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「今日のおやつはかき氷です!!」
「はあ……」
合宿場の一角に設置されたかき氷セットに、個人メニューを終えたばかりの今泉くんは目を輝かせるどころか呆れた顔をした。
「かき氷って……」
「涼しいし、好きな味選べて楽しいでしょう。何味でもどうぞ」
味付けはお任せ、氷は各自削る……結構楽だしエンタメぽさもある。おすすめは抹茶白玉宇治金時、それとも爽やかに果実の入ったブルベリー、杏……もちろんスタンダートに色つきシロップも用意してある。いちごシロップにたっぷりの練乳もいいかも。あんまり乗り気じゃなさそうな今泉くんの気分を盛り上げようと、人差し指を立てて力説。
「1番乗りですよ!好きでしょう、1番」
「別にオレは自転車で1番になりたいのであって、何でもかんでも1番がいいってわけじゃ……」
「昨日練習終わりにシャワーの順番で鳴子くんと揉めてなかった?」
「……」
都合が悪くなると黙るのは高校1年生なので仕方ない。背も高くてクールに見えるが、彼はまだ16歳。他の人たちも大人びて見えてもまだ高校生で、せっかくの合同合宿だから楽しい思い出を作って欲しい。そういうわけで、最近は午後のおやつを充実させたり練習後のレクリエーションを企画したりと……なんかそういうことばかりやっている。おかげで少し寝不足だ。真夏の日差しの下にいると少しクラクラする。気合いを入れるように声を張る。
「さあさあ、ペダル回して氷を削ろう!練習後だから疲れたとか言わないよね」
「……これ、名前さんが組んだんすか?」
今泉くんは不安そうに自転車を指差す。この自転車と手動のかき氷を合体させた、かき氷機。みんな喜ぶだろうなって企画したはいいが、自転車素人・絶賛整備勉強中の私がYouTube見ながらひとりでセットするのは時間がかかった。結局見かねた巻島くんがほとんどやってくれた。言い訳すると、最初は「勉強中だし、自分でやってみるよ」と言ってそれを巻島くんも見守る体制だったのだけど、チェーンオイルで手を汚すばかりの私を見て、最後は「あーーーーもう貸せ、ショ!」の一言でチャチャっとやってくれた。Youtubeよりわかりやすい解説付きで。彼はぶっきらぼうなところもあるけど、すごく親切でいい人だ。彼だけじゃない、3年生の人たちは皆自転車素人のトレーナーに対しても親切で優しい。
「これ、巻島くんがセットしてくれたんだよ」
「巻島さんが?」
意外そうな声。私は口を尖らせて、大きいクーラーボックスを指差す。
「3年生の人たちは結構こういうのも手伝ってくれるよ。今日だってハコガクの福富くんが氷の準備手伝ってくれたし。強い人はね、『オレは遊びに来てるワケじゃないすから』とか言ってツンツンしてるどこかの1年生と違って、常日頃から他人に親切なんだよ」
「ぐ……」
どこかの1年生……言うまでもなく今泉くんのことである。もちろんどの選手も合宿に来てるのであって遊びにきてるわけじゃない。でもこの合宿は自転車の練習が第一なのは当然として、他校の選手との交流や後輩達との時間も大切にしてほしいというねらいがあることは高校生のみんなももうわかっているだろう。3年生は卒業というタイムリミットが半年後に迫っているから、そのあたりは特に。3年生と1年生で見えてるものが違うのは当然だから、「3年の先輩はやってくれたのに〜」というのは少し意地悪な言い方かもしれないけど。
しかし今泉くんについても合宿のトレーニングメニューをこなす内に多少は気を許してもらえるようになった……と思う。合宿所に来たばかりの頃は、本当にクソガ……ぶすくれた美少年って本当に扱いが難しくって毎日頭を抱えてた。せめて背が低かったらぶすくれてても見上げてくる姿はきっと可愛いかっただろうに、彼は身長が高いから冷たい視線でこちらを見下ろしてくるし。金城くんに泣きついて取りなしてもらったことは片手の指じゃ足りない。今泉くんがぼそっと呟いた。
