去る春、君の声だけが在る2.5
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正月、1月3日。チャイムが鳴った。隼人も両親も不在、名前ちゃんは手が離せないし、変なやつだったら困る……からオレがモニターを見る。映っていたのはこちらを見もせずにヘルメットを外す見慣れた後ろ姿。隼人。
「ったく鍵くらい持って出ろよな……」
文句を言いながら冷たい廊下を速足で進み、そのまま外に出る。正月の、晴れてても冷たい空気。門扉のロックを解除して、隼人に文句を言ってやろうとして、もうひとりいるのに気づく。
「あれ、泉田さん?」
◻︎
昨今本当に信じられないくらい盗難は多くて、いくら「新開兄弟といえばあの白と黒の自転車」って近所の人に知られてるとはいえ、外に放り出しておくのは不用心すぎる。
泉田さんのバイクも内に入れるようすすめて、ふたりがどういうコースを走ってきたのか聞く。
新年早々走りに行くのに神奈川という土地は結構いいスポットも多いけど、昨日今日は例年神奈川じゅうが大騒ぎで。日中は道路封鎖、そこへ向かう観光客も多く……自転車が走りやすい道は限られる。それでも昼間に走ろうとすれば、同じようなことを考える知り合いの誰かしらに遭遇する。今日は遭遇したからとそのまま連れて帰ってきたらしい。
「悠人、かまぼこは?」
「もう切った」
「悪いな」
蒲鉾は、正月用の蒲鉾のこと。名前ちゃんが卵をとく隣でオレが適当に細切りにした。オレが出てきちゃったから名前ちゃんはといた卵の隣で、今頃算数に苦しんでいるはずだ。何って、だし汁の量の計算で。
シューズ脱いで、グローブも外して隼人がようやく本題へ。
「泉田も食べてくだろ」
「え?」
「名前が茶碗蒸し作るんだけど、食べてくだろ」
名前ちゃんは毎年正月用の蒲鉾の余りを使って茶碗蒸しを作る。蒲鉾と雑煮に使った椎茸と三つ葉と柚子の残り、具はこれだけ。卵と出汁の配合がいいのか、とにかく美味しい。ぷるぷるの卵は正月のご馳走疲れした胃に優しい、名前ちゃんの得意料理だ。
めっちゃうまいよって言うと名前ちゃんはいつも「またまだ師匠に及ばないの」って首を振る。師匠はうちの母だ。今日は父さんと2人で親戚周りに行ったので日中不在。大晦日から続くご馳走で胃が限界の名前ちゃんが「ちょっと早いけどお昼に茶碗蒸ししちゃおうかな」って言って俺たちも賛成した。
早めに戻ってきて準備を手伝うって約束で隼人は走りに出たのに全然帰ってこないから……!大体名前ちゃんがサッとやってしまって、あとは出汁入れて蒸すだけ。
隼人と泉田さんはそんな急にお邪魔するなんてだのいや今日両親いないからだのなんだの揉めはじめて、めんどくさい予感がしたオレはふたりを置いてさっさとキッチンに戻る。名前ちゃんの悲鳴。
「悠人早く助けに来て!3カップの2.5倍って何ミリ?あとそこから1/2カップの2.5倍取り分けてほしい!」
「一回それ置いてスマホで計算すれば……?」
「悠人がやって!」
悲鳴の主、部屋着の上からフリフリエプロンつけた名前ちゃん。
今日の部屋着はオレが中学の時に着てたやつだし、エプロンもオレが選んだ。今年も名前ちゃんは母さんのコレクションから最良のエプロンを選ぶことができず、オレや隼人が適当に古そうなやつを選んでいる。
で、出汁の量。卵に入れる分と、餡の分……名前ちゃんは散々悩んで進路を栄養学科に定めたらしいがこの手の計算に手こずってるのは大丈夫なのか?と心配になる。が、オレは一旦黙っておくことにして、言われた通りにスマホの電卓をたたく。
「2.5倍が1500ミリ、取り分けるのが250……多くね?」
「だってあなたたちいっぱい食べるでしょー!?」
「ごめん、遅くなった」
「あ、隼人くんおかえり」
「ただいま」
