ススメスプリングチキン
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18歳の春、私は夢いっぱいで筑士波大学に入学した。知らない土地、一人暮らし、新しい友人……キャンパスライフへの期待で胸を膨らませて茨城に来たのに、その希望は早々に打ち砕かれた。
原因はただ一つ。入学式の日からずっと、同級生の男の子に彼氏面されている。彼氏面っていうか、もうストーカーになる寸前かもしれない。
順番に悪かったところを確認しよう。まず第一に新しい環境で友達作りを焦ったこと。
次に、この際仲良くしてくれるなら男でもいい!と判断を誤ったこと。
最後に、入学式で声をかけた男が勘違い野郎だったこと。
気づいた時には遅かった。勘違い野郎の中では「入学式に声をかけてきた女の子と自分は恋人同士」ということになっていた。
全ての被り講義でピッタリ隣に座られるようになった。私が女の子の隣に座ると「名前ちゃんはボクのだから」と全く身に覚えのない発言をして、自分の隣席に移らせる。それを何度か繰り返して、優しい女の子たちは自然と私の隣に座るのを遠慮するようになった。「恋人なんかじゃない」と言っても勘違い野郎本人(名前を口にするのも嫌だから仮にヤツとしよう)が自信満々に触れ回るから収集がつかない。
ヤツが成績上位で入学したというのも最悪だった。私が「今日は他の人の隣に座るから、着いてこないで」とハッキリ言った時、ヤツは私の手首を掴んだままこう言った。
「名前ちゃんさあ、そんなんじゃ進級できないよ?留年するの?」
息が詰まった。留年。大学は高校と違って自分で受ける講義を決めて、毎週出席して、試験をパスしないと単位がもらえない。単位が足りないと進級できない。学費は両親が出してくれている。言葉の出ない私を見て、ヤツは嬉しそうに笑って、続けた。
「大丈夫、ボクが隣で教えてあげるよ」
私は割と成績ギリギリでこの学部に受かった。筑士波はD判定しか取ったことなかったし、数学がすごく得意というわけでもない。なんなら線形代数の初級で躓いている。成績優秀な人が「教えてくれる」というのだから、それに甘えた方が賢明だと自分に言い聞かせた。
しかしヤツの行動はわずか1週間でエスカレート。講義で私の隣を死守するに飽き足らず、ヤツは私のバイト先に通っては意味もなく長居して、挙句「今日何時まで?帰り、送るよ」と謎の彼氏面でアパートまで着いてこようとするようになった。下宿先がバレるのは、さすがにマズい気がする。私はなるべく好感を抱かせないような冷たい態度を取る方向にシフトしたが、時すでに遅し。好意大暴走野郎は止まることを知らない。中高と女子校育ちの私は知らなかったことだけど、勉強の得意な男の子がみんな女の子との距離感測るのも上手とは限らないらしい。
入学して1ヶ月経つ頃には毎朝「大学行きたくないな」とため息つきながらメイクするのが日課になった。鏡に映る自分は暗い顔をしてる。
幸いヤツとは全部の講義が一緒ってわけじゃないけど、このままじゃ試験に落第するより先に大学に行けなくなる。そんな気がする。講義室の3人掛けの長机、真ん中の席は座らず荷物置きにするのがセオリーだけど、ヤツは必ず間を空けずに隣に座る。毎日ピッタリ隣に座られて、休み時間もずーっと話しかけられる日々。これが2年の専攻選択まで続くと思うと、気が狂いそう。
履修登録が締め切られて、前期は8割ヤツと講義が被ることが確定した。つまり、今後何時間ピッタリ隣に座られることになるのか計算して……私はある作戦の決行を決めた。
ヤツがなんと言おうと、他の人の隣に座る。ヤツが何を言おうと、テコでも動かない。
ヤツは知らないみたいだけど、大学って高校と違ってどの席に座ってもいい。私がヤツの隣に座ることを我慢する必要なんて1ミリもない。人の席を無理やり奪うようなことしなければ、なんだっていい。
