ススメスプリングチキン
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告白まがいのやり取りは私たちの間では一旦無かったことにされている。でも、明らかに田所の態度が、私を見る目が変わったので「忘れろ」って言ったのはなんだったのだろうと思ってしまう。
田所が座る席はなんとなくわかってきた。どの講義室でも後ろすぎず、かといって段差の無い教室は前すぎると後ろの人が見えない……難しいライン。だいたい田所の方が早く来て座っているけど、たまには私の方が早い日もある。そういう時は一回講義室を出て、なるべく時間を潰して後から入室するようにしている。今日も大講義室を覗いて、田所がいなくて、お手洗いと自販機に寄って時間を潰した。
再び講義室を覗いても、田所はまだ来ていなかった。自転車部の方が忙しいのかもしれない。それか、寝坊……とか。
どうしよう。講義開始ギリギリまで待つ?「あと何分で来る?」って連絡してみる?急いでいたら、携帯見ないかも。そうしているうちに席はどんどん埋まっていく。仕方ないのでなるべく静かに講義室に入った。
誰もいない長机の、前後に人の座っている席を選ぶ。まず、イヤホンとテキストを。カバンの中を探していると、タイミングを見計らったように声がかかる。
「おはよう、名前ちゃん。ここ、座っていいよね」
予想外の声に肩が跳ねた。ヤツだ。反応してはいけないってわかっているのに……!聞こえないふりをしたけど多分無駄。きっと、こちらをニヤニヤしながら見下ろしていることだろう。周りの人はまた痴話喧嘩かと思ったのか「何聞いてんだよ、さっさと座れよ」「お前彼女の許可なきゃ座れねーの?」と笑った。
彼女じゃない。でも、こいつと喋りたくない。視界にも入れたくない。これ以上、ここにいたくない。私は咄嗟にカバンを掴んだ。やっぱり一回出て、ギリギリに戻ってきて、空いた席に座ろう。逃げるみたいでイヤだけど、今はそれしかない。こいつと話すとどんどん自尊心が削られて、惨めで、自分がどうしようもなく頭の悪い女みたいだと思う。心臓が暴れて胸が締め付けられるみたいに痛い。トラウマになっているのかも。吐き気までしてきて、最悪の気分だった。とにかく、講義室を出たい。しかしその時、私が立ち上がるより早く、跳ね上げ式の椅子に誰かぶつかった。
「そこ、座っていいか」
「は?」
田所だった。私は慌てて頷く。喉の奥が詰まったような感覚で、声は出なかった。私が必死に何度も頷いたのを見て、ヤツを囃していた人たちは顔を見合わせた。田所は「悪いな」ってヤツに言って、半ば強引に私の隣をひとつ開けて座った。ヤツはチッと下手くそな舌打ちをして、田所を睨みつけた。私相手にはあんなに強気で出るのに、田所相手には言い返すこともしないで、自分の席に帰って行く。
田所は真ん中に荷物を置き、私にもそうするように促した。いつもの並びだ。私、私の荷物と田所の荷物、田所の順。私は震える指でカバンからテキストを取り出した。
「……ふたりって、付き合ってんの?」
「は」
先程までヤツを囃していた人たちはそう言って、今度は私と田所を指した。付き合ってない。でも、声に出すのは怖い。田所はなんて言うんだろう。期待するような、怖いような気持ちで私は息を呑んだ。その時。
「先生5分遅れますとのことですが、時間通りに始めますからねー」
講義に先んじて助教がバタバタ入ってきた。何も準備がされていなかった講義台に荷物を置く。最前列の学生がスクリーンとプロジェクタの設定を手伝い始め、席を立っていた人たちは皆なんとなく自席に戻る空気になった。いやな緊張感から解放されて、私は小さく息をついた。
田所は多分、走ってきたのだろう。大きく息を吐いて、ノートやらテキストやらを机に並べ始めた。私は意を決して、田所を見た。田所は先程の質問になんて答えるつもりだったんだろう。
「来週」
「え?」
私より先に田所が口を開いた。出鼻を挫かれて、言おうとした言葉が全部すっとんだ。
「懇親会行くだろ」
「え……うん」
学部の、懇親会のことだ。1年生だけでなくて学部の上級生や院生、教授も来るらしい。みんなが友達を作れるようにと私たちの学年の担当教授が企画した。毎年友達のいない学生は留年・退学しがちなのだと、先日の講義でそうこぼしていた。
入学早々こんなことになって友達の少ない私も、知り合いを増やしたいと思って参加希望に丸をつけた。田所も出欠表は参加になっていたはず。情報工学部 は理工系の中では比較的女子が多いらしいけど、それでも教室を見渡すと男子学生がほとんどだと感じる。今回の懇親会は講義のあまり被らない女の子とも知り合うチャンス。ヤツも出席するらしいけど、今回は人も多いし、立食だし、なるべく女の子の集団にくっついていれば平気かなと思っている。
教授のいないまま講義が始まった。出欠が厳しい講義なので、助教は学生番号順に点呼する。田所は声のトーンを落として話し続ける。
「そこであいつと話つける。二度と関わってくんなって、おまえの口から」
「え?」
「学生課も、警察も嫌なんだろ」
「そ、うだけど……なんでわざわざ懇親会で」
「なんでって……人がいた方が乱闘になった時にいいからだよ」
「乱闘!?」
「そこ、静かに」
「すみません!」
「すみません……」
さらっと乱闘って言った。乱闘?誰と誰?私とヤツが?私は詳しい説明を求めたかったが、田所はこれ以上助教に目をつけられてはたまらないとばかりに前を向いて点呼を待った。
