふたりとも口が塞がったので追及の手は止まった。
今日は泉田さんが雑誌撮影の手伝いとかで呼ばれて不在。まさかの小野田とサシ、超有名情報誌。ほら、少し前に花海咲季ちゃんが腹筋披露して話題になった雑誌……それのストレッチ特集か何かだそうで。後ろ読みじゃなくて、巻頭特集!軽めのストレッチを指導するとかで、呼ばれていった。意外な組み合わせで「他に誰かいるんですか?」って聞いたけど、選手は誰も呼ばれてないそう。泉田さんは今朝方、「じゃあ行ってくるよ」とヨガマット背負って出て行った。私は大丈夫かなあ……と思いながらそれを見送った。
小野田と泉田さんって、会話、もつのかなあ……
小野田はなんていうか、ああいう感じだし。泉田さんもものすごーく社交的という感じではない。一応二度インターハイで戦った中だけど、チーム内のポジション・立場も違うし、絡みはほぼない。はずだ。多分。
「だ、大丈夫なんでしょうか。喧嘩はしないでしょうけど、共通の話題とかほぼなさそうだし、真波とか連れてったほうがよかったんじゃ……」
話を聞いた時からずっと気になっている。今回の件が決まって、泉田さんに「見にくるかい」と聞かれたけど、断った。部員の撮影の仕事全部についていくわけじゃないので泉田さんも深く追求してこなかった。でも今回は卒業された先輩方も参戦しないらしいし、やっぱり真波が必要だった気がする。
こんなに悩んでるのに、先輩方はあんまり心配してなそうだ。葦木場さんがくすりと笑う。グラスの氷がカランと回って音を立てた。
「大丈夫だよ」
「……大丈夫ですかね」
「逆に何がそんな心配なんだよ。塔一郎が別に常日頃総北相手にギリギリしてるわけじゃねえのはお前もよくわかってんだろうが」
「ライバルチーム同士のギクシャク的なものは全く心配してないです。どちらかというと、その、普通に絡みないから休憩の時とか会話なさそうだなって……」
黒田さんと葦木場さんが黙った。私も何かまずいことを言ったかと思って黙る。黒田さんと葦木場さんは顔を見合わせ、頷きあって。
「そうか、見てねーんだったな、お前は。3日目の、表彰式の……」
「え?」
なんだろう?私の知らない話の予感だ。私は表彰式は見に行ったけど、近くでは見てない。表彰式の前後に何か、選手同士でやり取りがあったのか?
ひとつも聞き逃すまいと黒田さんを見る。しかし黒田さんはふっと笑って肩をすくめ。
「まあ、聞きたきゃ塔一郎から聞け」
「えー!」
たぶん、絶対教えてくれない。聞いても「ああ、でも別に大したことは……」ってだいぶ端折った説明をされる気がする。「今ここで教えてくださいよ」と迫っても黒田さんは無視。「これ、うまいな」とわざとらしく言ってアイスティーを煽る。
「大丈夫、きっと普通にやってる。共通の話題なら自転車があるし」
「えー」
葦木場さんは非常に呑気にそう言って、アイスティーを飲み干し「おかわりください」と空のグラスを差し出した。
ふたりともそこそこ取材経験はある。もちろん、他校を交えた取材も。インターハイでチーム率いて直接当たるとなると多少の煽り煽られ(小野田は煽らなそうだから、ふたりが同級生じゃなくて良かった)があるかもしれないけど、泉田さんはもう引退して「来年のチームのことは真波に託した」と一歩引くような態度だし、一応先輩だし、きっとどうにか……どうにかなるだろう。
「名前がそんなに心配するなら、塔ちゃんに写真撮って送ってって言えばよかったね」
「心配すんな、オレが昨日のうちに言っといた」
「え!」
私はびっくりして黒田さんを見た。人差し指と中指立てて。果たしてそれは2か、Vか。
「ツーショットだ。かわいい後輩が喜ぶからな」
「ツーショット……!!」
それって一体どんなヤツが送られてくるんだろう……大丈夫かな。そもそもなんて言って泉田さんは小野田とツーショットを撮るんだろう。
慄く私を見て、黒田さんは満足そうに頷いた。「優しい先輩に感謝しろよ」という言葉と共に空のグラスを差し出される。おかわり要求だ。おかわりのアイスティーを注ぐ。ぶどうとお茶の匂いがたちのぼる。アイスで作って良かった。ホットだったらきっと黒田さんは冷めるのが待てないし、葦木場さんは猫舌だから火傷したと思う。
