ススメスプリングチキン
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「学生課行くか」
「……え?」
田所が私のバイト先に通うようになって暫く。部活もあるから当然毎日とはいかないし、休日近くの道を通ったからとちょっと顔出すだけの時もあるけど、時間のある日田所は練習終わりにやってきてコーヒー飲んで課題をやって、それで私が上がるのに合わせて一緒にまかないまで食べて帰る。
勿論ヤツも変わらずバイト先に通っている。店内でヤツと田所がバッティングしてしまった時はヒヤヒヤした。流石に乱闘騒ぎにはならなかったけど、ヤツは何のつもりかバイト中の私にしつこく話しかけてきて、田所がすごい顔でコーヒー飲んでて、キッチンの店長がオロオロしていて、落ち着いた雰囲気を売りにしているカフェ的にはかなり良くなかった。
あの日に比べたら、今日は平和な日だった。まず、ヤツが来なかった。カフェタイムは忙しかったけど、夕方以降のお客さんは少なかった。田所が来た時には他にお客さんは常連さんひとりだけ、店長は今日の賄いにハンバーグみたいな大きさのミートボールが入ったスパゲッティを作ってくれた。バイト先のテーブルに2人で座って向かい合って食事をすることには、最近慣れてきた気がする。
そしてその帰路、田所が何事かずっと考え込んでいると思ったら。急にそんなことを言い出した。学生課。私は田所の自転車を見ていて反応が遅れた。私のママチャリとは違う、サドルが高くてハンドルは低くて、荷物も乗せられない自転車。
「お前は穏便に済ませたいって言うけど、オレは……やっぱり学生課か……警察行った方がいいと思う」
「警察」
当然のように言われた選択肢に頭が真っ白になる。そこまで深刻だと思ってなかった。自分のことなのに。
田所の隣に座っていない時を思い出す。真隣に座ってノートを覗き込んでくること。私がまだ解き終わっていない演習問題を最初から最後まで全て解説してしまうこと。慌てて時間内に完成させようと焦っている私を「そういう顔も可愛い」と笑うこと。私のパソコンを操作する時、私の手ごとマウスを掴むこと。勝手に私の荷物を持つこと。友達に「名前ちゃんはボクの恋人だから」と言いふらすこと、嫌だと言っても私の肩を抱くこと。「名前ちゃん、このままじゃ進級も危ないんじゃない、名前ちゃんの家で勉強しよっか?」と……
「で、でも、気持ち悪いけど、まだ何かされたわけじゃ……」
「“まだ“何もされてないだけだろ」
「……どうしてそんな言い方するの。これ、今にも私がレイプされそうとか、そういう話?」
今までにされたこと、思い出せば思い出すほど、頭がくらくらする。自分が馬鹿な女だと言われるたびに頭がぼうっとして本当に「そう」だと思えてくる。すごく嫌だ。でも、多分何かの罪になったりはしないんだろう。この程度では。それこそ、もっと、何か深刻な事態にならないと。ふらついて、すうっと血の気が引く感覚がした。
「おい、苗字」
「あのね、向こうにそんな度胸ないと思う。所詮アイツ、大学デビューだから」
言い聞かせるように強い口調で。だって、そう思わないとやってられない。自分がそんな酷い人に目をつけられたとは思いたくない。頭がくらくらするのは止まなくて、私は一層強くママチャリのハンドルを握りしめた。息を吸って、吐く。
「だから、大丈夫。前にも言ったけど、穏便に済ませたいの。学生課とか、警察とか……そういうのじゃないの」
「……何かされてからじゃ遅いから言ってんだよ」
「うん、でもまだ何もされてないんだから、学生課の人も警察の人も何もできないでしょ」
「それは……」
多分、アイツは初めて見た「自分に好意的な女の子」(今は、とっくに違うけど)にどう接すればいいかわからなくて暴走しているだけな気がする。男子ばかりのこの学部、ヤツほどまで行かなくても女の子との適切な距離感とかふさわしい話し方がわからない男の子って結構いるような気がしている。だから、ヤツも「最初は好意的だった女の子に急に冷たくされてどうしていいかわからない」……言葉にしてみればただそれだけのこと。田所の言う通り「まだなにもされてない」から言える希望的観測かもしれないけど。