私が目をつけたのは、同期の田所という男。ヤツが何を言っても「あ゛?」って返事しそうな気性が荒そうなところが、いい。隣に座る人が固定されてないっぽいところも、いい。文化部出身のヤツは運動部の人間に苦手意識があるから、インターハイでの優勝経験があるらしい田所はさぞ近寄りがたいことだろう。それに田所は体が大きいから、上手くやればその陰に隠れられそうだ。ちなみに田所とはほとんど話したことはない。
こっそり観察した感じ講義は頑張って聞いてるし、新歓で行ったレストランでは店員さんからお皿受け取ったり返したりを積極的にしてたし、もう上の学年や他学部にも知り合いがいるらしい。ガハハって笑う大きい声はびっくりするけど、性格悪くはなさそうだった。
あと、何より大事な「女の子にある程度免疫ありそう」もおそらくクリアしている。新歓で高校時代の写真を見せる流れになった時、田所の隣にちらっと緑髪のギャルが映っていた。私の隣に座っていた子(自己紹介で早く派手髪にしたいと言っていた子だ)が身を乗り出して田所に尋ねた。
「このコ、髪色オシャレだね。千葉の美容院でやってるの?」
「は?」
田所は面食らって、言葉に詰まる。私は入学式の前に髪を染めて暫くこの色で行こうと決めていたし、そもそも派手髪にはあんまり興味がないけど一応ニコニコ聞くふりをした。
「何回ブリーチしたらこれになるかな?紹介してよ〜」
「いや……悪ィな、その……」
「ん?」
「アイツ、あんまり連絡つかねーからな……」
田所は携帯の写真を見て、少しセンチメンタルというか複雑な表情になった。どこか、遠い過去や遠く離れた場所を思うような。恋バナ好きな女子 は顔を見合わせ、頷きあった。これは元カノだな。間違いない。
しかし振られたにせよ、振ったにせよ……ある程度は女の子に免疫があると見ていいいだろう。あと、今現在彼女はいないらしい。やっぱり元カノが忘れられないのかも。
それから学内で学部の先輩と話しているところを見たことがある。優しそうなメガネの先輩に一生懸命何か話しかけて、先輩がニコニコウンウンって感じで話を聞いていた。田所はクマみたいな見た目だけど、その時ばかりは年相応というか幼く見えて、なんだかほのぼのした光景だった。入学したばかりのこの時期に学部内で縦のつながりがあるなんて、だいぶコミュ強だと思った。
……以上のことから、田所はある程度の人間関係構築が普通にできるタイプだと判断した。間違っても勘違い野郎のような過ちは犯さないだろう。そうよね……?そうだと信じたい。何も知らない田所には悪いけど、こっちも切羽詰まっている。
月曜1限、大講義室。情報工学部の1年生がみんな揃って受講する必修。室内を見渡す。田所はすぐに見つかった。いつものように3人がけの長机にひとりで座っている。
ドキドキ鳴る心臓を無視して早足で階段を登る。顔見知りの女の子にだけおはようの挨拶をする。最後の1段を登る時、ヒールが一際大きな音を立てた。ここが、目的の席。
田所は何かの申請書を書いていて(最近部活に入ったと言っていたからそれかもしれない)、声をかけるのは少し躊躇われた。息を吸う。
「ここ、座っていい」
声をかけられたことに気づき、田所が顔を上げた。この時間ならまだ空いている席はたくさんある。訝しげに私の顔を見た。私の心臓は緊張で大暴れしている。緊張を悟られるわけにはいかない、そして今度こそ勘違いさせるわけにはいかない。先におはようって言うべきだった?もしかして声が小さくて聞こえなかった?「他に席空いてんだろ」って言われたらどうしようと、急に不安になった。
「……いいぜ、荷物置くか?」
田所が真ん中の席に置いていた荷物を少しどかしてくれた。
「うん」
私はほっとして、机を回り込んで長机の端の席に座る。真ん中の席に荷物を置かせてもらい、その時には田所はすっかり自分の作業に戻っていた。こちらをチラリとも見ない。コイツ、いいやつだ。気のいいやつ、それで都合のいいやつ。
私の見る目は間違ってなかった。教授が入ってくるまで、イヤホンつけてテキストを読むふりをする。さすがのヤツもこの3人がけの長机、荷物を置いてる真ん中の席に座ることはないだろう。ヤツが座るなら田所も私も荷物をどかさないといけないから、真ん中に座りたいなら田所に声をかけないといけない。そもそも講義室の入り口からは田所の大きな体に隠れて私の姿を見つけにくいに違いない。私は静かに息を吐いた。やっと落ち着く場所が見つけられた気がした。
