ススメスプリングチキン
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結論から言うと、乱闘にはならなかった。
あの日講義の後、私のバイト先にやってきた田所は紙ペラ1枚を持参した。何かと思ったら誓約書だった。私に二度と近づかないことを約束させるための、書類。素人が作ったものだけど、向こうが同意してサインして、もしその後も関わろうとするなら、今度こそ学生課や警察に行く。万が一の事態が起きた時だけ、効力が発揮される。何も起こらなければ、私の望む通り穏便に事が済む。
田所は淡々と説明して、私はこの間まで高校生だった人からそんな発想が出てくると思わなくて驚いた。聞けばそもそもの発案は自転車部の人で、田所を心配して知恵を貸してくれたのだという。あの、目つきの鋭い方の。部長の……これで片がついたらお礼に行った方がいいかもしれない。靴野井さんにも。
そして懇親会当日。乾杯の後、私は授業の被ることが多い女の子達にくっついて食事を取り、初めましての女の子に挨拶して回った。
みんな興味津々に田所と付き合ってるのか聞いてきて、私は少し面食らった。ヤツとは何の関係でもないことはみんな薄々察していたみたいだけど、中には私がヤツと付き合いながら田所にアプローチをかけているのだと勘違いしている子もいた。何度も「ヤツとは付き合ってなくて、田所とも付き合っていない」と説明するのは疲れたけど、今まで周りの子にあまり相談していなかった自分が悪い。聞いてきた子みんなに説明し終わって、疲れ切ったところで田所が私を呼んだ。
私の緊張に強張った顔を、田所は黙って見下ろした。
「やっぱりやめるか」
「ううん。やめない」
「心配すんな。どうやら乱闘はしないですみそうだからよ」
田所が顎で懇親会会場の隅を示した。なるほど、先んじて懇親会場の片隅に呼び出されたヤツは可哀想なくらい震えていて、確かに乱闘どころではなさそうだった。田所がフンと鼻で息を吐いた。気合いを入れるみたいに。
それから、田所はヤツに誓約書について説明した。顔はすっごく怖かったけど、あくまで淡々と。主な内容は座学や演習で隣に座らないことと、学内やバイト先で付き纏いをしないこと。そのふたつ。
要求自体はあまり、難しくない様に思える。これの草案を出した自転車部の部長は私とヤツの3年次からの希望専攻が違うことから、これだけでいいと言ったらしい。情報工学部は在籍人数が多いから、専攻が違えば顔を合わせることもほとんどなくなると、靴野井さんも言っていた。だから、あと2年だと。そうだといいなと思った。
私は口を出さなくていいと言われていたから、2回目になるその誓約書の説明を黙って聞いていた。田所の背後という安全地帯から、どうしてヤツは私相手の時と田所相手の時とでこんなに態度が違うのだろうと考えていた。やっぱり、私が気の弱そうな女だから舐められていたのかもしれない。
ヤツは震えながら誓約書にサインをして、私と今後関わらないことを約束した。淡々とした田所の話口の端々から怒りのオーラが感じられて、怖かったのかもしれない。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう、動揺して何ひとつ反論はなく、言われるがままだった。拍子抜けしてしまうくらい、あっさり解決してしまった。
サインを書かされしょんぼりしたヤツは今にもこの場から逃げ出したそうだったけど、私は「待って」と引き留めた。田所はわかってたみたいに何も言わなかった。
「待って」
「キミと話すことはないよ」
「話さなくていいから、聞いて。大学やめたりしないで。私と関わらないで、でもちゃんと卒業して……」
ヤツがどんな顔をしているかはよくわからなかった。昨日の夜、あんなに練習したのに、声が震えて目が熱い。
「私のせいにしないで」
自分勝手なことを言っていると、自分でもわかっている。でも、それだけは言っておきたかった。どうしても。
ヤツは小さく頷いて、誓約書を手にその場を去った。何事もなかったかのように、友人達の所に戻ったのを確認して私たちはため息をはく。これで終わりだ。あっさりとした幕切れだった。
私は鼻をかんで、溢れた涙も拭いた。付き纏われたのはすっごく迷惑だったし嫌な思いもしたけど、心の底から悪意があったり、根っこから嫌なやつではなかったのかも知れない。女の子への好意の向け方がよくわかっていないだけで……距離感がおかしいだけで……事が片付いたからそういう風に思えるだけかも知れないけど。でもせっかく入った大学なんだから、こんなことでやめたりしないで欲しいと思った。私のせいにして、折れないでほしい。
「……ありがとう。何から何まで……」
「あ?別に大したことじゃ……」
「大したことだったの。私にとっては」
「……そうだな」
「うん。ありがとう」
「あー、それでだ、言おうか迷ってたんだけどよ」
一旦締めの挨拶するよという助教の声で私たちは話をやめた。い、今、いいところだったのに……!