「それなら」
田所がじれた様に言った。低く唸るような声に驚いて思わず隣を見上げる。田所は怒っていた。
「オレはどうすればいいんだよ。黙って見てろって?お前が、傷つけられて真っ青な顔してるのを、黙って見てろって?」
「それは……」
今度は私が言葉に詰まる番だった。田所を巻き込んだのは私だから、「田所に関係ない」では済まされない。私は一生懸命考えをまとめる。
「言ってみろよ。お前はオレに、どうして欲しいんだ」
どうして欲しい。そんなの、考えたことなかった。勝手に私の問題に巻き込んで、これ以上何を望めるというのだろう。隣に座らせてくれる、それだけで十分なのに。
私は何もないという意味で首を振った。田所の顔はますます怖くなったので、私は慌てて弁解した。
「私も今のままじゃよくないとは思ってる。今すぐ、付き纏ったり、彼氏だって言いふらすのをやめてほしい……でも、停学とか退学とか……警察とか、そういう風には思ってないの。私が関わりたくないだけなの。アイツも多分、女の子への接し方がわかってなくて、それで間違えただけだと思う……そう思いたいの」
「……甘ぇな」
「うん」
田所はすっごく渋い顔でこちらを見下ろしていた。全然納得していない顔だった。私にもその自覚はある。巻き込まれた田所にとっては堪ったもんじゃないだろう。田所の優しさに甘えて迷惑かけまくってきたけど、これ以上は自分でどうにかしよう。
「大丈夫、自分でどうにかするから。さっきのは忘れて」
「お前な、忘れられるワケねえだろ……」
「……じゃあ、どうしたらいいと思う?そもそもどうして田所は私のこと助けてくれるの」
「……」
田所が何も言わなくなってしまったので私達はしばらく自転車を押して歩いた。私は明日の講義で予習しないといけないのはなんだったか考えていた。それから今日の復習も……日付が変わる前には寝たいな。バイトの勝手もだんだんわかってきたから来月はもうちょっとうまくシフトを入れられそうだ。バイト入れすぎて進級できなかったら元も子もないから、テスト前とかは調整した方がいいかも。2年の終わりに専攻が決まるから、3年次以降もやりたい勉強ができるように今から頑張らないと。初級演習でつまづいている場合じゃない。今週末は時間とって勉強しよう……
ふたりとも黙ったまま、5分くらい歩いた。田所は寮暮らしなので、次の大きい交差点で道が分かれる。赤信号で止まって、「また明日ね」と言おうとして、隣を見上げて気づく。田所、顔が真っ赤だ。
「お前のことが好きだからだっ!!」
突如田所が吠える。車通りの少ない交差点を明らかに速度オーバーの車が通り抜けた。自転車押してノロノロ歩いていただけなのに、田所は肩で息をしていた。歩行者用信号が青に変わったけど、そんなことはどうでもよくて、私は呆然と田所を見た。私はこのタイミングで田所のことじゃなくて、写真のあの子のことを考えていた。
「み、緑の髪のギャルは」
「は?」
「あの写真の、隣にいた子……」
「はあ……?」
「新歓の時見せてくれた高校の時の写真、隣に緑の髪のコいたでしょ……あれ、元カノ?」
「も、もとかの……?」
心当たりがあったのか、みるみるうちに田所の顔色が悪くなっていく。ガックリ肩を落として大きな手で顔を覆ってしまった。
「巻島か……?」
「わかんないけど、細くてすらっとしたロングヘアのギャル」
「あれは!男だ!!元カノじゃねえ!!」
「男!?ギャル男なの!?」
「マジかよ、ありえねー……どう見ても男だろ!」
「えー、嘘……」
私が己の見る目のなさに愕然としている間に田所は100回くらい深いため息を吐いて、立ち直ったらしかった。私は気になっていたことがようやく解消してスッキリした。やけに距離感近いなと思ったけど、そうか、男の子か……
「……好きな女の子がいるのに何でこんなに優しいんだろうって思ってた」
「巻島は高校の時のチームメイトだよ」
「元カノが忘れられないんじゃないの?」
「そんなの、いねえよ」
「うん……」
