去る春、君の声だけが在るIF
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名前がウキウキとカタログを広げる。3冊。色とりどりのチョコレートの写真。名前はこちらを見上げて「好きなの選んでね」と笑う。3冊は多いんじゃないかと思うけど、名前曰く百貨店によって取り扱いが違うからどれも見てほしいと。
今日はバレンタイン前の、チョコレート選びの日。可愛い恋人は「どうせなら美味しいのをあげたい」と言うけど、こちらの知識レベルは名前の基準に達していない。ので、毎年名前のおすすめを聞いて選ぶ。名前が一押しのデパートのカタログを手に取った。
「去年の店はこれで、私は今年これ食べて美味しかった……でもネチョネチョ系が嫌ならおすすめできないかも」
「ネチョネチョって、言い方」
「間にネチョネチョしたのが挟まってるのとか、噛んだらドロってなるの、苦手じゃない?」
「……どちらかというと?」
「でしょう。と、なると……この辺は全部ナシだな〜」
名前はこちらの反応に「だから言ったでしょ、知ってるんだから……」みたいな顔してさっさとページをめくる。「ナッツ系、サクサク系……もういっそサブレとかにする?」と唸って。何年か前に手作りチョコレートをやめてからはもうずっとこの調子だ。1月のうちにリサーチして、バレンタイン当日より少し早めにチョコレートをくれる。冷暗所保管で早めに食べてねと言って。
確か、名前が敬語をやめたのと手作りのチョコレートを卒業したのは同じ頃だったと思う。前者はボクからの提案で、後者は名前から。「ずっと付き合っていくなら、対等な関係でいたいから」と伝えた時、名前は驚きもせずそれを受け入れた。敬語をやめること、遠慮をしないこと、嫌なことは嫌だと言うこと。ボクが隣にいてほしいのは献身的なマネージャーじゃなくて、ひとりの女性としての君だということは、特に時間をかけて説明する必要はなかった。名前はすべて理解してそれを受け入れた。デートの時に名前は小さなカバンを持つようになって、「大好き」と口にする時の怯えは失われて、それでも触れる指先がこわいと泣いた。
ボクたちの関係は出会った頃からは想像もつかないくらい変化した。これでよかった、と思う。間違っていなかったと思う。ずっと隣にいるなら、憧れや遠慮は邪魔なだけだと早くに気付けてよかった。高校時代のボクたちを知る人は皆今の名前に驚くけど、それでも「幸せそうでよかった」と言う。
考え事をしていたせいで、あまり集中できないままカタログのいちばん最後まで見終えてしまった。名前は頭を抱えている。決まらなかったらしい。毎年のことだ。悩んで、最後はいくつかある名前のお気に入りから選ぶことになる。
「今年買った中でおすすめのものを選んでくれたらいいよ。もうたくさん買ったんだろう?」
「だ、だめ。それだとすっごいバレンタイン感ないから、絶対だめ」
見せられたのはシンプルなガラス瓶にチョコレートクッキーがたくさんつめられている、それ。「いやブランド的にもありっちゃありかと思ったんだけど、あまりにシンプルすぎるというか、全部同じ味だし、自分用ぽさがすごくて……気になるなら、今度担いでくるから」と名前は早口で弁解する。今年はどうやら6000円近いクッキーを自分用に買ったらしい。ここ数年の名前は自分用と称して板チョコやクッキーみたいな飾り気のないやつばかり買っている。
「絶対、王道ぽいやつの方がいいでしょ!バレンタインなんだから」
名前はそう言って意気込む。そしてカタログの最初の方、有名ブランドの限定デザインを指差し「これは間違いないと思う!フルーツとナッツのド定番!私もここは毎年買ってるから!」と宣言した。それから急に不安そうになって「どう?もっとチャレンジしてほしい?」とこちらを伺う。食べ物で挑戦しないタイプの名前、一方未知の食べ物でも割と臆しないボク。流石に大会前なら控えるけど。そもそも食事の好き嫌い自体は少ない方だと思う、名前と違って。名前が実は寮の食事で苦労していたことを知ったのは卒業後だった。寮食のメニュー改善を言い出した身でわがままを言えないからと、好き嫌いのないフリをしていたらしい。全然気づかなかったけれど。