決着がついたのか、隼人くんだけがキッチンに入ってきた。茶碗蒸し用の碗を並べる。4つ。うちで茶碗蒸しする時はお店みたいに小さいのじゃ満足できないから、碗も大きいやつを使う。
正月用に作ってあった出汁をオレが分け取り、名前ちゃんがかまぼこを冷蔵庫から出す。それを隼人が受け取る。台に並んだ碗を見て名前ちゃんが首を傾げる
「4つ?」
「あとひとり増えるけど、いいか?」
「多分、卵は足りるけど……」
きょとんとして首を傾げる名前ちゃん。かわいい顔だけど、何も知らないで……そんな顔してられるのも今のうち。いざ対面したら驚くだろうな。驚くっていうか……困るだろうな。それにしても泉田さん、まだ自転車しまうのに手こずってんのかな。それか、奥の洗面所か……
機嫌良く隼人くんが蒲鉾を碗に入れていく。丸ごと一本切ったから結構量がある。隼人くんはなんてことないように言う。
「泉田と会ったからさ。連れてきたよ」
「エッ、うそ」
名前ちゃんは卵用の小さいザル持ったまま悲鳴。
「どこ?」
「自転車片付けてるんじゃないか」
「やだ、私今日すっごい気ぃ抜いた部屋着なんだけど……あっ」
名前ちゃんは自分が「気ぃ抜いた部屋着」の上からフリフリエプロンを付けていることに気づいて言葉を失った。オレたち兄弟は見慣れてるけど、ハコガク部員にとっては馴染み深い因縁の、フリフリエプロン。そう因縁の……泉田さんはどんな顔をするだろう。
「大丈夫、名前ちゃん何着ててもかわいいから」
「いいだろ、オレと母さんのお下がり」
「は?部屋着はオレのお下がりだから!」
オレは絶句した名前ちゃんからザルを奪って隼人に押し付ける。といたばかりの卵と出汁を均一に混ぜ、あとは注ぐだけ。オレが混ぜる間に隼人は三つ葉も碗に撒いた。三つ葉、名前ちゃんは後のせ派なんだけど……まあいいか。
「えー、うそ、本当にどうしよう……」
隼人がザルをセットしてオレが静かに卵を注ぐ、滅多にない新開兄弟の連携プレーだというのに、名前ちゃんは全然見てない。まあいいや、泉田さんと対面した名前ちゃんの一言目予想大会でもしてみようか?オレは「ギャー」って、でっかいかわいくない悲鳴上げるに1票。
「ったく鍵くらい持って出ろよな……」
文句を言いながら冷たい廊下を速足で進み、そのまま外に出る。正月の、晴れてても冷たい空気。門扉のロックを解除して、隼人に文句を言ってやろうとして、もうひとりいるのに気づく。
「あれ、泉田さん?」
◻︎
昨今本当に信じられないくらい盗難は多くて、いくら「新開兄弟といえばあの白と黒の自転車」って近所の人に知られてるとはいえ、外に放り出しておくのは不用心すぎる。
泉田さんのバイクも内に入れるようすすめて、ふたりがどういうコースを走ってきたのか聞く。
新年早々走りに行くのに神奈川という土地は結構いいスポットも多いけど、昨日今日は例年神奈川じゅうが大騒ぎで。日中は道路封鎖、そこへ向かう観光客も多く……自転車が走りやすい道は限られる。それでも昼間に走ろうとすれば、同じようなことを考える知り合いの誰かしらに遭遇する。今日は遭遇したからとそのまま連れて帰ってきたらしい。
「悠人、かまぼこは?」
「もう切った」
「悪いな」
蒲鉾は、正月用の蒲鉾のこと。名前ちゃんが卵をとく隣でオレが適当に細切りにした。オレが出てきちゃったから名前ちゃんはといた卵の隣で、今頃算数に苦しんでいるはずだ。何って、だし汁の量の計算で。
シューズ脱いで、グローブも外して隼人がようやく本題へ。
「泉田も食べてくだろ」
「え?」
「名前が茶碗蒸し作るんだけど、食べてくだろ」
名前ちゃんは毎年正月用の蒲鉾の余りを使って茶碗蒸しを作る。蒲鉾と雑煮に使った椎茸と三つ葉と柚子の残り、具はこれだけ。卵と出汁の配合がいいのか、とにかく美味しい。ぷるぷるの卵は正月のご馳走疲れした胃に優しい、名前ちゃんの得意料理だ。