無事に懇親会が開催されて満足そうな教授の挨拶を聴きながら、それが結構長くて途中で3回くらい田所のお腹が鳴った。私の方もお腹が空いていた。乱闘になったらどうしようと心配で、それから女の子達への事情説明で忙しくて、あんまりご飯が食べられなかったから。
温かいものが食べたいなと思いながら聞いていたので、「みんなが元気に大学に通って、卒業できることを祈ってますよ」という教授の話はあまり頭に入ってこなかった。私は懇親会がお開きになったらなんて言って田所をラーメン屋に誘おうか、それでどうやってさっきの続きを聞き出そうかと、そればかり考えていた。
あの日講義の後、私のバイト先にやってきた田所は紙ペラ1枚を持参した。何かと思ったら誓約書だった。私に二度と近づかないことを約束させるための、書類。素人が作ったものだけど、向こうが同意してサインして、もしその後も関わろうとするなら、今度こそ学生課や警察に行く。万が一の事態が起きた時だけ、効力が発揮される。何も起こらなければ、私の望む通り穏便に事が済む。
田所は淡々と説明して、私はこの間まで高校生だった人からそんな発想が出てくると思わなくて驚いた。聞けばそもそもの発案は自転車部の人で、田所を心配して知恵を貸してくれたのだという。あの、目つきの鋭い方の。部長の……これで片がついたらお礼に行った方がいいかもしれない。靴野井さんにも。
そして懇親会当日。乾杯の後、私は授業の被ることが多い女の子達にくっついて食事を取り、初めましての女の子に挨拶して回った。
みんな興味津々に田所と付き合ってるのか聞いてきて、私は少し面食らった。ヤツとは何の関係でもないことはみんな薄々察していたみたいだけど、中には私がヤツと付き合いながら田所にアプローチをかけているのだと勘違いしている子もいた。何度も「ヤツとは付き合ってなくて、田所とも付き合っていない」と説明するのは疲れたけど、今まで周りの子にあまり相談していなかった自分が悪い。聞いてきた子みんなに説明し終わって、疲れ切ったところで田所が私を呼んだ。
私の緊張に強張った顔を、田所は黙って見下ろした。
「やっぱりやめるか」
「ううん。やめない」
「心配すんな。どうやら乱闘はしないですみそうだからよ」
田所が顎で懇親会会場の隅を示した。なるほど、先んじて懇親会場の片隅に呼び出されたヤツは可哀想なくらい震えていて、確かに乱闘どころではなさそうだった。田所がフンと鼻で息を吐いた。気合いを入れるみたいに。
それから、田所はヤツに誓約書について説明した。顔はすっごく怖かったけど、あくまで淡々と。主な内容は座学や演習で隣に座らないことと、学内やバイト先で付き纏いをしないこと。そのふたつ。
要求自体はあまり、難しくない様に思える。これの草案を出した自転車部の部長は私とヤツの3年次からの希望専攻が違うことから、これだけでいいと言ったらしい。情報工学部は在籍人数が多いから、専攻が違えば顔を合わせることもほとんどなくなると、靴野井さんも言っていた。だから、あと2年だと。そうだといいなと思った。
私は口を出さなくていいと言われていたから、2回目になるその誓約書の説明を黙って聞いていた。田所の背後という安全地帯から、どうしてヤツは私相手の時と田所相手の時とでこんなに態度が違うのだろうと考えていた。やっぱり、私が気の弱そうな女だから舐められていたのかもしれない。
ヤツは震えながら誓約書にサインをして、私と今後関わらないことを約束した。淡々とした田所の話口の端々から怒りのオーラが感じられて、怖かったのかもしれない。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう、動揺して何ひとつ反論はなく、言われるがままだった。拍子抜けしてしまうくらい、あっさり解決してしまった。
サインを書かされしょんぼりしたヤツは今にもこの場から逃げ出したそうだったけど、私は「待って」と引き留めた。田所はわかってたみたいに何も言わなかった。
「待って」
「キミと話すことはないよ」
「話さなくていいから、聞いて。大学やめたりしないで。私と関わらないで、でもちゃんと卒業して……」
ヤツがどんな顔をしているかはよくわからなかった。昨日の夜、あんなに練習したのに、声が震えて目が熱い。
「私のせいにしないで」
自分勝手なことを言っていると、自分でもわかっている。でも、それだけは言っておきたかった。どうしても。
ヤツは小さく頷いて、誓約書を手にその場を去った。何事もなかったかのように、友人達の所に戻ったのを確認して私たちはため息をはく。これで終わりだ。あっさりとした幕切れだった。
私は鼻をかんで、溢れた涙も拭いた。付き纏われたのはすっごく迷惑だったし嫌な思いもしたけど、心の底から悪意があったり、根っこから嫌なやつではなかったのかも知れない。女の子への好意の向け方がよくわかっていないだけで……距離感がおかしいだけで……事が片付いたからそういう風に思えるだけかも知れないけど。でもせっかく入った大学なんだから、こんなことでやめたりしないで欲しいと思った。私のせいにして、折れないでほしい。
「……ありがとう。何から何まで……」
「あ?別に大したことじゃ……」
「大したことだったの。私にとっては」
「……そうだな」
「うん。ありがとう」
「あー、それでだ、言おうか迷ってたんだけどよ」
一旦締めの挨拶するよという助教の声で私たちは話をやめた。い、今、いいところだったのに……!
無事に懇親会が開催されて満足そうな教授の挨拶を聴きながら、それが結構長くて途中で3回くらい田所のお腹が鳴った。私の方もお腹が空いていた。乱闘になったらどうしようと心配で、それから女の子達への事情説明で忙しくて、あんまりご飯が食べられなかったから。
温かいものが食べたいなと思いながら聞いていたので、「みんなが元気に大学に通って、卒業できることを祈ってますよ」という教授の話はあまり頭に入ってこなかった。私は懇親会がお開きになったらなんて言って田所をラーメン屋に誘おうか、それでどうやってさっきの続きを聞き出そうかと、そればかり考えていた。
