ススメスプリングチキン
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今日は急遽午前の2コマ目が空いて、同じく空きコマの東堂と糸川と合流した。筑士波大は構内にいくつも食堂があるが、この時間からやってるとなるとここ一択だ。ずらりと並ぶ横長のテーブル、その一つを陣取った。昼休みは混雑する食堂もまだ人はまばら。
新設の部はやることが山積みだ。そのほとんどを東堂が「オレの希望で設立した部だ」と言ってこなしているが、レースに出れる環境を求めていたのはオレも同じだ。いくつか雑務を肩代わりしていて、それの進捗を報告。それ自体はすぐ終わって、飯食いながらダラダラ部の話やそれぞれの学部での話になった。
糸川の話の最中、トレー持ってフラフラしてるやつが目に入る。踵のある靴でフラフラ歩いて、長い髪が揺れる。苗字名前だ。
苗字と話したことはほとんどない。女子が少ない学部ということもあり、目を引く顔立ちの苗字は入学式から目立っていたから、こっちは勝手に知っていた。新歓は席が近かったか?あの時は苗字は聞き役に徹していたから、女子校出身ってことくらいしか知らねえ。つまり、ほとんど話したことはなかった。向こうがオレの名前を知っているかどうかすら微妙だ。
苗字が恋人にベタベタされてるのは学部内でも有名だ。オレの知る限り、おそらく学部で最初に成立したカップルだと思う。少し前まではいつもふたりで3人がけの長机を真ん中1席空けることなく隣同士に座って、仲睦まじく講義を受けていた。入学して、知り合ったばかりのヤツと付き合うなんてすげえなとオレはどこか別世界の人間を見るような気持ちでふたりを見ていた。
その、苗字が。ある日突然オレの隣に座るようになった。
痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免だ。しかし「隣、座っていい?」と声をかけてきた苗字は思い詰めたような、覚悟を決めたような表情をしていた。少し悩んだ。隣に座る分には問題ない、大学は高校と違ってどこに座って講義を受けるも自由だ。そう思って許可したが、当然男の方からはすごい睨まれた。
「名前ちゃんの恋人なんだから、ボクが隣に座るのが当然」とハッキリ言われた時点でちょっと違和感はあった。その時は悪かったなと適当にあしらって終わった。
どうしても気になってふたりの様子を観察すれば、男の方が積極的に話しかけるばかりで、苗字はかなり冷たくあしらっている。話しかけられても無視したり、嫌そうに手を振り払ったり。そしてオレの隣に座る時、苗字は何かから逃れるように体を縮こまらせている。
「……痴話喧嘩にしては、なんか……様子がおかしいんだよな」
「ん?」
「や、なんでもねえ」
食堂もこの時間帯、空席ならたくさんある。それなのに苗字はフラフラうろうろ、やけに背後を気にしている。やっぱり変だろ。
視線が合う。声をかけられることはない。勘違いかと思ったが、視線はジッとこちらを見て逸らされない。
オレが休講ってことは、苗字も休講で、例のアイツも休講ってことだ。俺は黙って隣の椅子の荷物をどけて、意味もなく荷物を整理して、糸川の「異常に眠くなる1限必修攻略法」を聞く体制に戻った。背後からヒールが床を叩くカツカツという音がして、オレの隣にきつねうどんのトレーが置かれた。購買のプリンつき。今から朝昼兼食のつもりだろうか。まあ時間的にはそんなもんか。
オレは行き場のなくなった荷物を苗字の向かいに置いて、苗字は当然のようにオレの座っていない方の隣席に荷物を置いた。
苗字はスカートを払い、何も言わずに黙って座る。一部始終を見ていた東堂は眉を跳ね上げたが、苗字がこちらを見もせずにうどんを食べ始めたので、苗字の存在を見なかったことにしたらしい。糸川はまんまるの目をさらに丸くしてオレを肘でどついたが、俺が黙って首を振るとこの場で詳しく聞くことは諦めた。「あ・と・で・な!」と、そんな期待のこもった口パクで言われても面白い話はなんもねえ。
「で、何の話だったか?」
「あ、そうそう……」
何事もなかったように苗字から視線を外して、幼馴染コンビがスムーズに会話を再開する。正直、この場で詳しく聞こうとしたり、茶化したりされなかったことはありがたい。糸川の話を聞きながらも苗字が静かにうどんを食べる様子がやけに気になった。麺は啜らないタイプらしい。