田所が短く吐き捨てた、その横顔を見て(よかったとか言ったら罰が当たるかな)と思っている自分に気づく。田所は私のことが好きで、緑のギャルは元カノじゃなくて。
私、田所のこと、好きになってもいいのかな?あっちにもこっちにもいい顔して軽い女だと思われたら、嫌だな。私が黙り込んだのを見て、田所は途端に慌てだした。
「あー、別に言うつもりなかったんだ。勢いで言っちまった、今のは忘れろ」
「……」
それは、イヤだな。一生覚えてると思う。私がうんと頷かないのを見て、田所はさらに慌て出す。
「忘れろ!な!?」
「……信号、青なったよ」
私が横断歩道を指差すと、田所はあんぐり口を開けたまま、私が指差す先を見た。私たちが告白だ元カノだと盛り上がっているうちに信号は赤になって、また青になった。田所は早足で横断歩道を渡る。私はそれをゆっくり追う。田所がちらっと振り返って私がついてきていることを確認した。
横断歩道を渡ったその先、田所は右へ、私は直進で帰路に着く。だからここが分かれ道。田所が直進の道の先を見ようと目を凝らす。
「いつも気になってたんだけどよ、お前ん家この通りか?あの辺のアパートか?」
「……」
「いや、これじゃやってることはアイツと同じか!?違くてだな、この先、街灯もないから……!!ないだろ!?危ねえから、」
「……」
「なんだその目、イヤ違ッ、たまに通んだよ、この道!」
「スーパーあるもんね。あそこ、田所も行くんだ」
「……品揃えはまずまずだけど、安くていいよな」
「うん」
ほんとは、ここで解散しようと思ってたけど気が変わった。まっすぐを指差す。田所が帰る寮の方じゃなくて、街灯のない細道を。田所は私が指差した先なんて見ようともしないで私を見下ろしていた。何か言おうとしたのか、口が開いて、閉じた。
「ウチまで送ってくれる?」
「おう」
「……明日も、隣に座ってもいい?」
「おう」
私たちはまた黙って自転車を押した。私も田所も何か話題を提供する余裕はなく、私たちの間に会話はなかった。ちらっと横目に見た田所の顔はまた真っ赤になっていた。私は、今だけ下宿までの数百メートルが1キロくらいにならないかなと不毛なことを考えた。
「……え?」
田所が私のバイト先に通うようになって暫く。部活もあるから当然毎日とはいかないし、休日近くの道を通ったからとちょっと顔出すだけの時もあるけど、時間のある日田所は練習終わりにやってきてコーヒー飲んで課題をやって、それで私が上がるのに合わせて一緒にまかないまで食べて帰る。
勿論ヤツも変わらずバイト先に通っている。店内でヤツと田所がバッティングしてしまった時はヒヤヒヤした。流石に乱闘騒ぎにはならなかったけど、ヤツは何のつもりかバイト中の私にしつこく話しかけてきて、田所がすごい顔でコーヒー飲んでて、キッチンの店長がオロオロしていて、落ち着いた雰囲気を売りにしているカフェ的にはかなり良くなかった。
あの日に比べたら、今日は平和な日だった。まず、ヤツが来なかった。カフェタイムは忙しかったけど、夕方以降のお客さんは少なかった。田所が来た時には他にお客さんは常連さんひとりだけ、店長は今日の賄いにハンバーグみたいな大きさのミートボールが入ったスパゲッティを作ってくれた。バイト先のテーブルに2人で座って向かい合って食事をすることには、最近慣れてきた気がする。
そしてその帰路、田所が何事かずっと考え込んでいると思ったら。急にそんなことを言い出した。学生課。私は田所の自転車を見ていて反応が遅れた。私のママチャリとは違う、サドルが高くてハンドルは低くて、荷物も乗せられない自転車。
「お前は穏便に済ませたいって言うけど、オレは……やっぱり学生課か……警察行った方がいいと思う」
「警察」
当然のように言われた選択肢に頭が真っ白になる。そこまで深刻だと思ってなかった。自分のことなのに。
田所の隣に座っていない時を思い出す。真隣に座ってノートを覗き込んでくること。私がまだ解き終わっていない演習問題を最初から最後まで全て解説してしまうこと。慌てて時間内に完成させようと焦っている私を「そういう顔も可愛い」と笑うこと。私のパソコンを操作する時、私の手ごとマウスを掴むこと。勝手に私の荷物を持つこと。友達に「名前ちゃんはボクの恋人だから」と言いふらすこと、嫌だと言っても私の肩を抱くこと。「名前ちゃん、このままじゃ進級も危ないんじゃない、名前ちゃんの家で勉強しよっか?」と……