めっちゃうまいよって言うと名前ちゃんはいつも「またまだ師匠に及ばないの」って首を振る。師匠はうちの母だ。今日は父さんと2人で親戚周りに行ったので日中不在。大晦日から続くご馳走で胃が限界の名前ちゃんが「ちょっと早いけどお昼に茶碗蒸ししちゃおうかな」って言って俺たちも賛成した。
早めに戻ってきて準備を手伝うって約束で隼人は走りに出たのに全然帰ってこないから……!大体名前ちゃんがサッとやってしまって、あとは出汁入れて蒸すだけ。
隼人と泉田さんはそんな急にお邪魔するなんてだのいや今日両親いないからだのなんだの揉めはじめて、めんどくさい予感がしたオレはふたりを置いてさっさとキッチンに戻る。名前ちゃんの悲鳴。
「悠人早く助けに来て!3カップの2.5倍って何ミリ?あとそこから1/2カップの2.5倍取り分けてほしい!」
「一回それ置いてスマホで計算すれば……?」
「悠人がやって!」
悲鳴の主、部屋着の上からフリフリエプロンつけた名前ちゃん。
今日の部屋着はオレが中学の時に着てたやつだし、エプロンもオレが選んだ。今年も名前ちゃんは母さんのコレクションから最良のエプロンを選ぶことができず、オレや隼人が適当に古そうなやつを選んでいる。
で、出汁の量。卵に入れる分と、餡の分……名前ちゃんは散々悩んで進路を栄養学科に定めたらしいがこの手の計算に手こずってるのは大丈夫なのか?と心配になる。が、オレは一旦黙っておくことにして、言われた通りにスマホの電卓をたたく。
「2.5倍が1500ミリ、取り分けるのが250……多くね?」
「だってあなたたちいっぱい食べるでしょー!?」
「ごめん、遅くなった」
「あ、隼人くんおかえり」
「ただいま」
決着がついたのか、隼人くんだけがキッチンに入ってきた。茶碗蒸し用の碗を並べる。4つ。うちで茶碗蒸しする時はお店みたいに小さいのじゃ満足できないから、碗も大きいやつを使う。
正月用に作ってあった出汁をオレが分け取り、名前ちゃんがかまぼこを冷蔵庫から出す。それを隼人が受け取る。台に並んだ碗を見て名前ちゃんが首を傾げる
「4つ?」
「あとひとり増えるけど、いいか?」
「多分、卵は足りるけど……」
きょとんとして首を傾げる名前ちゃん。かわいい顔だけど、何も知らないで……そんな顔してられるのも今のうち。いざ対面したら驚くだろうな。驚くっていうか……困るだろうな。それにしても泉田さん、まだ自転車しまうのに手こずってんのかな。それか、奥の洗面所か……
機嫌良く隼人くんが蒲鉾を碗に入れていく。丸ごと一本切ったから結構量がある。隼人くんはなんてことないように言う。
「泉田と会ったからさ。連れてきたよ」
「エッ、うそ」
名前ちゃんは卵用の小さいザル持ったまま悲鳴。
「どこ?」
「自転車片付けてるんじゃないか」
「やだ、私今日すっごい気ぃ抜いた部屋着なんだけど……あっ」
名前ちゃんは自分が「気ぃ抜いた部屋着」の上からフリフリエプロンを付けていることに気づいて言葉を失った。オレたち兄弟は見慣れてるけど、ハコガク部員にとっては馴染み深い因縁の、フリフリエプロン。そう因縁の……泉田さんはどんな顔をするだろう。
「大丈夫、名前ちゃん何着ててもかわいいから」
「いいだろ、オレと母さんのお下がり」
「は?部屋着はオレのお下がりだから!」
オレは絶句した名前ちゃんからザルを奪って隼人に押し付ける。といたばかりの卵と出汁を均一に混ぜ、あとは注ぐだけ。オレが混ぜる間に隼人は三つ葉も碗に撒いた。三つ葉、名前ちゃんは後のせ派なんだけど……まあいいか。
「えー、うそ、本当にどうしよう……」
隼人がザルをセットしてオレが静かに卵を注ぐ、滅多にない新開兄弟の連携プレーだというのに、名前ちゃんは全然見てない。まあいいや、泉田さんと対面した名前ちゃんの一言目予想大会でもしてみようか?オレは「ギャー」って、でっかいかわいくない悲鳴上げるに1票。
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