「あんたトレーナーつーか、おやつ係になりつつあるよな」
「自転車の方も頑張ってるよ!」
「フロントディレイラー、使えるようになったんすか」
「なったよ!た、多分……」
揶揄うというより真面目なトーンで聞かれると、結構心にくる。私は今回自転車合宿のトレーナーとして呼ばれたけど、自転車競技で華々しい経歴があるわけじゃない。自転車は素人同然、整備やレースのことは勉強中、選手の人たちに教えてもらいながらやっている。選手の人たちは基礎のところから嫌がらずに教えてくれる。それこそフロントディレイラーの仕組みから。
今泉くんは設置した自転車の周りを回って順番に点検して、なかなか跨ろうとしない。信用ならないと思ってるのかもしれない。ほとんど巻島くんが設置したんだから大丈夫だってば。
「疲れてるなら私が代わりにやろうか?」
「いや、いいです。あんた待ってたら、氷が全部溶けそうだ」
からかったつもりが、バッサリと切り捨てられる。それから今泉くんは、首に引っ掛けてたタオルを雑に私の頭にかけて。
「ちょっと」
「休んでてください。フラフラしてるじゃないですか」
「……!」
「体調悪いのに、チョロチョロされると迷惑です」
「あ、はーい……」
この子、ホントにズバッと言うよなあ……若干期待したけど、全然気遣いとかじゃなかった。たぶん本気で邪魔だと思ってる。
ため息を吐いて今泉くんがかき氷機にお皿と氷をセットする。こちらを見る視線は冷たいまま。
「……オレがあんたの分まで回します」
今泉くんは静かにそう宣言して、長い足を振り上げてサドルに跨り、ハンドルを握る。ペダルを回すとかき氷機が回り、氷がお皿に降り積もる。
巻島くん作のかき氷マシンがちゃんと動いていることを確認し、私は段差に座り込んだ。いつも通りに振る舞うの、結構いけてると思ったんだけど。バレバレだったか。
頭に引っ掛けたタオルのおかげで日差しは少しだけマシだ。ぼんやりする頭で「練習の時も常にこのくらいのテンション維持して頑張ってくれるといいんだけどなあ」と考える。
実力差がある相手と当たると焦りがち、さらに焦りがさらなるミスを引き起こすデススパイラルに陥りやすいこと……それからチームメイトとのコミュニケーションのとりかた、この2つが今の彼の課題だ。私個人としては高校1年生がひとりで解決するには少し高度な課題だと思っているし、この合宿だけで解決できるとも思っていない。常に安定したメンタルでいることは、本人がそう望んでいても難しい。思春期だもん、そういうモノでしょ。大事なレースでそれをやられると困るから改善しろっていうのもわかるけど。そんなすぐに解決できることじゃない。
今日の今泉くんはやる気満々で、ハードな練習の後だというのに、ペダリングもケイデンスも安定している。個人メニューをいちばんに終えたし、調子がいい日なのかもしれない。
こういう時は多分、いっぱい褒めてあげるといいんだろうけど「すごいね!頑張ったね!いちばんだよ!すごーい!!」みたいな褒め方はお気に召さないみたいで、中々難しい。思春期の男の子のプライドをほどよく擽る褒め方って、どうやったらいいんだろう。過去の名指導者に倣って図書館で「子犬の育て方」みたいな本を借りてきたほうがいいのだろうか、最近悩み中。
私はほどほどに氷が積もったところで立ち上がり、かき氷機の下での皿を交換する。これが私の分で、今度は今泉くんの分。
私は「今泉くん、シロップ何かける?抹茶好き?地元産ブルーベリーもあるよ」と優しく声をかけた。今泉くんは前を向いたまま「なんでもいいっす」という可愛くない返事を寄越す。ちょっと距離が近づいたと思ったら、またツーン!気難しい少年の「なんでもいい」がいちばん難しいってことを、私はこの合宿に来て身を以て知った。思春期、難しすぎる……!!