それで結局、私が聞きたかった表彰式の裏側については教えてもらえないまま、勉強会再開。
そうそう、泉田さんが黒田さんに送った写真の件。黒田さんが見せびらかした写真は、なんていうか、拍子抜けする程フツーだった。画角こそまあ……泉田さんって感じだけど、ツンと澄ましたいつもの顔で、小野田もリラックスとはいかないがガチガチ緊張って顔ではない。シャッター押すギリギリまでどうしようか悩んだのかピースになり損なったふにゃふにゃの指。いつもの、小野田だ。本当に、どうにかなったらしい。なーんだ。私はとりあえず、黒田さんに「その写真送ってくださいね」とこっそり頼んでみた。が、「直接本人に頼めよ」とあしらわれて終了。そんなん言えるわけないじゃないですか……!と地団駄踏む私を見て、黒田さんと葦木場さんが笑った。
動画を流して先輩方が解説。口伝な上、黒田さんが早口なので、私は必死でパソコンに齧りつきメモをとる。もちろんボイレコも起動している。タイプミスを連発する私を見て、黒田さんが笑った。
「そんなに心配ならついてきゃよかったのによ」
「う」
「誘われたんでしょ?なんで断ったの?」
「えーと……いや、ちょっとやること色々あったので……」
色々っていうか、色々自覚してから、なんかちょっと、気まずいから……まあこれは先輩方に言わなくてもいいことだ。おもしろそーな顔でこちらを見てくる2人は無視だ、無視。
「……何か飲みます?水でいいですか?」
「アレがいいなあ、こないだ名前が買いに行ったぶどうのやつ」
「……はーい」
こないだの休みに買いに行った、紅茶だ。ぶどうの香りがついている。アイスでもおいしい、高いやつじゃないけど、寮の冷蔵庫に入れとくと部員が皆好き勝手ガバガバ飲むから隠してある。冷蔵庫からピッチャー出してきて、コップ3つにそれを注ぎ入れる。おやつも出すと、ふたりとも口が塞がったので追及の手は止まった。
今日は泉田さんが雑誌撮影の手伝いとかで呼ばれて不在。まさかの小野田とサシ、超有名情報誌。ほら、少し前に花海咲季ちゃんが腹筋披露して話題になった雑誌……それのストレッチ特集か何かだそうで。後ろ読みじゃなくて、巻頭特集!軽めのストレッチを指導するとかで、呼ばれていった。意外な組み合わせで「他に誰かいるんですか?」って聞いたけど、選手は誰も呼ばれてないそう。泉田さんは今朝方、「じゃあ行ってくるよ」とヨガマット背負って出て行った。私は大丈夫かなあ……と思いながらそれを見送った。
小野田と泉田さんって、会話、もつのかなあ……
小野田はなんていうか、ああいう感じだし。泉田さんもものすごーく社交的という感じではない。一応二度インターハイで戦った中だけど、チーム内のポジション・立場も違うし、絡みはほぼない。はずだ。多分。
「だ、大丈夫なんでしょうか。喧嘩はしないでしょうけど、共通の話題とかほぼなさそうだし、真波とか連れてったほうがよかったんじゃ……」
話を聞いた時からずっと気になっている。今回の件が決まって、泉田さんに「見にくるかい」と聞かれたけど、断った。部員の撮影の仕事全部についていくわけじゃないので泉田さんも深く追求してこなかった。でも今回は卒業された先輩方も参戦しないらしいし、やっぱり真波が必要だった気がする。
こんなに悩んでるのに、先輩方はあんまり心配してなそうだ。葦木場さんがくすりと笑う。グラスの氷がカランと回って音を立てた。
「大丈夫だよ」
「……大丈夫ですかね」
「逆に何がそんな心配なんだよ。塔一郎が別に常日頃総北相手にギリギリしてるわけじゃねえのはお前もよくわかってんだろうが」
「ライバルチーム同士のギクシャク的なものは全く心配してないです。どちらかというと、その、普通に絡みないから休憩の時とか会話なさそうだなって……」
黒田さんと葦木場さんが黙った。私も何かまずいことを言ったかと思って黙る。黒田さんと葦木場さんは顔を見合わせ、頷きあって。
「そうか、見てねーんだったな、お前は。3日目の、表彰式の……」
「え?」
なんだろう?私の知らない話の予感だ。私は表彰式は見に行ったけど、近くでは見てない。表彰式の前後に何か、選手同士でやり取りがあったのか?