原因はただ一つ。入学式の日からずっと、同級生の男の子に彼氏面されている。彼氏面っていうか、もうストーカーになる寸前かもしれない。
順番に悪かったところを確認しよう。まず第一に新しい環境で友達作りを焦ったこと。
次に、この際仲良くしてくれるなら男でもいい!と判断を誤ったこと。
最後に、入学式で声をかけた男が勘違い野郎だったこと。
気づいた時には遅かった。勘違い野郎の中では「入学式に声をかけてきた女の子と自分は恋人同士」ということになっていた。
全ての被り講義でピッタリ隣に座られるようになった。私が女の子の隣に座ると「名前ちゃんはボクのだから」と全く身に覚えのない発言をして、自分の隣席に移らせる。それを何度か繰り返して、優しい女の子たちは自然と私の隣に座るのを遠慮するようになった。「恋人なんかじゃない」と言っても勘違い野郎本人(名前を口にするのも嫌だから仮にヤツとしよう)が自信満々に触れ回るから収集がつかない。
ヤツが成績上位で入学したというのも最悪だった。私が「今日は他の人の隣に座るから、着いてこないで」とハッキリ言った時、ヤツは私の手首を掴んだままこう言った。
「名前ちゃんさあ、そんなんじゃ進級できないよ?留年するの?」
息が詰まった。留年。大学は高校と違って自分で受ける講義を決めて、毎週出席して、試験をパスしないと単位がもらえない。単位が足りないと進級できない。学費は両親が出してくれている。言葉の出ない私を見て、ヤツは嬉しそうに笑って、続けた。
「大丈夫、ボクが隣で教えてあげるよ」
私は割と成績ギリギリでこの学部に受かった。筑士波はD判定しか取ったことなかったし、数学がすごく得意というわけでもない。なんなら線形代数の初級で躓いている。成績優秀な人が「教えてくれる」というのだから、それに甘えた方が賢明だと自分に言い聞かせた。
しかしヤツの行動はわずか1週間でエスカレート。講義で私の隣を死守するに飽き足らず、ヤツは私のバイト先に通っては意味もなく長居して、挙句「今日何時まで?帰り、送るよ」と謎の彼氏面でアパートまで着いてこようとするようになった。下宿先がバレるのは、さすがにマズい気がする。私はなるべく好感を抱かせないような冷たい態度を取る方向にシフトしたが、時すでに遅し。好意大暴走野郎は止まることを知らない。中高と女子校育ちの私は知らなかったことだけど、勉強の得意な男の子がみんな女の子との距離感測るのも上手とは限らないらしい。
入学して1ヶ月経つ頃には毎朝「大学行きたくないな」とため息つきながらメイクするのが日課になった。鏡に映る自分は暗い顔をしてる。
幸いヤツとは全部の講義が一緒ってわけじゃないけど、このままじゃ試験に落第するより先に大学に行けなくなる。そんな気がする。講義室の3人掛けの長机、真ん中の席は座らず荷物置きにするのがセオリーだけど、ヤツは必ず間を空けずに隣に座る。毎日ピッタリ隣に座られて、休み時間もずーっと話しかけられる日々。これが2年の専攻選択まで続くと思うと、気が狂いそう。
履修登録が締め切られて、前期は8割ヤツと講義が被ることが確定した。つまり、今後何時間ピッタリ隣に座られることになるのか計算して……私はある作戦の決行を決めた。
ヤツがなんと言おうと、他の人の隣に座る。ヤツが何を言おうと、テコでも動かない。
ヤツは知らないみたいだけど、大学って高校と違ってどの席に座ってもいい。私がヤツの隣に座ることを我慢する必要なんて1ミリもない。人の席を無理やり奪うようなことしなければ、なんだっていい。
私が目をつけたのは、同期の田所という男。ヤツが何を言っても「あ゛?」って返事しそうな気性が荒そうなところが、いい。隣に座る人が固定されてないっぽいところも、いい。文化部出身のヤツは運動部の人間に苦手意識があるから、インターハイでの優勝経験があるらしい田所はさぞ近寄りがたいことだろう。それに田所は体が大きいから、上手くやればその陰に隠れられそうだ。ちなみに田所とはほとんど話したことはない。