そろそろ昼前の講義が終わろうかという時、隣の椅子が音を立てて引かれた。知らないふりを貫くつもりが、思わず隣を見上げる。立ち上がった苗字は頑なに食堂入り口の方を見ようとしなかった。
「これ、あげます」
「……おう」
「ありがとう」
苗字は硬い声でそれだけ言うと、手付かずのプリンをオレに押し付けた。そして完食した丼だけ載せたトレーを持って足早に去る。床を叩くカツカツという音が先ほどより大きく響く。
食堂を見渡すと、やはり入り口付近にヤツがいた。空いた席か、あるいは誰かを探すようにキョロキョロしている。ため息を吐いて、とりあえずプリンに手をつける。背中を突かれ、顔を上げると糸川が丸い目玉を爛々と光らせていた。げ。
「なーなー今の子!迅くんのカノジョ!?」
「んなわけねーだろ。あー……なんつーか、その」
「学生課には相談したのか?」
「え?」
ただの恋バナだと思っている糸川に対し、東堂に面白がる様子はない。
「……やっぱりそう思うか?」
「うちの学部でも噂になっている。だが、付き合ってなどいないのだろう。あれは」
東堂の視線は間違いなく、券売機に並ぶヤツを捉えている。オレは密かに感心した。こいつは興味のない相手にはとことん興味がないものかと思っていたが、他学部のヤツの顔まで覚えているとは。いや、それほど悪い状態に見えたのかも知れない。あの2人の関係性が決して良いものでないことはオレも、薄々察していたが、とにかく痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免で……しどろもどろで訴えるも、東堂は一刀両断。
「本当に痴話喧嘩だと思っているのか?田所迅よ、お前関与したなら、責任持てよ」
「ぐ」
「現状3択だな。お前が仲裁するか、学生課に連れてってやるか、それか警察か……」
「警察?待てよ尽八、これなんの話!?迅くんの彼女の話はどこいったんだよ!?」
「後で説明してやる」
糸川が騒ぐのを東堂が黙らせる。オレは東堂がハッキリした解決案を示したことで、頭をガツンと殴られたような気分だった。
座る席を物理的にブロックするようなその場しのぎの対策じゃ何も解決にならない。変わらずヤツは苗字に付きまとうし、そもそもオレと被ってない講義を苗字はどうやって凌いでいるのだろう。逃げ場のない講義室で、隣に座られて、150分。なるべく早く解決した方がいいのは確かだ。東堂の言う通りだった。
「……近いうちにどうにかする」
「ああ、それがいい」
東堂はそれが当然だというように頷いた。芝居がかった仕草で両腕を広げる。
「他に案があるとしたら……」
それから、その目が怪しく光る。お前もか!どんな妙案が出てくるのか……嫌な予感しかしねえ。
「どうだ、田所迅。お前があの子の彼氏になってしまえばいい。お前、いつまで騎士役に徹しているつもりだ?正直似合ってないぞ」
「はあ!?」
「迅くんと、あの情工のマドンナが!?」
オレと糸川の悲鳴がハモったのを東堂は聞かなかったことにしたらしい。部室の鍵を人差し指で回す……機嫌良さそうだな。
「案外お似合いかもしれないだろう」
「ないないないない」
「修作お前全力否定か」
「絶対ないって!何言ってるんだよ尽八、正気か?お前熱あるんじゃ?それか腹でも痛いのか?」
「オレの体調なら問題ない。体調管理は殊更に気を遣っているからな!しかしここ最近の気候、環境の変化もあってただでさえ体調を崩しやすい……お前たちも気をつけるように」
東堂が大真面目にそう締め括って、糸川もオレも神妙に頷いておいた。真面目な話、自転車に乗るだけならひとりでもできるが、オレ達はチームだ。3人だけの。大事な局面でひとり体調不良でDNSなんて事態はなるべく避けたい。そもそも欠席が多いと単位をもらえない講義もあるし、おちおち風邪なんて引いてられないのだ。大学生というものは……
「まあ聞け。かつて箱根じゅうの女子を虜にしたこのオレから貴重なアドバイスをしてやろう」
「何視点のアドバイス?尽八お前なんだかんだ彼女いないだろ」
「うるさい!修作、お前は見てないから知らないだろうが、オレは高校時代女子にモテにモテていた!バレンタインにはオレにチョコレートを渡そうと女子が長い長い列を作り……話が逸れたな。とにかく、田所迅よ。オレから言えることがあるとしたら……」
すうっと東堂の目が細められて、オレを見た。さっきまでうるさく騒いでいたやつと同一人物とは思えない、冷酷な表情。
「自分の気持ちに正直になれよ、後悔するぞ」