ひとつも聞き逃すまいと黒田さんを見る。しかし黒田さんはふっと笑って肩をすくめ。
「まあ、聞きたきゃ塔一郎から聞け」
「えー!」
たぶん、絶対教えてくれない。聞いても「ああ、でも別に大したことは……」ってだいぶ端折った説明をされる気がする。「今ここで教えてくださいよ」と迫っても黒田さんは無視。「これ、うまいな」とわざとらしく言ってアイスティーを煽る。
「大丈夫、きっと普通にやってる。共通の話題なら自転車があるし」
「えー」
葦木場さんは非常に呑気にそう言って、アイスティーを飲み干し「おかわりください」と空のグラスを差し出した。
ふたりともそこそこ取材経験はある。もちろん、他校を交えた取材も。インターハイでチーム率いて直接当たるとなると多少の煽り煽られ(小野田は煽らなそうだから、ふたりが同級生じゃなくて良かった)があるかもしれないけど、泉田さんはもう引退して「来年のチームのことは真波に託した」と一歩引くような態度だし、一応先輩だし、きっとどうにか……どうにかなるだろう。
「名前がそんなに心配するなら、塔ちゃんに写真撮って送ってって言えばよかったね」
「心配すんな、オレが昨日のうちに言っといた」
「え!」
私はびっくりして黒田さんを見た。人差し指と中指立てて。果たしてそれは2か、Vか。
「ツーショットだ。かわいい後輩が喜ぶからな」
「ツーショット……!!」
それって一体どんなヤツが送られてくるんだろう……大丈夫かな。そもそもなんて言って泉田さんは小野田とツーショットを撮るんだろう。
慄く私を見て、黒田さんは満足そうに頷いた。「優しい先輩に感謝しろよ」という言葉と共に空のグラスを差し出される。おかわり要求だ。おかわりのアイスティーを注ぐ。ぶどうとお茶の匂いがたちのぼる。アイスで作って良かった。ホットだったらきっと黒田さんは冷めるのが待てないし、葦木場さんは猫舌だから火傷したと思う。
それで結局、私が聞きたかった表彰式の裏側については教えてもらえないまま、勉強会再開。
そうそう、泉田さんが黒田さんに送った写真の件。黒田さんが見せびらかした写真は、なんていうか、拍子抜けする程フツーだった。画角こそまあ……泉田さんって感じだけど、ツンと澄ましたいつもの顔で、小野田もリラックスとはいかないがガチガチ緊張って顔ではない。シャッター押すギリギリまでどうしようか悩んだのかピースになり損なったふにゃふにゃの指。いつもの、小野田だ。本当に、どうにかなったらしい。なーんだ。私はとりあえず、黒田さんに「その写真送ってくださいね」とこっそり頼んでみた。が、「直接本人に頼めよ」とあしらわれて終了。そんなん言えるわけないじゃないですか……!と地団駄踏む私を見て、黒田さんと葦木場さんが笑った。
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