「はあ……」
合宿場の一角に設置されたかき氷セットに、個人メニューを終えたばかりの今泉くんは目を輝かせるどころか呆れた顔をした。
「かき氷って……」
「涼しいし、好きな味選べて楽しいでしょう。何味でもどうぞ」
味付けはお任せ、氷は各自削る……結構楽だしエンタメぽさもある。おすすめは抹茶白玉宇治金時、それとも爽やかに果実の入ったブルベリー、杏……もちろんスタンダートに色つきシロップも用意してある。いちごシロップにたっぷりの練乳もいいかも。あんまり乗り気じゃなさそうな今泉くんの気分を盛り上げようと、人差し指を立てて力説。
「1番乗りですよ!好きでしょう、1番」
「別にオレは自転車で1番になりたいのであって、何でもかんでも1番がいいってわけじゃ……」
「昨日練習終わりにシャワーの順番で鳴子くんと揉めてなかった?」
「……」
都合が悪くなると黙るのは高校1年生なので仕方ない。背も高くてクールに見えるが、彼はまだ16歳。他の人たちも大人びて見えてもまだ高校生で、せっかくの合同合宿だから楽しい思い出を作って欲しい。そういうわけで、最近は午後のおやつを充実させたり練習後のレクリエーションを企画したりと……なんかそういうことばかりやっている。おかげで少し寝不足だ。真夏の日差しの下にいると少しクラクラする。気合いを入れるように声を張る。
「さあさあ、ペダル回して氷を削ろう!練習後だから疲れたとか言わないよね」
「……これ、名前さんが組んだんすか?」
今泉くんは不安そうに自転車を指差す。この自転車と手動のかき氷を合体させた、かき氷機。みんな喜ぶだろうなって企画したはいいが、自転車素人・絶賛整備勉強中の私がYouTube見ながらひとりでセットするのは時間がかかった。結局見かねた巻島くんがほとんどやってくれた。言い訳すると、最初は「勉強中だし、自分でやってみるよ」と言ってそれを巻島くんも見守る体制だったのだけど、チェーンオイルで手を汚すばかりの私を見て、最後は「あーーーーもう貸せ、ショ!」の一言でチャチャっとやってくれた。Youtubeよりわかりやすい解説付きで。彼はぶっきらぼうなところもあるけど、すごく親切でいい人だ。彼だけじゃない、3年生の人たちは皆自転車素人のトレーナーに対しても親切で優しい。
「これ、巻島くんがセットしてくれたんだよ」
「巻島さんが?」
意外そうな声。私は口を尖らせて、大きいクーラーボックスを指差す。
「3年生の人たちは結構こういうのも手伝ってくれるよ。今日だってハコガクの福富くんが氷の準備手伝ってくれたし。強い人はね、『オレは遊びに来てるワケじゃないすから』とか言ってツンツンしてるどこかの1年生と違って、常日頃から他人に親切なんだよ」
「ぐ……」
どこかの1年生……言うまでもなく今泉くんのことである。もちろんどの選手も合宿に来てるのであって遊びにきてるわけじゃない。でもこの合宿は自転車の練習が第一なのは当然として、他校の選手との交流や後輩達との時間も大切にしてほしいというねらいがあることは高校生のみんなももうわかっているだろう。3年生は卒業というタイムリミットが半年後に迫っているから、そのあたりは特に。3年生と1年生で見えてるものが違うのは当然だから、「3年の先輩はやってくれたのに〜」というのは少し意地悪な言い方かもしれないけど。
しかし今泉くんについても合宿のトレーニングメニューをこなす内に多少は気を許してもらえるようになった……と思う。合宿所に来たばかりの頃は、本当にクソガ……ぶすくれた美少年って本当に扱いが難しくって毎日頭を抱えてた。せめて背が低かったらぶすくれてても見上げてくる姿はきっと可愛いかっただろうに、彼は身長が高いから冷たい視線でこちらを見下ろしてくるし。金城くんに泣きついて取りなしてもらったことは片手の指じゃ足りない。今泉くんがぼそっと呟いた。