東堂が最後に何か言った、それと同時に昼前の講義終了チャイムが鳴った。11時25分、学内が一斉に50分間の昼休みに入る。2限に出ていた学生で学食が混み出す時間だ。俺たちは慌てて荷物を持って席を立ち、話は一旦そこで終わりになった。
新設の部はやることが山積みだ。そのほとんどを東堂が「オレの希望で設立した部だ」と言ってこなしているが、レースに出れる環境を求めていたのはオレも同じだ。いくつか雑務を肩代わりしていて、それの進捗を報告。それ自体はすぐ終わって、飯食いながらダラダラ部の話やそれぞれの学部での話になった。
糸川の話の最中、トレー持ってフラフラしてるやつが目に入る。踵のある靴でフラフラ歩いて、長い髪が揺れる。苗字名前だ。
苗字と話したことはほとんどない。女子が少ない学部ということもあり、目を引く顔立ちの苗字は入学式から目立っていたから、こっちは勝手に知っていた。新歓は席が近かったか?あの時は苗字は聞き役に徹していたから、女子校出身ってことくらいしか知らねえ。つまり、ほとんど話したことはなかった。向こうがオレの名前を知っているかどうかすら微妙だ。
苗字が恋人にベタベタされてるのは学部内でも有名だ。オレの知る限り、おそらく学部で最初に成立したカップルだと思う。少し前まではいつもふたりで3人がけの長机を真ん中1席空けることなく隣同士に座って、仲睦まじく講義を受けていた。入学して、知り合ったばかりのヤツと付き合うなんてすげえなとオレはどこか別世界の人間を見るような気持ちでふたりを見ていた。
その、苗字が。ある日突然オレの隣に座るようになった。
痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免だ。しかし「隣、座っていい?」と声をかけてきた苗字は思い詰めたような、覚悟を決めたような表情をしていた。少し悩んだ。隣に座る分には問題ない、大学は高校と違ってどこに座って講義を受けるも自由だ。そう思って許可したが、当然男の方からはすごい睨まれた。
「名前ちゃんの恋人なんだから、ボクが隣に座るのが当然」とハッキリ言われた時点でちょっと違和感はあった。その時は悪かったなと適当にあしらって終わった。
どうしても気になってふたりの様子を観察すれば、男の方が積極的に話しかけるばかりで、苗字はかなり冷たくあしらっている。話しかけられても無視したり、嫌そうに手を振り払ったり。そしてオレの隣に座る時、苗字は何かから逃れるように体を縮こまらせている。
「……痴話喧嘩にしては、なんか……様子がおかしいんだよな」
「ん?」
「や、なんでもねえ」
食堂もこの時間帯、空席ならたくさんある。それなのに苗字はフラフラうろうろ、やけに背後を気にしている。やっぱり変だろ。
視線が合う。声をかけられることはない。勘違いかと思ったが、視線はジッとこちらを見て逸らされない。
オレが休講ってことは、苗字も休講で、例のアイツも休講ってことだ。俺は黙って隣の椅子の荷物をどけて、意味もなく荷物を整理して、糸川の「異常に眠くなる1限必修攻略法」を聞く体制に戻った。背後からヒールが床を叩くカツカツという音がして、オレの隣にきつねうどんのトレーが置かれた。購買のプリンつき。今から朝昼兼食のつもりだろうか。まあ時間的にはそんなもんか。
オレは行き場のなくなった荷物を苗字の向かいに置いて、苗字は当然のようにオレの座っていない方の隣席に荷物を置いた。
苗字はスカートを払い、何も言わずに黙って座る。一部始終を見ていた東堂は眉を跳ね上げたが、苗字がこちらを見もせずにうどんを食べ始めたので、苗字の存在を見なかったことにしたらしい。糸川はまんまるの目をさらに丸くしてオレを肘でどついたが、俺が黙って首を振るとこの場で詳しく聞くことは諦めた。「あ・と・で・な!」と、そんな期待のこもった口パクで言われても面白い話はなんもねえ。
「で、何の話だったか?」
「あ、そうそう……」
何事もなかったように苗字から視線を外して、幼馴染コンビがスムーズに会話を再開する。正直、この場で詳しく聞こうとしたり、茶化したりされなかったことはありがたい。糸川の話を聞きながらも苗字が静かにうどんを食べる様子がやけに気になった。麺は啜らないタイプらしい。
そろそろ昼前の講義が終わろうかという時、隣の椅子が音を立てて引かれた。知らないふりを貫くつもりが、思わず隣を見上げる。立ち上がった苗字は頑なに食堂入り口の方を見ようとしなかった。
「これ、あげます」
「……おう」
「ありがとう」