「で、でも、気持ち悪いけど、まだ何かされたわけじゃ……」
「“まだ“何もされてないだけだろ」
「……どうしてそんな言い方するの。これ、今にも私がレイプされそうとか、そういう話?」
今までにされたこと、思い出せば思い出すほど、頭がくらくらする。自分が馬鹿な女だと言われるたびに頭がぼうっとして本当に「そう」だと思えてくる。すごく嫌だ。でも、多分何かの罪になったりはしないんだろう。この程度では。それこそ、もっと、何か深刻な事態にならないと。ふらついて、すうっと血の気が引く感覚がした。
「おい、苗字」
「あのね、向こうにそんな度胸ないと思う。所詮アイツ、大学デビューだから」
言い聞かせるように強い口調で。だって、そう思わないとやってられない。自分がそんな酷い人に目をつけられたとは思いたくない。頭がくらくらするのは止まなくて、私は一層強くママチャリのハンドルを握りしめた。息を吸って、吐く。
「だから、大丈夫。前にも言ったけど、穏便に済ませたいの。学生課とか、警察とか……そういうのじゃないの」
「……何かされてからじゃ遅いから言ってんだよ」
「うん、でもまだ何もされてないんだから、学生課の人も警察の人も何もできないでしょ」
「それは……」
多分、アイツは初めて見た「自分に好意的な女の子」(今は、とっくに違うけど)にどう接すればいいかわからなくて暴走しているだけな気がする。男子ばかりのこの学部、ヤツほどまで行かなくても女の子との適切な距離感とかふさわしい話し方がわからない男の子って結構いるような気がしている。だから、ヤツも「最初は好意的だった女の子に急に冷たくされてどうしていいかわからない」……言葉にしてみればただそれだけのこと。田所の言う通り「まだなにもされてない」から言える希望的観測かもしれないけど。
「それなら」
田所がじれた様に言った。低く唸るような声に驚いて思わず隣を見上げる。田所は怒っていた。
「オレはどうすればいいんだよ。黙って見てろって?お前が、傷つけられて真っ青な顔してるのを、黙って見てろって?」
「それは……」
今度は私が言葉に詰まる番だった。田所を巻き込んだのは私だから、「田所に関係ない」では済まされない。私は一生懸命考えをまとめる。
「言ってみろよ。お前はオレに、どうして欲しいんだ」
どうして欲しい。そんなの、考えたことなかった。勝手に私の問題に巻き込んで、これ以上何を望めるというのだろう。隣に座らせてくれる、それだけで十分なのに。
私は何もないという意味で首を振った。田所の顔はますます怖くなったので、私は慌てて弁解した。
「私も今のままじゃよくないとは思ってる。今すぐ、付き纏ったり、彼氏だって言いふらすのをやめてほしい……でも、停学とか退学とか……警察とか、そういう風には思ってないの。私が関わりたくないだけなの。アイツも多分、女の子への接し方がわかってなくて、それで間違えただけだと思う……そう思いたいの」
「……甘ぇな」
「うん」
田所はすっごく渋い顔でこちらを見下ろしていた。全然納得していない顔だった。私にもその自覚はある。巻き込まれた田所にとっては堪ったもんじゃないだろう。田所の優しさに甘えて迷惑かけまくってきたけど、これ以上は自分でどうにかしよう。
「大丈夫、自分でどうにかするから。さっきのは忘れて」
「お前な、忘れられるワケねえだろ……」
「……じゃあ、どうしたらいいと思う?そもそもどうして田所は私のこと助けてくれるの」
「……」
田所が何も言わなくなってしまったので私達はしばらく自転車を押して歩いた。私は明日の講義で予習しないといけないのはなんだったか考えていた。それから今日の復習も……日付が変わる前には寝たいな。バイトの勝手もだんだんわかってきたから来月はもうちょっとうまくシフトを入れられそうだ。バイト入れすぎて進級できなかったら元も子もないから、テスト前とかは調整した方がいいかも。2年の終わりに専攻が決まるから、3年次以降もやりたい勉強ができるように今から頑張らないと。初級演習でつまづいている場合じゃない。今週末は時間とって勉強しよう……