私も仕方ないので小さくため息を吐いて、前回の続きのページを開く。懇親会、どうなっちゃうんだろう……ちょっと楽しみだったんだけど、まさかそんな大イベントになるとは。気がかりなことが多すぎて、この後の講義に集中できる気は全くしない。
田所が座る席はなんとなくわかってきた。どの講義室でも後ろすぎず、かといって段差の無い教室は前すぎると後ろの人が見えない……難しいライン。だいたい田所の方が早く来て座っているけど、たまには私の方が早い日もある。そういう時は一回講義室を出て、なるべく時間を潰して後から入室するようにしている。今日も大講義室を覗いて、田所がいなくて、お手洗いと自販機に寄って時間を潰した。
再び講義室を覗いても、田所はまだ来ていなかった。自転車部の方が忙しいのかもしれない。それか、寝坊……とか。
どうしよう。講義開始ギリギリまで待つ?「あと何分で来る?」って連絡してみる?急いでいたら、携帯見ないかも。そうしているうちに席はどんどん埋まっていく。仕方ないのでなるべく静かに講義室に入った。
誰もいない長机の、前後に人の座っている席を選ぶ。まず、イヤホンとテキストを。カバンの中を探していると、タイミングを見計らったように声がかかる。
「おはよう、名前ちゃん。ここ、座っていいよね」
予想外の声に肩が跳ねた。ヤツだ。反応してはいけないってわかっているのに……!聞こえないふりをしたけど多分無駄。きっと、こちらをニヤニヤしながら見下ろしていることだろう。周りの人はまた痴話喧嘩かと思ったのか「何聞いてんだよ、さっさと座れよ」「お前彼女の許可なきゃ座れねーの?」と笑った。
彼女じゃない。でも、こいつと喋りたくない。視界にも入れたくない。これ以上、ここにいたくない。私は咄嗟にカバンを掴んだ。やっぱり一回出て、ギリギリに戻ってきて、空いた席に座ろう。逃げるみたいでイヤだけど、今はそれしかない。こいつと話すとどんどん自尊心が削られて、惨めで、自分がどうしようもなく頭の悪い女みたいだと思う。心臓が暴れて胸が締め付けられるみたいに痛い。トラウマになっているのかも。吐き気までしてきて、最悪の気分だった。とにかく、講義室を出たい。しかしその時、私が立ち上がるより早く、跳ね上げ式の椅子に誰かぶつかった。
「そこ、座っていいか」
「は?」
田所だった。私は慌てて頷く。喉の奥が詰まったような感覚で、声は出なかった。私が必死に何度も頷いたのを見て、ヤツを囃していた人たちは顔を見合わせた。田所は「悪いな」ってヤツに言って、半ば強引に私の隣をひとつ開けて座った。ヤツはチッと下手くそな舌打ちをして、田所を睨みつけた。私相手にはあんなに強気で出るのに、田所相手には言い返すこともしないで、自分の席に帰って行く。
田所は真ん中に荷物を置き、私にもそうするように促した。いつもの並びだ。私、私の荷物と田所の荷物、田所の順。私は震える指でカバンからテキストを取り出した。
「……ふたりって、付き合ってんの?」
「は」
先程までヤツを囃していた人たちはそう言って、今度は私と田所を指した。付き合ってない。でも、声に出すのは怖い。田所はなんて言うんだろう。期待するような、怖いような気持ちで私は息を呑んだ。その時。
「先生5分遅れますとのことですが、時間通りに始めますからねー」
講義に先んじて助教がバタバタ入ってきた。何も準備がされていなかった講義台に荷物を置く。最前列の学生がスクリーンとプロジェクタの設定を手伝い始め、席を立っていた人たちは皆なんとなく自席に戻る空気になった。いやな緊張感から解放されて、私は小さく息をついた。
田所は多分、走ってきたのだろう。大きく息を吐いて、ノートやらテキストやらを机に並べ始めた。私は意を決して、田所を見た。田所は先程の質問になんて答えるつもりだったんだろう。
「来週」
「え?」
私より先に田所が口を開いた。出鼻を挫かれて、言おうとした言葉が全部すっとんだ。
「懇親会行くだろ」
「え……うん」
学部の、懇親会のことだ。1年生だけでなくて学部の上級生や院生、教授も来るらしい。みんなが友達を作れるようにと私たちの学年の担当教授が企画した。毎年友達のいない学生は留年・退学しがちなのだと、先日の講義でそうこぼしていた。
入学早々こんなことになって友達の少ない私も、知り合いを増やしたいと思って参加希望に丸をつけた。田所も出欠表は参加になっていたはず。
教授のいないまま講義が始まった。出欠が厳しい講義なので、助教は学生番号順に点呼する。田所は声のトーンを落として話し続ける。
「そこであいつと話つける。二度と関わってくんなって、おまえの口から」
「え?」
「学生課も、警察も嫌なんだろ」
「そ、うだけど……なんでわざわざ懇親会で」
「なんでって……人がいた方が乱闘になった時にいいからだよ」
「乱闘!?」
「そこ、静かに」
「すみません!」
「すみません……」
さらっと乱闘って言った。乱闘?誰と誰?私とヤツが?私は詳しい説明を求めたかったが、田所はこれ以上助教に目をつけられてはたまらないとばかりに前を向いて点呼を待った。
私も仕方ないので小さくため息を吐いて、前回の続きのページを開く。懇親会、どうなっちゃうんだろう……ちょっと楽しみだったんだけど、まさかそんな大イベントになるとは。気がかりなことが多すぎて、この後の講義に集中できる気は全くしない。