「あんたトレーナーつーか、おやつ係になりつつあるよな」
「自転車の方も頑張ってるよ!」
「フロントディレイラー、使えるようになったんすか」
「なったよ!た、多分……」
揶揄うというより真面目なトーンで聞かれると、結構心にくる。私は今回自転車合宿のトレーナーとして呼ばれたけど、自転車競技で華々しい経歴があるわけじゃない。自転車は素人同然、整備やレースのことは勉強中、選手の人たちに教えてもらいながらやっている。選手の人たちは基礎のところから嫌がらずに教えてくれる。それこそフロントディレイラーの仕組みから。
今泉くんは設置した自転車の周りを回って順番に点検して、なかなか跨ろうとしない。信用ならないと思ってるのかもしれない。ほとんど巻島くんが設置したんだから大丈夫だってば。
「疲れてるなら私が代わりにやろうか?」
「いや、いいです。あんた待ってたら、氷が全部溶けそうだ」
からかったつもりが、バッサリと切り捨てられる。それから今泉くんは、首に引っ掛けてたタオルを雑に私の頭にかけて。
「ちょっと」
「休んでてください。フラフラしてるじゃないですか」
「……!」
「体調悪いのに、チョロチョロされると迷惑です」
「あ、はーい……」
この子、ホントにズバッと言うよなあ……若干期待したけど、全然気遣いとかじゃなかった。たぶん本気で邪魔だと思ってる。
ため息を吐いて今泉くんがかき氷機にお皿と氷をセットする。こちらを見る視線は冷たいまま。
「……オレがあんたの分まで回します」
今泉くんは静かにそう宣言して、長い足を振り上げてサドルに跨り、ハンドルを握る。ペダルを回すとかき氷機が回り、氷がお皿に降り積もる。
巻島くん作のかき氷マシンがちゃんと動いていることを確認し、私は段差に座り込んだ。いつも通りに振る舞うの、結構いけてると思ったんだけど。バレバレだったか。
頭に引っ掛けたタオルのおかげで日差しは少しだけマシだ。ぼんやりする頭で「練習の時も常にこのくらいのテンション維持して頑張ってくれるといいんだけどなあ」と考える。
実力差がある相手と当たると焦りがち、さらに焦りがさらなるミスを引き起こすデススパイラルに陥りやすいこと……それからチームメイトとのコミュニケーションのとりかた、この2つが今の彼の課題だ。私個人としては高校1年生がひとりで解決するには少し高度な課題だと思っているし、この合宿だけで解決できるとも思っていない。常に安定したメンタルでいることは、本人がそう望んでいても難しい。思春期だもん、そういうモノでしょ。大事なレースでそれをやられると困るから改善しろっていうのもわかるけど。そんなすぐに解決できることじゃない。
今日の今泉くんはやる気満々で、ハードな練習の後だというのに、ペダリングもケイデンスも安定している。個人メニューをいちばんに終えたし、調子がいい日なのかもしれない。
こういう時は多分、いっぱい褒めてあげるといいんだろうけど「すごいね!頑張ったね!いちばんだよ!すごーい!!」みたいな褒め方はお気に召さないみたいで、中々難しい。思春期の男の子のプライドをほどよく擽る褒め方って、どうやったらいいんだろう。過去の名指導者に倣って図書館で「子犬の育て方」みたいな本を借りてきたほうがいいのだろうか、最近悩み中。
私はほどほどに氷が積もったところで立ち上がり、かき氷機の下での皿を交換する。これが私の分で、今度は今泉くんの分。
私は「今泉くん、シロップ何かける?抹茶好き?地元産ブルーベリーもあるよ」と優しく声をかけた。今泉くんは前を向いたまま「なんでもいいっす」という可愛くない返事を寄越す。ちょっと距離が近づいたと思ったら、またツーン!気難しい少年の「なんでもいい」がいちばん難しいってことを、私はこの合宿に来て身を以て知った。思春期、難しすぎる……!!