話が逸れた。今年のバレンタインも冒険しない方向で。名前が勧めるなら、これにしようかなと頷く。不安そうな名前を安心させようと、口を開く。
「もらえるなら何でも嬉しいからね」
「塔一郎、いっつもそれ言う……!難しすぎる……!」
「もちろんプロテインも嬉しかったよ」
「いっつもそれ言う!!!!」
名前は顔を真っ赤にしてこちらを殴りつける。だいぶ力加減されているけど。名前が高校1年生のバレンタインで部員にチョコレート風味のプロテインを振る舞ったことは未だに部員同士で集まると話題に上る。ボクたちが付き合って最初のバレンタインなど「何やるんだ?プロテイン1キロか?」と周りに揶揄われて大変だったらしい。今じゃ笑い話だ。震える腕で大真面目に粉を掬う姿は微笑ましかったが、ユキには「お前がピリピリしてっからマネージャーがプロテインなんて配んだよ!」と八つ当たりをされた。それに「悪い気はしないね」って返して、呆れられた。今の自分でも「あれはないな」と思う。言い訳をするなら、若かったし、自分のことで精一杯だった。名前を散々傷つけた。今は、もうそういう思いをさせたくないと思う。だから「何でも嬉しい」は心からそう思っている。名前に理解されなくても、これから先もそう言い続けるだろう。本心だとわかってもらえる日まで。
「もう、忘れてくれてもいいのに……」
名前が甘えるように体をこちらに預ける。遠慮のない、体重の掛け方は心地よい。昔は軽すぎて、何にもならないと思っていた。手放すべきだと苦悩して、それでもできなかった。
今は、手放さなくてよかったと思う。間違いばかり、傷つけて、それでも悪いことばかりじゃなかった。もう一度あの日々に戻りたいかと聞かれると少し困るけど、あの日々がなければ今はない。寄りかかる名前の体、抱きしめる腕に力を込める。現実だ。もう少しでバレンタインが来て、それですぐロードレースの季節になる。名前と過ごした高校時代は遠い過去になって、それでもボクたちの関係は続いていく。
今日はバレンタイン前の、チョコレート選びの日。可愛い恋人は「どうせなら美味しいのをあげたい」と言うけど、こちらの知識レベルは名前の基準に達していない。ので、毎年名前のおすすめを聞いて選ぶ。名前が一押しのデパートのカタログを手に取った。
「去年の店はこれで、私は今年これ食べて美味しかった……でもネチョネチョ系が嫌ならおすすめできないかも」
「ネチョネチョって、言い方」
「間にネチョネチョしたのが挟まってるのとか、噛んだらドロってなるの、苦手じゃない?」
「……どちらかというと?」
「でしょう。と、なると……この辺は全部ナシだな〜」
名前はこちらの反応に「だから言ったでしょ、知ってるんだから……」みたいな顔してさっさとページをめくる。「ナッツ系、サクサク系……もういっそサブレとかにする?」と唸って。何年か前に手作りチョコレートをやめてからはもうずっとこの調子だ。1月のうちにリサーチして、バレンタイン当日より少し早めにチョコレートをくれる。冷暗所保管で早めに食べてねと言って。
確か、名前が敬語をやめたのと手作りのチョコレートを卒業したのは同じ頃だったと思う。前者はボクからの提案で、後者は名前から。「ずっと付き合っていくなら、対等な関係でいたいから」と伝えた時、名前は驚きもせずそれを受け入れた。敬語をやめること、遠慮をしないこと、嫌なことは嫌だと言うこと。ボクが隣にいてほしいのは献身的なマネージャーじゃなくて、ひとりの女性としての君だということは、特に時間をかけて説明する必要はなかった。名前はすべて理解してそれを受け入れた。デートの時に名前は小さなカバンを持つようになって、「大好き」と口にする時の怯えは失われて、それでも触れる指先がこわいと泣いた。