こっそり観察した感じ講義は頑張って聞いてるし、新歓で行ったレストランでは店員さんからお皿受け取ったり返したりを積極的にしてたし、もう上の学年や他学部にも知り合いがいるらしい。ガハハって笑う大きい声はびっくりするけど、性格悪くはなさそうだった。
あと、何より大事な「女の子にある程度免疫ありそう」もおそらくクリアしている。新歓で高校時代の写真を見せる流れになった時、田所の隣にちらっと緑髪のギャルが映っていた。私の隣に座っていた子(自己紹介で早く派手髪にしたいと言っていた子だ)が身を乗り出して田所に尋ねた。
「このコ、髪色オシャレだね。千葉の美容院でやってるの?」
「は?」
田所は面食らって、言葉に詰まる。私は入学式の前に髪を染めて暫くこの色で行こうと決めていたし、そもそも派手髪にはあんまり興味がないけど一応ニコニコ聞くふりをした。
「何回ブリーチしたらこれになるかな?紹介してよ〜」
「いや……悪ィな、その……」
「ん?」
「アイツ、あんまり連絡つかねーからな……」
田所は携帯の写真を見て、少しセンチメンタルというか複雑な表情になった。どこか、遠い過去や遠く離れた場所を思うような。
しかし振られたにせよ、振ったにせよ……ある程度は女の子に免疫があると見ていいいだろう。あと、今現在彼女はいないらしい。やっぱり元カノが忘れられないのかも。
それから学内で学部の先輩と話しているところを見たことがある。優しそうなメガネの先輩に一生懸命何か話しかけて、先輩がニコニコウンウンって感じで話を聞いていた。田所はクマみたいな見た目だけど、その時ばかりは年相応というか幼く見えて、なんだかほのぼのした光景だった。入学したばかりのこの時期に学部内で縦のつながりがあるなんて、だいぶコミュ強だと思った。
……以上のことから、田所はある程度の人間関係構築が普通にできるタイプだと判断した。間違っても勘違い野郎のような過ちは犯さないだろう。そうよね……?そうだと信じたい。何も知らない田所には悪いけど、こっちも切羽詰まっている。
月曜1限、大講義室。情報工学部の1年生がみんな揃って受講する必修。室内を見渡す。田所はすぐに見つかった。いつものように3人がけの長机にひとりで座っている。
ドキドキ鳴る心臓を無視して早足で階段を登る。顔見知りの女の子にだけおはようの挨拶をする。最後の1段を登る時、ヒールが一際大きな音を立てた。ここが、目的の席。
田所は何かの申請書を書いていて(最近部活に入ったと言っていたからそれかもしれない)、声をかけるのは少し躊躇われた。息を吸う。
「ここ、座っていい」
声をかけられたことに気づき、田所が顔を上げた。この時間ならまだ空いている席はたくさんある。訝しげに私の顔を見た。私の心臓は緊張で大暴れしている。緊張を悟られるわけにはいかない、そして今度こそ勘違いさせるわけにはいかない。先におはようって言うべきだった?もしかして声が小さくて聞こえなかった?「他に席空いてんだろ」って言われたらどうしようと、急に不安になった。
「……いいぜ、荷物置くか?」
田所が真ん中の席に置いていた荷物を少しどかしてくれた。
「うん」
私はほっとして、机を回り込んで長机の端の席に座る。真ん中の席に荷物を置かせてもらい、その時には田所はすっかり自分の作業に戻っていた。こちらをチラリとも見ない。コイツ、いいやつだ。気のいいやつ、それで都合のいいやつ。
私の見る目は間違ってなかった。教授が入ってくるまで、イヤホンつけてテキストを読むふりをする。さすがのヤツもこの3人がけの長机、荷物を置いてる真ん中の席に座ることはないだろう。ヤツが座るなら田所も私も荷物をどかさないといけないから、真ん中に座りたいなら田所に声をかけないといけない。そもそも講義室の入り口からは田所の大きな体に隠れて私の姿を見つけにくいに違いない。私は静かに息を吐いた。やっと落ち着く場所が見つけられた気がした。