苗字は硬い声でそれだけ言うと、手付かずのプリンをオレに押し付けた。そして完食した丼だけ載せたトレーを持って足早に去る。床を叩くカツカツという音が先ほどより大きく響く。
食堂を見渡すと、やはり入り口付近にヤツがいた。空いた席か、あるいは誰かを探すようにキョロキョロしている。ため息を吐いて、とりあえずプリンに手をつける。背中を突かれ、顔を上げると糸川が丸い目玉を爛々と光らせていた。げ。
「なーなー今の子!迅くんのカノジョ!?」
「んなわけねーだろ。あー……なんつーか、その」
「学生課には相談したのか?」
「え?」
ただの恋バナだと思っている糸川に対し、東堂に面白がる様子はない。
「……やっぱりそう思うか?」
「うちの学部でも噂になっている。だが、付き合ってなどいないのだろう。あれは」
東堂の視線は間違いなく、券売機に並ぶヤツを捉えている。オレは密かに感心した。こいつは興味のない相手にはとことん興味がないものかと思っていたが、他学部のヤツの顔まで覚えているとは。いや、それほど悪い状態に見えたのかも知れない。あの2人の関係性が決して良いものでないことはオレも、薄々察していたが、とにかく痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免で……しどろもどろで訴えるも、東堂は一刀両断。
「本当に痴話喧嘩だと思っているのか?田所迅よ、お前関与したなら、責任持てよ」
「ぐ」
「現状3択だな。お前が仲裁するか、学生課に連れてってやるか、それか警察か……」
「警察?待てよ尽八、これなんの話!?迅くんの彼女の話はどこいったんだよ!?」
「後で説明してやる」
糸川が騒ぐのを東堂が黙らせる。オレは東堂がハッキリした解決案を示したことで、頭をガツンと殴られたような気分だった。
座る席を物理的にブロックするようなその場しのぎの対策じゃ何も解決にならない。変わらずヤツは苗字に付きまとうし、そもそもオレと被ってない講義を苗字はどうやって凌いでいるのだろう。逃げ場のない講義室で、隣に座られて、150分。なるべく早く解決した方がいいのは確かだ。東堂の言う通りだった。
「……近いうちにどうにかする」
「ああ、それがいい」
東堂はそれが当然だというように頷いた。芝居がかった仕草で両腕を広げる。
「他に案があるとしたら……」
それから、その目が怪しく光る。お前もか!どんな妙案が出てくるのか……嫌な予感しかしねえ。
「どうだ、田所迅。お前があの子の彼氏になってしまえばいい。お前、いつまで騎士役に徹しているつもりだ?正直似合ってないぞ」
「はあ!?」
「迅くんと、あの情工のマドンナが!?」
オレと糸川の悲鳴がハモったのを東堂は聞かなかったことにしたらしい。部室の鍵を人差し指で回す……機嫌良さそうだな。
「案外お似合いかもしれないだろう」
「ないないないない」
「修作お前全力否定か」
「絶対ないって!何言ってるんだよ尽八、正気か?お前熱あるんじゃ?それか腹でも痛いのか?」
「オレの体調なら問題ない。体調管理は殊更に気を遣っているからな!しかしここ最近の気候、環境の変化もあってただでさえ体調を崩しやすい……お前たちも気をつけるように」
東堂が大真面目にそう締め括って、糸川もオレも神妙に頷いておいた。真面目な話、自転車に乗るだけならひとりでもできるが、オレ達はチームだ。3人だけの。大事な局面でひとり体調不良でDNSなんて事態はなるべく避けたい。そもそも欠席が多いと単位をもらえない講義もあるし、おちおち風邪なんて引いてられないのだ。大学生というものは……
「まあ聞け。かつて箱根じゅうの女子を虜にしたこのオレから貴重なアドバイスをしてやろう」
「何視点のアドバイス?尽八お前なんだかんだ彼女いないだろ」
「うるさい!修作、お前は見てないから知らないだろうが、オレは高校時代女子にモテにモテていた!バレンタインにはオレにチョコレートを渡そうと女子が長い長い列を作り……話が逸れたな。とにかく、田所迅よ。オレから言えることがあるとしたら……」
すうっと東堂の目が細められて、オレを見た。さっきまでうるさく騒いでいたやつと同一人物とは思えない、冷酷な表情。
「自分の気持ちに正直になれよ、後悔するぞ」
東堂が最後に何か言った、それと同時に昼前の講義終了チャイムが鳴った。11時25分、学内が一斉に50分間の昼休みに入る。2限に出ていた学生で学食が混み出す時間だ。俺たちは慌てて荷物を持って席を立ち、話は一旦そこで終わりになった。