ボクたちの関係は出会った頃からは想像もつかないくらい変化した。これでよかった、と思う。間違っていなかったと思う。ずっと隣にいるなら、憧れや遠慮は邪魔なだけだと早くに気付けてよかった。高校時代のボクたちを知る人は皆今の名前に驚くけど、それでも「幸せそうでよかった」と言う。
考え事をしていたせいで、あまり集中できないままカタログのいちばん最後まで見終えてしまった。名前は頭を抱えている。決まらなかったらしい。毎年のことだ。悩んで、最後はいくつかある名前のお気に入りから選ぶことになる。
「今年買った中でおすすめのものを選んでくれたらいいよ。もうたくさん買ったんだろう?」
「だ、だめ。それだとすっごいバレンタイン感ないから、絶対だめ」
見せられたのはシンプルなガラス瓶にチョコレートクッキーがたくさんつめられている、それ。「いやブランド的にもありっちゃありかと思ったんだけど、あまりにシンプルすぎるというか、全部同じ味だし、自分用ぽさがすごくて……気になるなら、今度担いでくるから」と名前は早口で弁解する。今年はどうやら6000円近いクッキーを自分用に買ったらしい。ここ数年の名前は自分用と称して板チョコやクッキーみたいな飾り気のないやつばかり買っている。
「絶対、王道ぽいやつの方がいいでしょ!バレンタインなんだから」
名前はそう言って意気込む。そしてカタログの最初の方、有名ブランドの限定デザインを指差し「これは間違いないと思う!フルーツとナッツのド定番!私もここは毎年買ってるから!」と宣言した。それから急に不安そうになって「どう?もっとチャレンジしてほしい?」とこちらを伺う。食べ物で挑戦しないタイプの名前、一方未知の食べ物でも割と臆しないボク。流石に大会前なら控えるけど。そもそも食事の好き嫌い自体は少ない方だと思う、名前と違って。名前が実は寮の食事で苦労していたことを知ったのは卒業後だった。寮食のメニュー改善を言い出した身でわがままを言えないからと、好き嫌いのないフリをしていたらしい。全然気づかなかったけれど。
話が逸れた。今年のバレンタインも冒険しない方向で。名前が勧めるなら、これにしようかなと頷く。不安そうな名前を安心させようと、口を開く。
「もらえるなら何でも嬉しいからね」
「塔一郎、いっつもそれ言う……!難しすぎる……!」
「もちろんプロテインも嬉しかったよ」
「いっつもそれ言う!!!!」
名前は顔を真っ赤にしてこちらを殴りつける。だいぶ力加減されているけど。名前が高校1年生のバレンタインで部員にチョコレート風味のプロテインを振る舞ったことは未だに部員同士で集まると話題に上る。ボクたちが付き合って最初のバレンタインなど「何やるんだ?プロテイン1キロか?」と周りに揶揄われて大変だったらしい。今じゃ笑い話だ。震える腕で大真面目に粉を掬う姿は微笑ましかったが、ユキには「お前がピリピリしてっからマネージャーがプロテインなんて配んだよ!」と八つ当たりをされた。それに「悪い気はしないね」って返して、呆れられた。今の自分でも「あれはないな」と思う。言い訳をするなら、若かったし、自分のことで精一杯だった。名前を散々傷つけた。今は、もうそういう思いをさせたくないと思う。だから「何でも嬉しい」は心からそう思っている。名前に理解されなくても、これから先もそう言い続けるだろう。本心だとわかってもらえる日まで。
「もう、忘れてくれてもいいのに……」
名前が甘えるように体をこちらに預ける。遠慮のない、体重の掛け方は心地よい。昔は軽すぎて、何にもならないと思っていた。手放すべきだと苦悩して、それでもできなかった。
今は、手放さなくてよかったと思う。間違いばかり、傷つけて、それでも悪いことばかりじゃなかった。もう一度あの日々に戻りたいかと聞かれると少し困るけど、あの日々がなければ今はない。寄りかかる名前の体、抱きしめる腕に力を込める。現実だ。もう少しでバレンタインが来て、それですぐロードレースの季節になる。名前と過ごした高校時代は遠い過去になって、それでもボクたちの関係は続いていく。