ふたりとも黙ったまま、5分くらい歩いた。田所は寮暮らしなので、次の大きい交差点で道が分かれる。赤信号で止まって、「また明日ね」と言おうとして、隣を見上げて気づく。田所、顔が真っ赤だ。
「お前のことが好きだからだっ!!」
突如田所が吠える。車通りの少ない交差点を明らかに速度オーバーの車が通り抜けた。自転車押してノロノロ歩いていただけなのに、田所は肩で息をしていた。歩行者用信号が青に変わったけど、そんなことはどうでもよくて、私は呆然と田所を見た。私はこのタイミングで田所のことじゃなくて、写真のあの子のことを考えていた。
「み、緑の髪のギャルは」
「は?」
「あの写真の、隣にいた子……」
「はあ……?」
「新歓の時見せてくれた高校の時の写真、隣に緑の髪のコいたでしょ……あれ、元カノ?」
「も、もとかの……?」
心当たりがあったのか、みるみるうちに田所の顔色が悪くなっていく。ガックリ肩を落として大きな手で顔を覆ってしまった。
「巻島か……?」
「わかんないけど、細くてすらっとしたロングヘアのギャル」
「あれは!男だ!!元カノじゃねえ!!」
「男!?ギャル男なの!?」
「マジかよ、ありえねー……どう見ても男だろ!」
「えー、嘘……」
私が己の見る目のなさに愕然としている間に田所は100回くらい深いため息を吐いて、立ち直ったらしかった。私は気になっていたことがようやく解消してスッキリした。やけに距離感近いなと思ったけど、そうか、男の子か……
「……好きな女の子がいるのに何でこんなに優しいんだろうって思ってた」
「巻島は高校の時のチームメイトだよ」
「元カノが忘れられないんじゃないの?」
「そんなの、いねえよ」
「うん……」
田所が短く吐き捨てた、その横顔を見て(よかったとか言ったら罰が当たるかな)と思っている自分に気づく。田所は私のことが好きで、緑のギャルは元カノじゃなくて。
私、田所のこと、好きになってもいいのかな?あっちにもこっちにもいい顔して軽い女だと思われたら、嫌だな。私が黙り込んだのを見て、田所は途端に慌てだした。
「あー、別に言うつもりなかったんだ。勢いで言っちまった、今のは忘れろ」
「……」
それは、イヤだな。一生覚えてると思う。私がうんと頷かないのを見て、田所はさらに慌て出す。
「忘れろ!な!?」
「……信号、青なったよ」
私が横断歩道を指差すと、田所はあんぐり口を開けたまま、私が指差す先を見た。私たちが告白だ元カノだと盛り上がっているうちに信号は赤になって、また青になった。田所は早足で横断歩道を渡る。私はそれをゆっくり追う。田所がちらっと振り返って私がついてきていることを確認した。
横断歩道を渡ったその先、田所は右へ、私は直進で帰路に着く。だからここが分かれ道。田所が直進の道の先を見ようと目を凝らす。
「いつも気になってたんだけどよ、お前ん家この通りか?あの辺のアパートか?」
「……」
「いや、これじゃやってることはアイツと同じか!?違くてだな、この先、街灯もないから……!!ないだろ!?危ねえから、」
「……」
「なんだその目、イヤ違ッ、たまに通んだよ、この道!」
「スーパーあるもんね。あそこ、田所も行くんだ」
「……品揃えはまずまずだけど、安くていいよな」
「うん」
ほんとは、ここで解散しようと思ってたけど気が変わった。まっすぐを指差す。田所が帰る寮の方じゃなくて、街灯のない細道を。田所は私が指差した先なんて見ようともしないで私を見下ろしていた。何か言おうとしたのか、口が開いて、閉じた。
「ウチまで送ってくれる?」
「おう」
「……明日も、隣に座ってもいい?」
「おう」
私たちはまた黙って自転車を押した。私も田所も何か話題を提供する余裕はなく、私たちの間に会話はなかった。ちらっと横目に見た田所の顔はまた真っ赤になっていた。私は、今だけ下宿までの数百メートルが1キロくらいにならないかなと不毛なことを考えた。
